お洒落に使える、眼鏡チャーム

 その日、悠利ゆうりはアクセサリー職人のブライトに呼ばれて彼の工房を訪れていた。勿論、悠利の護衛を自認している賢いスライム、ルークスも一緒である。


「ブライトさーん、こんにちはー」


 声をかけて工房の扉を開ければ、ブライトは笑顔で悠利とルークスを迎えてくれた。


「呼びつけて悪かったなユーリ。ルークスもこんにちは」

「はい、こんにちは」

「キュピー」


 入ってくれ、と促されて一人と一匹は勝手知ったるブライトの工房の中へ足を踏み入れる。何だかんだで、ここへ顔を出すことも多い二人は、工房内の間取りを覚えるぐらいには馴染んでいる。

 そして、今日もルークスは早速、これが自分の役目だと言わんばかりに掃除を始めた。勿論ブライトが仕事用に並べている各道具に、勝手に触るようなことはしない。ただ、普通の掃除などでは落としきれない小さな小さな汚れを、自分の仕事だと言わんばかりに丁寧に掃除をしていくのだ。

 ルークスはスライムなので身体の形を自由自在に変えられる。その特性を利用して、狭い隙間のゴミも綺麗に掃除してくれるのである。


「いつも悪いなルークス」

「ルーちゃんはお掃除するのが好きみたいなので……。掃除をするのが好きというよりは、何だろう……」

「喜んでもらうのが好きなようにも見えるが」

「それもあるかもしれません」


 悠利の呟きに、ブライトは自分の見解を口にした。悠利にも異論はない。

 元来スライムは雑食で、ルークスも掃除と称して、汚れや塵や埃を吸収することでエネルギーの一部に変換している。ただ、エネルギー補給が目当てで掃除をしているというわけでもない。ピカピカになったのが嬉しいというわけでもない。どちらかというと、ピカピカにすれば悠利を含む仲間達が褒めてくれるからだ。

 誰かに喜ばれる、褒めてもらえる。それを嬉しいと感じる。そういった知性がルークスにはある。並のスライムには存在しない知性なのだが、相手がルークスなので誰も特に疑問に思わず、そういうものなのだなと言わんばかりの対応である。もう今更だ。


「それで、試作品が出来たって聞きましたけど」

「あぁ、そうなんだ。あいにくと眼鏡の知り合いが他にいなくてな」

「あははは……っ。解りました。それじゃあ、見せてもらっていいですか?」

「うん、これだ」


 そう言って、ブライトが取り出したのは丁寧に作られたチャームであった。

 金具と宝石を上手に組み合わせて、様々な模様が作られている。ピースの形を変えるて色々と組み合わせることで形を作っているのは、ビーズアクセサリーなどと似ているかもしれない。そしてそのチャームな先っぽには、何かを通すような小さな穴があった。

 この穴は下の金具を上下に動かすことで、サイズを調整できるように出来ている。使い方としては、穴に何かを通した後にキュッと金具を上に上げてしまえば、穴を小さくして固定することが出来る。

 この世界では、恐らくはまだ誰も見たことがないであろう新しい形のチャーム。これは、眼鏡の弦につけるものである。眼鏡の弦の耳より後ろのあたりにつけることで、長いチャームが耳の後ろから垂れるように見える。そうすると、まるでイヤリングやピアスをしているかのように見えるというアクセサリーの一つだ。

 これは、新しいアクセサリーのアイディアをと悩んでいたブライトに、ユーリがそれならこういうのはどうでしょうかと伝えたものである。そうして試行錯誤の末、ブライトは眼鏡につけるチャーム、眼鏡チャームと呼ぶべきアクセサリーを完成させた。

 さすがは本職のアクセサリー職人で、複数用意されたチャームはそれぞれ異なる雰囲気を持っていた。金属の組み合わせもそうだし、はめ込まれた宝石や飾り用のガラス玉もそうだ。またモチーフがあるものもあった。作り自体はシンプルだが、眼鏡の弦につけることを考慮して少し長めになっている。

 手渡された眼鏡チャームを、悠利は外した自分の眼鏡にそっと取り付けてみる。

 金具をずらし、輪っかの部分を広くしてから眼鏡の弦に通すのだ。位置に関しては後ほど調整するとして、適当な場所で金具をぐっと上に上げ、眼鏡の弦から外れないようにする。そうすれば、光を反射するきれいなチャームが、チャラチャラと音を立てて眼鏡の弦に下がることになる。


