テントと寝袋でキャンプ気分です

 野営地での宿泊。しかも寝床はテントと寝袋。目の前に広がる光景に、悠利ゆうりはわぁっと感嘆の声を上げた。物凄く喜んでいる。家族でアウトドア的なことをすることが殆どなかったので、寝袋を使用したのもこちらの世界に来て初めてな悠利だ。今日はそこにテントまで追加されているので、うきうきポイントが爆上がりらしい。


 ちなみに、野営の準備に悠利と見習い組は一切関わっていない。というか、野営の準備をしたのはほとんどが狼獣人の三人組だ。どうやら、これも彼らの鍛錬の一つらしい。

 彼らはテキパキとテントを組み立て、人数分の寝袋を用意した。また、周囲の状況を確認しながら、テントを張る向きや配置なども検討していた。それらも含めての訓練の一つらしい。

 夕飯の作業をしているときも思ったが、ここは悠利のイメージでは有料のキャンプ場のようだった。かまどがあって、洗い場があって、テントを張ることが出来る広いスペースがある。街道から少し離れた位置とはいえ、こんな場所があることに驚いた。また、そんな場所を自分達が貸し切り状態で使えることも不思議だった。

 

「他には人がいないんだね」


 ポツリと呟いた悠利の言葉に、足元にいたルークスが不思議そうに小さく鳴いた。どうかしたのと言いたげである。


「あのねルーちゃん、ここはこんな風に皆でお泊まりするのにちょうどいい感じの場所なのに、他の人がいないなと思ったんだ」

「キュー」


 それもそうだなと言わんばかりに不思議そうに身体を傾けるルークス。とはいえ、従魔かつまだ子供のルークスには何も解らない。悠利と一緒に何でだろう?みたいな反応をするだけだ。

 そんな悠利の疑問に答えてくれたのは、通りがかったらしいルードだった。


「もう少しいけば次の街があるから、体力に余力のある人たちは多分、町まで行っていんだろう。それに、馬車を使えばここを使わずに町へ行くのは簡単だからな」

「なるほど……。普通の人は、旅のときは馬車なんでしょうか?」

「人によるとしか言えないな。今回は体力の違いを考えるために。徒歩でここを目的地にしたんだ」

「そうなんですね。それじゃあもう一つ気になることがあるんですけど、どうしてここはこんなに広く整備されているんでしょうか?」

「今日、ここまで歩いてみてどうだった?」


 悠利の質問に、ルードは質問を返してきた。何で質問に質問に返されたのかよく解らないが、意味のない質問ではないだろうと思った悠利は、少しばかり考えてみる。

 王都を出てから丸一日、特に急ぐわけでもないのんびりとした歩調で歩いてここまできたのだ。間に休憩を何度も挟んでも夕方にはたどり着けた。それらを考えて、悠利は感想を口にした。

 

「無理なく歩いてたどり着ける距離だったなぁ、と」

「そこだよ」


 そう言って、ルードは悠利の隣に腰を下ろした。背の高いルードなので、そうやって座っていても目線は随分と違った。ただ、目線が合うように少しからだを屈めてくれているので話すのに苦労はしない。


「ここは王都から無理なく歩いて一日で来られる範囲だ。だから、急ぎの旅ではない、ごく普通の体力の人間ならこの辺りまでだろうということで作られた休憩所でね。魔物除けが施された広場だけでなく、かまどや洗い場などを備えているのもそのせいだ。ここは王都の管轄で、整備も王都が担当しているんだよ」


 ルードの説明を悠利はふむふむと神妙な顔で聞く。基本的にアジトから出ない生活をしている悠利にとっては、全く知らなかった情報だ。

 ルードの説明によれば、街道沿いにある休憩所は、そこに近い町が管轄として整備するようになっているらしい。そして、ここまでが王都の管轄なのだという。王都の管轄の野営地が設備不十分ではいけないということもあり、ここはこの辺りでも特に使いやすい野営地なのだという。


