第4話 その少女、不格好につき。~三女の場合~

 ……というわけじゃないがオレが選ぶことになっちまったんだが、どうしてこうなった……?

「言っとくけど、ふざけたの持って来たらただじゃ置かないんだからね!」

 へいへい、とやる気なく返す。

 こんなとこでぶっ飛ばされるのは勘弁願いたいということで選んでやるとする。

(あいつに似合う服、ねえ……)

 翠に一瞥をくれてやるとこっちをじっと見ているようだった。

(監視されてるみてえでムカつくな……)

 隣に愛海がいないんであいつも恐らく探しているんだろう。ただしあいつは自主的なようだ。

 さっきからあれこれ服を持ってきてはこれじゃない、じゃあこれは……なんて相談しあっている。

(早いこと持ってかねえとどやされるな……)

 とりあえずオレは目についた服を取り持っていく。

「これなんてどうだろうか?」

「……アンタ、本気で言ってる?」

 翠が一瞬怪訝そうな顔をする。

 ……オレのチョイスがなんかおかしいのか?

 その隣にいる愛海なんて顔を両手で覆い恥ずかしそうにしているし。

 自分が掴んだ服をよく見て見ると……前だけがちゃんとあり横、というか後ろが全然ないいわゆるネットで有名になった○○を○すセーターだった。ってなんでこんなもんがここに置いてあんだ!?

「……ふざけるなってアタシ言わなかったっけ?」

「ふ、ふざけてねえって!」

 こめかみをピクピクさせながらにらみをきかせてくる翠に慌てて弁解をするも……

「もう一回ちゃんと探してきなさいよ!」

 時すでに遅し。バチーーン!と思いっきり平手打ちすなわちビンタをかまされる。……こんな公衆の面前で。

「良い!ちゃんと!探すのよ!」

「わ、わかったから振りかぶるのをやめろ!」

 こうしてオレはもう一度服を探す羽目に。なんでこんなとこにあんな服売ってんだよ、つうかあそこに置いた奴誰だよ……

 心の中で一人愚痴るがこれ以上あの猛犬(翠)を高ぶらせるわけにもいくまい。

(わざとじゃねえんだけどなあ……)

 ぶたれた頬をさすりながら探す。そして見回った結果ある一着の服に目を奪われ

(これとかどうだろうか……)

 と思い持っていくとする。

(流石に大丈夫だよな……?)

 正直まためんどいことになりかねんが良いと思った以上持っていった方が良いだろう。

 そう踏んで戻ることにした。

 戻った先にはああでもないこうでもないと試行錯誤している二人がいた。

 あんなことをされた後だ。誰だってこうなる。

「ほ……ほれほか、ほうふぁ……?」

 声が若干おかしいがしょうがないだろう。さっきぶたれた頬が痛くてしょうがないのだから。

「……」

 黙ったままオレが持ってきた服を見る翠。

(また、ミスったか……?)

 動揺を隠しつつもじっと持ってきた服をぼーっと見つめる翠。

「……ホントに、似合うと思ってるの?」

 その声色にはさっきの怒気がまるでなくどちらかというと困惑の色合いが強かった。

「オレは似合うと思って持ってきたんだが……」

「わ、私も似合うと思うよ!」

 愛海もそう言って持ってきた服をすすめる。

「……わかった。着てみる」

 そういうとおもむろに試着室へと入っていく。

 そして数分後……

「……」

「……」

 試着室から出てきた翠に目を奪われ言葉を失った。


 そこに立っていたのは……スカートが段差になっており裾の部分がレース模様になっている純白のワンピースを身にまとった翠だった。


「ど、どう?変、じゃ、ない?」

「……」

「な、何か、言いなさいよ……」

「…す、スマン。あまりに綺麗だったんで思わず見惚れちまってた」

 顔を赤らめながら尋ねてくる翠にとっさに反応できなかったオレは恥ずかしがりながら返事するので精いっぱいだった。

「ば、バカ。アンタに言われたってう、嬉しく、ないんだから……」

 赤らめた顔がさらに赤くなりついには顔を俯かせる翠に

(こいつ、こんなに可愛かったっけ……?)

 と今までの認識を改めた方が良いという反省をしつつ、何やら自分の服の裾を掴まれている気がしたので見て見ると……

「……何してんだ、橘?」

「……ふん、だ」

 頬を膨らませそっぽを向く。

(オレ、なんかしたっけ……?)

