第1章 最強ゲーマー、リターンズ
第1話 7年越しのコンティニュー
《2025年8月13日07:11 大阪駅バスターミナル》
その日は良く晴れた日だった。
だがそれは裏を返せば、夏の暑さが容赦なく襲いかかってくるということなので少しくらいは雲が出ていても良かったような気がしなくも無い。
もっとも、俺がいるのは日陰になっている場所でだから比較的快適だ。それでも屋外なので暑いものは暑い。
できることなら今すぐどこかの建物に入って、冷たいアイスでも食べたい気分だ。
「早くバス来てくんねえかな」
俺――
そして俺が待っているのは東京からこの大阪に夜行バスを使って向かっている一人の友人だ。
思い返せば7年ぶりに直接会うような関係だ。メールやSNSなんかでのやりとりは行っていたものの中学生や高校生にとっては大阪と東京というのはあまりにも遠く、なかなか会うような機会は無かった。
しかしながら相手の方から『お金ができたから2泊3日でそっちに行くことにした。暇なら遊ぼう? というか泊めて?』といった内容のメールが来たことで7年続いた沈黙が打ち破られようとしている。それは嬉しくもあり、同時にどこかさみしさも感じている。
「さすがに再会しただけで泣いたりしないよな……?」
「それ、ミッチーの中でどんなドラマチックな別れ方したことになってるの?」
ふと後ろからかけられた声に俺は驚きを隠せずにいた。
考え込んでいる間に待っていたバスは到着していたようで中から乗客が流れるように出てきている。待ち人たる彼女は真っ先に出てきたということだろう。
それは丁度俺と同年代の少女。長く伸ばした黒髪とさっぱりとした雰囲気が特徴的と言えば特徴的。どこに行っても通用しそうな白いパーカーに青いジーンズといった格好で現れたその少女は、名を蘭道莉央と言った。
「や、久しぶり。元気だった?」
「よう、7年ぶりだな莉央。そっちの方が元気そうだぞ」
「夏の大会はすこぶる好調だったからね。そりゃ元気にもなるって」
あの大会の2週間後、莉央が親の都合で東京に引っ越してしまったためあの大会がまさに最後で最大の思い出となってしまっている。
「あれ? もしかして緊張してる? ミッチーって女の子と喋れないタイプだっけ?」
「そりゃ7年も経ったら人間変わるだろ。それに女子との絡みだってお前がいたからあったようなもんだぞ」
「あれ、そうだっけ」
などといった差し障りの無い会話がポンポンと口をついた様に続いていく。最近の学校生活とか、東京と大阪の文化の違いとか、最近のアニメや歌手の話題とかといった風などうでもいい話が歯止めも利かずに延々と続いていく。そしてそんな風な特に目的の無い会話が1時間も続いた後のことだ。
「そろそろ移動しない? 私荷物も置きたいし」
そう言った莉央の手に持っているのはゲームのロゴやらキャラクターやらのシールが所狭しと貼り付けられたキャリーバッグ。よくこういう長距離移動をするのかかなり使い込まれているような気がする。
「ずっと
「それもそうだな。じゃあ移動するか」
俺達は歩き出した。このバスターミナルから目的の駅まではそんなに距離は無いが、ここは大阪梅田。
関西人にとっては新宿、東京駅のようなもの。つまりは無策で挑めば道に迷い、永遠に出られない難攻不落のダンジョンに他ならない。とはいえ俺も莉央も何度も歩いたことのある場所なのでそう迷うことは無い。
「本当に家お邪魔して大丈夫? 一人暮らしって言ったっていろいろあるんじゃ無いの?」
「悲しいことに彼女も何も居ないから心配は要らないよ。部屋も二つあるし。むしろお前の方はいいのかよ」
「うーん、ここ数年《AB》の調整とかで男とオールカラオケ増えたしなぁ。特になんとも思わないけど」
「すごいなお前」
俺は心底驚くが莉央の方は涼しい顔をしている。なんというか互いの常識に大きく開きがあるらしい。まあそこは過ごした環境の差だ。問い詰めたところでどうこうなるものでも無い。
「それはそうと最近《AB》はやっているの?」
話題の中に出てきたからなのか、この話をするために話題に出したのか、その真相は莉央のみぞ知るといったところだろう。