「と、いうことは、王都から離れると野営地の設備の質も変わるんですか?」

「変わるな。大きな町の近くは設備が最新式であったり、こまめに整備されているから安心して使えるよ」

「なるほど……。勉強になります」


 色々あるんだなぁと思いながら悠利は、次から次へと準備されていくテントを眺めた。テントは三角のシンプルな構造のもので、中では二、三人が眠れるようになっている。今回は、テントを立て、その中で寝袋で眠るということらしい。

 以前、温泉街イエルガへ出かけたときは屋外にそのまま寝袋で寝るという野営だったので、テントで眠るというのはまた趣が変わってちょっぴりワクワクしている悠利だ。確かにテントがあれば雨風を避けられるし、薄い布一枚でも外界と隔てられていることで安心して眠れるのだという。

 ここは十分な魔物除けが施されているので危ないことはないだろうが、大人を中心に体力に余裕のある面々で交代で見張りをするということらしい。なお、悠利と見習い組は免除され、訓練生の中でも幼いアロールと体力的に不安が残る

ヘルミーネの二人も免除されている。

 他の訓練生も獣人トリオも参加はするが、人数が多いので時間配分は短いらしい。確かに、クーレッシュ、レレイ、ラジ、リヒト、ヤクモ、ルード、バルロイ、アルシェット、そして狼獣人トリオとなれば人数は随分いる。

 本来ならばこれだけの人数で見張りを交代する必要もないのだが、これも訓練の一環らしい。夜中に途中で起きて、見張りを交代するという経験を積ませる目的があるらしい。訓練にも色々とあるんだなぁと思う悠利だった。

 そんなことを思いながら傍らのルードを見上げ、その色彩を改めて確認した悠利は、彼らと出会ってから抱いていた疑問を口にした。


「あの……、ルードさんとバルロイさんって髪の色も目の色も同じですよね」

「それがどうかしたか?」

「最初は同じ一族だからなのかなと思ったんですけど、あっちの三人は目の色が皆バラバラだったので、何か理由でもあるのかな、と思ったんです」


 あくまでもちょっとした疑問であったので、悠利は「説明できないことならいいです」と付け加えるのは忘れない。何か重大な秘密だったり、大切な事情が隠されているようならば、迂闊に口にすることは出来ないだろう。それらをわざわざ教えてほしいと思っているわけではない。本当にちょっぴり気になっただけなのだ。

 そんな悠利に、ルードは優しく笑ってくれた。大丈夫だと言わんばかりのその笑みに、悠利はほっと安心する。そんな悠利の頭を優しく撫でてから、ルードは説明をしてくれた。


「この目の色が気になったということかな?」

「はい。バルロイさんの目の色って、ちょっと不思議な色をしてたので」

「うん。これは族長筋に近い者、つまりは血が濃い者達に現れる特徴でね」

「ということは、バルロイさんとルードさんはご親戚の中でも血が近いということですか?」

「あぁ、比較的ね。そもそもうちの一族は青い髪が特徴なんだが、その中でもこの目の色が初代様の特徴だったらしい。それ以降、族長筋にはこういった目の色の者が生まれるようになった。血が離れていくと目の色が少し変わって、あの子達のようにいろんな色合いになるんだよ」

「なるほど……。つまるところ、直系の証しとかそういう感じなんですね」

「そこまで大仰なものではないがね」


 そう言ってルードは笑った。バルロイとルードの瞳は青銀と呼ぶにふさわしい鮮やかな色合いをしている。どこまでも美しいきらめく青なのだ。青に銀色を混ぜたような、青く光る銀色のような何とも言えない不可思議な色だ。

 そこで悠利はルードの言葉の意味を理解して、ハッとした。彼らの青銀の瞳が族長筋、すなわち一族の中枢に位置する血筋に現れるものだというのなら、あの親しみやすい脳筋狼のお兄さんは偉い人の血筋ということになるのだ。

