物作りのお祭りがあるそうです
王都ドラヘルンは豊かな都市だ。王都と言うだけあって物流も素晴らしく、他の地方の品々も比較的簡単に手に入る。同じ国内でも他の都市に比べれば圧倒的に快適な生活が約束されている都市、それが王都である。
また、人の出入りも多いからか、様々な催し物がある。そのうちの一つについて、
「職人さん達のお祭り?」
反芻した悠利に、ウルグスはそうだと言いたげに頷いた。近々、物作りを生業とする職人達によるお祭りがあるのだという。
このお祭りは、王都に工房を構えるようなプロの職人達だけでなく、アマチュアでもきちんと申請をすれば自分が作った作品を出品することが出来るのだという。更に言えば、王都の住人だけでなく、外部の者でも参加可能だという。
ちなみに出品される作品は多種多様で、絵画や彫刻などの芸術的なものから、武器や鎧などの装備品にまで至る。また、日常使いの出来る食器類や調理器具に服飾品なども存在する。要は、飲食物以外のありとあらゆる手作りの品が提出されるということだ。
また、素朴な手作り品だけでなく、魔道具や
ウルグスが簡単にまとめてくれたその説明を、悠利はほむほむと聞いている。まるで企業の新商品発表会のようだなと思った。
しかし、プロだけでなくアマチュアも参加するという面を考えるならば、フリーマーケットなどの印象も近い。なお、悠利の脳裏に浮かんだのは、ハンドメイド系の即売会のようなものだった。
「そのお祭りって、僕らも普通に商品見たり買い物に行ったり出来るの?」
「ああ、出来るぞ。むしろそうやってフラッと来る客相手に自分の商品を売り込むみたいなパターンの方が多いかな」
「へー、そうなんだ。じゃあ、色々探すの楽しみだね」
にこっと笑った悠利は、傍らのヤックと顔を見合わせて頷き合った。楽しいイベントが待ってるぞ、みたいな気持ちである。
そういうのあるんだーという雰囲気の中、悠利は今日のおやつとして用意した焼き菓子を食べている。これはパン屋さんで売っていたシンプルなクッキーだ。パンがメインなのだが、ちょこっと焼き菓子も売っているお店はあるので。
「ユーリ、このクッキーってどこの?」
「パン屋さんのやつー」
「あー、あそこのか。何かホッとする味なんだよな」
「お家の味って感じするよね」
「確かに」
ぱくぱくとシンプルなバタークッキーを食べながら、悠利とカミールは笑った。飲み物は紅茶だったりジュースだったり各自の好きにしている。とりあえずクッキーが美味しいので満足だった。
クッキーはサクサクとした食感で、バターの風味がふわりと香るようなものだ。他に何か具材が入っているわけでもないシンプルなもので、家で作るような素朴さがある。それがまた、何とも言えず良いのである。
大皿に盛り付けられたクッキーを同じように食べつつ、ウルグスは前回のお祭りの様子を思い出しながら言葉を続けた。
「たまに、すっげぇ掘り出しものとかもあるぞ。で、どっかの商会の偉い人とか、お忍びのお貴族様とかが来るってのもあるらしい」
「そういう人たちが来ても大丈夫なの?」
「基本的に王都は治安がいいからな。当日は騎士団とか衛兵とかできちんと安全確保をしてるから、大きな騒動とかは特に起こったことはないな。まあ、俺は何か面白いもの売ってるかなって眺めるのが楽しいな」
「それなら、安心して楽しめそうだね」
そんな会話をして、悠利はふと思い出した。少し前に、知り合いの職人達とそういう感じの話をしたな、と。正確には、お祭りがあるという話題ではなかったが。
「あぁ、そっか。このお祭りがあるから、ロイリスとミリーや、ブライトさんとかサルヴィさんとかの職人さん達が、新商品がーとか、アイデアがーとかって雑談を振ってきたのかな」
「え?ユーリ、何か口出ししたのか?」
「それ大丈夫なやつか?」
「ユーリ、リーダーにちゃんと報告した?」
「何で皆してそういう反応するの!?」
あまりんもぶれない仲間達の反応に、悠利は思わず声を上げた。なお、理由は簡単だ。悠利のことをそういう意味では信用していないからである。
別に悠利に悪気はないが、彼の発想は現代日本のサブカルに慣れ親しんだ日本人の発想である。この異世界において常識を遥か彼方に蹴っ飛ばした、何とも言えないぶっ飛んだ発想になることはよくある。それを見習い組はよく知っているのだ。
どれだけよく解っているかといえば、普段この手の話題のときはスルーしがちなマグですら、グッとユーリのシャツの裾を引っ張って大丈夫なのかと言わんばかりの眼差しをよこしているくらいだ。マグがこんな行動に出るということは、よほど危機感を抱かれているということだ。
「……ちょっと雑談しただけだし、何でそんな反応になるかなぁ」
ぷぅと頬を膨らませる悠利であるが、「そりゃあ今までが今までだからなぁ……」と言いたげな反応しか返らなかった。人間は往々にして、自分がやらかしていることに関しては鈍いのだ。
