第2話 新ステージはいつだって出会いから始まる

《2025年 8月13日 22:00 セントラルエリア冒険者会館前》


 《ABVR》はVRMMOアクションRPG。すなわちRPGとしての側面が本来強い作品だ。故に一度ゲーム内に入ってしまえば四六時中対人戦のことばかり考えている戦闘狂だけで無く、みんなで楽しくわいわいクエスト攻略に勤しんでいるプレイヤーも多いのである。


 そしてそんなプレイヤー達が集まる場所こそがこの世界の中心、セントラルエリアだ。


 現実世界と時間が完全にリンクしているこのゲームでは現実の世界が夜ならばこのゲームの世界も夜になっている。この時間帯は仕事を終えた社会人達がゾロゾロとログインしてくる時間帯のため、プレイヤーはそれなりに多い。


「今日も相変わらず人が多いな」


 あれから俺と莉央は一度俺の家に荷物を置いた後で、一緒にかつて莉央が住んでいた街を歩いた。

 莉央が大阪を出る前と今ではすっかり様変わりしているものだから、莉央は動揺しっぱなしだったがそれはそれで楽しんでいたようなので俺としては安心した。


 その後俺の家に戻り、晩飯にホットプレートで作ったお好み焼きを食べた後、順番に風呂に入った訳だが、風呂から上がった俺を待ち受けていたのは自分用のゲーミングゴーグルを手に持った莉央であった。


『さあ宣言通りやるわよ《AB》。そっちもさっさと準備する!』


 といった風に半ば強制的にこの仮想現実の世界に誘われたのだ。

 断る理由も無いので提案に従ったが、ちょっとした問題点があり、俺はセントラルエリアにあるもっとも目立つ建物の前で待ちぼうけを喰らっている。


 というのもこのゲームはプレイスタイルによって、拠点やこなすクエスト、そして収集するアイテムなんかも全く違うものになってくる。


 その主立った例として《ABVR》はプレイヤーの認識では街は主に3種類に分類される。


 1つはこのセントラルシティのように冒険者としてゲーム内の未開拓地を切り開いていく者達の街。

 こちらは主に宿屋や回復アイテムショップといった建物が軒を連ね、またテントのようなアウトドアグッズを取り扱う店も多く存在する。

 また攻略最前線に作られる街も少なくないため、そのほとんどが大きな壁に囲まれた作りになっている。


 2つ目はスローライフを望む者達による、生産メインの街。主に素材集めや農業なんかがしやすい地域に作られる。

 基本的にはモンスターの出現率が低いところに作られるため、比較的のどかな街になる。そのため最前線の攻略に疲れ果てたプレイヤーがリフレッシュに使うことも多い。

 なによりその手の街は変態志向の生産職も多いため、日々アイテム生産の高効率化を目指す者達が熱い血潮を滾らせているのを見るのも面白いといえば面白い。


 そして3つ目。それが蘭道莉央のようなプロゲーマーも多く集まる対人戦メインの街である。

 こちらは主に戦闘狂が自らの欲を満たすために上記二つの街が無い空きスペースに点在している。奴らはPvPが出来れば満足なので周囲に大した狩り場が無かろうが、安全性が確保されて無かろうがお構いなしに街を作るため、対人戦をしに行くプレイヤー以外は一切寄りつかない。よって廃人隔離病棟とも言われている。

 また小さな街に大量の人を詰め込みたがるため、アパートやマンション、シェアハウスといった集合住宅が多いのも特徴だ。


 付け加えて言うならば莉央が拠点としているのは、対人戦の聖地エクシードマウンテン。《ABVR》においてプレイヤーが入ることの出来るエリアの中で、最も標高の高い山である。踏破しようと思えばどれだけ強いプレイヤーでも半日はかかる広大さを誇っている。

 そのエクシードマウンテンの中腹辺りから頂上にかけて作られた7つのスタジアムこそが対人戦に魅せられ、世俗とも離れた怪物達が住む人外魔境だ。プロプレイヤーはその中でも頂上近いスタジアムを中心に活動していると言われている。


 莉央の拠点はそんな通常プレイヤーが寄りつかないような辺鄙な場所にあるものだから、俺の方から会いに行くのは容易ではない。

 それに今から半日以上も待って貰うのは現実的では無い。

 一応このゲームにはワープゲートと呼ばれるショートカットが存在するが、それを使って移動できるのはこれまでに行ったことのある街のみ。このことから俺の方からエクシードマウンテンに行くのは不可能と言えた。


