第19話 そして賽は投げられた
「……玖墨君」
私は茜ちゃんに引っ張られていく玖墨君を見送ることしかできなかった。
あと少し手を伸ばせば届きそうなのに私のこの手は虚空を掴む。
(私は、どうしたらいいの……?)
「やっほ~。どうしたの?」
心の中でどうしようもない不安を抱え、しばらく呆然としていると不意に誰かに抱き着かれた感覚を覚えた。
びっくりして声がした方に顔を向けると……いつものように溌溂とした表情で微笑んでくれる友達である理奈ちゃんがいた。
「なんか暗くない?」
「べ、別に何もないから」
「ホントに~?」
そういってごまかす。
怪しい、とでも言いたげな目線から眼をそらす。
「……まあいっか」
そう言って私から離れ、弁当箱をひらひらとちらつかせる。
「今日一緒にお昼食べようよ?」
「う、うん」
自分のお弁当を持って理奈ちゃんの後に続いて教室を出る。
(玖墨君……)
彼が連れ去られて行ったであろう廊下を後ろ髪をひかれる思いで去る。
(嫌だよ……。離れ離れになるなんて……)
*
「よし、今日はここに決定~」
誰もいない空き教室に勢いよく入っていった理奈ちゃんに続いて静かに入りドアを閉める。
黒板の方に向かって規則正しく並べられている机を一つだけ後ろの方に向かせ向かい合う形でお昼ご飯を食べる私たち。
理奈ちゃんはお腹がすいていたのかわからないけれど無我夢中で食べていた。
それに対して私は一向に手が付けられず窓の方を向いてばかりいた。
(玖墨君……)
「お~い、話聞いてる?」
「えっ!?」
なので呆れた顔をして私を見ている理奈ちゃんに気づくのに時間がかかってしまう。
「な、何の話かな?」
「ほら、やっぱり聞いてないじゃん」
「そ、そんなことないよ~?」
「うっそ、目泳いでるじゃん」
「うっ……」
的確に指摘されどうしようもなく顔を伏せる。
「やっぱり、気になってるんでしょ。玖墨のこと」
「うう……」
さらに図星をつかれ、さらにうつむく私を見て理奈ちゃんはため息をつく。
「わかりやすいのよ、愛海は。そうやってそわそわするからすぐにわかるわよ」
私をまっすぐに見据える。そのまま吸い込まれそうな目に息をのんだ。
「で、どうするの?」
「どうって?」
「……言わなくてもわかるでしょ?」
「……」
そう言われて押し黙ってしまう。
「このままじゃあの姉妹にとられちゃうよ?それでもいいの?」
問いただすように畳みかける理奈ちゃん。
しばし押し黙ってしまった私を見て呆れたのか何も言わずここに来る途中で買った紙パックのジュースを飲みどこか遠くの方を見ている。
「……私だって」
「ん?」
「私だって……どうにかしたいもん。でも……」
(こんな私が、彼の目に留まるような人間なのかな……?)
そんな不安がよぎる。
だが不意に額に鈍い痛みが走る。
「いった~……」
「……愛海は愛海だって前に言ったでしょうが」
そう言ってまたも呆れながら私に諭す。
「あの三姉妹があいつに好意を持っていたとしても愛海は愛海でしょ。愛海のやりたいようにやればいいのよ」
そして飲み終わり握りつぶした紙パックのジュースをこちらに向けながら告げる。
「というわけで、あいつに告白の一つでもしてみんさいよ」
「告白……っ!?」
(そ、そんなこと言われても心の準備が……)
「まごまごしている間にとられちゃうかもしれないんだから。善は急げって言うじゃない」
「で、でも……」
「でももヘチマもなーい!」
そう言って机を勢い良くたたく。
突然のことについビクッとしてしまう。
「手遅れになる前に行動するしかないのよ、こういうのは!」
そして私をビシッという音が聞こえそうなくらいの勢いで指さし告げる。
「なので、今日告白すること!いいわね!?」
「は、はぃぃ……」
*
(愛海に急に『放課後屋上に来て』って言われたけど何なんだ一体……?)
ポケットに手を突っ込み黄昏ながらそう思う。
急に呼び出されることなんてそれこそ誰かに怒られるときかめんどくさい仕事的なものを押し付けられる以外にないから面倒なことこの上ない。
(急になんだよ、一体……?)
そんな疑問が頭を駆け巡り一周して飽きた頃合いくらいにようやくオレを呼びつけた奴が現れた。
「よう、人を呼びつけておいて待たせるとはいいご身分だな」
「……」
冗談交じりでからかってやったが反応がない。
(マジで何なんだ、一体……)
「何も用がないなら帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
帰ろうとしたオレの背中に声をかける女の子の声にダルそうに振り向く。
「……用があるならさっさと言ったらどうだ…橘?」
「え、えっ~と……」
うじうじしながら何か言うのをためらっているかのように感じる愛海。
そして意を決したように聞いてくる。
「玖墨君って……気になっている人とか、いるの?」
「はぁ?」
急に何を言い出すかと思えば、何を言ってんだこいつは?
「別にいねえよ」
「じゃ、じゃあ……大人しくて、自分に自信がなくてだけど誰かを好きになることに関しては誰にも負けないって子のことはどう思う……?」
「どう思うっつったって言われてもな……」
少し悩んだ末にオレは告げる。
「そう思われてる奴は相当幸せな奴だろうなってことだけはわかるな」
夕陽を見上げて誰かに言うでもなくつぶやく。それを聞いた愛海はパァーっと表情を輝かせる。
「それって……」
それを遮るかのように屋上のドアが勢いよく開かれる。
そこには光坂三姉妹が顔をそろえてそこに立っていた。
オレ達二人は急なことに対応できずその場に立ち尽くしていた。
「お前ら、なんでここに……?」
「神妙な顔して歩いてる知り合いがいたらもちろん気になるでしょ?」
翠がそう言って近づいてくる。茜と葵もそれに倣って歩み寄る。
「私たちは翠が誰かを追いかけていたから気になってついてきただけなんだ」
「そ、そうなんだ……」
「んで、お前らはストーカーみてえなことしてまで何でここに来たんだ?」
そう聞くと三人とも首を傾げてオレを見る。わかんないの、とでもいうように。
「そりゃあ……恋する乙女の顔の知り合いがいたから一体誰に向けてなんだと思うじゃない?それで気になって尾行してみたら……」
一拍おいてオレを見据えながら告げる。
「アンタだったなんて、ね」
意外そうに言うのに少しばかり引っかかるものを感じるがまあいい。
「まさかアタシたちと同じだった、なんてね」
「うんうん、そうだね」
「でも……これで役者がそろったということだね」
葵が確信したようにうなづき一人納得しているようだが全然わからない。
「どういうことだよ?」
「どうって、簡単なことだよ」
「橘さんも玖墨君のことが好き……そういうことだよね?」
愛海の方を向き告げるとそれを聞いた愛海は少しうつむきなにか恥ずかしがっているような印象を受ける。
って、マジかよ……!?
「そ、そうなのか……?」
言葉も出ずコクンとうなづくだけだがそれが十分な答えになっていた。
「まあ先に私たちが告白したのだがね」
それを聞いて今度は愛海がハッとしていた。
「えっ、じゃあもう……」
「落ち着いて、橘さん。ボクたちは確かに告白はしたけど断られちゃったんだよね」
そう言ってフォローを入れる。
「だけど、諦める気はないからね?」
「そうよ。一回断られたからって諦めるアタシ達じゃないんだから!」
「うん、そうだね。完全に脈がなくなったわけではないからね」
ふふっと微笑みオレを見つめる三姉妹。
「私だって……」
「ん?」
それを聞いていた愛海は何かボソッと言ったようだが聞き取れなかった。
そして急に顔を上げオレを見ながら告げる。
「わ、私だって負けないんだから!」
顔を赤くして叫ぶ。
「く、玖墨君!」
「お、おう」
大きく息を吸って意を決したように告げる。
「い、いつか私を……選んでね?」
そう言った愛海の顔は夕陽に照らされとっさに目を背けたくなるほど輝いていた。
「ちょっと~、ボク達のことも忘れないでほしいな~」
からかう茜の声を聞いて我に返ったオレはわ、忘れてねえしと強がる。
「ということでね……」
葵がそう言うと三姉妹と愛海が一斉にオレを見る。
そして葵が告げる。
「覚悟してね、玖墨君?」
「……」
(マ、マジかよ……)
オレを見つめてくる八つの瞳が突き刺さってくるのを肌で感じたオレはこれから起こることに関して頭を抱えるしかできなかった。
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