第26話 イベントは大抵誘った側より誘われた側の方がテンション高い
どこか遠くの方から聞こえる祭囃子の音が妙に心地よく響き、出店がひしめき合っている通りの頭上には提灯の明かりが何でもない夏の夜を幻想的に魅せる。
「ねえねえ、あっち行こうよ~」
「ちょっとあか姉、はしゃぎすぎよ!また迷子になったらどうするの!」
「ご、ごめ~ん。でも楽しいからつい、ね」
……ただそんな景色を楽しむのが現実逃避の一種になってしまっている。
「全く、落ち着きのない妹たちで済まないね」
左隣にはこの喧騒の中でもわかるくらい綺麗な花柄が入っている瑠璃色の浴衣を着て紺色の鼻緒がついた下駄を履いた葵が微笑みながら佇んでいる。
そしてオレの目の前には、鮮やかな赤色の浴衣とオレンジ色の鼻緒の下駄を履いている茜、新緑色の浴衣と若草色の鼻緒がついている下駄を履いている翠がいた。
んで、肝心のオレはというと……
「……気にすんな。いつものことだろ?」
英字がプリントされている白Tシャツと灰色のジーンズ、足元は黒色のクロックスというシンプルな格好で諦めた様子でつぶやくくらいしか出来なかった。
「何よ、つまんない顔してるわね」
「そうだよ。お祭りなんだからもっと楽しまなきゃ、ね」
「……はいはい、わかってるよ」
不満げな表情を隠しもせず露わにする翠と人懐っこい笑顔をこっちに向けてくる茜。
「おっと、私を忘れてもらっては困るよ?」
左隣にいた葵がオレの右頬に左手を添えて自分の方へ向かせる。って近けぇって!
「き、急にすんなって!心臓に悪いんだよ!」
自分でもわかるくらい顔が熱くなった状態で抗議する。
が、当の本人は全く意に介していない。
「ふふっ、やはり玖墨君は可愛いね」
どころか、いじりがいがあるとでも思ったのか妖しい笑みを浮かべる。
「あ~!あお姉ばっかりずるいわよ!」
「そうだよ~、ボク達もいるんだからね~」
オレの右隣りを翠が、背中から茜が抱き着いてくる。
そんでオレを挟んで、わちゃわちゃしている。
(さっきから人の視線が痛い……)
オレを見てくる人の目からは何となく敵視しているような感情が見える……気がする。
何故あんな冴えない奴がモテているのか?とでも言いたげな視線が。
(何でこうなったんだ……?)
こんな状況になっている原因を探るのを現実逃避の手段にして思い返す。
*
『私たちと一緒に夏祭りに行かないか?』
そんな電話がかかってきたのは海水浴に行ってから一週間がたったくらいの事だった。
夏休みに入る前に連絡先を交換していたのだが早速使われる形となった。
『ええ、そうよ。もし予定が合えば君と一緒に巡りたいのだけれど、どう?』
『どうって言われてもな……』
別段予定はないのだが、急に言ってくること自体何だか嫌な予感しかしない。
『ってか私たちって、茜と翠も一緒にってことか?』
『ええ、そうよ』
『……姉妹水入らずで楽しんでくりゃいいじゃねえか』
わざわざオレを誘わなくてもいいのでは?そう思って言ったが……
『……玖墨君』
『な、何だよ』
『君は私たちが無粋な輩にどうされてもいいと言うのかい?』
『……そりゃあ、よくねえな』
『なら……わかるだろう?』
『……』
つまり、ナンパ除けになってくれということらしい。
『それに……』
『……それに?』
『私は今年で高校最後なの。楽しい思い出を君と妹たちで一緒に作りたいの。だから……来てくれない?』
こんなことを言われてしまったら断れるわけないじゃないか。
『……わかったよ』
『本当!?』
電話先でもわかるくらいの明るい声色がオレの耳に響く。
(オレが参加するだけでこんなに喜んでくれるとはありがたいものだ)
この時のオレはのんきに考えていた。それが大間違いだった。
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