その者たち、不器用につき。
雪見月八雲
第1話 プロローグ
雲一つなく晴れ渡る空、春の陽気を感じさせてくれる風。その風と共に舞う桜の花びら。そして手元には今朝自分で拵えた弁当。昼休み、学校の屋上でオレは季節の移り変わりを感じていた。
…出来るならば一人で穏やかに味わいたかったが状況がそれを許してくれなかった。
「玄斗(クロト)。私の作った弁当はどう?」
「ボクも作ったんだ。良かったら食べてよ」
「何よ、アタシがせっかく作ってあげたのに食べないなんてどうかしてるわ!」
「あはは…。まあまあ三人とも落ち着いて、ね?」
…今目の前でハーレムラノベよろしく争奪戦を繰り広げていやがるのはオレの安寧を著しく妨害するモテモテ男とその取り巻きだ。
長い蒼髪を一本にまとめた、いわゆるポニーテールにしているのがうちの学園の生徒会長光坂 葵(コウサカ アオイ)
燃えるような短い赤髪で活発な性格をしておりソフト部のエースでもある光坂 茜(コウサカ アカネ)
緑髪のツインテールでピアノコンクールの優勝経験もある光坂 翠(コウサカ ミドリ)
そんでそんなとんでもな奴らに一心に好意を向けられているのが見た目女の子にしか見えない白木 玄斗(シラキ クロト)だ。
…大事なことなのでもう一度言うが、オレの安寧を著しく妨害するメンツだ。
もう一つついでに言うと、この四人は有名人なのだ。…この学校の誇る美男美女として。
光坂三姉妹と玄斗を知らないやつは学校でモグリと言われるほどだ。何故こいつらがオレみたいなやつと行動しているのか…それはオレが知りたいくらいだ。こいつらのせいでオレはこの学校の男女両方から疎まれ恨まれている。…そんなにこいつらと一緒にいたいなら喜んでこの修羅場を提供してやるというに。
「玄斗がさっさと決めないのが悪い。」
「そうよそうよ。さっさと決めなさいよ!」
そんな奴らが不毛な争いをしている中…
「どしたの?食べないの?」
と隣で小首を傾げながら顔を覗き込むのは…
「ん?…あ、ああ食うよ。」
「大丈夫?具合悪い?」
「何ともねえからあまり顔を近づけるなって。近いんだよ、橘。」
「ご、ごめんね。でも玖墨君が…その、気になるから…」
「…オレの言い方も悪かったからそこまでしょげるな。メシがマズくなるだろ。…それにそんな顔は見たくねえし。」
今一番オレの安寧を乱している大元、黒髪ショートのどこにでもいそうな少女である橘 愛海(タチバナマナミ)だ。
オレは静かに暮らしたいというのに、彼女がついてくるのだ。オレが心配だという名目で。どういうことだよ…。
今なんか言った?と小首を傾げる彼女に赤くなった顔を反らしながらなんでもねえよ、とつぶやく。そしてあいつらに付き合ってたらきりがねえよ、と毒づきながらメシを食らう。
先ほどの言葉の意味を彼女に悟られないように、ごまかすように。
(何で、こんなことになったんだろうな…)
ある程度食べた後ふと思いながら空を見上げる。そんなことを教えてくれるはずもなく、ただ青く透き通った風と共にいつもの時間が過ぎていた。…このまま過ぎてくれれば淡い青春の始まりっぽくなるのだがいかんせん周りがそんなことなどお構いなしにオレに災いを振りまいてくる。
「ねえ、忠晴はどう思う?」
玄斗がボロボロになりながらオレに聞いてくる。いや、だからオレを巻き込むんじゃねえよ!
「…自分で蒔いた種じゃねえか。自分でどうにかしろ」
そんなあ、と玄斗はしょげる。それを見た3姉妹のうち二人がこっちににらみを利かせてくる。
「…玄斗をいじめるのは私が許さない。」
「あんた、何玄斗泣かせてるのよ!謝んなさいよ!」
…さっきまで泣かせてたのはどこの誰なんでしょうね、という嫌味を言ってやりたかったがその後、面倒な展開になることがわかりきっているのでどこ吹く風という顔をする。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「ああ、聞いてます聞いてます~。耳に穴が開くぐらい聞いてます~。」
「穴なら最初から開いてるわ!それを言うならタコができるでしょうが!」
おっ、三女の鋭いツッコミが返ってきた。
「…それとも、鼓膜に穴を開けてもらいたいのかしら…!?」
青筋を立てながらオレに凄んでくるのは中々な暴れ馬の三女、翠である。
どこ吹く風な顔をしているオレにイライラしているのか声を荒げる。
「ふざけてないで、玄斗をこっちによこしなさい!」
…勝手にオレの後ろに隠れたってのに、オレが無理やり引っ張ったみたいに言うなよ…。
「…玄斗を泣かせる奴は私が許さない。」
そしてその三女に便乗するように畳みかけてくるのは、この三姉妹の長女である葵だ。
…自分たちは例外ですか、そうですか。ホントこいつらは玄斗のこととなるとどうしようもねえな。
「ちょっと、二人とも。それはないよ。」
おっ、この姉妹の中にもまともな奴がいた…
「玄斗の意見をまず聞かないと。それに、玄斗なら応えてくれる…よね?」
…のは間違いだった。何か後ろに般若が見える気がするぐらい黒い気が出ている。というより笑顔なのが怖い。果てしなく怖い。
この優しそうな顔して怒ると一番怖いのが次女の茜である。
こんな状況にも関わらず玄斗はあははと苦笑いである。
…さっきからオレの後ろに隠れてんじゃねえよ、オイ。
ふと隣を見ると愛海の姿が見えずどこいったと思い後ろを振り向くと、オレの陰に隠れていた。…ってお前もかよ!
「それよりも、早くメシ食わねえと昼休み終わるぞ?」
腕時計を見ながら不毛な争いをしている奴らに残酷な知らせを告げる。するとようやく状況のまずさを把握したのか、急いで食べ始めた。…だからさっきからオレはちょこちょこ食ってたってのに。
ちなみに、オレと愛海はもう食べ終わってるので、他のメンツが食べ終わるのを待っている。…早くここから去って図書室で静かに読書したいのだが愛海と取り巻きを連れた玄斗がついてくるのだ。面倒極まりない。…オレは静かに暮らしたいというに。
「…ねえ、本当に大丈夫なの?」
愛海がオレの顔を覗き込みながら心配そうに見つめる。
「だから、何でもねえよ。強いて言うなら、今日も災難だなあと思っただけだ。」
こめかみをおさえながらオレはけだるくつぶやく。
「何かあったら言ってね。私でよければ力になるから。」
にっこりと微笑みながら言うその顔は優しさに満ちていた。…オレにとっては悩みの種になっているだけなのだが。
…こんな感じでオレの学校生活は災難に満ちたものになっている。何故こんな状況になったのか、オレには一つだけ心当たりがあった…。
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