楽しい訓練も終わってお別れの時間です
野営地から王都への帰路は、特に何も問題なくさくさくと進んだ。来た道を帰るだけということもあり、
行きと違って、三人組と仲間達も随分と打ち解けていた。
好奇心旺盛らしいオーリィは、異邦人であるヤクモを相手に色々なことを話している。そもそもヤクモはその装いからして、明らかにこの辺りの人間ではないと解る。何せ和装のお兄さんだ。そして、遠い国から旅から旅を続けてきたヤクモの経験を聞くだけでも、彼女には楽しいことなのだろう。
基本的には落ち着いた性格をしているのだろうが、ヤクモの話を聞いているときは、目をキラキラと輝かせている。年齢相応の少女らしい姿が何とも微笑ましい。
「それでは、他国には私達が思いもしないような文化がたくさんあるということなんですね」
「うむ。文化というのはその土地に根差したもの。環境によっても大いに変わる。また、同じ地に住んでいても種族によって変わることもあろう」
「種族によって、ですか……?」
「端的に言えば、獣人と人間では身体能力も異なるゆえ、住居に求めるものも変わろう」
「ああ、なるほど」
ヤクモの喋り方はちょっと独特なので少々解りにくいが、それでも丁寧に説明をしてくれるのでオーリィは問題なく会話を続けている。彼女がゆっくりヤクモの話を聞けるようにということなのか、周囲を歩く者達は口を挟まず大人しい。
行きと同じように斥候の役目を果たしつつも交代で任に当たるので、こうしてゆっくりと話をする時間も取れるのだ。
今回の合同訓練の目的は二つあった。まず、今後仕事などで付き合っていくことが多くなるだろう人間の一般的な体力を知ること。そして、一族ではない人々との交流である。そういう意味では、王都へ戻る道すがらたわいない雑談をするのも訓練の一つとして扱われている。
まあ、行きにきっちりと斥候や護衛などのそれぞれの役目を果たすようにして歩いていたので、帰りは交流の方に重きを置いているというところだろうか。勿論無事に家に戻るまでが今回の合同訓練なので、気を抜くことは許されない。
とはいえ、腐っても王都につながる主街道である。危険な魔物は近づいてこないし、怪しい奴らもうろうろしていない。この人数の集団で歩いていれば悪巧みをするような輩も寄ってこないので、平和といえば平和なのである。
ピーニャの方はおっとりとした雰囲気が妹枠として認識されたのか、ウルグスやカミールと楽しげに話している。彼女は、いざ戦いとなれば迷いなく前線に飛び込む性質のようだが、普段はごく普通の少女らしい。また、年齢以上の落ち着きがある二人に比べてどこかほわりとしているので、とっつきやすいのかもしれない。
ピーニャの方も、商人の息子であるカミールの話す諸々を面白がり、豪腕の
なお、あまりジロジロと見てはいけないということは解りつつ、小刻みに動く尻尾と耳に思わず視線が吸い寄せられてしまう悠利達だ。悪気はないだが、やはり見慣れないものというのは目を引いてしまうのだ。
そんなピーニャの傍らにはバルロイが陣取っていて、時折口を挟んでいる。
「ウルグスは力自慢だけど人間だからな。関節とか変な動かし方したら痛めるから、ピーニャも手合わせのときは気をつけてあげるんだぞ」
「はーい」
「いや、待ってください。俺、手合わせするとかは言ってないんですけど!?」
「え?手合わせしないの?」
「しないというか、まず、相手にならんだろうが、俺じゃ」
面白そうなのに、みたいな雰囲気を出すピーニャに、ウルグスは無理無理と頭を振った。ピーニャは、いまいち人間の身体能力がどの程度か解っていないのだろう。ウルグスは体格も良く腕力もあるので、ピーニャ的には相手をしてもらえると思ったのかもしれない。
「いやー、さすがにちょっとやめてあげて、ピーニャ。そんなに相手してほしいならレレイさんに頼みなよ」
「そうだな。レレイさんは拳で勝負派だし、あの人の身体能力はほぼ猫獣人だから身軽だぞ」
「あ、戻ってから時間があったら手合わせしてもらう約束はしてあるよ」
「してあるんだ……」
「鍛錬は大事だから」
そう言って、ピーニャは笑う。彼女には、バルロイやレレイのような脳筋という雰囲気はない。あくまでも純粋に、経験として普段と違う面々との手合わせを望んでいるという感じだった。
同じようなセリフを言ってのがバルロイの場合、脳筋とかただ本能で戦いたいだけだろうなみたいに思えてしまう。しかし、ピーニャが告げると、いろいろ考えて鍛錬をしようとしているんだなぁと聞こえるのだから不思議である。
「これも人徳か……」
「多分な……」
ぼそりとつぶやく二人の言葉はバルロイには聞こえていなかった。まあ、聞こえていてもバルロイの場合は、笑ってそうだろうとでも言いかねないのだが。
そんな仲間達の姿を見つめながら、悠利は傍らを歩くラルクに声をかけた。
実は一つ、とてもとても気になっていることがあったのだ。