「それじゃあつけてみますね」

「よろしく頼む」


 眼鏡チャームがしっかりと眼鏡に装着できたのを確認してから、悠利は慣れ親しんだ眼鏡を再びかける。このとき、チャームをきちんと手で持って変なところに引っかからないように注意する必要がある。いくら眼鏡の弦に固定しているとはいえ、下手に動かせば眼鏡チャームを痛めることになりかねないからだ。

 そうして眼鏡をはめてしまえば、耳の後ろからチャラリと垂れる眼鏡チャームという風になる。耳朶に少し触れるか触れないかの状態だった。耳の後ろに確かに何かがあるなというのは解るが、さすがに鏡がないときちんと確認は出来ない。


「ブライトさん鏡あります?」

「ああ」

「どうも」


 渡された手鏡を持って、悠利は改めて眼鏡チャームの状態を確認する。

 眼鏡チャームは上手に悠利の耳の後ろから垂れ下がっており、遠目から見ればピアスかイヤリングでもしているかのように見える。また、特に耳に痛みを感じることもないので、つけた位置は自分としてはここでいいのだなという感想も抱いた。


「どんな感じだ?」

「今のところ、つけ心地に特に嫌な部分とかはありませんね。見た感じ綺麗なバランスですし、人によっては耳の前につけるようにしてもいいかと思います」

「どっちがいいものかな?」

「好みじゃないですか?」


 ブライトの質問に、悠利はさらっと答えた。付け心地にもよるだろうし、チャームを全て見せたい人なら耳の前に装着するだろう。逆に、軽く見える程度にしたい人なら、耳の後ろに付ける方を選ぶだろう。その辺りは付ける人に選んで貰えば良い。


「とりあえず、左右同じのがあった方がいいかと思って一対で販売しようかと思うんだが、どう思う?」

「うーん……。僕としては、あえて単品で販売してもいいんじゃないかなぁと思います」

「そうなのか?」

「はい。イヤリングやピアスと違うので、あえて片側だけでもいいですし、何なら右と左で違うチャームをつけるのも楽しいかなって」

「おーなるほど。まあ、ピアスやイヤリングでもそういう風にしてる人いるしな」

「はい。最初から二つセットで販売するよりは、好きに組み合わせて使ってもらえる方が楽しんで貰えるんじゃないかと」

「それもそうだな」


 悠利の説明はブライトにも納得がいくものだったらしい。揃いで使いたければ同じものを買って貰えば良いもんな、と結論づけていた。

 そして、「一応色々と作ってみたんだけどな」とブライトが並べた眼鏡チャームを、悠利はウキウキしながら眺めた。チャームの長さだけでなくデザインも違うものが幾つも並び、何とも煌びやかだ。

 元々悠利はブライトが作るアクセサリーが大好きだ。繊細な作りのものもあれば、デフォルメされたようなシンプルな作りのものもある。存在をしっかりと示すような大ぶりのものから、身につけている本人ぐらいしか気づかないような小さなものまで多種多様だ。オーダーメイドも承っている。ブライトは、若手ながらなかなかに腕のいいアクセサリー職人なのである。


「綺麗ですねー」


 ウキウキわくわくと言わんばかりの雰囲気を出しながら眺める悠利。自分がお洒落をすることにはさして興味はないが、可愛いもの、綺麗なものを見るのは大好きなので、アクセサリーを眺めるのも大好きだ。

 ましてや、これは眼鏡チャームである。イヤリングでもピアスでも指輪でもネックレスでもない。眼鏡につけるアイテム、すなわち眼鏡をつけている人間ならばこのアクセサリーをつけても良いということになる。

 いや、それは単純に悠利がそう思っているだけだ。ただ、さすがに十七歳の男の子としてはピアスを開けるのは怖いし、イヤリングをつけるのは何か違う気がするのである。指輪は普段の家事の邪魔になりそうで、ブレスレットも右に同じく。ネックレスもあまり身につけるつもりがない。

