食品サンプルのアレンジ小物
「完成品を見てほしい」
どん、と食堂のテーブルの上に置かれた品々を見て、
このサルヴィという青年はアクセサリー職人であるブライトの幼馴染みだ。彼自身も職人で、普段は樹木系の魔物から採取できる特殊な樹脂を加工して器や日用品などを作っている。現代日本でいうところのプラスチック製品みたいなもので、軽くて壊れにくいと評判だ。
しかし彼には別の顔があった。職人肌ではなく、恐らく芸術家肌なのだろう。自分が食べて美味しかったと思った料理を、その樹脂を使って本物そっくりの模型として作ってしまうのだ。食べて美味しかった料理の、その感動、美味しさを余すことなく表現する、というのが本人なりの言い分だが、まあ本職を考えれば家族にも幼馴染みのブライトにも道楽と扱われていたものである。
けれど、彼の才能は間違いなく本物であった。悠利が現代日本で見ていた食品サンプルに負けず劣らずの再現度だったのだ。これならば十分に商品として使えると判断した悠利は、サルヴィを
何故かというと、《木漏れ日亭》の店主ダレイオスが作る料理と、ルシアの作るスイーツはサルヴィのお気に入りだからだ。美味しいと思い、その形、店の器に至るまでを完璧に再現したその品々は、《木漏れ日亭》では見知らぬメニューが解りやすくなるとのことで食品サンプルとして扱われ、ルシアのスイーツは小さなサイズで作ることでお土産物として店頭販売されている。
まあ早い話が、道楽を仕事に結びつけたというやつである。ただし、道楽が仕事に結びついた結果、サルヴィは美味しいものを食べ歩き、良いと思ったものを作るという方向に振り切った。早い話が大義名分を得て、やりたい放題である。
ただそれがちゃんと仕事になっているのならということで、父親には渋々ながらも納得されているらしい。
さて、話を戻そう。そのサルヴィが突然悠利の元へやってきて、テーブルの上に並べた品々。これは先日、サルヴィとの雑談の中で悠利がアイデアを出した食品サンプルをアレンジした商品である。
「流石はサルヴィさんですね。あの話だけでここまで完璧に仕上げてきちゃうとは……」
「とりあえず君の話を元に作ってみたから、これでちゃんと大丈夫なのかを確認してほしいんだ」
「と、言いますと?」
「完成品とは言ったが、試作段階であることも否定はしない。そもそも商品の完成イメージを持っているのは君だけだからな。しっかり確認してもらって、そこからまた当日までにより良い品にしようと思って」
「当日までに……」
その言葉に、悠利はあぁなるほどと思った。先日、サルヴィが悠利に新しいアイディアを教えてほしいと頼んだ理由が理解出来たのだ。てっきりいつもの「仕事をしろ」という家族やブライトからの圧力による発言だと思っていたのだが、どうやら違うらしいと気づいたからだ。
「サルヴィさんもお祭りに参加するんですね」
「親にな、これからもこれをやって生活をしていきたいのなら、商品としての間口を広げて周りに認識してもらえって言われたんだ」
「はあ……。つまり、営業ってことですね。ブライトさんも言ってました。新商品のお披露目をして、自分を知ってもらう場所だって」
「見に行くのは嫌いじゃないんだがな。自分が出品して説明して、というのは面倒くさい……」
「サルヴィさん……」
悠利は思わず呆れたようにサルヴィの名前を呼んだ。このお兄さんは、本当に芸術家気質である。気が向いたときに気が向いたものを情熱の赴くままに作る。腕がいいだけに、もう少しちゃんとしろと家族も言いたいのかもしれない。
そう、サルヴィの腕はとてもいい。少なくとも、特殊な樹脂を加工して食品サンプルを見事に作り上げる程度には、観察眼、手先の器用さ、再現率いずれをとっても完璧なのだ。難点は、自分が美味しいと思ったもの、作りたいと思ったものしか作らないというところだろうか。
ちなみに最近はもっぱら食品サンプル、食べ物の模型ばっかり作っているサルヴィだが、日用品を作るときもその腕は遺憾なく発揮されていたらしい。多分、そこで腕の良さがなかったら親も適当に投げてくれたのだろう。ところが、生憎とサルヴィは腕がとても良かったので、ちゃんと仕事をしろと親や幼馴染みであるブライトに言われてきたのだろう。
とはいえ、それら全てをどこ吹く風、自分は自分だと言わんばかりに過ごしているあたりがサルヴィである。なので、悠利としては彼を嫌いにはなれない。自分の好きなものを、楽しそうにしながらいっぱい作っているサルヴィの姿は何だか憎めないのである。
「それじゃあ、確認をさせていただきますね」
えーっと、と言いながら、悠利はテーブルに並べられた品物に手を伸ばした。これは責任重大である。軽い思いつきでアイデアを出しただけだが、これをサルヴィが仕事の一環として使うというのなら、悠利もちょっとしっかりしなければならない。
