第2話 恋のお悩み相談~三女の場合~

 それは、いつだっただろうか。確か、ちょうど一年前だ。

 

 *


 入試を受けるために校門から入り校舎内の通りを歩いていた時だった。ベンチに座り、カバンをひっくり返し、何かを必死に探している様子で今にも泣きだしそうだった。通り過ぎる人は視線を送るだけで無視していた。オレも同じように無視しても良かった。オレには関係のないことだから。だが何かほっとけなかった。たぶん昔のオレの姿を重ね合わせていたのかもしれない、と今ではそう思う。

 昔オレもあんな感じに困り果て、どうしようもなく途方に暮れていたころに手を差し伸べてくれる存在がいたから何とか今日に至っている。だからここで逃げだしたらあの人に幻滅されるかもしれない。そして、あの日のオレに顔向けできないと思った。だから勇気を振り絞って声をかけた。

「…どうかしたのか?」

 あの時のオレはまあ怖がられてもしょうがなかったと思う。ぶっきらぼうな物言いと顔つきだったから。でも彼女はそんなことは気にも留めず縋るように泣きついてきた。

「受験票が無いの!」

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら助けを求めてきた。…ってはあ!?受験票が無い!?一大事じゃねえか!?

「えっ~と、…出る前に確認はしたんだよな?」

「うん、したよ!でも…校門前につい時にカバンの中を探したのだけど見当たらないの…。」

「…ほかに心当たりは?」

 う~んと頭を抱えながら思い出そうとしている様子だった。少しするとはっとして言葉を発した。

「そういえば、駅でもう一度確認するのにカバンを開けたと思う!」

 もしかしたらその時に駅に落としたのかもしれないな。

「そうか。なら駅まで戻らないとマズいな。」

「…うん!」

 そう言って彼女の顔に笑みが戻った。そして駆けだそうとするのを引き留めて声をかけた。

「…心配だからオレも一緒に行くわ。」

「えっ?いいの?」

「…何だか、ほっとけないので。」

「…うん、ありがとう!」

 数秒間の間が空いたのが気になるが満面の笑みをこちらに向け礼を言う彼女をオレは直視できなかった。何だかまぶしくて。そして単純な話恥ずかしかったのも合わさった。どうにか平静を保ちつつだが顔を反らしどういたしましてと小さくつぶやき

「ほら、急がないと間に合わないぞ。」

「うん!」

 そう言って、オレ達は駆けだした。


 *


 結果として駅にて落とし物として届けられており何とか事なきを得た。あの後試験時間には何とか間に合い試験を受けることができた。そして受かったからこそこうしてこの学校に来ている。

 ただ、あれから愛海まなみは…オレにべったりついてくるようになった。一年たったというのに未だにだ。クラスの友達数人と仲良く話していたのを見たことはあったがそれよりも多くオレと一緒にいたがる。

 一度何故ついてくるんだ?と問いただしたこともあったが答えは一貫して

「…心配だったから。」

 と言う。

 一体オレのどこに心配する要素があるのか。…ああ、オレまともに友達できてないもんな。玄斗くろとたちのせいで。恐らくこういうところなのだろうと勝手に納得している。正直な話、詳しく聞いてやりたいのだがいくら聞いても同じような返答しかしてくれないのだから聞いても無駄だという結論に落ち着いている。…というよりオレとしては愛海の方が心配なんだがな…。

「…大丈夫?ぼう~っとしているみたいだけど。」

 愛海が心配そうに尋ねてくる。

「…ん?ああ、少し春の吐息にやられてうとうとしてただけだ。気にしないでくれ。」

「なら、いいんだけど…って春の吐息って何?」

 適当に言ったことを突っ込まれるとは思ってなかったのでなんでもねえよとぶっきらぼうに呟きごまかした。もう少し寝ていたかったが休憩が終わりそうだったため断念して教室へと戻った。