 しかしながら、俺の拠点であるセントラルシティは全てのプレイヤーが必ず訪れる場所なので山ごもりの戦闘狂でもワープゲートを使って来ることができる。なので少々情けないが莉央の方から来て貰うしか無いのである。


 そんなわけで、俺はセントラルシティで最も巨大な建物。冒険者達の交流の場である冒険者会館の前の広場で待っていた。


「お待たせ―!! ごめんごめん、ちょっと知り合いとばったり会ってさ」

「別にそこまで待ってないって」


 そして来た。手を振りながらこちらにやってくるプレイヤーの名前は《LIO@ΩH》。

 あの7年前からチーム所属になったことで名前に若干の変化はあるが間違い無くあの日の相棒であるLIOだ。赤をメインカラーとしたアバター作りも変わっていない。

 ちなみにΩHというのは莉央の所属しているチーム、オメガハートの略だ。

 莉央のアバターは基本的には現実の莉央と同じ体のパーツで出来ている。違うところをあげるとすれば、髪と瞳の色が燃えるような赤であることだろう。服装はドレスにもよく似た赤い華美な服だ。プロゲーマーともなれば服装も派手なものが求められるのだろうか。


「うわあ、相変わらず緑なんだ。そういう所は変わってない」


 対する俺のアバターも昔とそんなに変わっていない。髪と瞳の色を緑にして、上半身には白の生地に緑のラインが入ったジャケットを羽織り、下半身も似たようなデザインのズボンを履いている。

 もっとも、プレイヤーネームは《MAX》では無く《ミツル》になっているが。


 それ以外は現実世界とそこまで差異は無い。というよりもある程度は顔バレのリスクを作りながらも差異を作らない方がVRゲームはプレイしやすいのだ。

 操作感覚は現実で体を動かすのとはほとんど変わらないため、現実と全く違う体格のアバターにした場合常に違和感に襲われながらプレイする羽目になってしまう。もちろん慣れればなんてことは無いが、現実と仮想現実で全く違う体を使い分けることは決して簡単では無い。


 それに昔と比べればネットマナーは浸透してきたため、小中学生でもうっかり住所を特定されるなんて事件は大きく減った。更に言うならば現実とゲームが近づき過ぎたためにネット弁慶は反対に撲滅されつつある。昔のように加害者だけが顔を隠すことも難しくなったからだ。


「まあこういう所は互いにお変わりないってことだろ。それよりもこれから何する? 素材集めクエストか?」

「それもいいけどさ、ここは少し未開のエリアに行ってみない?」


 言いながら莉央が取り出したのは黄金のゲートキー。

 ゲートキーはワープゲートを使用するためのアイテムなのだが、俺も含めて通常プレイヤーの持つゲートキーの色は銀色。

 では当然莉央の持つ黄金のゲートキーとはなんぞや? という疑問が浮かぶ訳だが、それはエリアマスターとマスターからその鍵を譲り受けた者のみが使用できる特別なゲートキーに他ならない。


 その効果は『自分及び任意のプレイヤーをこれまでに行ったことがあるかどうかに関わらず特定のエリアに転移させる』ことである。


「そのゴールドキーの行き先、まさかとは思うが」

「そのまさか。私の心の故郷、エクシードマウンテン。久しぶりに対戦しない?」


 予想外といえば嘘になる。対戦の面白さにとりつかれた状態でこれまで生きてきた少女がこの期に及んで一緒に探索クエストなどと言うとは思っていなかった。

 それでも対人戦の聖地に早速ご案内されるとは流石に思っていなかったが。


「そうは言ってもさすがにあの頃レベルは無理だぞ。さっき言った通りランクマッチもB3止まりだし――」

「上げる気が無いだけでしょ? まあそういうのは対戦すれば全部分かる! そういうわけでレッツゴー!」


『《LIO》のゴールドキーを使ってエクシードマウンテンに行きますか?』


 そして現れるYESかNOの選択肢。ここでNOを選択すれば行かずに済むのかも知れないが――


「断るほどの理由も無いんだよなあ」


 俺が対人戦に手を出していなかったのはただ単に隣に相棒が居ない対人戦に魅力を感じなかっただけ。つまるところそんなに大それた理由は無い。

 つまり莉央が傍に居る今ならば、


「じゃあいっちょ荒らしに行くか!」


 こんなにも軽い気持ちで頂点にだって殴り込みに行ける。日本一だって恐れはしなかったあの頃のように。


 しかし、YESを選択した俺はまだ理解してはいなかった。

 このゲームに潜む魔物は、俺の想像を超えた所にいたことを。

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