第13話 それは言の刃となりて

「……ボール!フォアボール!」


 審判から告げられたのは無情にもグラウンドに響きマウンドに立っていた茜に限らずその場にいた全員が石化したように固まった。


 数秒して事態を飲み込んだ相手がホームベースを踏み決着がついた。


 押し出しサヨナラ負けだ。


 相手ベンチは帰ってきた走者を迎え喜んでいる。


 一方マウンドで呆然と前だけを見続けている茜の顔は恐ろしいくらいに無表情だった。


 悲しんでいるでも悔しがっているわけでもなく。


 ほかの仲間が肩をたたくまでその場でずっと立ち尽くしていた。


 両者ともに礼をしそれぞれ応援してくれていたスタンドに向かうと深々と礼をした。


 ベンチへ戻ってくると各々の選手たちはこらえきれなくなった涙を流しひざから崩れ落ちる者もいた。


 ただ……茜だけはずっと心ここにあらずだった。


 他の仲間がベンチに下がっても茜だけはずっと先ほどまで自分が立っていたマウンドを見続けていた。


 それは仲間に下がるよう促されるまで続いていた。




 *




「あか姉、大丈夫かな……?」


 翠が不安そうな顔をしながらグラウンドを眺めている。


「……確かに心配だな」


 同調するようにつぶやきグラウンドを見やる。


 試合が終わり、両軍ともに礼を終えそれぞれのベンチに戻っていくのだが終始茜の様子がおかしかったのだ。


(まあ仕方ねえか。あんな終わり方じゃあ……)


 地方大会決勝戦7回裏ツーアウト満塁でしかもフルカウント。


 相手にとっては絶好のチャンスで味方からすれば一歩間違えばサヨナラ負けという最大のピンチだ。


 そんな場面で茜が投げた球が……ギリギリボールであったためにフォアボール。


 つまり押し出しのサヨナラ負けだったのだ。


(気にすんなって方が無理だよな……)


 中々ない終わり方をした決勝戦だったがそれも終わり閉会式が執り行われた。


 主催者のありがたい話も終わり、選手たちが整列をしてグラウンドを後にしていく。


 オレ達も試合が終わり閉会式も終わったということで帰る支度をし、会場を出る。


 バスで来ていたオレ達は会場外にある駐車場で集合の合図をかけられ待機していた。


(暑いから早く帰りてえ……)


 心の中で愚痴っていると、とある女子生徒がこちらに向かってくるのがわかった。その顔には焦りと不安が入り交じった感情がのっていた。


 全力疾走したからだろう。


 肩で息をいながら呼吸を整えるととんでもないことを口にした。


「茜が……茜が死んじゃう!!」




 *




(やってしまった、どんな顔をしていればいいんだろう……)


 決勝戦が終わりベンチに下がったボクたちはそこからも出てロッカールームへと向かう道中にあるシャワー室で汗を流していた。


 水の音で消えると思っているのか各々好き勝手に喋っている。


 そそくさとシャワー台の一角に入り入ってくる雑音をシャットアウトするために目いっぱいシャワーの蛇口をひねる。


 それでも嫌が応にも声が聞こえてくる。


 多くは他愛ないお喋りなのだがその中でボクに関する話題が聞こえてきてしまった。


「最後のあの投球だけどさ、あれなくない?」


 その言葉が聞こえた時、そっちの方に耳が行ってしまった。


「やめなって、こんな場所で……」


「でも、あれがなければこんなことには……」


 ボクの話をしている声が聞こえる。


(やっぱり言われるよね……本当にボクは一体何やってるんだろう……)


「大丈夫ですか、キャプテン?」


 二人が話しているのを聞きながらシャワーを浴びるしかない状況に打ちひしがれていると隣に入ってきた後輩が気にかけてくれた。


「だ、大丈夫だよ。ありがとう」


「それにしても、ひどいですね。あの人たち。先輩だって一生懸命頑張ってたのに」


「ま、まああんまり言わないであげて。3年生にとっては最後の夏になるんだから言いたくもなるよ」


「でも……」


「良いから。でもありがとう」


 そう言って気を遣ってくれる後輩をなだめつつボクもシャワー室を後にする。


 その後すぐの閉会式も何事もなく終わりロッカールームに戻る。


「ねえ、どうしてくれんの?」


「……えっ?」


 帰る支度を進めていると、とある三年生の先輩に声をかけられた。


 その先輩の方を向くと突然胸倉をつかまれ睨まれる。


「私の最後の夏がこんなあっけなく終わったのはあんたのせいよ!どう責任取ってくれんのよ!!」


「……」


「何とか言いなさいよ!!」


 こんなボクが何か言えるわけがない。何か言ったところですべて言い訳になってしまう。


「アンタなんて……死んじゃえばいいのよ!!」


「ッ……!」


 どうしようもなくうなだれるしかなかったボクに痛烈に刺さる言葉をぶつけられる。




 ……気が付いた時には、自分のことを慰めてくれる仲間のことを気に留める余裕もなくロッカールームを走り去った。


(こんなボクなんて……消えてしまえばいいんだ……)








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