「本当に大丈夫なのか?後でリーダーにめっちゃ怒られるとかじゃなよな?」
「大丈夫だって。普通に雑談してただけだもん」
「それならいいんだけどよ……」
「……ヤック、俺、後でミリーさんに確認してくるから、ロイリスの方は頼んだ」
「了解」
「ねぇ、そこ、本気で僕のこと信じてないよね!?」
真面目な顔で役割分担を決めているカミールとヤックの姿に、悠利は思わず叫んだ。本当に何もないんだからね!と主張するも、右から左に聞き流されていた。
しばらくして、カミールが気を取り直したようにウルグスに問いかける。
「ところでさ、その祭りで出品されるのって、一点物の販売なわけ?それともそっからの大量生産を見込んで注文できるとか?」
「何でお前はそんなことを気にしてるんだ」
「重要だろ?一点物だったらその場限りだけど、複数注文出来るとか、大量生産出来るとかだったら流通ルートの一つにもなるし。それに、そこまでいかなくとも気に入った商品を親兄弟用に幾つも買うとかも出来るじゃん。あと、その場で持って帰れなくても後日郵送してもらえるかとかさ」
「そういうのは個別で聞いてくれよ……。知らねぇよ……」
妙に熱のこもっているカミールに、ウルグスが面倒くさそうな顔で答えている。そんな二人の会話を聞いていたヤックと悠利は、顔を見合わせて肩をすくめた。
「そういう風に考えるところが、カミールって根っこが商人だよなぁってオイラ思う」
「ねー」
トレジャーハンターを目指していますなどと言いながら、カミールという少年は商家育ちの少年という部分が抜けないのだ。気づくと、なんやかんやと商魂たくましく実家の取り引きに役に立ちそうな情報などを集めてしまうらしい。もはやこれは習い性に近いのだろう。
まあ、カミールがそんな性格なのは今更だし、悠利達も特に気には止めない。今回もやってるなぁ、という感じだ。そしてそのまま悠利は、我関せずと言いたげなマグに声をかける。
「マグはお祭り行ったことあるの?」
問われて、マグはふるふると首を左右に振った。どうやらその手のお祭りには特に興味がないらしい。興味が出たものにはとことん食いつくが、そうでなければ周りがどれほど騒いでいてもスルーするのがマグである。
そこへ、新しい声が割り込んだ。軽やかな女性の声だ。
「何々ー?何の話?」
「あ、レレイ。クーレも一緒なだね」
「おう、一段落してな。で、何の話をしてたんだ?」
「物作り系のお祭りがあるよっていうのをウルグスに聞いてた」
「あぁ、あれか。確か毎年開催じゃなくて、二、三年ごとに一回だったか?」
外出から戻ったらしいレレイとクーレッシュが楽しげに会話に加わる。そんな中クーレッシュが口にした疑問には、ウルグスが答えた。
「二年に一回ですよ、クーレさん」
「サンキュ。ってわけだから、去年はなかったんだよな」
「そうなん……。何で毎年じゃないんだろう?」
「うーん……。やっぱ、あれだろ。色々と開発、研究とかする人らにとっては二年に一回ぐらいがスケジュール的に助かるとか。もしくは、他の行事との兼ね合いとか?」
「あぁ、そういうこともあるのか……」
クーレッシュの言葉に、悠利はなるほどと小さく呟いた。悠利としては、そういった楽しそうなお祭りは毎年どころか数ヶ月に一度あっても良いなと思うのだが、出品する側としてはあまりスパンが短いと作品は作れないという難点があるだろう。
また、警備を担当する運営側としても、あまり回数が多くては仕事が回らないということもありそうだ。何せ、警備に回る衛兵や騎士団の皆様はそれが本職というわけではないのだから。
「クーレやレレイも何か買いに行ったりしたの?」
「俺は普段使いの革細工とか鞄とか見に行ったな。使い勝手重視とかポケットが面白い場所についてるとか、あとは染め方が普段と違うようなのとかあるからさ。あと、値段も割と手頃なことも多いし」
「へー雑貨系も色々あるんだね」
「あるある。っていうか、色んなもんがありすぎて、自分がこれを買うって決めてその区画に行かないと探すの大変って感じだったな」
「そうなんだ……」
経験者の話はとても役に立つので、悠利は素直に脳内メモに書き込んだ。そして、悠利の脳裏には大きな会場で行われる企業も来るような販売イベントみたいなのが浮かんだ。あれも広すぎる会場内をジャンルごとに区分けされていることが多い。自分がお目当ての場所へどういう風に行くかを考えなければ、目当ての商品にたどり着けなかったりするのだ。事前チェックとルート確認は大切である。
そんな悠利達の隣でレレイがぼそりと呟いた。
「でもあのお祭り、食べ物は何にもないんだよね……」
しょぼんと肩を落とすレレイ。大食い娘は今日も通常運転だった。