 そんな悠利にとって、常日頃から己の顔の一部のようにつけている眼鏡に装飾を施すというのは、ちょっとやってみようかなと思える範疇になるのであった。

 なお、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の仲間達には眼鏡っ子はいないが、ごく稀にサングラスをかけたり、読書をするときだけ眼鏡をかける面々もいる。こちらの世界で耳にしたことはないが、伊達眼鏡なるものが存在すれば、お洒落で眼鏡をつける人も世の中にはいるだろう。

 とりあえず、今回悠利が眼鏡チャームを提案したのは、眼鏡をつけている人間が大きな耳の飾りをつけると眼鏡を取り外したりするときに引っかかるというような意見を聞いたことがあるからだ。勿論眼鏡チャームだって、眼鏡を外すときに気をつけなければ引っかかるのは引っかかる。ただ、ピアスやイヤリングと違って耳に直接つけない分、耳への負担は少ない。そして、眼鏡という常に身につけているものに付け加えるだけなら簡単なので、使ってみようと思う人が出るのではないかと思ったのだ。

 そんな悠利の素朴といえば素朴な意見を、ブライトはここまで見事な眼鏡チャームへと進化させた。流石は本職のアクセサリー職人さんである。


「あ、そうだ。これ、差し入れにサンドイッチ作ってきました」

「別に良かったのに……」

「僕も小腹が空く時間帯なので」

「じゃあ、飲み物ぐらいは用意するよ」

「ありがとうございます」


 ちょうどブライトに呼ばれた時間がおやつの時間に近かったので、悠利はサンドイッチを作って持ってきたのだ。食パンを四等分したサイズの小さなサンドイッチの詰め合わせだ。ちなみに中身はツナマヨと玉子フィリングの二種類だ。仲間達に安定の人気を誇る味付けである。

 ブライトが用意してくれた紅茶を飲みつつ、二人でサンドイッチに手を伸ばす。柔らかな食パンと、中の具材のハーモニーが実に素晴らしい。


「僕はツナマヨも玉子フィリングも好きなんですけど、ブライトさんはどっちが良いとかあります?」

「俺もどっちも好きだがなぁ。……ちなみに、この二種類にした理由は?」

「うちの人気上位なので……」


 今日のおやつに作ってきたんですよね、と悠利が続けた言葉で理由を理解したブライトだった。自分が持っていく分だけを作るわけじゃないあたりが、実に悠利らしい。ブライトの顔はそう物語っていた。

 ふわふわとした食パンに、マヨネーズで味付けされたツナマヨや玉子フィリングがしっかりと寄り添っているのが実に良い。食パンを四つに切ったサンドイッチは、持ちやすいし食べやすい。雑談をしながら摘まむのに良いサイズだった。


「ところで、人気上位ってことは、どっちが美味いかで喧嘩でもするのか?」

「……喧嘩は、しないですよ……?」

「……ユーリ、目が泳いでるぞ」

「一応、喧嘩まではいってないです。ただちょっと、白熱しちゃうだけで」

「……そうか」


 はははって笑う悠利に対して、ブライトは神妙な顔で頷いた。それで色々と察してくれたらしい。大変だなという言葉がとても身に染みる悠利だった。

 ちなみに仲間達はどっちがより美味しいかで盛り上がって騒ぐのだが、一応ギリギリ、喧嘩にはならない。何故なら、そこで喧嘩に発展するとアリーに怒られるからである。

 もしゃりとサンドイッチを食べながら眼鏡チャームを眺めていた悠利は、口の中のものをきちんと咀嚼してから口を開いた。


「ところでブライトさん。もしかしてこれって、お祭りに出す商品だったりするんですか?」

「正解。どうせなら新作のお披露目をしたくてな。勿論いつも作っているアクセサリーの新デザインも出すけどな。他のところにないような新しいアクセサリーがあったら、人目を引くかと思って」

「なるほどー」

「あの祭りは、祭りであると同時に、俺達職人にとっては営業みたいなもんだからな」


 そう言ってブライトは笑った。単純に色んな人が色んな商品を出して売買するお祭りだと思っていた悠利は、その単語を聞いて首を傾げた。


「営業……?」

「色んなところで自分の存在を知ってもらうのが大切だからなぁ……」


 工房でアクセサリーを作り、それを直接顧客とやり取りをするという方式をブライトは取っている。勿論、雑貨屋などに商品を卸してもいるようだが、基本的には個人での売買が主体らしい。つまりは自営業だ。