 とりあえずその服は購入し、店を出た。

 ずっと、愛海が不機嫌だったのが気にかかるが……



                  *   

 

こうして服を買い終えたオレ達はその近くにある喫茶店へと足を運んだ。

 なんでも、橘のお気に入りらしく近くにあったので寄りたいとお願いされたのだ。休憩にもなるしいいかと了承し、立ち寄った。

 その時の橘が妙に喜んでいたように見えたのは何でだろう?

(……多分相当好きなんだろう、その店が)

 と勝手に納得し店に向かった。

 その中はと言うと…静かなジャズ調の音楽が流れる店内は読書をする客や友人同士で来ているであろう女性たちなど落ち着いた雰囲気の中にも程よいカジュアルさを感じる。

 カウンターでは店主であろうマスターがオレ達に気づきいらっしゃいと渋く落ち着いた声で歓迎してくれた。

 ウェイターに空いた席にどうぞと案内され店の奥側のテーブル席へと腰を落ち着けたオレ達。

 ふと店内を見回すと隣のテーブル席であ~んをさせあっている男女二人組がいた。

 カップルだろうなと邪推しているとその一部始終を見ていたのかオレと向かい合って座っていた橘と翠が二人して両手で顔を覆い耳の先まで真っ赤に染まっていた。

 しかし、少し開けた指の間からカップルを凝視している。

(初心すぎないか……?)

 と一人ごちた。ただまあよくあそこまでピンク色の雰囲気出せるもんだ、公共の場で。

 勝手に感心している(というより呆れている)と頼んでいた注文が届いた。オレはホットコーヒーとレアチーズケーキ、橘はホットティーとショートケーキ、そして翠は……

「こ、子供っぽいとか言わないでよ……」

 上にはサクランボが乗っかり、アイスクリームやらチョコクリームやらがかかっているよくあるパフェだ。

「言わねえよ。」

 別に自分の好きなもんを食えばいいと思うがね。

 それじゃ食おう、としたところで…

「ちょっと待って!」

 と翠が止める。…どうしたんだ急に?

「あ、あ~んをする練習を…させて…」

 翠がもじもじしながら顔を赤色に染め提案してくる…って、えっ!?

「この前の昼、ちゃ…ちゃんとできなかったし…れ、練習させなさいよ…」

 そう言って自分が食べようとしてたパフェのアイスを少し取りオレに差し出した。

「ほ、ほら!あ、あ~ん」

 いきなりのことでオレもあたふたしていると、隣で見ていた橘も自分のケーキを少し切りオレに差し出してきた…ってお前もか!?

「くく、玖墨君!私のも食べて!」

 と顔を赤くしてケーキを差し出す。

 美少女二人にあ~んを迫られている光景って正直ちょっと羨ましいとか思っていたが実際されると…周りの視線が痛い、嫉妬と怨嗟の視線がとてつもなく痛い…。


                  *


 休憩で立ち寄ったはずの喫茶店で何故かどっと疲れが増したように思える。愛海はともかくなんで翠まで…。

(あ~んする練習とか普通やるのか…?)

