第9話 傘忘れて出かけた時はいつも雨
「あ~やべ、どうしよ……」
昇降口のドアの前でどうすることもできず立ちすくむ。
今は6月、梅雨の季節。
なぜ忘れてしまったのか今朝の自分を責める。今日は帰るくらいの頃には晴れる予報だったはずだ。
なのに今外は予報が外れてバケツをひっくり返したような雨が降り注いでいる。
人によっては諦めたのか鞄を傘代わりにして走っていく。
(オレも濡れて帰るしかないか……?)
「そんなところで何してるのよ?」
「ん?」
そんなことが頭をよぎったその時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
そっちを振り向くと特徴的な緑髪のツインテールの少女、翠が首を傾げてこちらを見ていた。
「見てわかんねえのか、今の状況を」
「わからないから聞いてるんじゃない」
そう言ってオレをしばらく見た後、あっと声を上げる。
ようやくわかってもらえたか、今の状況を。
「傘……持ってこなかったの?」
「……そうだよ。なんか悪いか?」
「……別に悪くないけど。ちょっと待ってて」
そういうと持っていたカバンの中に手を突っ込み何かを探していた。そして目当てのものを見つけたのか、それを差し出す。
「はい、貸してあげる。明日にでも返してくれればいいから」
そう言ってあるものを差し出す。
薄い緑の細いボーダーが入った折り畳み傘だ。
「いいのかよ?」
「何よ、アタシの厚意が受け取れないって言うの?」
「そうは言ってねえよ。……ありがとな」
相変わらず素直に感謝も言えていないが助かるのは事実だ。ここは素直に甘えるとしよう。
「じゃあ、また明日な」
そう言って別れを告げる。
明日ちゃんと返さねえとな。
……翠が若干恥ずかしそうにしてたのが気になるがオレの気のせいだろう。
*
(た、ただ傘を貸してあげただけなのになんでこんなに顔が熱いの……?)
自分の顔がいまだ熱を持っているという事実に困惑を隠せない翠は忠晴が去った後、顔を両手で隠しうろたえていた。
(アタシは玄斗のことが好きなはずなのに……何でなの?)
「どうしたの、翠?そんなとこでうずくまっちゃって」
声のした方へ顔を向けるとそこには葵と茜が二人仲良く並んでいた。
「もう。雨がひどいから先に帰ってていいって言ったのに」
葵はそう言って呆れるがそこまで強く非難している口ぶりではない。
いわゆる姉妹間のノリというやつだ。
「……玄斗は?」
「玄斗ならもう帰っちゃったよ」
「何よ。玄斗は本当に乙女心がわかってないわね」
「まあまあ。玄斗にも事情があるんだろうし私たちも帰ろう」
そう言って茜と葵はそれぞれ自分たちが持ってきた傘を差す。
一方翠はその場に立ち尽くしていた。
「あれ、翠は傘どうしたの?」
「あっ、玖墨に貸したんだった……」
翠はうっかりしていた。今日持ってきた傘は忠晴に貸したあの折り畳み傘だけだったのだ。
「それじゃあ、私の傘に入りなさい」
そう言って葵は自分の傘に翠を招き入れる。そして小声で耳打ちをする。
「実は物陰から見てたわよ、貴方たちのこと」
そう言うと翠はあからさまに動揺していた。
「い、いつから!?」
「貴方が玖墨君に話しかけるところからね」
「それもう最初からじゃない!」
いそいそと帰る準備をしている茜をちらっと見た後葵に問いかける。
「もしかして、あか姉も見てたの?」
「ううん、私だけよ」
「よかった~……」
「……こそこそ何の話をしてるの?」
茜はジト目で挙動不審な二人を見ていた。
「な、なんでもないわよ」
「ホントに?怪しいなあ~」
「だ、だからなんにもないんだってば!」
「そこまで必死に否定してたら余計に怪しいよねえ~?」
そう言いつつ翠の顔を突っつく。
「何があったか白状しなさい!この~」
「こら、意地悪するのはそこまでにしなさい」
「は~い」
葵がピシャリと𠮟りつけると涙目になった翠がさっと葵の後ろに隠れる。
「まあ、悪ふざけはここまでにして帰りましょうか」
「そうだね!」
「ううっ……」
「だから悪かったって、ごめんね」
涙目で抗議する翠に謝り、自分の傘を差して家路につこうとする茜。
くるっと振り返り告げる。
「そういえば、二人ともあまり玄斗について何も言わなくなったよね?何でなの?」
「えっ、それはその……」
「……」
素朴な疑問をぶつける茜。
葵と翠は二人して沈黙を貫く。
雨がもたらした嫌な雰囲気が三人の空気を占める。
すると堰を切ったように茜が笑い出した。
「あはは!冗談だよ。さあ帰ろうよ。雨足が強くなる前に、さ」
そう言って踵を返し傘を差して外へ出る。
それに連なって翠と葵も相合傘の形になって外へ出る。
「翠も……玖墨君と何かあったんでしょ?」
「へっ?もしかしてあお姉も……?」
「私もあったのよ。色々と、ね」
そう言ってウィンクをし翠の返事の代わりとした。
(私って玄斗のこと、ほんとに好きなのかなあ……)
(アタシって玄斗のこと、どう思っているんだろう……)
二人して玄斗に対しての感情に疑問符がついていた。
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