 …今日も結局、図書室いけなかったな…。


 *


 放課後になり、校舎を出て家路につこうとしたところ、後ろから声をかけられた。とても大きな声で。今から帰るであろう奴らからの視線が痛い…。

(ったく誰だよ…、まあ何か嫌な予感はするけども…)

 とか思いつつ後ろを振り向くと…光坂三姉妹の三女、みどりが腕を組み踏ん反り返っていた。

(確実に面倒なことに巻き込まれるやつだ、これ…)

 気のせいだということにしてそそくさと帰ろうとする。が、いつの間にかの速さで肩を掴まれた。…壊されるんじゃないかというくらいの剛力で。

「いででででで!」

「…あんた、何そそくさと帰ろうとしてんのよ。」

 いら立ちを隠すこともなく、オレにぶつけてくる。一体オレが何したっていうんだよ!

 とにかく肩を掴まれていた腕を振り払い帰ろうとする。が、回り込まれてしまった!

 その顔に不満の一つでもぶつけてやろうと顔を見ると何だか落ち込んでいるような、そんな顔つきだった。

「あんた、あたしの相談に乗りなさいよ…。」

 いつもの威圧感のある声とは逆の深刻そうな声色が後に続く。

(もしかしたらこれ、いつもとは違う案件かもな…)

 そう思いなおしたオレは場所を変えようと提案して連れ出した。…さっさと出ないと翠のファンクラブの奴らに何されるかわかったもんじゃないからな…。さっきのごたごたで注目を集めてしまったし、何より普段から敵の多いオレだ。望んだわけじゃないのにな、全く…。

 とりあえず連れ立って歩こうとした時だった。たったったっとこちらに走ってくる音が聞こえてきたのでそっちの方に顔を向けると…息を切らしながら向かってくる愛海の姿があった。

 こっちはこっちで何の用だ?と思いながら彼女を待ち、そして追いついた彼女が肩で息をしながらオレに聞いてくる。

「はあ…はあ…。ねえ、私も一緒についていっていいかな?」

 オレは別に構わなかったが翠の方が気にするのではないかと思い顔色を伺ったが特に嫌がる感じもなく

「…別にいいわよ。」

 と言って了承した。

(珍しいな…こんな時、真っ向から突き放すのに…)

「さっさと行くわよ。」

 オレがそうやって呆けているとふんと鼻を鳴らしながら先へ先へと歩いていく。

 オレと愛海はその背中を追いかけるように続いた。


 *


「それで相談ってなんだ?」

 場所を喫茶店に移し、オレの右隣に愛海、そして真向かいに翠というポジションで話を促す。さきほどの声のトーンと言い、顔色と言い何かいつもと違うと感じていた。

 いつもなら、オレを乱暴に羽交い絞めにし有無を言わさず引きずったり、オレの都合などお構いなしにあちこち引っ張ったりするこいつがやけにしおらしいのだ。否が応でも気になってしまう。普段は面倒なことには顔を突っ込まないのだがこんな深刻な表情で相談されるのだ。いくら某省エネ少年よろしく面倒なことは極力やらないオレでも気にはなってしまう。だからオレに力になれることだったらいくらでも相談に乗ろう。さあ、何でも来い。

「どうやったら玄斗をアタシだけに注目させることができると思う?」

 …オレの決意と気遣いを返せコラ。あんだけ深刻そうな顔して悩んでたのそれかよ!?

「…真面目に聞いて損した。じゃあオレはこれd…」

 と言い残し、その場から颯爽と消えようとしたがそれを止めたのは翠ではなく愛海だった。

「ちょっと待ってよ、玖墨君。話くらい聞いてあげようよ、ね?」

 そう言ってオレの手を握ってくる。急に掴まれて驚いたオレはしばしの間硬直した。そして我に返り、しょうがねえなとぶっきらぼうに呟きまた元の位置に戻る。乗り掛かった舟っていうのだろうか、今の状況を。

 とりあえず事の真意を聞かないことには始まらないかと気を取り直し、オレと愛海は翠の悩み相談に乗ることにした…。

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