「あのね、一つ聞いてもいいかな?」
「何か?」
「そんなに解りやすい武器を持ってるのに、どうして君は援護役なのかなって思って」
悠利の問いかけの意味を、ラルクは一瞬解らないというような顔をした。けれど、もともと聡いのだろう。すぐに理解したのか、ああなるほどと言いたげに笑った。
「ピーニャは、あの通り子供っぽいとこもありますけど、いざ戦いとなったら躊躇なく前に飛び込むところがありますし、実際身軽で強いんです」
「うん。何となく解るよ」
ラルクの言いたいことは解る。解るが、悠利が聞きたいのはそういうことではない。そこも理解しているのか、ラルクはそのまま言葉を続けてくれる。
「オーリィの方は、結構好奇心が強いんで斥候が向いてるんです。で、何だかんだで同い年だし一緒に行動するんで、必然的に俺はあいつらと違うところを担当する感じで後ろから見てるのが多くなるんですよ」
「適材適所?」
「適材適所です」
「うーん。そこまでは解ったんだけど……」
「まだ何か?」
「それで何で武器がそれなのかなって……」
首を傾げながら悠利はそう告げた。ラルクが持っているのは、両手で握らないと使えないようなとてもとても立派な大剣だ。ラルクは狼獣人の優れた身体能力で片手で軽々と振り回しているが、冷静に考えると片手で使えるわけがないような大きな武器である。もう視覚情報からして戦うぞと言っているような武器なのだが、それを持っているラルクが一番動くのが最後というのが悠利にはいまいち解らないのだ。
そんな質問をする悠利に悪気はない。ただ単純に、戦いというものに無縁だからこその疑問だ。それをラルクは特に気を悪くした風もなく、説明を続けてくれた。
「ああ、これを持ってるからそんな風に思ったってことですね。なら、種明かしです。これは確かに剣ですけど、俺は剣として以外の使い道をしてるんですよ」
「どういうこと?」
「正しくは、武器として以外の使い方もする、ですね」
そう言って、ラルクは手にした大剣をコツコツと叩いた。どこからどう見ても立派な武器だ。単に大きいだけでなく、刃渡りがとても広い。インパクトのある武器だ。
なのでどういうことか解らずに首をかしげている悠利なのだが、ラルクは楽しげに笑って説明を続けた。
「これだけでかいと、立派な盾になるんですよ。まあ大抵の攻撃は避けられますけど、中には避けるのも面倒くさいような攻撃もあるんで。或いは相手を引きつけるために受け止める必要があるときに、盾代わりにこいつを使ってあいつらが動きやすくするのが俺の仕事です」
「えーっと、つまりその剣は武器じゃなかった?」
「武器です」
大真面目な顔で告げる悠利に、打てば響くようにツッコミを入れるラルク。武器は武器である。ただ敵を倒す以外の使い方をしているというだけの話で。
そんな雑談をしていると、斥候を終えて戻ってきたらしいクーレッシュがひょっこりと顔を出す。
「何話してんだ?」
「あのね、ラルクの武器は武器だけど武器じゃない使い方もするってのを、教えてもらってた」
「何だそれ?謎解きか?」
不思議そうな顔をするクーレッシュに、悠利は教えてもらった内容を細かく説明する。武器を盾として使うという発想に、なるほどなぁとクーレッシュは感心したように笑った。
「そこで、咄嗟に武器として使うか盾にするかって切り替えが出来んのも狼獣人の身体能力あってのことなんだろうな」
「そうですか?」
「そうだと思う。まあ、人間がダメってわけじゃないけどさ。少なくとも俺の反射神経じゃ咄嗟にその切り替えは無理な気がする」
「クーレはあんまり荒事向いてないもんね」
「そういうのはレレイとかラジとかマリアさんとかに任す。人間向き不向きはあるんだぞ、ユーリ」
「うん、知ってる。僕も戦うとか、そういうの向いてないしね」
「お前がそっちに向いてたら、それはそれで怖い」
そんな風に告げるクーレッシュに、悠利はこてんと首をかしげた。怖いってどういう意味なの?と言いたげである。ただ、ラルクにはクーレッシュが言いたいことが何となく解ったのか、そうですねと小さな声で同意していた。
悠利はぽわぽわとした雰囲気で幼く、子供っぽい印象を与える人間だ。それが実は戦闘能力に長けているというのは、相手の油断を誘うという意味でもかなり効果的だ。
ピーニャが良い例だろう。ウルグス達と楽しげに話している姿は十三歳の可愛らしい少女なのに、いざ獲物を前にした瞬間に彼女の表情はきりりと変わる。獣人の戦闘本能をむき出しにし、敵をきっちり倒しに向かうのだ。そのギャップ、温度差というものが相手の度肝を向くだろう。
もしも悠利に戦闘能力があったら、きっとそういう感じになるのではないか
というイメージなのだ。
「お前はお前でいいんだよ」
そうクーレッシュは告げる。戦えなくても、荒事に向いてなくても、手にした
