第10話 その姉、恩人につき。
降りしきる雨の中、ほうぼうの体でマンションに帰ってきたオレは翠が貸してくれた傘を閉じ3階へ向かうエレベーターに乗り302号室と書かれたドアを開け狭い玄関に置いた。
2LDKと一人で住むには広い間取りだ。
だがここを快く貸してくれた義姉には感謝しなくてはならない。
ならないのだが……
「おぉ~、おかえり~ハル君~」
「……ただいま、かな姉」
帰ってくるなり気の抜けたような声で迎えてくれたこの義理の姉はとてもだらしない。
雑誌で見るようなクリーム色の綺麗なロングヘアーは鳴りを潜め、上はダボダボの白ティーシャツで同じく白のショートパンツを履いているこのだらし姉があの有名な雑誌でモデルをしているかの有名な
ちなみに天羽聖は芸名であり、本名は
「びしょ濡れだね~~」
流石に不憫に思ったのかどこかへと向かい数分もしないうちにタオルを持って戻ってきた。
「はい、これで拭いて」
「あんがと、助かるよ」
傘のおかげでびっしょりにはならなかったものの、激しすぎる雨のせいで傘で防ぎきれなかった分が体にかかってしまった。
のでそれを拭きながら家にあがる。
「おや?見ない傘だね」
小首をかしげ玄関先に置いてある傘に疑惑の目を向ける。
そしてその眼は必然的にオレに向く。
「キミも隅に置けないねえ~」
そう言いつつ脇を小突く。
「友達から傘借りただけだって」
「ホントに~?」
事実を述べているだけなのに何故こうも突っかかるのだろうか?
「これ、どう見ても女の子ものじゃん。短いし」
「そりゃ折り畳み傘だからな」
「そういうんじゃなくて、わざわざ傘貸してくれるってよっぽど仲良くないとやらないよ?」
「そうなのか……?」
「そうだよ~。だってどうでもいい男の子に傘貸さないでしょ?」
そうなのか……。女子ってよくわからねえ。
「どんな子なんだろうねぇ~。すごく優しい子なのかな?」
まあ優しいこたあ優しいが……
「というよりも雨に濡れて風邪ひいたっていうアホなことになりたくないから風呂入るわ」
「あら~、ごめんねえ~」
そう言って雨に濡れてしまった靴を脱ぎ自分の部屋へ着替えを取りに向かう。
「行ってらっしゃ~い、ゆっくりしていってね~」
という気が抜けるような間延びした声を背に受けながら。
(翠がオレのことを……?そんなバカな……)
そんなありえないことを考えてしまった。
だがありえない。あいつはオレへの態度が少々軟化してきたがだからと言って好きではないだろう……。
(まあそんなこと考えたところで何にもならんしなあ)
と頭を切り替えて着替えを携え風呂へと向かう。
そんなことないだろ、という戸惑い半分期待半分の気持ちを抱えて。
*
「ごちそうさまでした~」
「お粗末様でしたっと」
オレとかな姉は二人して同じくらいに食べ終わり一息ついていた。
「さすがハル君だね~。キミの料理は世界一おいしいよ~」
「はいはい、そりゃどうも」
「む~、またあしらった~。ほんとのこと言ってるのに~」
「毎回いわれてちゃあめんどくもなるでしょうが」
いつものようにどうでもいいやりとりを繰り広げ食器を片付けていく。
「……でもよかった」
唐突に切なげな声を出すかな姉に妙な違和感を覚え洗い物をしている手を止めて振り向き聞く。
「……急にどうしたんだよ?」
そう問いかけると遠い目をして天井を見上げる。
「いやハル君との最初の出会いを思い出してね。あの時のハル君こんなに明るくなかったから」
「……その時のこと、思い出させないでくれよ。ハズいから」
そう言ってオレは洗い物の作業に戻る。
立ち上がった音が聞こえたその刹那、誰かに後ろから抱き着かれ頭をなでられた。
「あの時、本当に心配したんだからね。あのままハル君が消えてしまうんじゃないかって」
「……」
そうだ、かな姉とこうして暮らすきっかけになった事件があった時の夜こうして安心させてくれたっけ。
ただ……
「今洗い物中だからやめてくれ」
「え~、いいじゃん。もうちょっとさせてよ~」
「後でいくらでもさせてやるから今はどいてくれ」
「は~い」
そう言って渋々離れていく。
「あっ、そうだ。言っておかないといけないことがあったわ」
思い出したようにしゃべりだす。
「私、来月海で撮影があるのよ。それでしばらく家空けるから後のことよろしくね」
「了解」
まあいつものごとく仕事ってことね。
「ついてきても……いいわよ?」
「誰が行くか」
かな姉は超有名人であり今オレとこうして暮らしているのも知っているのは極めて少ない。
知っているのは今の事務所の社長とマネージャーさん、後は所属事務所の社員くらいか。
そんなわざわざ墓穴を掘りに行くような真似をする気はない。
というか……
「かな姉は有名人なんだから変な噂がたったらダメだろ」
「え~、ケチ~」
いつの間にソファに戻っていたのか。横になって足をジタバタさせながら文句言ってる。
「今順調に仕事できてんだからスキャンダルなんて起こしたら嫌だろ」
「……それはそうなんだけど、ね。ついてきてくれると嬉しいなって」
「ん?どしたん?」
「何でもないよ~」
小声で何か言ってるような気がしたがはぐらかされた。
ま、いいか。
そうして雨が激しく降る音とともに夜は更けていく。
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