第3話 センスは第六感に任せなさい

「…んで、自分だけに注目させたいってのはどういうことだ?」

 いつものようにやってんじゃねえか。オレの目の前で。あれ以上どうやって自分に気を引かせるつもりなんだ、お前は。

「…あお姉とあか姉は玄斗くろとにべったりできるでしょ。アタシもその…二人のように出来たらッて…」

「今日の昼休みの時みたいにか?」

「うん、そう。」

「やりたいならやればいいだろ。何でやらないんだ?」

「それはその…恥ずかしいし…。なにより…アタシの柄じゃないでしょう?」

 できたら苦労しないじゃない…と力なくつぶやく。

 みどりが言いたいことは恐らくこういうことだ。つまり、スキンシップを取りたい、が二人の姉のように人前で堂々とできない。でも玄斗の気は引きたい、と。

 …中々に難しい相談だ。だが気を引きたいならそれなりのことをすれば玄斗のことだ。すかさず翠の方を振り向くだろう。

 だがこいつは中々言葉遣いが荒いというか人当たりがキツイ性格が災いして優しくできないのだろう。

 だからいつもあいつは翠と話すとき、苦笑いでオレに助けを求めるような顔をしてくる。…正直じゃじゃ馬は扱いたくないのでいつも気づかないふりをするが、困難を極めるとあいつはオレの方に助けを求めて泣きついてくる。そして追いかける翠に追われる、という端から見れば滑稽な追いかけっこをする羽目になる。そんでもって大概関係ないオレまでも巻き込まれる。

(あいつも友達があんまりいないからってオレに頼るんじゃねえよ…)

 心の中で悪態をつきつつ、真面目に聞いてやるとする。あくびでもしようものなら翠と…

「そっか…。どうにかして振り向かせたいもんね…」

 とか言いながらうんうん悩んでいる橘に雷が落ちかねない。早く帰って寝たいのに…。


 *


 とりあえずということで明日は休日だから買い物に付き合ってと言われたオレはようやく解放され、家路についている。何でもまずは見た目からということでイメチェンしようという結論に落ち着いた。まあ春だからそれもありかもなと思い異論なしとしたが何故オレもつきあわなきゃならんのだ。橘たちが言うに男の意見も欲しいとのことだが完全に荷物持ち案件だろ、これ…。

 帰り道で一人愚痴りながら家に帰ると、誰もいなかった。

(そっか、バイトで帰り遅くなるって言ってたな…)

 朝言われたことを思いだしながら、靴を脱ぎ自分の部屋へと戻る。今オレはある人と一緒にアパートで暮らしている。2DKという中々に広い部屋を二人で借りている状態だ。いわゆる居候という奴だ。

 物置だったという部屋を掃除してくれ、家具やら寝具やら何やらまでそろえてくれたのだ。頭が上がらず足を向けて寝られない。…ただペアルックのパジャマは断らせてもらったが。恥ずかしいし。

(とりあえず適当にメシ作って、寝るか。…明日、何も起こんなきゃいいけどな…)

 オレの不安は見事的中することになってしまう。

 翌日、オレは約束された時間よりも10分早く集合場所である公園に着いた。一見やる気があるように思われるが、そうじゃない。

(ちょっと遅れただけで文句言いやがるんだよなあ、翠の奴…)

 そう怒られるのが面倒だからという何とも情けない理由ではあるが、時間の無駄を省けるという点では優秀なのだ。オレとしてはさっさと終わらせたいからな、こんな面倒なことは。

 早めに来たこともあってか、とにかく暇だった。音楽を聞いて暇つぶしでもするか、と決め近くにあったベンチに座りボーっとしていると睡魔が襲ってきた。春のうららかな陽気に眠気が誘われてしまったようでオレは舟をこいでいた。

(ねむ…。少しだけ寝よ…)

