第8話 その少女、不自然につき。~長女の場合~

 忠晴が飲み物を買いにその場を離れた後、葵はその場で一人うつむいていた。


 先ほどのお化け屋敷の怖さがまだ残っているように見える。


 だからだろうか、近づいてくる影に気づくのに時間がかかった。


「……葵?」


 今この場にいるのを不思議に思っているのが声色からなんとなくわかる。


 その声を聴きハッと顔を上げると、そこには葵の想い人である玄斗がいた。隣には恋敵である愛海はいない。


「どうして、ここにいるの?」


 すぐには言い訳ができず顔をうつむかせる葵。いくらか葛藤したのち意を決して言の葉を紡ぐ。


「じ、実は……友達と来てるの……」


 嘘は、言っていない。


 事実忠晴と先ほどまでデートまがいのことをしていたのだ、と自分に言い聞かせ玄斗を見やる葵。


 少しは悔しがってくれると嬉しいな、と淡い思いを抱く。


 しかしこの男はとても純真で、残酷だった。


「そうだったんだ、よかったね!」


 満面の笑みで、しかも屈託なく答えた。


 あまりにもまぶしすぎるその顔から眼をそらし、再度顔をうつむかせる。


 だが件の男はそんなことを意にも介さずに明朗快活に喋りだす。


「葵さんって友達いないと思ってたから、心配だったんだ。よく僕と一緒にいてくれるから一人なんじゃないかなって。でも遊んでくれる友達がいるみたいでよかったよかった」


 ここまで自覚なしとはひどすぎる。いっそのこと思いっきりフッてくれという感情が沸き起こる。


「……ッ!」


 気づくと葵は立ち上がりどこかへと一心不乱に走り出した。


 頭に疑問符をつけて呆然と立ち尽くす玄斗を置いて。




 *




(そろそろ戻んないとどやされるかもなあ)


 先ほどの気まずい空気から逃れ一人遊園地を歩き回っているオレ。


(途中で寄ったショップでいい買い物もしたし、まあこれで許してくれる……か?)


 心の中で自問自答し、少しばかり心配になってしまう。


 確かさっきの尾行の時に少し気になりながら目線を外していたのがこれだったので多分あってるはずだ。


 自分に言い聞かせながら先ほどの場所へと戻ろうとする。その時だった。


 何かがオレの横を走り抜けていった。何事かと振り返ると蒼髪のポニーテールが揺れ人ごみの中を駆けていった。


 ってあれは!?


(葵じゃないか、どうしたんだ!?)


 急いでオレも後を追いかける。


 さながら警察と犯人のチェイスだ。道行く人もなんだなんだと騒ぎになっているが気にしていられない。


「おい、待てって!」


「……」


「何が、あったんだよ!」


「……」


「だから、待てって!!」


 止まるように言い聞かせても応じない。


 どれだけ走ったろうか。オレと葵両方とも肩で息をしている。


 海にほど近いからか潮の香りを感じる。確かこの遊園地は海沿いにあったからそれだろうか。


 少し回復の速い葵が振り返り告げた。


「もう私に付き合わないで!」


 その顔は涙でぐしょぐしょに濡れており、吐き出した叫びも涙と混じってとてもこのままにしてはおけなかった。


 そして後ろにあった柵に顔をうずめ、また泣き出してしまった。


 オレは息を整えながらそんな葵の横につき、海辺を見ながら静かに佇んだ。


 どれくらいそうしていただろうか。


 いくばくかの時間が過ぎていき次第に周りが暗くなっていく中ポツリポツリと話し出した。


「私、玄斗が好きでね。だから尾行までして彼の気を引こうとしたの。でも彼は全然気にも留めてなかったの。それどころか私のことなんてこれっぽっちも頭の中に無かったみたい」