とはいえ、悠利がただの素人であることはサルヴィも解っている。強度や使い勝手の話ではなく、彼が悠利に求めているのは悠利が説明した通りの商品になっているかどうかの確認である。それぐらいならあまり気負わずにも出来る。
悠利がまず手に取ったのは、掌に載るサイズの可愛らしいカップケーキの模型だ。このカップケーキは、ルシアの作ったとてもとても美味しそうなカップケーキを模している。コロリとしたフォルムの愛らしいカップケーキの、真ん中から少し端に寄った頭の部分に斜めに穴が開いている。細長く、くり抜かれたようなその穴は貫通してはいない。ただ何かを差し込めるような形状になっている。
そう、これはカップケーキの形をしたペン立てである。リビングの片隅に置いてある共用の文房具入れから、ペンを一つ手に取る。万年筆やガラスペンに似たようなフォルムのこのペンは、一般的に筆記に使われるのはものである。
……なお、悠利は普段、自分の持ち物であるボールペンやシャーペンなどを使っている。ペン先が悠利にはちょっと使いにくいからだ。
とりあえず、サルヴィがペン立てにするために作ってきたこのカップケーキの模型は、悠利が今手にした一般的なペンを想定して作られている。確認するならこれらのペンの方が良いのだ。
「では……」
そう一言告げて、悠利はカップケーキの穴にペンを刺してみた。
穴は狭すぎず大きすぎず、ペンが簡単に入る。さらに、深さも十分あるらしく刺したペンはグラグラしない。これは、ペンを一本刺すだけのペン立てだ。インテリア代わりにということで、カップケーキにペンを一本刺すタイプをアドバイスしたので、何も間違ってはいない。
刺して、抜いて、刺して、抜いて……。何度かそれを繰り返してから、悠利はサルヴィに向き直った。
「大丈夫だと思います。ただこれ、中がペン先に付いたインクとかで汚れたりしませんか?汚れた場合ってどうすれば……」
「ああ、樹脂で作ってるから、水洗いは出来るぞ」
「水洗いできちゃうんだ……」
小さく呟いて、悠利は手の中の可愛らしいカップケーキの形をしたペン立てを見る。そんな悠利に、サルヴィは説明を続けた。
「だからこう、布とかを濡らして中に突っ込んで拭いてもらえば汚れは取れると思うが」
「なるほど……。ということは、外側が汚れたときも丸洗い可能なんですね?」
「可能だな。基本樹脂だから。水に弱い材料とかは使ってないし」
「それは結構便利だと思いますね。外に置いておくとホコリで汚れちゃったりするので、水洗いしたり濡れた布巾で拭うだけでお手入れが出来るのは楽で良いと思います」
「そういうものか?」
「そういうものですよ。お手入れは大事です」
大真面目に言いつのる悠利に、サルヴィはなるほどと小さくつぶやいた。サルヴィにはあんまりよく解らないが、悠利がそういうならそういう視点もあるのだろうぐらいの認識にしてくれているようだ。
このお兄さんはマイペースだが、決して他人の話を聞かないわけではない。強いて言うなら、聞いた上で自分にとって関係ないなと思ったら、全力で右から左へ聞き流すだけである。幼馴染みであるブライトの苦労がしのばれる。
次に悠利が手に取ったのは、今にも匂いが漂ってきそうな焼き目も完璧な細長く作られた一枚のベーコンである。スーパーなどでよく見かけるカットベーコン、それを一枚焼いたもののように見える。そのカットベーコンの片面にまっすぐと目盛りがついている。
そう、これはベーコンの形をした定規である。そういう商品があったな、という記憶を頼りに悠利が説明した幾つかのアイデアの中から、サルヴィが面白そうだと言って作ることに決めたのが、この焼いたベーコンの定規である。
こんがりと焼けた端っこ。透明になった脂身の部分。食欲をそそるピンク色の赤身の部分。ベーコン本体は少しばかり波打っているような、焼いたときに形が変わるのまで再現してある。けれど、その下にまっすぐな樹脂の板を取り付けてあるので、定規として使うときにがたがたすることはない。そのあたりの仕事は実に丁寧だ。目盛りも見やすくしっかりと書かれているが、ベーコンの景観を損なうようなことにはなっていない。
「サルヴィさんって本当に器用ですよね。あとなんていうか、本物らしく作ることへのこだわりがすごいというか」
「だって、美味しそうだから作りたいわけであって、別に美味しく見えないやつだったら作っても意味ないだろう?」
「うーん、そこらへんが多分職人さんのこだわりというか、芸術家気質なんでしょうね」
「そういうものか?」
「そういうものなんじゃないかと」
悠利の感想に、サルヴィはよく解らないと言いたげな顔をしている。彼にとっては全て普通のこと、当たり前のこと、いつものことなのだ。今更深く考えることではないのだろう。
とりあえず悠利は、見事な出来栄えのベーコンの定規を見て、ついでに試し書きをさせてもらった。きちんと使い勝手の良さも確認した上で、思いついたことを伝える。