 頭の中が?マークで飛び交う中、隣にいる愛海は顔が赤いままうつむいている。

 翠は翠で何かブツブツ言ってるし何だこの状況。

 とりあえず服を買うという任務(ミッション)は完了したしさっさと次に向かおうとする。

 と、その時だった。

「あれ、奇遇じゃな~い?」

 などと言い、近づいてきた3人組。

 翠はさっとそいつらから顔を反らし視界に入れないようにしていた。

「何?もしかして白木君にフラれたの~?マジ受けるんですけど~」

 そのうちの一人(真ん中を陣取っている奴)が間延びする声で頭にくるようなことを平然と言ってのける。

 愛海はムッとした表情を浮かべ抗議している。

 翠は…右手を血が出るんじゃないかと言うくらい握りしめていた。

「それに……白木君の隣にいるのにアンタはふさわしくないわ。」

 ふん、と鼻を鳴らし高飛車な発言をするこの女。

 それに対し、わなわなと震えている翠。

「あら?私を殴れないの?とんだ弱虫女ね。」

 畳みかけるように煽ってくるこいつに対して取り巻きであろう二人は微動だにせず立っていた。

「まあ白木君がアンタを選んだなら…」

 翠に近づきわざと聞こえるようにして…

「白木君の目は相当節穴でしょうけどね!」

 言い放った。

「っ、アンタねえ!!!」

 もう我慢ならんと殴りかかろうとする翠。…オレはその右手を止める。

「な、んで、止め、る、のよ!あんな奴一発殴ってやんないと気が済まない!!」

 怒りに身を任せて殴ろうとする翠に諭すように告げる。


「やめとけ。お前の価値が下がる」


 文句を言うその女には目もくれず、さあ行こうぜと声をかけ愛海と翠を連れその場を離れようとする。

「ちょっと、アンタに用ないんだけど!」

 二人を連れ立って去ろうとするオレの肩を掴むその女に対し…


「あ?聞こえなかったことにしてやるって言ってんだよ」


 ゴミを見るような目で冷たく言い放った。それを見たその女はヒッ、と怖がり離れる。そして腰でも抜かしたのかへなへなと地面に座り込む。

「行くぞ」

 それに一瞥もくれてやることなくオレは去る。

 あんなに怒っていた翠とずっと目で訴えていた愛海は困惑しつつもオレについてきた。

 ……何だか周りがざわついているがオレの知ったこっちゃない。


                   *


 少しばかり歩き、今日待ち合わせた公園まで戻ってきたオレ達。

「……ねえ、なんでアタシをかばってくれたの?」

 疲れた、と言いつつドカッとベンチに座り込むオレに尋ねてくる翠。

「別にお前のためじゃねえよ。ただ……」

 とぶっきらぼうに曇った空を見上げながらつぶやく。

「……あいつの物言いが気に入らなかっただけだ」

 …ただこいつの用事に付き合ってるだけなのになんでこんなに疲れなきゃならんのだ……。

「……ありがと」

「ん?どうかしたか?」

「べ、別に!何でもないんだから!!」

「お、おう…」

「じゃ、じゃあアタシ行ってくるから!」

「…どこに?」

「お手洗いよ!それくらい察しなさいよ、バカ!」

 とか言い残して行っちまった。

 …顔を赤くして。いったい何だってんだ…?

 それを呆然と見てた愛海だったが翠がいなくなるや否やオレの左隣に座ってきた。

 ……握りしめている両の手がわなわなと震えている。

「……怖かったよぉ」

 とこれまたか細い声でつぶやく。

「……悪かったな。」

 と事もなげに頭をポンポンと優しく叩く。って馴れ馴れしすぎたか…?

 そう思っていると頭をオレの体に預けてきた。そしてボソッと…

「でも…カッコよかった」

 と儚げにこれまたつぶやく。

「……そうかよ」

 と無愛想に吐き捨てるオレにムッとした視線をくれやがるが知ったこっちゃない。

「……ねえ、そこで何してるの?」

 不意にオレの後ろから聞こえてきた声の方へ顔を向けると…玄斗がいた。

 この状況は…マズいな。これじゃあまるで……

「何で二人がここにいるの?もしかして……」

 デートしてたのか?って聞いてくんのk……

「偶然ここで会った、とか?」

 ……思わずベンチからずっこけそうになっちまった。

 ここまで鈍感なのってむしろ演技なのか?リアルなら……笑えねえ。

「……はぁ」

 ため息をつきながらあきれ顔で見るしかできないオレに隣の愛海もあははと苦笑いで返す。

「それで、どうしたの?この荷物は?」

 オレの右隣りに置いていた荷物が気になったのだろう。

 至極当然の質問をしてくるがどうしたもんか……

「……ああこれか。オレが買ったんだよ。親戚の女の子の誕生日プレゼントにどんなもん渡したらいいかって橘に相談してそれで。な?」

「……うん、そうだよ」

「んで、少し休憩してたら偶然にも遭遇してな。少し話してただけだ」

 隣にいた愛海も頷き、偶然を装う。

「そうなんだ。じゃあ……」

 と言って、隣の愛海に手を差し出し、こともなげに言いやがった。

「これから……僕と一緒に遊びに行かないかい?」

「…えっ!?」

 そりゃ困惑するわ。あれだけ三姉妹に翻弄されてるこいつが積極的に誘うのだ。

 ジゴロと言うかなんというか……

「私服可愛いね、キミの隣を歩きたいよ」

「えっ……えっ~~と……」

 玄斗の褒め言葉をモロに食らい、顔を赤らめあたふたしている愛海を見ていると……目を背けたくなる光景がその背後で広がっていた。

「……何してるの、玄斗?」

 今にも漆黒に染まりしブリュンヒルデになりかねんくらいのドス黒いオーラを放ちながら近づいてくる奴がいたからだ。察してくれ。

「み、翠!?な、何でここに……」

「このバカ!どこにでも行っちゃいなさーーーーーい!」

 バチコーーーーーン! ギャーーーーーッ!!!