 驚愕に目を見開いたままの悠利は、素直に思ったことを問いかけていた。


「あの、今の説明で言うと、バルロイさんってもしかして、蒼盾の一族の皆さんの中で偉い立場の人だったりするんですか?」


 悠利の質問にルードは答えなかった。ただ、そっと目をそらす。その反応で何となく解った。恐らくは、バルロイの方がルードより立場が上なのだ。


「あの、ルードさん……」

「血筋で言うならあれは、本当に里の中枢も中枢で……」


  遠い目をするルード。そんな目をしたくなるほどに、バルロイという男は蒼盾の一族の性質とあまりにもかけ離れているのだ。


「実力だけなら一族の中でも五指に入るし、あの性格だ。あいつを慕う者も多い。当人も気のいい奴なのは見て解るとおり」

「はい」

「だが、我が一族の基本的な性質と大いに異なるので、能力があろうが血筋が正しかろうが、そういった場所からは除外されている」

「除外されちゃってるんですね……」

「悪いやつではない。だが、間違っても上に立てる男ではないからな……」


 ルードの言葉を、悠利は否定できなかった。

 別にバルロイが悪いと言っているわけではない。親しみやすいし、戦闘のときは頼りになるし、普段だって気遣いをしてくれる優しいお兄さんだ。だが、どう考えても一族の中枢を担う、すなわちいろいろと頭を使うようなポジションに彼は置けない。実力があろうが、慕われていようが、血筋が正しかろうが、向き不向きという意味ではもう完全に向いていないのだ。


「えっと、もしかしてバルロイさんが冒険者をやってるのは、そういう事情ですか?」

「いや、そういうわけではない。単純に当人がやりたがっただけだ」

「そうなんですね」

「ただ、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》にあれを放り込んだのは俺だ」

「えーっと……?」


 アレと呼んだり、放り込んだと告げたり、若干発言が雑だった。ただ、バルロイが自分の意志ではなく周囲に言われて《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せたというのは初耳だったので、悠利は話の続きを頼むようにルードを見た。


「あいつが冒険者になると言ったので、まあ、悪くはないかと共に外に出たんだ。だが、バルロイはあの通りの性格だからな。あのまま放っておくと、身体能力に物を言わせて強敵との戦いに興じて大怪我をしかねないと思ったんだ」

「……あー、好きそうですよね」

「そもそも、まず、間違いなくトラップの類は身体能力でしかかわせない」

「まあ、その身体能力である程度どうにかなりそうですけどね、バルロイさん」


 ボソリと悠利はつぶやく。狼獣人の身体能力は高い。その中でも恐らくバルロイは優れた才覚の持ち主だろうというのは、悠利にも解る。

 だが、その上でルードが告げた言葉も理解できる。何でもかんでも本能任せの力任せでは、いつか足元を救われて大怪我をするに違いない。それを案じて《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に入れたのだという。

 彼らにとって幸運だったのは、そこでバルロイがアルシェットと出会ったことだった。アルシェットはハーフリング族という成人しても人間の子供程度の体格でしかない、寿命も人間の半分ほどという小柄な種族だ。そんな彼女は、身体能力こそバルロイ達の足元にも及ばないが、代わりのように成熟した精神と視野の広さ、状況判断の正しさなど、その小さな体で生き抜く術を宿していた。

 同時に彼女は、バルロイへのツッコミが実に巧みであった。同時期に訓練生として所属したことで、行動を共にすることが多かったのも幸いしたのだろう。何だかんだでバルロイは、アルシェットの言うことをよく聞くのだ。


「出会いって色々あるんですね」


 そんなことに思いを馳せていたから、思わず悠利の口から素直な感想が出てしまった。ルードは驚いたようにパチクリと瞬きを繰り返し、けれど悠利が何を言いたいのかを理解したのだろう。そうだねと優しく笑ってくれた。

 ちなみにルードは、先ほどからずっと悠利の隣に座ったまま、ルークスを膝の上に載せて撫で回している。ルークスを撫でる手つきも優しく、ルークス本人が嫌がっていないので悠利もあまり気にしていなかったが、気がつくとルークスを撫でたり、悠利の頭を撫でたりと妙にスキンシップが多い。