 背もたれに頭を預け少しだけ寝ることにする。

 そしてオレの意識は闇に落ちた……。


 *


 少し寝るだけのはずだったのだが疲れていたのか熟睡していたようだ。耳元で叫ぶ翠の目覚ましにオレは不機嫌な目線を抗議の意味合いで送ってやる。…が当の本人は意に介した様子もなくこれまたぶしつけに言い放ってくる。

「ふん、予定時間通りに来るなんてあんたにしてはやるじゃない?」

「やっと来たか…。待ちくたびれたわ。」

「何よ、そこは『オレも今来たとこ』って言って、気遣うところでしょうが。」

「お前相手に気遣ってどうすんだよ。別にどうでもいいだろ。それにそういうのは玄斗に言ってやれよ。玄斗に。」

「玄斗は言わなくてもしてくれるんだからあんたとは大違いよ。」

 べ~だ、と舌を出してこちらを煽ってくる。その声色に少しのいら立ちも透けて見える。

 …もう若干のイラッとが来ているがこいつ相手にぶつけても意味がないどころか余計にエネルギーを使うので流してやることにする。

 今のコイツはボーダーのTシャツの上からチャックの部分がもこもこしているパーカーを羽織って、青のホットパンツを履いている。見るからに活発そうな女の子が着そうな服だ。ちなみにオレはストライプの灰色長袖をまくり、黒色のジーンズという某庶民に優しいファッションショップの服を着ている。

 そして橘は…

「ごめんね、待った?」

 と優しく気にかけてくれる。翠とは大違いだ。彼女の方は黒髪ロングに白の裾にレース模様があるブラウスを着てこれまたレース模様がある黒色のスカートを身にまとい、いかにも清楚といった印象を受ける。

「んじゃ、行くか。」

 そう言って二人を連れ立って街中を歩く。

 …周囲からひしひしと感じる嫉妬と怨嗟の混じったような視線は気のせいだと思いたい…。

 ともかく待ち人が来たので最近翠が良い店を見つけたというのでそこの店に向かう。ちなみに左から翠、橘、オレといった順番で歩いている。何でこうなのかって?それは…

『アタシの隣は…玄斗の特等席だから』

 とか何とかいう翠のわがままってやつだ。

 オレにはよくわからなかったが橘がものすごい勢いで同意しまくっていたので女子にしかわからん何かがあるんだろう、と結論づけてこういった順番になった。…正直オレが隣に来るのが気に食わなかっただけだと思うんだがね、とひとりごちた。

 

 *


 まずは普段着ている服を変えてみてはどうかってことで、街中の服屋に来ている。ここは紳士服が一部だけあり後九割は婦人服しかないというほぼレディースファッションショップのような店だ。こんなとこに来るのはあまりない。いや一回だけあった。以前あの人がオレが一緒に住むということが決まって家具とか寝具とか買うのはまだわかったんだが、何故かオレをプロデュースするとか言って服を買いに来たんだっけか。そしてどうせだからって私の服も見繕ってよとか言いだしたんだっけ。

(ただ、あの時服だけじゃなくって下着まで選んでくれとか言われて流石に断ろうとしたら何故か泣きつかれて仕方なく選ぶことになっちまったんだっけ…)

 と以前のことを思いだし、恥ずかしいのと窮屈な思いをした少しトラウマの残っている場所でもある。

(あの時の店員の目、完全に生暖かったもんなあ…)

 まだ白い目を向けられていた方がましだった。別にMっていうわけじゃないが、その方が心の中で言い訳ができた。

 だがしかしあの店員はあろうことか…

『彼氏さんは彼女さんを自分色に染めたいんですねえ~』

 とか言って視線をオレに送ってきた。そのせいで店内にいた客に白い目で見られることになっちまったし、あの人は顔を赤らめながらそうですとか言っていや付き合ってないからな!?何付き合ってるみたいなこと言ってんだ!?とツッコミを入れてもそれをまた店員が茶化して、という無限ループに陥りもう散々だった、という苦い思い出が残ってしまっている。

(ただ、ここで『オレ、外で待ってるわ』なんて言ったら無理やりにでも連れてかれるんだろうな…)