 玄斗の疑問も空しく、思いっきりな平手打ちを喰らい空高く飛んで行ったかと思えばあっという間に地面に沈む。

「……これはお前が完全に悪い」

 地面に突っ伏している玄斗(アホ)に追い打ちをかけていると翠は

「あいつなんてもう知らない!帰る!!」

 とそのまんま帰っていたようだ。

 何かもう……疲れた。

 

                    *


 そんな騒動があってから数日後のことだ。オレはまたある用事でこの前来た公園近くの駅に立ち寄っていた。ここはホームへ向かう通路の一角にポンとピアノがあり誰でも自由に触ることができる、いわゆるストリートピアノがある。いつもは誰かがふざけて鳴らしているか子供が猫ふんじゃったとか演奏してるが今日は違った。いつもなら通り過ぎるだけのその場所が、それを中心にした円ができており皆その澄み渡るような透明感のあるメロディに聞き入っていたようだった。通り抜けようと思ったが気になってその音が聞こえてくる方へ視線を向けると……制服姿の緑髪ツインテールの後ろ姿がそこにあった。

 長い時間演奏していたのだろうか、一通り終えてホッとため息をついた。

 すると誰かが拍手をしそれが瞬く間に広がり大喝采を浴びていた。

 集中していて気づかなかったのか、振り向いた時に驚き顔を赤くしぎこちなくおじぎをしていた。

 そして群衆が次々と散っていく中、オレはその人物に近づいた。

「……すげえな、お前」

「……アンタもいたことに、ちょっと驚いた」

 そう言って立ち上がり、足早に立ち去ろうとする翠に向かってオレは……

「ちょっと、待てよ」

 その手を握り、立ち止まらせる。

「何よ……」

「……あいつを振り向かせたいって前言ってたよな?それどうすんだ?」

 オレの問いかけに対し顔を背け、ボソッと悲しそうにつぶやく。

「それね……もう…どうでもよくなっちゃった」

 オレが掴んでいた手を振り払い振り向いたそいつは……泣いていた。いつもなら強気な口調で圧倒するそいつが可愛そうなくらいしおれていた。

「アタシがどれだけ頑張っても結局、玄斗はアイツに夢中でアタシなんてどうでもいいみたいで……」

 そして涙で濡れた眼でオレを見る。

「ねぇ、アタシって……そんなに魅力ないのかな……?」

 泣き崩れた翠の両肩に手を置き、オレは……

「……そんなわけねえだろ」

 泣き腫らした目をした翠にそんな言葉を投げかける。

「さっきの群衆はお前の演奏に聞き入っていたんだ。少なくともお前に魅力が無きゃ誰も立ち止まらなかっただろうよ」

「……ホント?」

「ああ、ホントだ。それに……」

 そう言ってオレは後ろを見やる。翠も気づいたのかオレと同じ方向へ視線を向けると……先ほどの群衆がアンコール、アンコールと繰り返している。

「どうでもいいとか思ってたら、こんなに温かくしてくれてないだろ?」

「……うんっ」

 涙をぬぐい、立ち上がる翠に……

「それにオレも……もう一回聞きたいしな。お前のピアノ」

 少しばかり気恥ずかしいが本音をぶつける。

「……わかったわ」

 と言ってピアノ椅子のすぐそばを指さす。

「……特等席で聴かせてあげる」

「……そりゃどうも」

 そしてオレは翠の演奏を心行くまで堪能することにした。

 ちなみにこのことがきっかけでピアノが弾けるモデルとして芸能界デビューすることになるのだがそれはまた別の話だ。

  

                   *


「……ねぇ、アンタの隣に座っても……いい?」

「別に構わねえよ」

 そう言うと翠はオレの左隣りを陣取った。それを他の姉たちに問いただされたがすべて丸ごと無視していると玄斗がかかわっていることがわかり矛先がそいつへと変わった。

 ちなみに今日も屋上に集まりこうして昼飯を食らっている。今日も前と同じように快晴で少し風が心地いい。

 ふと肩をつつかれた感触がしたのでそっちの方を向くと、翠が…

「…この前はありがとね」

 とオレにしか聞こえないくらいの声量でお礼を言った。

「…どうも」

 とぶっきらぼうに返し、ふと空を見上げた。

「…普段からそんぐらい素直な方が可愛らしいのにな」

 と何気なく思ったことを口にした。ってやべっ!口が滑っちまった…!

 流石にキレるだろうと身構えていると…翠の頬が桃色に染まってオレから顔を逸らした。

「…なに、いってんのよ。ばか…」

 また何かぼそぼそ言ってるが何言ってるかわからないんで聞かなかったことにする。

 とりあえず修羅場っている姉たちと玄斗をあきれ顔で見てやるとしよう。

 …ふと愛海の方に顔を向けると頬をぷくぅーと膨らましオレをにらんでいた…ように思える。

(…何だってんだ、一体…)

 嘆息し、また空を見上げる。…特に何かあるわけじゃないんだけれども。

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