 何でだろうとルークスと二人でこてんと首を傾げるようにすれば、ルードは自分が何をしていたのかに気づいたらしくハッとしたような顔をした。そして、ばつが悪そうに額に手を押し当てると小声で呟いた。


「すまない。その……、小さくて可愛いものが好きなんだ」

 

 その言葉に、悠利は何となく理解した。要は、子供とか小動物とかが好きなタイプの人だ。ルードの言う可愛いは、悠利や女子の言うアクセサリーなどのお洒落方面の可愛いではなく、子犬や子猫を見たときに感じるような可愛いの方向なのだろう。

 確かにそういう意味ならば、ルークスを愛でたくなる気持ちはよく解る。うちのルーちゃんは可愛いからね!と親バカならぬ従魔バカモードを発揮している悠利であった。

 確かにルードは狼獣人の子供達三人に対する態度も基本的に優しかったし、悠利だけでなくカミールやヤック、ヘルミーネにアロールといったいかにも小さくて可愛いという雰囲気の者達には気遣うような行動が多かった。

 今まで悠利がそれを気にしなかったのは、そうやって気遣われている面々が体力的におぼつかないメンツだったからだ。引率者として気にかけてくれているのかな、と思っていたのである。

 そこまで考えて、ルードのそういう庇護的な扱いから綺麗にそれている存在を思い出した。


「あの、マグは違うんですか?」

「え?」

「マグも小さくて可愛いに入るかなと思ったんですが」


 暴走していなければと思ったのは、心の中だけで留めておく。実際マグは十五歳という年齢よりも幼く見え、身体も小柄だ。小さくて可愛いの範疇に入りそうなものなのだが、ルードはマグをそういう扱いをしていなかった。


「あの子は確かに見た目だけならば小さくて可愛いにはなるのだろうが、中身がな……」


 そこで、ルードは言葉を切った。どう言えばいいものかと言わんばかりの顔だが、何となく悠利にはそれで通じた。

 可愛げがないわけではない。子供らしい無邪気さが皆無というわけでもない。

しかし、ちょっと特殊な育ち方をしたマグには一種独特の空気があった。その醸し出す空気が、いわば庇護すべき小さくて可愛い生き物という範疇から外れているのだろう。

 なるほどなぁと悠利は思った。まあ、確かにマグはあの性格だ。無意味に周囲すべてを警戒するわけではないが、初対面の人に打ち解けるには少し時間がかかる。一緒に行動するのを嫌だとは思っていないだろうが、慣れないとは思っていそうだ。そんなマグなので、仮にルードがマグを可愛いと思って頭を撫でようと手を伸ばしたとしても、全力でそれをすり抜けていくことだろう。想像に絶やすかった


「ああ、勿論、だからといって嫌っているとか、まともな対処をしないとかではないよ」

「そこはちゃんと信じてますので大丈夫です」

「ありがとう」


 引率者としての仕事を放棄するとか、扱いに差を付けるとかいうわけではない。単純に、性格の違いを感じ取って対応が変わるというだけだろう。そのあたりは悠利も心配していない。

 そんな会話をして、悠利はもう一つ気になったことを問いかけた。

 

「ルーちゃんは撫でるけど、ナージャさんを撫でないのも同じような理由ですか?」

「そうだね。あの白蛇は確かに今の見た目ならば小さくて可愛らしいけれど中身は違うだろうし、本性も違うだろうからね」

「解るんですか?」

「まあ、何となく強いの強い個体だろうということはね。そういう意味ではこの子もそうだろうとは思うけれど」

「キュー?」


 ルードの言葉にルークスは不思議そうに小首をかしげた。どうかしたとでも言わんばかりの態度だ。確かにルークスは愛らしい見目に反して戦闘能力は高い。何せ、超レア種の更に変異種である。だが、それはあくまでも能力の話で、性格という意味で言うなら、この可愛らしいスライムは見た目通り可愛く、内面的には子供なのだ。成熟した大人の精神性を宿すナージャに比べれば、見た目通り可愛らしいスライムという判定になるのだろう。

