第3話 対人戦の聖地、その名はエクシードマウンテン

《2025年 8月13日 22:13 エクシードマウンテン第1アリーナ》


「山についたぞ」

「誰に向かって話してるんだよ」


 莉央の持つゴールドキーによってやってきたのは対人戦にとりつかれた魔物が住む山、エクシードマウンテン。


 その中でも俺達の目の前にある第1アリーナは山の中腹に存在し、まだエクシードマウンテンに来たばかりの者達がしのぎを削る場所だ。ここで好成績を残さなければ第2アリーナよりも上のアリーナには行けないように制限がかかっている。


「それにしたって空気薄いなここ。少ししんどくないか?」

「いや私は慣れたよ? なんせここが家みたいなものだから」

「それもそうか」


 五感にまで作用するゲームだとこのように空気の薄さなんかも再現してくる場合もある。当然これが原因で病気になった場合冗談では済まされないので、すこしでも体調が悪くなればログアウトを促してくるし、当然マシンの機能としてこういったプレイヤーの健康を害する可能性のある事象をOFFにすることも可能だ。


「まあそんなことより早く潜ろうよ。ミッチーのバトル見たいし」

「あ、押すなって。ここまで来て引き下がることなんてしないしだな」


 莉央は俺の背中をぐいぐい押しながらアリーナの中へと入っていく。


 アリーナのロビーはかなり単調な作りになっており、プレイヤー達が自由に雑談ができるようにテーブルと椅子が置かれた広いスペースと、その奥にある対戦の受付カウンターがあるのみになっている。そしてカウンターで受付を済ませたものは待合室に行き、相手とのマッチングが完了次第、バトルフィールドでの対戦となる。


 これがセントラルシティ付近に建てられたアリーナだと、土産屋やアイテムショップ、レストランなんかも併設されているのだが、ここは対人戦のことしか考えていない奴の溜まり場エクシードマウンテン。そんなものあるはずも無い。


「相変わらず人多いなあここのアリーナ。というか受付までちょっと遠いし。上みたいに入り口入ったらすぐ受け付けでいいのに」


 そしてトッププレイヤーに至ってはこの言い分である。一応補足するならば、トッププレイヤーは皆大会で好成績を収めたことのあるものばかり。そしてそんな人間たちは限られている上に、オンラインかオフラインに関係なく顔見知りであることは多い。故にわざわざ専用スペースを設けなくとも交友関係はあるのだ。


 しかも噂に寄ればプロプレイヤーはチームごとで皆ゲーム内でシェアハウスをしているとの噂なので日常的に会うことは難しくないはずだ。

 そういう点からもプロとアマチュアの違いがにじみ出ている。


「じゃあちゃっちゃと受付済ますか」


 隣に居る莉央は普段と違う環境に少しばかり不満なようなので足早に受付カウンターに行くことにした。

 べつに俺はこのエクシードマウンテンに知り合いはいないし、何なら普段つるむ奴らも攻略組の人間が多い。

 なのでここでは軽く挨拶するような間柄の人間も居ないので、誰とも話すこと無く歩いていたが――


「あぁ! あそこに居るの《LIO》さんだ!」

「プロの《LIO》が!? どうしてここに……」

「よ、よく分からんが事件だこれ! スクショ撮っとけ!」


 俺の隣を歩いていたプロゲーマーはどうやら事情が全く異なるらしい。

 最初のプレイヤーの叫びが呼び水となって次々と莉央の周りに人が集まっていく。そして少しすると気が付けばロビーが握手会の会場と化していた。莉央も手慣れたものでその群衆を華麗に次々と捌いていく。当然ただ握手するだけで無く、一人ずつ声をかけているようで皆満足した様子で人混みからはけていく。その手際は大したものだ。


 莉央は俺と違って7年前の全国大会以降も大会に出続けており、そのたびに好成績を残し続けている。直近では1週間前に名古屋で行われたプロアマはおろか、出身、年齢問わず抽選によって参加券を勝ち取った2000人のプレイヤーが集う大規模大会、グランプリでもベスト8という好成績を残している。


 元々全国大会での最年少優勝記録持ちと言うことで話題には事欠かない存在だ。ABVRでは最も注目されているプレイヤーの一人と言っても過言ではないだろう。


 ちなみに俺は7年前とプレイヤーネームは変えている上に小学生の頃から比べると外見もかなり変化している。何よりあれ以来表舞台に立っていないので《MAX》とは同一人物とは気付かれづらい。

 それに攻略に参加しては居るがそこまで目立つようなプレイはしていないので知名度はとても低い。


 もっとも攻略組トップとなると自分を慕う者達と協力して効率の良い狩り場に自分の国を作ったとか、ドラゴン100匹斬りを達成したとか、レイドボスを振られた八つ当たりに一人で倒したとかそんな伝説を残した奴らばかりだから多少活躍した程度では埋もれてしまうのが現実だ。


