第20話 砂浜に落ちてるビニール袋は拾ってはいけない
「いいよ~、夏の太陽が嫉妬してるよ~!」
何者をも焦がしてしまうのではないかと思えるほどの灼熱が降り注ぐビーチの下、
やけにテンションの高いカメラマンがパシャパシャとせわしなくシャッター音をたてる。
それに特段反応するわけでもなく水着を着て見事なプロポーションを惜しげもなく披露し淡々とポーズを決め、自分の美貌を余すことなくさらけ出す……オレの姉。
そしてひーこら言いながら荷物持ちをやらされるオレ。
(今頃、家でゆっくりしているはずだったのになぁ……)
なぜ無縁であるはずのオレがこんな場所にいるのか、話は二週間前にさかのぼる。
*
「マネージャーがダブルブッキングしてしまった?」
「そうなの……」
夏休みに突入し、家でまったりテレビを見ていたオレに落ち込んだ様子でつぶやくかな姉。
何でも、自分を担当しているマネージャーは自分以外にも最近新人を担当しておりそっちの予定を優先するあまりかな姉との予定を失念しており、新人の海外デビューとかな姉の撮影予定日がかぶってしまったんだそうな。
「それで、新人のケアに努めたいから申し訳ないけどかな姉は自分で行ってくれ、と?」
「うん……」
確かにマネージャーはミスったかもしんねえけど一人でも大丈夫だからこそそう言ったんだろ?何でこんなに落ち込んでんだ?
「なら、一人で行きゃいいじゃねえか。一人でも大丈夫だって信用されてるならそれでいいじゃねえか」
「……しい」
「ん?何だって?」
何か聞こえたような気がしたのでテレビの電源を切り、聞き返す。
声のした方へ体を向け直すと……うなだれた姉がそこにいた。
おぞおぞと普段明るい姉から発せられたのはおおよそそれとは真逆だった。
「一人じゃ……寂しい……」
「……」
(マ、マジか……)
「い、今まで一人で行けてたじゃねえか。あれは何だったんだよ?」
そうこの姉、いつも仕事に出かける時はこれでもかというくらい明るい声で
「行ってきま~す!」
とか言う(時にはうざく感じる)くらいなのに今目の前にいるのはそれを微塵にも感じさせないくらい落ち込んでいる姉だった。
「……あれは、いつもマネが、いてくれた、から……」
「……つまりマネージャーがそばにいてくれたから楽しくやれてたのに今回いないから寂しい……ってことかよ?」
「……うん」
(マジか……)
横になりながら頭を抱えた。
ここまでの寂しがり屋だとは思わなかった。
いや、そんな気がしなくもなかった。
そういえば確かにやけにひっついてくるなとは感じることがあったような気がする。
どうしたものかとうんうん悩んでいると……横になっていたオレの目の前でまさしくうるうるという表現が似合うほどの涙目で見つめてくる瞳がそこにいた。
「一緒に……来てくれない?」
「えっ、嫌……」
「……ダメッ?」
……この年上の姉が年の離れた妹のように小首をかしげ甘えてくる図を想像してほしい。
……オレは、ぐらついた。しょうがないじゃないか、可愛かったんだから。
「はぁ……わかっ……」
「いいの!?やったーーーー!!」
わかった、と言い切るよりも前に飛び上がるくらいかな姉は喜んでいた。
しかも抱き着いてくるというおまけ付きで。
(はぁ、しょうがねえ。乗り掛かった舟ってやつかぁ~……)
*
「いいよ~いいよ~!宇宙まで嫉妬させちゃえ~させちゃえ~!」
相変わらずカメラマンの言ってることは意味不明だが被写体の姉が何となくノッているように見える。
さすがプロということか。
一人納得し撮影風景を見守る。
ただオレにできることは、はやく終わってくれと思いながら重い荷物を持ったまま立ち尽くすしかなかった。
「は~い、おっけ~!じゃあとりま休憩しましょっか~」
その場を仕切っていたカメラマンがそう号令を出すとピリピリしていた空気が少し和らいだ気がした。
それを聞き少し離れたところにある遮蔽カーテン付きテントのかな姉用の休憩スペースにようやく重たい荷物を下ろし一息つく。
そしてすかさずと言っていいような速さでかな姉がオレのもとに走り寄ってきた。
「ねえねえ、どう?私、綺麗だったでしょ?」
腰に水色のパレオを付け何者にも汚すことのできないような純白のビキニを決め込んだかな姉がオレを下から覗き込んでくる。
……健全な男子高校生に、綺麗なお姉さんの完成された水着姿ってのは刺激が強すぎる。
(これが、本当にあの時寂しがりが強すぎて泣いてたかな姉なのかよ……)
「ねえ、聞いてる?」
「……聞いてるよ」
ちょっと怒ったような感じで聞いてくるかな姉の声に我に返ったオレは改めてかな姉の今の姿を見る。
こんな人のもとに居候しているのがバレたらとんでもないスキャンダルになってしまうことは容易に想像できた。
(絶対にバレないようにしなければ……!)
ちなみにかな姉の事務所はこの事実を知っていて隠してくれている。
「……ホント、あの時ガキみてえにしょげてた人がトップモデルなんて誰にも想像できねえよなあ」
「なによ~、ハル君なんて知らな~い!フンだ!」
少し皮肉交じりに返してやると、拗ねたようにつぶやき背を向ける。
「ちょっとぐらいは、褒めてくれてもいいじゃない……」
何かぼそぼそ言っている気がするがまあいいや。
(今この状況下で知り合いに会ってしまったらどうするか……今は考えないでおこう)
だがこういった悪い予感ってのは大方当たってしまうものなのだな、と後に思い知ることになる。
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