 そしてまた、ルークスもルードに撫でられるのを嫌がってはいなかった。元々誰かに構われるのが好きなルークスである。このお兄さんも優しくしてくれるんだな、ぐらいのノリなのかもしれない。


「さて、寝床の支度も調ったようだ。今日は一日歩いて疲れただろう。ゆっくり休みなさい」

「ありがとうございます。ルードさん達も交代で見張りをしながらお休みになるんですよね。お疲れさまです。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ぺこりとお辞儀をして、悠利はルークスを伴ってあてがわれたテントへ向かう。テントの中には、一緒に眠る予定のウルグスとマグが既にいた。寝袋を並べて三人で眠るのだが、何故か知らないがマグは寝袋を随分とテントの端っこへと寄せていた。


「えーっとマグ……?何でそんな端っこに?」

 

 悠利の問いかけに、マグは首をかしげる、どうかしたかと言いたげであるが、それは悠利が聞きたい。二、三人で寝られるような大きさのテントである。寝袋を真ん中に三つ並べたところでまだ少し余裕があるだというのに、マグは端っこギリギリに寝袋を置いているのだ。何でそんなことをしているんだろうとユーリが思っても仕方ない。

 そんな悠利に答えをくれたのは、マグではなくウルグスだった。いつも通りの解説役だ。


「端の方が外の音が聞こえやすいからだと」

「え?」

「入り口付近は出入りの邪魔になるだろ?だから、せめてテントの端に近い方が外の物音とかが解るから落ち着くんだってさ」

「普通、物音は聞こえない方が落ち着くと思うんだけど……」

「まあ、マグだからな」

「そうだね」


 ウルグスの言葉に、悠利はそっと目をそらした。自分達の常識がマグに通用しないのはよく解っている。

 ちなみに、このテントの部屋割りのようなものは、マグがおとなしく一緒に寝る相手ということで選ばれている。人見知りの気のあるマグである。気を許す相手は途方もなく少ない。ましてや無防備になる就寝時に同じ空間にいることを許す相手となると、更にハードルが上がる。

 そういう意味で、少なくともマグが警戒せず落ち着いて眠れる相手としてウルグスと悠利が選ばれた。ヤックとカミールは唇を尖らせて文句を言っていたが、まあ、それもじゃれていただけである。

 俺達にはまだ心を開いてくれないんだなとか、いつかマグに心を開いてもらえるように頑張るね、などと言っていたのだが、マグはその言葉をきれいさっぱりスルーしていた。

 ちなみに恐らくであるが、リヒトの傍らでもマグはおとなしく寝る可能性がある。ヤクモの方はどうか解らないが、リヒトにはある程度気を許してなついている節がある。あのお兄さんは子供に慕われやすいのだ。

 ただ、リヒトは見張り役を交代する都合上、マグ達と一緒に寝ない方がいいということになった。やはり、寝ている隣でゴソゴソされると落ち着かないものがある。皆で寝袋で外で寝ているならまだしも、テントという密閉空間になると音は響くだろうから、と。

 なお、そんな理由なのでヤックとカミールは二人でテントを使うことになる。まあ、当人達はテントで寝袋という状況を面白がっているので問題はないだろう。


「まあ端っこの方がいいっていうならそれでいいけど……。マグ、あんまり端の方まで行きすぎると杭に当たっちゃうよ。もうちょっとこっちにおいでよ」

「諾」


 そうか、それもそうだなと言いたげにマグは寝袋を少しだけ動かした。このテントはよく見る三角形のテントで、敷布のようなものが少しばかり柔らかい。勿論ふかふかというわけではないが、薄っぺらな布を一枚敷いているというよりはもう少しクッション性があった。


「テントって、こういう感じなんだね」

「いやー、これ割といいテントだと思う」

「え、そうなの?」

「この周りに張ってる天幕部分もだけどな。この下に敷いてる分、これ多分、地面の冷たさとかが伝わらないようになってんじゃねえかな」

「ほほー……。ってことは、もしかしなくても結構いい道具を用意してもらったの……?」

「ちなみにこのテントって誰が用意したの?」

「リーダー」

「わー」


 ウルグスの言葉に悠利はなるほどーという顔をした。テントは幾つかあって、こちら側が用意したものとルード達が用意したものとある。早い話が、自分達の分のテントは自分達で用意したのだ。