「うーんやっぱり下のアリーナだと、こうして人が寄ってくるのがネックだなあ」


 一通り話しかけてきた相手との握手を終えると莉央はそう言って肩をなで下ろした。


「お前人付き合いどちらかと言えば得意な方じゃ無かったっけ?」

「それでもゲームで、しかも対戦しに来てるのに、人に見つかる度にこれはちょっとね。全員が全員PvP申し込んでくる方が良いかな」

「やっぱりお前ヤバい奴だろ。いや、間違い無くヤバい奴だってお前」


 握手よりも拳での語り合いをファンに要求するのはいくら何でもぶっ飛んでいる。まあゲームの世界だから許されるのだろうが、それでも常識から外れた発言だろう。

 しかしながらそう思っているのはどうやら俺だけらしく、莉央はきょとんとした顔でこちらを見つめていた。


「居るよ。街中で会ったら対戦しかけてくるような奴」

「マジで!?」

「うん。確かこの辺りにも居るはず。今日はいるのかなあ」


 どうやら莉央の口ぶり的に複数人居るらしい。しかもよくよく話を聞いてみれば、この街にはそのようなプロプレイヤーとの野良マッチングを期待して徘徊する人間が少なくないらしく、むしろ第5、第6アリーナに居るプレイヤー達の間ではこの方法でプロとの対戦経験を積み、ランクアップを狙うのが常套手段のようだ。


 こういう逸話が渦巻いているからこそ、エクシードマウンテンは廃人隔離病棟などという不名誉な呼び名で呼ばれている。


「見つけたぞ《LIO》!! ここであったが100年目! 今日こそお前に勝つ!」


 そしてそんな魔境に根ざす魔物が俺と莉央の前に現れた。

 そいつの印象を一言で言い表すならば貴族、もしくは王子。なんならホステスでも可。どこに居ても目立つであろう白いスーツに白いマントを装着したその男は脇目も振らず、ただ一直線にこちらに歩み寄る。


「やあ、《ストリバ》。相変わらず元気みたいね」


 ストリバと呼ばれた男は莉央の態度が気に入らないかのように鼻をフンと鳴らした。だが態度とは裏腹にそこまで嫌がっている雰囲気は無い。


「今日はこの第1アリーナに何のようだ? まさか貴様ほどの手練れが初心者狩りということもあるまい」

「そりゃもちろん。今日は連れと遊びたかったから来ただけ。そっちは観戦記者のお仕事?」

「ああ。今日の勤務時間は終了したがな。本来ならば今から第5アリーナでレート上げと思っていたが気が変わった。ここで俺は貴様に決闘を申し込む!!」


 「ビシィ!」という擬音さえ鳴らしながらその男は莉央に指を突き立てた。ちなみにだがこの≪AB≫では全ての動作に効果音をつけられる。このストリバというプレイヤーもその機能を利用しているのだろう。

 ただ根源的な疑問が一つ浮かぶ訳で。


「なあLIO」

「何よミッチー」

「この人誰?」

「第1アリーナに居ながらこの私を知らないとは貴様さてはモグ――いや、見ない顔だな。もしかしてこのエクシードマウンテンは初めてか?」

「そうだけど。何なら対人の方はそんなに詳しいわけでもないし」


 ストリバは咳払いをすると更に深呼吸。上がりきっていたテンションを強引に落とすかのような仕草を見せた。そして申し訳なさそうな顔で口を開く。


「だとしたら無礼を謝罪しよう。私はこの第1アリーナで観戦記者をしているストリバというものだ。そして第5アリーナを主戦場とする戦士でもある」


 さっきまでの偉そうな態度から一変。心の底から申し訳なさそうに自己紹介してくれた。ここまで温度差が極端に激しいと反応に困るが、ゲーマーなんぞいい人なのか悪い人なのかが分かりづらいのが特徴みたいなものだ。ここはこちらが適切に対応せねばならない。


「あ、ご丁寧にどうも。俺はミツル。普段は攻略勢なんだがそこのLIOに連れてこられたんだ」

「つまり観光か何かか? この第1アリーナはエクシードマウンテンでは最下層と言えども全員がランクS3以上の猛者だ。見ていて退屈することはあるまい」


 先程から度々話題に上がっているランクというのはようは対人戦の強さの目安みたいなもので、ランクマッチと呼ばれる試合に勝てば勝った分だけランクポイントが貯まり、上位に上がれるようになる。


 この《ABVR》ではランクの高い順にS、A、B、C、D、Eの6段階に分けられ、その中でもそれぞれ1、2、3の階級があるので合計18段階のランクが存在する。最も低いランクがE3、逆に最も高いランクがS1となるのだが最近運営の方ではS1よりも上のランクを作る話も出ているらしく、今注目を集めている。


 ちなみにここでは割愛するが現S1、S2の連中は有志の作ったツールを用いてレート戦を行っているらしく、まさに運営の管理さえも抜け出そうとしているため無法地帯化が進んでいる。