 そう言ってまた顔をうつむかせいそいそと泣く。


「私……バカみたい……。本当に……バカみたい……」


 嗚咽交じりに吐き出した感情を黙って聞くしかオレにはできなかった。


「じゃあ、帰りましょう。もう遅いし」


「……ちょっと、待てよ」


 涙を勢いよく拭って帰ろうとする葵をオレは引き留めた。


 そしてポケットからショップで買ったキーホルダーを葵に渡す。


「今日尾行するとき、これ見てたろ?欲しいんじゃねえかと思って」


 ぶっきらぼうに言い放つ。


「い、いらねえんなら捨ててもいいぜ」


「……私、欲しかったのこれじゃない」


 呆気にとられた後、言い放った葵に驚くオレ。


「違うのかよ!これ見てたからこれかと思ったじゃねえか!」


「私が見てたのはそれじゃなくて左隣の奴!」


「紛らわしいわ!」


「間違えたのはそっちでしょう!?」


 そういいあった後、どちらからでもなく笑い出した。


 今日あった嫌なことを吹き飛ばすかのように。


 その笑い声をかき消すくらいに大きな音が水平線上に鳴り響く。


 二人して音がした方向を向くと、黒一色のキャンパスに彩り鮮やかな花が咲き誇った。


「綺麗……」


「ああ、綺麗だな」


 二人してそれを見ながら今日という一日を終えた。




 *




 GWも明けた日。


 連休明けだからだろう。


 眠そうな奴だの、もっと休み続いてほしかっただの騒ぐ中オレはこの前にあった出来事を思い出していた。


(葵の奴、大丈夫なのかね……)


 そんなことをぼんやり思いながら窓の外を眺めていた。


 ガラッと教室のドアが開いたことにも気づかずに。


「ねえ、今時間大丈夫?」


 急に声を掛けられびっくりして振り向くと、ちょうど思いを馳せていた相手が現れた。


「あ、ああ……」


「なら、ついてきて」


 そう言って、呆然としているオレを置いて教室の外へ行こうとする葵を追いかける。


 周りの連中は何事かと騒いでいるようだったが。


 そうして教室から出てどれだけ歩いただろうか。


 人気のない特別教室棟辺りまで連れ出されたオレは一抹の不安を感じていた。


 先ほどからオレを連れ出しここまで来たというのに肝心の葵が無言なのだ。


(やっぱり、生徒会に強制的に入れられちまうのか……)


 重い空気が漂う中、葵が口を開く。


「……この前のこと、感謝してるわ。ありがとう」


 うっすらと笑みを浮かべ感謝を告げる。


「あなたには、恥ずかしいところ見られちゃったわね」


 ふふっとまた微笑みを浮かべ語りかけてくる。


 いつもとは違いずっと柔らかい雰囲気を感じさせる葵にオレは戸惑いを隠せなかった。


(いつもオレには当たり強かったのにずいぶん変わったな……)


 まあこの前のアレは怒ってなかったってことだな。よかった。


「それと、生徒会のことなんだけど……」


 そう言って一呼吸入れて告げる。


「忙しいって言っていたのに悪いことしちゃったわね。無理に誘った私が悪いから無かったことにして、ね?」


 GW前とは打って変わって柔らかい口調で話す。


「……この前はあまりにも無理やりだったから嫌だっただけだ。だけど手伝いが必要なら言ってくれ。手が空いていれば手伝うくらいのことならする」


(あまりにも、不躾すぎたか?)


 少し後悔しながら言い、恐る恐る葵を見やる。


「本当!?ありがとう!」


 今までのクールな生徒会長とは180度変わって優しい笑顔と嬉しそうな口調でオレへの返事とした葵にオレは一瞬クラッとしてしまった。


(あれ、こんなに明るい奴だったっけ?)


 そんなオレの疑問が伝わってしまったのかわからないがばつの悪そうな顔をして頬を掻く。


「ご、ごめんなさい。私、玄斗に好きだっていうのが伝わってしまうのが怖くてずっと顔に出ないようにしていたの。玄斗を見ると頬が緩んじゃうから」


 だから睨んでるような顔になっちまってたのか……


 まあ玄斗にはバレてないな。まったくと言っていいほどには。


(あいつ鈍感すぎんだろ……)


 呆れとともにここまで鈍いあいつに妙な感心すら覚えてしまう。


「そ、それじゃあ教室に戻るわね」


 そう言って、オレに背を向ける葵。


 ただ出ていく前に振り返り微笑みながら告げる。


「これから、頼りにしてもいい?」


 やはりまだ不安だったのか最終確認のような形で聞いてくる葵に


「ああ、構わねえよ」


 とぶっきらぼうに返すオレ。


「ありがとう!頼りにさせてもらうからね、


 とびきりの笑顔を見せた後に走り去っていく葵をぼ~っと見送った後でチャイムが鳴り気づく。


「あ、始業時間過ぎた……」


 まあ珍しいもん見れたので良しとしよう。


 そう思いながらオレは教室へと戻るのだった。




 余談だが教室へ戻った時、愛海がぷくーっと頬を膨らませていたが、オレ何かしたっけか……?とモヤモヤを抱えたまま過ごすことになるのだった。

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