「あのー、これ、焼いてないベーコンも作って、一緒に並べておいたら面白くないですか?」
「何?」
「焼いてないベーコンはこうデコボコが少ないし、油のところの色とか赤身部分の色も違うじゃないですか。なので、使用前使用後みたいな感じで、生のベーコンの定規としっかりと焼いたベーコンの定規を並べたら面白いかと思って」
「なるほどなぁ。色違いの商品を作るみたいな感じで、生と火が通っているやつとを作るってことだな?」
「そうです。まあ、生のベーコンにサルヴィさんが作りたいと思う美味しさがあるかは解らないんですけど」
基本的に美味しいと思ったものしか作らないサルヴィの性質を理解している悠利は、そう締めくくった。彼が頼まれた品を素直に作るような人間だったら、きっと、親も幼馴染みもっと楽なはずだ。そんなことを思う。
ただ、悠利の提案を聞いたサルヴィは、楽しそうに顔を輝かせていた。
「サルヴィさん?」
「それ、面白そうだから作ってみる」
「えーっと、面白そうだったら動くんですね……?」
「ん?」
どうかしたかとでも言いたげなサルヴィに、悠利は何でもないですと笑った。どうやら悠利が出したアイデアは、気が向いたものしか作らないサルヴィの琴線に上手に触れたらしいそれならそれでいいかと思う悠利だった。
ただ、常日頃ちゃんとやれ、しっかり作れ、働け、などと告げている親や幼馴染みであるブライトの言葉は、サルヴィのやる気を全く引き出さないんだなぁと思っただけである。
今のやりとりから推察するに、多分仕事で作るものだってサルヴィは、面白さを見出したら嬉々として作るのだろう。ただ、彼の興味を上手に引くようなものが、日用品には存在しなかっただけで。
だからこそ、作っていて楽しいという面も含めて、食品サンプル作成に没頭しているのかもしれない。何せ、仕事になる前から日記をつけるかのごとく、食べて美味しかったものを模型にしていたサルヴィである。やっぱり少しばかり感性というか、価値観というか、感覚というか、そういったものがブライト達とは違うのだろう。多分この人やっぱり芸術家肌なんだよなぁと悠利は改めて思った。
芸術家肌だからこそ、やる気スイッチが入ったらサルヴィはしっかりと働くのだろう。これだって、食品サンプルをただ置いておくだけの飾り物ではなく実用性のあるもの、仕事としての間口を広げられるものにしろと言われて、きちんと新作を作って見せたのだから。
勿論、悠利の出したアイデアがサルヴィの琴線に触れたのが大きい。ついでに、食品サンプルを作ること自体を周囲は否定していない。サルヴィが作りたいものを作った上で、きちんとそれを仕事として長く続けていけるようにしろというだけなのだ。
そういう意味では、サルヴィの親は寛大だなぁと悠利は思う。無理矢理強制して自分達と同じものを作らせようとしないところは、良い親だと悠利は思う。職人の中には頭ごなしに新しいことを否定して、家業を継ぐように誘導することも少なくはないのだから。
「あ、そうだ。試作品で良かったら、受け取ってくれ」
「え?」
「改良したのが出来たら、また持ってくるけど」
「いえ、持ってこなくて良いです。僕、当日ちゃんと買いに行くので」
「うん?」
何で?と言いたげなサルヴィ。お金なんていらないぞと言いたげな職人さんに、悠利はにっこり笑顔で本音を告げた。
「僕、このお祭り初めてなんですよね。だから、きちんとお祭りに参加したいんです」
「……だから今受け取らないで、祭りの日に買いたい、と?」
「そうです」
僕の楽しみを奪わないでくださいね、と言いたげな悠利に、サルヴィは少し考えた後に解ったと答えた。悠利がそれを望むなら、自分が邪魔をするのは良くないと思ったのだろう。
「じゃあ、当日は楽しみに待ってる」
「はい。サルヴィさんも当日は、宣伝とか営業を頑張ってくださいね」
「……面倒くさいなぁ。ブライトに任すか……?」
「そこは、自分で頑張ってください」
ブライトさんも暇じゃないんですから、と悠利は思わずツッコミを入れた。何でもかんでも幼馴染みに丸投げするのは良くない。そうでなくとも、《木漏れ日亭》に話を持ちかけたときも、ルシアに話を持ちかけたときも、どっちもブライトが同行して話をまとめていた気がする。少しは自分で働いてくださいと思わず呟いて悠利だった。
しかし、サルヴィは面倒くさそうな顔をしている。そういうの向いてないんだよなぁ、と言いたげである。まぁ確かに、向いてないだろうなとは悠利も思ったが。
とりあえずお祭り当日の購入を約束して、悠利は楽しそうに去っていくサルヴィを見送るのだった。
なお、こういう新作が出るよと仲間達に話したら、仲間達が食いつきました。ちょっぴり宣伝のお手伝いをした悠利なのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます