第17話 天国、あるいは……

(どうしろって言うんだよ、一体……)


 一夜明け、いまだに昨日聞かされた話を信じられずにいたオレはいつもの通学路を歩いていた。


(どうしたらいいんだ、オレ……?)


 考え事をしながら歩いていたから後ろから近づいてくる気配に気づくことができなかった。


「ちょっと、聞いてるの!!」


「おわっ!?」


 急に耳元で叫びやがるもんだから耳が痛い……。


 難聴になったらどうしてくれるんだ、コノヤロー。


「さっきから何度も何度も呼んでるのに気づかないそっちが悪いんでしょ!?」


 痛くなった左耳を抑えその方向を向くと、両腕を組み仁王立ちしている翠がいた。


「……確かにオレが悪かったけどよ。もうちょっと言い方ってもんがあるだろ?」


「気づかないそっちが悪いんでしょ?」


 ……それは否定できない。


「確かにオレが悪うござんした」


「わかればいいのよ」


 と言ってオレの左隣へ来る。


 ギョッとして固まっていると不思議そうな顔をしてこっちを見ている。


「どうかしたの?」


「……オレの隣歩くの嫌じゃないのか?」


「?」


 まるで何を言っているのかわからないといった表情でオレを見ている。


 こいつは以前自分の隣はあいつのものだからとか言ってた気がするのだが……?


「ああ、それね……」


 いきなり辺りが氷点下になったかのように冷たい声色が響く。


「玄斗のことはもう……話さないでもらえる?」


「わ、悪かったって!」


 それと同時に目が死んだように黒くなっているのを見たオレは即座に話題を変える。


「そういえば、葵と茜はどうしたんだ?」


「……あか姉は朝練で朝からいなくて、あお姉は校門前であいさつ運動するからって言ってたからいないわ」


 ようやく少し目に光が宿ったようのを確認して安堵する。


 それと同時に焦りを感じることになってしまう。


 ということはつまり……


「ア、アタシと二人きりよ!悪かったわね!」


 顔を赤らめながら早足で歩いていこうとする。


 別に悪いとは一言も言ってないが。


 だが少ししてこっちを向くと……少し顔を落とし聞こえるか聞こえないかの声量でボソッとつぶやく。


「それとも……アタシと二人は、嫌だった?」


「……別に嫌じゃねえよ」


 急にしおらしくなってしまった翠を慰めるようになるべく優しく声をかける。


 それを聞いた一瞬、ぱあーっと明るい顔つきになった気がするがすぐに元に戻り


「さ、さあ行くわよ!」


 恥ずかしさを隠すようにしているのか咳ばらいをしてからオレの隣に来る。


「はいよ」


 まあそんなこんなでオレ達は通学路を一緒に歩いていく。


「ちくしょう、なんであいつばかり……」


 ……周囲の怨嗟の声が聞こえてくるが聞かなかったことにしよう。


 そうこうしているうちに校門前に着いたオレ達。


 そこにはあいさつ運動を生徒会総出でやっている葵たちがいた。


 するとオレ達を見つけた葵が……


「今日の昼休み、楽しみにしていてね」


 校門を通り過ぎようとしたオレの耳元に近づいてささやく。


 驚いたオレは葵の方を見るが、さっきまでのことが嘘のように平然としている様子だった。


(はっ、今何て……?)


 信じられないといった感じでオレは葵の方を見る。


 すると向こうもこっちを見ていたようで不意に目が合った、と思ったらこっちにウィンクしてきた。


 まるでさっきのことが嘘じゃないと言わんばかりに。


 今の一連のやりとりを見ていた他の生徒たちが何事かと騒いでしまっている。


(さっさと立ち去らないとやばいぞ、これ……)


 すぐにこの場からいなくなろうと歩き出そうとする。


 ……が動かない。


(えっ、何で……!?)


 すぐ横を見ると翠がオレの左腕に抱き着いている……ってどういうことだ、これ!?


「あ、あお姉が相手だってゆずれないんだから!」


「ふふ、そうか。これは手ごわいね」


 翠が声高らかに叫ぶが、とうの葵は涼しい顔で受け流している。


 ただどちらともにじみ出てくるオーラが……怖い。


 ただそれを感じているのはオレだけのようで周りの生徒たちはオレを恨みで串刺しにしてやろうかと言わんばかりににらみつけている。


(はやく、解放してくれ……)


「さ、さっさと行くわよ!」


 この修羅場から一刻も早く抜け出したい、と思っていると翠がオレの腕に抱き着いたままそそくさと歩いていく。


「ちょ、ちょっと待てって!」


 翠に引っ張られながら無理やり歩かされるオレ。


 ふと後ろを向くとこちらを向いてニコッと笑っている葵の表情が見えた。


 だがそれが見えたのも一瞬ですぐに翠に引っ張られ校舎内に入った。


 その後自分の教室に入った時もまた好奇と怨嗟の視線を串刺しになるかの如く浴びるわけになるのだが。


 そうして校舎内に入りようやく翠からも解放され教室に向かうのだがそこでも串刺しにしてやろうかとでも言いたげな視線にさらされることになり、それは教室に入ってからも続いた。


(これが続くのか……まあ、ほかの奴に睨まれるのは日常茶飯事だったから別にいいんだが……)


 問題なのは、玄斗に対してやっていたアプローチがすべて……オレに向けてやっているという点だ。


 そのせいで、今まで向けられていた嫉妬や怨嗟の視線がさらに強くなってしまった。


 まあ今更なので、どうしようもないのだが。


(まあ、しばらくは……この生活を続けるほかないか……)


 諦めにも似た感情を内に秘めつつ机に突っ伏してふて寝を決め込んだ。


 ただ、これがまだまだ序章にしか過ぎないことをオレは後に知ることになる。

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