《AB》、正式名称《アルテマブレイバーズ》。2000年にシリーズ1作目が発売されたそのゲームは25年経った今でも皆に愛され続けている。いやむしろ25年目の今年こそが全盛期と言えた。
その理由はこのゲームが《業界史上初となる家庭用完全没入型VRMMOアクションRPG》として新生したからだ。
その名も《アルテマブレイバーズ ヴァーサスリバイバル》。略称《ABVR》である。
それまでにもいくつかVRのゲームは存在していたが、それらは全て所詮はゴーグルをつけてこれまでとは違う視点で楽しむ者に過ぎず、漫画や小説のような意識そのものを仮想空間に移し、五感にまで作用するようなゲームは存在していなかった。
だがアルテマブレイバーズの開発元であるNEXはなんとその仮想現実に意識を移す技術を開発。
それを1年前に発売された《ABVR》に採用し、同時に専用ハードをお手頃価格で世に出すことによって《ABVR》は社会全体に浸透。一大ムーブメントを巻き起こした。
発売当初は受験だの部活だのでゲーム離れを起こしていた俺はスルーしようと考えていた。
小さい頃は三度の飯より優先していたはずの《AB》もそこまで高いモチベーションがあったわけでも無かったのもプレイを見送ろうとした理由のひとつだ。
しかしながら時代と流行の波に流されて結局購入。今に至っている。
「VRは買ったけど暇を見てログインしている位だな。あとイベントはちょっと本気出して素材かき集めるとかそんな感じ?」
「なら対人戦とかは手をつけてないの?」
「景品アイテムほしさに少しランクマッチに潜るくらいだな。でも本腰は入れてないからランクはB3で止まってる」
「ふーん。昔みたいに大会出たりとかは?」
「もう全くだな」
こうして話して確認していると自分が目の前に居る莉央と比べてどれだけ変わったかがよく分かる。
あのころは狂ったようにゲームショップに通っては野良試合をふっかけていたものだ。それに比べればオンライン対戦も全くやっていない現状は自分でも同一人物だとは信じられないくらいに正反対だ。
「そっちはどうなんだよ。今年も出るんだろ? 全国大会」
「そうだけどちょっと困ったことがあってさ」
「困ったこと?」
「去年組んでた人が怪我で今年は出れなくなって、ピンチヒッター探しているんだけどこれがなかなか見つからなくて」
「それかなりの死活問題じゃ無いか? もうこの時期ならみんな組む相手決まってるだろ?」
「そうなのよ。プロゲーマーが相方見つけられなくって大会参加できなかったなんて洒落にならないわよ」
そう、蘭道莉央は高校生であると同時にプロゲーマーという職業も持っているのだ。
プロゲーマーとはイベント出演のギャラや大会の賞金を飯の種とし、生計を立てているもの達のことを指す。
この2025年現在、賞金ありのゲーム大会が日本で開催されることも珍しくは無いため、全く見ない職業では無くなりつつある。
だが、それでも幼なじみがその仲間入りをしたと知ったときには食べていた餅で喉を詰まらせるくらい大いに驚いたものである。
「ところでミッチーはどうなの? 今のところフリーじゃ無いの?」
「流石にパス。もう何年も大会には出てないし今の環境も分からないし、何より昔みたいにやれるとは思えん」
「うーん、まあそう来るよね」
若干、含みがあるような口ぶりで莉央は言う。こういうとき決まってコイツは突拍子の無いことを言う。
「昼間は観光と移動に時間を使うとして、夜は空いてるわけだ」
「まあ、寝るだけだしな」
「じゃあさ、せっかく二人揃ったし小学生振りに一緒にやろうか」
「……何を?」
答えは分かりきっている。それでも聞き返したのは一つの逃げに近かったのかも知れない。問題は俺自身、何から逃げているのか分からなかったことだが。
そして莉央は小憎らしい笑みを浮かべながら唯一無二の解答を俺に言い渡す。
「もちろん《AB》を」
第1章 二度目のゲームスタート
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