 と一人悲しい独り言を心の中でつぶやいていると…

「さあ、着いたわね。じゃあ中に入りましょ」

 と翠が先頭だって歩き出した。

 正直入りたくなかったがしょうがないと割り切って橘と共に連れ立って中に入った。…あの時みたいなことがどうか起きないようにと…。そして意を決して中に入った。

 …まあ予想してた通りだが女性客ばかりだ。肩身が狭い。

 オレがそんなことを思っているとは露知らず、隣にいる翠と橘の様子はと言うと…

「うん、悪くないわね。」

「そういえば、見た目から変えようって言ってたけど何から見る?」

「…とりあえずはこの服を変えようかしら。付き合ってくれる?」

「うん、もちろん。玖墨君もそれで良いよね。」

 言われてオレはああ、そうだなとぶっきらぼうに返す。…何で店入ってすぐに下着のバーゲンセールとかやってんだよ…。一瞬視界に入っちまって目反らしちまったわ。何だかみられている気がいて翠の方を見ると…片手で不自然に口を隠して笑いを押し殺しているのに気づいた。…後で覚えてろよ。


 *


 暫く店内を見て回っていると橘が何か服を持ってきたようだ。

「こんなのはどう?」

 まだ春先で寒いということもあってかセーターが置いてあったようでそれを持ってきた。

 純白色で縦に縞模様が入っている、いわゆる縦じまセーターという奴だ。それと一緒に持ってきたのは青いジーンズだ。いわゆるモデルが着てそうなぴっちりとしたものだ。

「…これ、私に似合うかしら?」

 翠が首を傾げ訝しがる。だが橘は似合うと思うと断として譲らないようだ。

「…アンタも似合うと思う?」

 余りにも不安なのかオレにも聞いてきた。ってそうか。男の意見が欲しいんだったな。

「着てみないとわからんからとりあえず着て見てくれ。」

「…絶対に笑うんじゃないわよ。」

 そうにらみを利かせながら試着室へと入っていった。…流石に人の服を笑う趣味はねえよ。

「大丈夫、絶対似合ってる」

(橘の自信は一体どこから来るのやら…)

 内心そんなことを思いながら翠が着替えるのを待つオレ達。

 そしてあまり時間が立たずに出てきた翠が一言、自信なさげに聞いてきた。

「…どう?」

 そこに立っていたのは、普段ツインテールにしている髪形をほどき後ろ手に流した緑の髪と純白の縦じまセーターを着、青いジーンズも見事に着こなしているが恥ずかしそうに立っている翠がいた。女性ファッション雑誌の表紙飾ってます、といっても差し支えない程の似合いっぷりだった。あまりの変貌ぶりにオレは翠の服装に見入ってしまっていた。…隣にいた橘は目を輝かせながら手を合わせていたが。

「…な、何か言いなさいよ。」

「…っと、スマン。あまりに変わっていたんで言葉を失ってた。」

「それで…結局どうなの?似合ってる?」

「ああ…十分すぎるほど似合ってる。」

 隣にいた橘も同じことを思ったのか、うんうんと頷いている。

「じゃあこれは決定ね。じゃあ次はアンタよ、アンタ」

 そう言ってオレを指さす。ってオレ!?

「これは愛海が選んだのであってあんたが選んだわけじゃないでしょ」

 あまりない胸を反らし、ふんと鼻を鳴らし傲岸不遜な顔をする。

 ……そういえば男からの意見も欲しいとか言ってた気がする。が、しかし…

「オ、オレが選ぶのか!?」

「当たり前じゃない。じゃないとアンタを呼んだ意味がないでしょうが」

 ファッションなんてからっきしのオレに選べなんて少々、いや100%無理な難題だ。

 なんと言う無茶ぶり……!

「アタシを納得させるようなコーディネートをしなさいよね」

 そういってウィンクをする。

 …とんでもなく面倒なことになってきたぞ、おい…。


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