第7話 苦手なものは人それぞれ
「……」
床に飛び散った患者のものであろう血、ところどころひどく割れているガラス。そしてそれらを照らす不気味な緑色の光……。
声を発する余裕もないほど周囲の景色に恐れおののいている。まあ無理もない。なんせ……
(テレビで見た時よりおどろおどろしいもんなあ……)
オレも正直ホラーは苦手の分野に入る。しかし隣にいる葵がオレ以上に怖がっちまってるから逆にすごい冷静になってしまっている。
さっきからオレの服の裾をこれでもかってくらい力強く握っている。しかも顔をうつむかせて。
「……怖い」
とか小声でささやいている。その声色はとても震えていてさっきまで玄斗に対してのおぞましい形相はどこへやら。完全に借りてきた猫状態になっている。
「わ、私をしっかり……守りなさいよ……!」
足すらがくがくになっていてまともに歩くことすらままならなくなってしまっている。余程怖いのがだめらしい。
(けど確かにこれはこえ~なあ……)
隣に葵がいなければオレがこうだったかもしれないと思いつつも歩を進める。
不意に横から大きな声で恨んでやる!!と響いた。
(オレの近くかよ……)
少々ビクついてしまったが何とかこらえ先に進もうとする。だが……
(あれ、なんか重いな……いったい何が……!?)
急におもりがついたみたく前に進めなくなったので後ろを見ると……
「……」
完全にヘタレて地面にへばりついたみたいに動けなくなってるようだ。
「もう……ムリだよぅ……」
しかも戦意まで喪失している。
「どうした?」
「もぅ……嫌ぁ……」
地面にへたり込んでその場から一歩も動けない状態になってしまった葵を見たオレは思わず聞いてしまった。
「行けるか?」
「……」
もはや何もしゃべらなくなり、首を振ってもう無理だと上目遣いでオレに訴えかけてくる。
不意に目をそらしてしまったのはそれが可愛かったからだ。決して見下ろす形になってしまい谷間をガン見してしまう今の状況が恥ずかしかったわけじゃない。
心の中で誰に言うわけでもない言い訳をのたまいつつオレは葵に背中を向けておぶる用意をした。
「……ふぇ?」
怖さが限界に達したのか幼女みたいな声を上げてオレの背中を不思議そうに見つめる。
「おぶってやるよ」
「……」
ふと後ろを見やると恐らくためらっているのだろうか、微動だにせずじっとしている。
「ここから動けなきゃ出るもくそもないぞ」
「わ、わかったわよ……」
そういってようやくオレの背中に乗ってきた。それはいいんだが……
何とは言わないがあれが当たっている。……二つの大きなメロンが、だ。言わせんな恥ずかしい。
「は、速く行きなさい!」
これで怖いものを直視しなくて済んで安心したのかいつもの調子が戻ったようだ。
だがオレはこれから二つと戦わなきゃならなくなった。
このお化け屋敷と背中に感じる……メロンと。
(出るまでに耐えてくれ、オレの理性……)
*
外に出る頃には日が落ちており暗くなり始めていた。
そんでもってオレの理性は何とか持ってくれた。ただそれよりも……
「おい、大丈夫か?」
「……」
結局オレたちはリタイアということで従業員用の出口から出ることになった。
スタッフ曰く脱落者は珍しくないのでそんなに気にしないで大丈夫ですよということらしい。
たださっきから葵がこんな調子でうつむいてしまっている。まあ無理もないか。怖いのが苦手ってのは入る時から一目瞭然だったしましてや想い人じゃないオレに見られてさぞ嫌な気持ちになっているだろう。
とりあえずオレたちはお化け屋敷から離れたところにあったベンチに腰かけている。
どうしたものか、と一人悩んでいるともぞもぞと話し出した。
「……私、怖いのが苦手なの」
まあそりゃそうだろうなと心の中でごちる。
入る前からあからさまに怖がってちゃ流石に誰でもわかる。
「みんなの生徒会長だから完璧でいないとダメなのに……」
誰が聞いてもわかるくらい落ち込んだ声が響く。
「ねえ……失望しちゃった、でしょう?」
いかにも、元気ないです私、といった声色でしゃべる葵に……
「……なんで失望なんかすんだよ」
ぶっきらぼうに言ってやった。
「人間生きてりゃ一つや二つ苦手だったり嫌いなもんもある。それを言うならオレだってホラー苦手だし」
慰めになっているかわからないがオレなりの優しい言葉をかけたつもりだ。
「そんな可愛い一面もあったんだな。ただそれを見たのがオレで悪かったけどな」
自虐であり本心でもある言葉をつらつらと言ったつもりだが葵からの返事は無かった。
不思議に思い左横を見ると顔をうつむかせて何やらプルプル震えている。
「お~い、どうした?生徒会長さ……」
「か、可愛い!?私が!!??」
怒ってんのかと思ったら今度は顔真っ赤にして両の手で顔を隠している。
「そ、そんなこと、玄斗に言われたことないのに……」
そう言って今度は落ち込む。どうやら感情は思っていたよりもにぎやからしい。
あいつのことだからてっきりそんなこと当たり前に言ってんのかと思っていたがどうやら違ったようだ。
「玄斗はずっと私のこと、怖いとしか言わない……」
まああいつのことを見る時、ニヤケてるのを察知されたくないからなのかわからんが睨んでるように見るからな。
「……」
「……」
正直どう言って慰めたらいいのかわからなくて双方黙ってしまい気まずくなってしまった。
「お、オレ、なんか飲み物でも買ってくるわ」
と、とてつもなく下手な言いつくろいをしてその場を離れるしかできなかった。
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