第21話 うわさをすれば影が差すってのは本当らしい


 休憩も明け、後半の撮影も難なくこなしたかな姉とオレはビーチから離れ、ホテルの真正面にある海水浴場に来ていた。


 なんでこの場所に来ているかって言うと……事務所からのおわびだ。


『うちのマネージャーが迷惑をかけてしまって申し訳ない。せめてものお詫びとして近くのホテルをとってあるのでゆっくりしてほしい』とのことだ。


 もちろん断ろうとした。そんなつもりじゃなかったからだ。


 ただ、こっちが申し訳なくなるほどの事務所からの謝罪の言葉に受け取るしかなくなった。


(よかったんだろうか、これで……)


 ホテルの部屋に荷物を置き、正面玄関を出る。


 海水浴場を正面に見れるベンチの周りにはあまり人がおらず、辺りは静寂に満ちている。


 そのベンチに腰かけたオレはどこまでも続いていくように見える水平線とそこに群がる観光客達をぼぉ~っと眺めていた。


「ハ~ル君ッ」


「のわっ!?」


 不意に後ろから抱き着かれ、情けない声をあげる。


「い、いきなりはやめろよ、かなね……」


 かな姉と言いかけたところでオレの口を人差し指でふさぐ。


「『お姉ちゃん』って言いなさい?」


 ウィンク交じりに言ってくるその顔は夏の太陽に負けないくらい眩しく抵抗などできるわけがない。


「……お、お姉ちゃん」


「よろしい」


 そう言うとスッと離れオレの正面に出てきた。


「どう?私のプライベート水着は?」


 両手を大きく広げ自慢のプロポーションをこれでもかというほど見せつけてくる。


 さっきの撮影の時とは打って変わって上下ともにシックな黒で大人な雰囲気を醸し出している。


 それに髪を後ろ手に団子状に結び、サングラスをかけず堂々と自分の顔をさらけ出している……ってちょっと待てよ!


「なんで顔……」


 それを言おうとした直後だった。


 オレの口を片方の手で塞ぎ、人差し指を少し左右に揺らしながら小悪魔めいた笑みを浮かべる。


「こういうのはむしろ、堂々としていた方がバレにくいってことよ」


 ウィンク交じりでオレに言うその姿は普通の男なら骨抜きにされるんだろうな。


 普通の男なら、な。


(この前まで死にそうな顔してたくせに……)


 そんなことを一人心の中で思っていた。


 するとそれを見たかな姉が明らかに不機嫌な顔をした。


「……今、呆れてたでしょ?」


「そ、そんなことはねえ……よ?」


(ひょっとして心の声が漏れてた……?)


 少し不安になったがそれは違うようで何となくホッとした。


「だけど、やっぱり人多いわねえ……」


 やはり、夏休みシーズン中だからか海水浴場が観光客でごった返している。


「ま、行ったら意外と空いてる場所あるでしょ」


 そう言ってためらいもなく、てくてくと海水浴場に向かって歩くかな姉。


「ちょ、ちょっと待てよかなね……お姉ちゃん!」


(まったく、自分がどれだけすごい有名人なのかわかってねえな!?)


 その後を追うように荷物を持っていく。




 *




 そして海水浴場に来たのだが……


「やっぱり多いわねえ……」


 どこを見渡しても人がいて完全に大盛況といった状況だ。


 どうしたもんか、と途方に暮れているとこっちを向いて手を振る女性がいた。


 そばにはサングラスをかけ椅子に横たわって頭の後ろに手を組み仰向けになってリラックスしている男性も。


(あれは一体……?)


 もしかしたら気づかれたのかもしれない。


「警戒してくれよお姉ちゃ……!?」


 そう言いかけて隣を見たが肝心のかな姉がいない。


 焦って周囲を見渡すと、手を振った女性の元へのこのこ近づいていっていた。


(っておい!?)


 気づいた時にはもう遅く、かな姉までもがオレに手を振ってこっちへ来いと言っているようだった。


(おいおい、マジかよ……)


 他人のフリでもしてやりたかったが、それをして気づかなかったと思ったかな姉が声を張り上げて結局バレました、なんてシャレにならない。


(はいはい、わかりましたよ……)


 結局観念した形になってオレもかな姉のもとに向かうのだった。




 *




「まさかあなたがここにいるなんて思わなかったわ~」


 かな姉よりも、少し年上な女性が柔らかな笑みを浮かべている。


「お久しぶりです、橘さん」


「そうね。前に会ったのは確か4か月前だったかしら?」


「はい、その節はお世話になりました」


 楽しく話している二人を見ていると、以前からの知り合いに思えるが……誰だ?


 そう思っていると、かな姉が不意にくるっとこっちを向いた。


「ああ、この方ね。前に雑誌の撮影でお世話になった橘さん。旦那さんはフリーカメラマンなの」


 隣にいた男性が片手をあげグッドポーズをしている。


 ……寝ていると思ったんだがどうやら話を聞いてたようだ。


 あまりしゃべらない人らしいが、困っていたオレ達が視界に入ったようで、自分たちの隣が空いてるからどうか、と奥さんに目配せしたそうな。


「娘も一緒に来ているのよ~」


「娘さんもですか!」


「ええ、貴方に似てとても美人よ」


「橘さんの娘さんならそりゃあ美人ですよ~」


(楽しそうだな、かな姉……)


 ふと海の方を見やる。


 観光客だらけの海は太陽の自己主張が激しく、パラソルを立てて影を作っているのにそれでも暑さからは逃れられない。


(さすがに、そろそろ海にでも入ってこないと暑さでやられそうだ……)


 パラソルのおかげで影ができていたレジャーシートの横にいたオレは、海の方へ向かおうとした。


 その時だった。こっちに向かってきている二人組が見えた。


 それだけならまだいいのだが、片方は何か見覚えがある気がする。


(……フラグって、あるもんなんだな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る