 いや、そもそも工房でアクセサリーを作る職人さんは自営業で問題ないのだが、悠利の認識において販売まで己で行うとなるとまた違った苦労があるんだろうなと思うわけである。個人経営にとって、営業はとても大切だ。

 とはいえ、彼には大層心強い味方がついている。歩く広告灯のような美貌のオネェ様、調香師のレオポルドである。

 自分が欲しいと思ったアクセサリーをオーダーメイドで注文したり、ブライトが作ったアクセサリーの中で気に入ったものを買い上げて身につけたりと、彼の人はお洒落に余念がない。そして、その審美眼の確かさも合わさって、己の店に来る顧客達のブライトのアクセサリーへの興味を引っ張り出してくれるのだ。

 なお、レオポルドが客に自分からその話題を振ることはない。

 客に質問をされた場合、いつどこで買った誰の作品なのかということを伝えるだけだ。しかしその一言があるだけで、ブライトに興味を持ってくれる人々がいる。営業とはそういった地道なところから発生するのである。


「なるほど。つまり、お祭りという名称だけど、ブライトさんにとっては売り込みの現場でもある、と」

「そういうことだ」

「それじゃあ、当日は見本に眼鏡に取り付けた状態での展示とかあると良いですよね」

「うん?」


 にこにこ笑顔で悠利が告げた言葉に、ブライトは首を傾げた。どういうことだと問い返してくれるお兄さんに、悠利は逆に不思議そうな顔で口を開いた。


「だってこの眼鏡チャーム、どうやって使うか解りにくいじゃないですか。ブライトさんが眼鏡をしてるなら見本で身につけるのもアリですけど」

「生憎と視力はとても良いんだ」

「ですよね?だから、展示用の見本に眼鏡に付けた状態のやつがあれば解りやすいかな、と」

「なるほどなぁ。それは盲点だった。助かる」

「いえいえ」


 悠利の意見はあくまでも素人の感想であるが、そもそもブライトが相手にするのはそういう素人さんである。どれだけ良い商品を作っても、それが何かがきちんと伝わらなければ相手の琴線には届くまい。解りやすいディスプレイはとても大切だ。

 伊達眼鏡でもあればブライトが身につけるという手段もあるのだが、この世界に伊達眼鏡があるのかどうかが解らないので、悠利は迂闊なことを言わないでおこうと心に決めた。基本的に、うっかり発言でアレコレやらかしてしまう自分を一応は理解しているのだ。……これでも。

 それはともかく、ブライトが作った眼鏡チャームの数々はとても綺麗で、悠利の目を楽しませる。デザインも様々で、煌びやかなものからシンプルなものまで多種多様。あまり目立たない、シンプルめのデザインのものなら自分が使うのも悪くないかなーと思う悠利。

 その気持ちが顔に出ていたのだろう。悠利がじっと見ていたシンプルなデザインの眼鏡チャームを、ブライトが手に取った。そしてそれを、悠利に差し出してくる。


「ブライトさん?」

「試作品で悪いが、良かったら使ってくれ」

「え?いえ、そんな、もらえませんよ」


 首をぶんぶんと左右に振って拒否する悠利に、ブライトは楽しそうに笑って告げる。


「お祭りまでまだ日があるからな。ユーリがこれを付けて買い物でもしてくれたら、良い宣伝になる」

「……えーっと」

「営業は大事だって話はさっきしただろ?」


 にっと笑うブライトに、悠利は瞬きを繰り返す。ブライトの発言が、半分本気、半分は悠利が重荷に思わないための気遣いだと理解する。理解したので、これ以上固辞してもブライトの好意を無下にするだけだと理解して、悠利は差し出された眼鏡チャームを受け取った。


「ありがとうございます。じゃあ、誰かに聞かれたら『お祭りのときにお披露目されるブライトさんの新作です』って答えておけば良いですか?」

「完璧な回答だな。よろしく頼む」

「はい」


 茶目っ気たっぷりに告げた悠利に、ブライトは満点だと頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。手の中の眼鏡チャームを大事そうに握り締め、悠利はもう一度ありがとうございますと告げるのだった。




 帰宅後、眼鏡チャームに興味津々な仲間達に説明をしたので、そこからも口コミが外部に広がると良いなぁと思う悠利なのでした。営業のお手伝いも大事です。




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