 当然規約違反に引っかかるような大馬鹿野郎は居ないけど。


「それはそうと勝負だLIO! GP予選最終戦の雪辱を今日ここで晴らす!」

「別にいいよ。夜行バス乗ってたもんだから体が固まってるし、リハビリにはちょうどいい」

「決まりだな。なら早速受付を――」

「あ、いや待った」


 ストリバのテンションが絶頂に達したタイミングで、莉央が思い出したように口を挟む。

 ちょびっとだけ、意地の悪い笑みを浮かべながら。


「せっかくだしミッチーとストリバが対戦しなよ」

「何?」

「は?」


 俺とストリバが同時に疑問の声を上げる。だが提案の主である莉央はそれはもう清々しい程に気に止めていない。


「いや待つんだLIO。彼は攻略勢でここに来るのは初めてなんだろう? ならこう言うのも悪いがS1ランクである私とは戦いにはならないのでは無いか? 君も知っての通りPvEとPvPでは同じゲームでも意味が大きく変わる」

「ああ、それなら心配しなくて良いわよ。こいつどっちかと言えばPvP脳だし。それに――」


 莉央は不意に俺の肩に手を回す。昔からこんな時、この女は恐ろしいほどの無茶ぶりを押しつけてくる。そして俺はもう逃げられない。


「アンタと同じくらいには強いよ。たぶん」

「ほう?」

「ハードル上げんな!!」


 値踏みするストリバ、ニヤニヤと愉快犯的笑顔を浮かべる莉央、そして絶叫する俺。混沌を極めつつある俺達をどういうわけかギャラリーが囲み始める。


 まあそれはそうだろう。第5アリーナを中心に活動するプレイヤーはほとんどがS1、そうでなければ限りなくS1に近いS2ランクばかりだ。

 それに匹敵する対人戦に縁が無い新参者とか誰が聞いても信じられないだろう。俺も当事者じゃ無ければ冗談と笑い飛ばしている。

 ただ発言したのは皆からの信用も厚いプロだ。どうやっても真に受ける。なので俺の注目度は今、急速に上がっている。


 なんだこの手詰まり感。


「もちろんそれだけじゃ味気ないから二人にはわたしから景品を出すわ。ストリバが勝ったら第7アリーナの一日入場券。ミッチーが勝ったらレアアイテムの超合金MXを進呈しよう」

「随分思い切ったな」

「ここまでした方が二人ともやる気出るでしょ?」


 超合金MXは武器作成に使用できる超レアアイテム。どのくらいレアかというと入手報告をしているプレイヤーが全プレイヤーの0.013パーセントという辺りから察していただきたい。確実に入手する手段が公式大会の上位景品のみで、普通は超高難易度エリアで何日もかけて採掘するしか無い。


 プロとして大会上位入賞を何度も経験している莉央にしてみれば、そう珍しい代物では無い。


 一方アリーナ一日入場券も対人勢からすれば喉から手が出るほどに欲しいはずのアイテムだ。エクシードマウンテンはアリーナごとに入場制限があるが、入場券を持っていればそれを無視してアリーナに入場できる。そして普段は戦えないような強敵と戦えるのだ。血の気の多い連中からすればご褒美だろう。


 こちらも上位のアリーナ常連である莉央には苦労せずとも手に入る物だ。


「このエクシードマウンテンでは手加減とは反則、マナー違反の次に失礼な行為に当たる。故に手は抜かないがよろしいか?」

「ああ。こっちとしても相手に信念を曲げさせるのは好みじゃ無い。それに、プロプレイヤーが見てるんだ無様なプレイは出来るかよ」

「良い返事だ。流石LIOが連れてきたプレイヤーということか」


 この野郎、もう俺がエクシードマウンテン初めてってことも忘れて敵の一人として認識してやがる。ストリバというプレイヤーの辞書には格下とか舐めプの文字は無いのだろう。


「私は先にバトルフィールドで待っている! 準備が出来たら来るが良い!」


 ストリバは受付を手早く済ませてバトルフィールドに入ってしまった。おそらくはいつでも対人戦ができるように準備しているのだろう。それに対してこちらは装備やステータスを見直さなければならない。

 本当はじっくり考えたいが相手を待たせるのは忍びない。なのでここはいっそのこと――


「それで? ミッチーは今回のバトルをどうやって戦うの?」

「しばらくぶりの対人戦、俺は相手のことも環境も何一つ分かっちゃいない。だからここは誰に対しても5割は勝てるって結論を出したアレで行く」

「アレって、まさかとは思うけど――」


 今度は俺がニヤリと笑う番だった。さっきから素直に戦うことを受け入れている辺り、俺もまだまだ血の気は多いらしい。

 そして高らかに宣言する。自分でも驚くくらい自信に満ちた声色で。


「超高速ガンブレード。7年前にお前と一緒に日本を制したアレだよ」

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