変なのと言いたげな顔をする悠利であるが、それ以上特に何かを言うことはなかった。まあ、何かあるんだろうなぐらいの反応である。或いはぽよんぽよんと足元を跳ねるルークスが、道型に咲く花を見つけてキュイキュイと楽しそうに鳴くのにつられたのかもしれない。
「どうしたのルーちゃん、何かあった?」
「キュー、キュッ!」
「わぁ、かわいい花だね」
「キュイキュイ」
「あー、駄目だよ、摘んじゃ。一生懸命咲いてるんだから、見られてよかったってことにしとこう?」
悠利の言葉に、ルークスはちょろりと伸ばしていた身体の一部をおとなしく引っ込めた。かわいい花なので摘もうと思ったのかもしれない。ルークスは花に興味はないが、悠利や仲間達が花を綺麗だと愛でる気持ちがあることは理解している。だから、もしかしたら悠利に渡すつもりか、アジトで待つ仲間達の土産にするつもりだったのかもしれない。
そういった考えが出来るあたり、ルークスの知能はとても高い。だが、知能が高いからといって周囲に警戒を抱かせないのが、さすがであった。愛らしい見た目と愛嬌のある性格がその理由なのかもしれない。
ただ、ラルクが少し目を丸くして素直な感想を口にした。
「本当に賢いですね、そのスライム」
「ルーちゃんはすごく賢いよ」
「おう、めちゃくちゃ賢いぞ。どれだけ賢いかっていうと、分解吸収していいものとダメなものを理解した上で飲み込むからな」
「いや、頭良すぎじゃないですか、それ!?」
クーレッシュの言葉に、ラルクは思わず反射のようにツッコミを入れていた。《
このサイズのスライムでそれだけの知能とは一体どんなことが、みたいな反応をしているラルクに、悠利はぽよんと飛び跳ねて腕の中に飛び込んできたルークスを抱きかかえたまま満面の笑みで告げた。
「ルーちゃんは、強くて賢くて可愛いんだよ」
えっへんと言いたげな悠利。完全に、親バカならぬ従魔バカである。そんな悠利の姿を見ていろいろ考えるのがバカバカしくなったのか、毒気を抜かれたような状態でラルクは、そうですねと笑うのだった。
そんな風に雑談をしながら歩いていると、王都が見えてくる。楽しかった一泊二日のキャンプ(悠利視点)もう終わりだ。お家に帰るまでが遠足ですというわけではないが、無事に王都に入るまでが今回の合同訓練である。
楽しい時間はあっという間にすぎるなぁと思いつつ、悠利はいつの間にか傍らに来ていたルードをちらりと見た。
「ルードさん」
「何だい?」
「今回は誘ってもらってありがとうございました」
「こちらこそ、慣れないことをさせて申し訳ない」
「僕、とても楽しかったから大丈夫です」
「それなら良いけれど……」
「なので、もし機会があったら、また皆さんにお会いしたいです」
そう笑って告げる悠利に、ルードは優しく笑ってくれた。ポンポンと悠利の頭を小さな子供にするように撫でる。ルードが小さくて可愛いものが好きだというのがバレているので、もう気にしなくなったのだろう。悠利の方も気にしていない。なお、流れるように悠利の腕の中にいるルークスも撫でるルードである。
「機会があれば、また合同で訓練をさせてもらえると助かるよ。あの子達にも経験が必要だ」
「ルードさん達もそうやって外の世界と馴染んだんですか?」
「いいや。我々のときはぶっつけ本番、ある程度一人前になったと判断されたら、大人と一緒に仕事についていた。まあ、それで慣れないなと思ったから、こんなことを計画したんだよ。バルロイが《
「なるほど」
自分の経験を生かして、次の世代である子供達により良い経験を積ませてやりたい。そんな風に思って、今回の合同訓練を企画したらしい。ルードの本心が知れて、悠利は頼りになる優しいお兄さんだなというずっと抱いていた感想をより強くした。
そう、やっぱりどう考えてもバルロイの同族、それもものすごく血が近い相手だとは思えない。しかし、こちらが蒼盾の一族のスタンダードだというのだから、バルロイがどこまでも規格外なのだ。まあ、悠利はバルロイのことも好きなので別に問題はないのだ。
ちなみにそのバルロイはというと、相変わらずテンションが上がって突っ走ろうとしているのをアルシェットに咎められていた。割と安定の、いつものバルロイさんである。
最後までしまらないなぁと思いながら、皆と一緒に過ごした一泊二日のキャンプ(悠利視点)を振り返る悠利なのであった。
帰還後、何も問題を起こさなかったかどうかを根掘り葉掘りアリーに聞かれることになるのだが、ある意味予測していたので仲間達も口を揃えて今回は大丈夫だったと悠利の肩を持ってくれた。何かやると思われていたあたりが、実に悠利らしい。
とにかく、合同訓練は楽しく終わり、機会があればまたと別れたのでありました。次も楽しいことがあればいいなと思う悠利は、確実に訓練という単語をはき違えておりました。まぁ、楽しかったし友達が増えたから良いのです。
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