彼女だって、お洒落に興味がないわけでも装備品に興味がないわけでもない。だが、やはりレレイの心をどこまでも踊らせるのは美味しい食べ物らしい。お前なぁと呆れたようにクーレッシュが見ているが、レレイ本人は特に気にした様子がなかった。
「じゃあ、レレイはあんまり見に行かなかったの?」
「ううん、服とかアクセサリーとかは見に行ったよ。動いても破れにくいとか、生地がすごーく伸びて動きが楽とかあったの。あとね、アクセサリーも邪魔にならない感じのやつとかあったし。あと、お揃いで買ったりすると楽しいんだよね」
にぱっと満面の笑みを浮かべるレレイ。どうやら食べ物の方がより嬉しいという感情はあれど、物作りの皆さんが作った色々な商品を見るのは楽しかったようだ。まあ楽しめているなら良いかと悠利は思う。
そして、レレイの興味は大皿のクッキーに向かったらしく、見習い組の四人と一緒に美味しそうにクッキーを頬張っている。気を利かせたヤックが飲み物を持ってきてくれるのに笑顔でお礼を言う姿は、いつも通りのレレイだった。……クッキーがすごい勢いで減っていくので、悠利はそっと食べたい分を確保したのだった。
悠利と同じように自分の分のクッキーを確保したうえで、クーレッシュは口を開く。その辺りの行動が実に慣れていて、これが《
「多分、俺らよりユーリが楽しめるタイプの祭りだと思うぜ」
「そうなの?」
「お前、普段から色んな店の商品を見るの好きだろ?」
「うん、好き」
クーレッシュの言葉に、悠利はこくりと頷いた。目当ての商品を探しに出かける買い物も好きだが、悠利はあてもなく色々なものを見て歩くだけのウインドウショッピングも大好きだ。休みの日には色々とお店巡りをするぐらいには楽しんでいる。
「この祭りはさ、勿論商品を買ってくれってのもあるだろうけど、それ以上にたくさんの人に自分が作ったものを見てもらうっていう側面がある感じなんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。どの出品者も買わなくても良いから見ていってくれって感じだった」
「へー」
自分の自信作を出品するなら購入して欲しがるのではと思っていた悠利は、クーレッシュの言葉に思わず感心したような声が出た。見てもらうというのが大事らしいと理解して、そこはやはり職人さん達なりのこだわりとか気持ちとかがあるのかなと思った。
ただあいにくと、この場にはそういった事情を理解できる職人組がいないので、あくまでも推測でしかない。とはいえ、当日の悠利の行動が今の会話で決まったのは事実だった。買わなくても見て回るだけの楽しみ方が出来るなら、とても気楽なので。
「あのねー、ユーリが好きそうな可愛い小物とかもあったよ」
「あ、それちょっと気になるかも」
「普段使い出来る日用品とかもあったし、せっかくだから色々見て回って買えば良いんじゃないか?」
「そうだね。今からすっごく楽しみ」
レレイとクーレッシュの言葉に、悠利はにこにこと笑った。そんな悠利に、クーレッシュはそうだろ、そうだろ、どんどん買ってこい、みたいな態度だった。
アレ何……?となったヤックがカミールを見る。ウルグスとマグもカミールを見ていた。見習い組の中で一番聡いのがカミールなので、こういうときに意見を求められるのはカミールだった。
そのカミールは三人分の視線を受けて面倒くさそうにしながら、口を開いた。
「多分だけど、ユーリの貯金が有り余ってるから、ちゃんと使えってことだと思う」
「あ……」
「……そういやそうだったな」
「大量」
「そう、大量。何だかんだで色んなもんの権利で収入があるのに、当人が基本的にアジトから出ないせいで、特に何も買わないだろ?だから、たまにはちゃんと買い物しろってことなんじゃないかと俺は思う」
カミールの言葉に、三人は納得したようだった。実際、休みの日に買い物に出かける悠利が購入してくるものは、お手頃価格の何かばかりだ。奮発するとしたら、個人的に食べたいと思った珍しい食材ぐらいだろうか。その程度なのである。
クーレッシュは意識して悠利の思考をお祭りで色々と買う方向に誘導し、レレイは素でお祭りで見かけたものの面白さを説いて悠利の購買意欲を煽っている。何だかんだでとても良い連携を披露していた。
「で、ウルグスやヤックは出かけるだろうけど、マグはどうすんの?」
「……待機」
「……行かないってことで良いのか?」
「諾」
カミールの問いかけに、マグはこくりと頷いた。別に物作りのお祭りになど興味はないと言いたげな態度だった。これは誘われても別に出かけないな、と思うカミールだった。まぁ、参加は自由なのだが。
とりあえず、お祭り当日が楽しみだなぁという感想は、悠利も見習い組(マグを除く)も同じように抱くものなのでした。普段と違う催しはそれだけでわくわくするのです。
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