 果たして、もともと《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の備品として用意されていたテントがこれなのか、普段使っているのよりもちょっといいやつを引っ張り出してきてくれたのか、真相は謎である。ただ、少なくとも、普段野宿などしない悠利が、割と快適な感じの野宿を出来るというのは事実であった。


「寝袋はこの前に使ったのと同じだと思うんだけどなー」


 そう言いながら、悠利は自分に当てがわれた寝袋を準備する。ぽよんぽよんと跳ねていたルークスがユーリの傍らに寄ってきて、じーっと見ていた。

 

「なあに、ルーちゃん?」

「キュー」

「中に入って一緒に寝る?」

「キュウ!」


 僕はどうしたらいいのと言いたげな目をしていたルークスは、悠利の言葉に嬉しそうに鳴いた。おいでと言われて寝袋に入る、悠利の傍らを陣取るルークス。スライムと一緒に寝袋の中に入るというちょっぴり珍妙な光景ではあるが、悠利とルークスなので見た目が大変微笑ましい。そんな彼らを見て、お前ら仲良いなと言いたげな顔をするウルグスがいた。

 

「明日もあるし、俺らも寝るか」

「そうだね。……っていうかマグ、もう寝てるんだけど」

「あれはまだ起きてる」

「起きてるの?ぴくりとも動かないんだけど……」


 いつの間にか寝袋の中に入り込んでいたマグは微動だにせず、目を閉じていた。息をしているのかさえ怪しいような、とてもとても静かな姿である。

 

「あいつな、寝てるとき全然動かねえんだ」

「寝相がいいとかじゃなくて、怖いくらい動かないって方向なの?」

「動いたら負けとでも思ってんのか、ちっとも動かねえんだよ」

「そうなんだ……」


 まるで人形のように直立不動で寝ているマグ。まあ寝袋の中なので直立不動でも問題ないのだけれど、朝起きたときにも寸分たがわぬ状態であったのなら、さすがにちょっと驚くだろうなぁと思う悠利なのだった。


「ところでウルグス」

「ん?」

「寝相悪くなかったよね?」

「寝袋の中に入ってんのに、寝相の心配すんなよ」

「寝袋の中に入ってたって、転がる人は転がると思うんだ」

「心配しなくても、そんな寝相悪くねえから」

「ならよかった」


 狭い場所で一緒に寝るのが初めてなので、ウルグスの寝相をちょっと心配してしまった悠利だ。ちなみに、何でそんな心配をしているかといえば、ウルグスは体格がいいし、豪腕の技能スキルを持っているからだ。寝相で、うっかり叩かれたり、のしかかられたりしたら、非力な悠利は怪我をしてしまうかもしれない。自分が怪我をするのも嫌だし、自分に怪我をさせたと思ってウルグスがしょげるのも嫌なのだ。

 そんなやりとりをしつつ、寝袋に入ったことでじわじわと襲ってくる睡魔に、悠利はゆっくりと目を閉じた。

 流石に、のんびりペースとはいえ一日歩き続けたので身体は疲れている。テントと寝袋というキャンプ気分でテンションも上がっていたが、それでもやはり睡魔には抗えなかった。

 テントの外側から仲間達の声がさざめきのように聞こえる。何を話しているのかは解らないが、見張りを担当してくれている者達が細々と話をしているのだろう。

 人の声を聞きながらうとうととするのも悪くないなと思いながら、悠利は迫ってくる睡魔に身を委ねるのだった。




 なお翌朝、マグの状態を確認しようと思った悠利あったが、他人に寝起きの姿を晒すのを嫌がったのか、二人より早く目覚めたマグはとっくに身支度を調えているのでありました。まあ一緒に寝てくれただけ、人見知りも進歩しているということです。多分


 

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