お昼ご飯は簡単にオークもやし蒸し丼です

 悠利ゆうり達のペースに合わせてゆっくりと無理なく街道を歩き、本日の昼休憩ポイントへと到着した。街道の横に休憩できるように広場のように作られた部分があって、そこで休むのだ。簡易の魔物除けも設置されているので、そこまで気を張る必要も無い。

 あくまでも休憩所という雰囲気の場所なので、シンプルな広場になっているだけだ。それでも、悠利達と同じように休憩をする人々の姿がまばらにあって、こういう場所が整備されているのは良いなぁと思うのだった。

 そして、昼休憩となったならば、それまで何もせずにとことこ歩いているだけであった悠利達の仕事の始まりだ。


「それじゃ、そっちでライスを炊いてね」

「任せてー」

「マグ、簡易コンロの設置頼んだ。ウルグス、鍋重いから運んでくれ」

「諾」

「任せろ」


 悠利が魔法鞄マジックバッグと化している愛用の学生鞄から取り出した簡易コンロと大鍋を、見習い組達はせっせと運んでご飯を炊く準備を整える。人数が多いだけでなく、よく食べる面々が多いのを考慮しての大鍋である。

 かまどを作って火起こしから始めると時間がかかってしまうので、アジトから簡易コンロを持ち出しているのだ。勿論、アリーの許可は取ってある。野営はするが、食事に関しては訓練から外されているので、悠利達がやりやすいようにやって構わないのだ。

 なお、流し台などもないので、出来る限りの下準備は整えてきた。そして、人数多めかつ沢山食べる人が多いのを考慮して、本日のメニューは丼飯である。


「ライスの準備が出来たら、こっちの鍋もよろしく!」

「了解。しっかし、鍋だけでも大量だよな。洗うの大変そう」

「そこはルーちゃんに頼もう」

「頼むぜ、ルークス」

「キュイ!」


 お任せあれ!とでも言いたげにルークスはその場でぴょんと跳ねた。洗い場もないような場所では大鍋を洗うのは大変だ。その手間を、ルークスは減らしてくれる。いつものように鍋を丸呑みにして洗ってくれるだろう。

 こちらの大鍋の中身は、オーク肉ともやし蒸しの材料だ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では定番メニューとなりつつある料理である。もやしとオーク肉を交互に重ねて鍋に入れ、鶏がらの顆粒だしと酒を回しかけて蒸して作る料理である。蒸し終わったら、ごま油と醤油を混ぜて味を調整するだけだ。簡単で大量に作れるので、大所帯では重宝される料理なのだ。

 肉の旨味と共にもやしを大量に食せるので、肉と野菜を一緒に食べられるところもポイントが高い。本日はこれを、ほかほかご飯の上に載せて丼として食べるのだ。

 屋外でどれだけ作業が出来るかが解らないので、こちらも後は火にかけるだけというところまで準備をしてきている。悠利と見習い組でせっせと仕込み作業をしておいたのだ。一応、食事担当が自分達の役目みたいな気持ちがあるので。


「ユーリ、今日のご飯何ー?」

「お昼はあんまり時間が取れないって聞いてたから、簡単にオークもやし蒸しの丼です」

「わーい!やったー!あたし、アレ好きだよ!お肉の味がライスに染みこむし!」

「肉!?肉なのか!?」

「うわっ!?いきなり大声出さないでください、バルロイさん!」

「ご、ごめん……」


 レレイと会話をしていた悠利は、突然背後から聞こえた大音量に驚愕した。そのまま、誰の仕業か解っているので即座にツッコミを入れる。悪気はなかったのだろう。バルロイはしょんぼりとした様子で謝ってくれた。

 バルロイはお肉大好きなので、肉と聞いてテンションが上がってしまったのだろう。そんな彼の背後には、小さな身体に威圧を背負ったアルシェットの姿があった。


「バールーローイー」

「……あ、アル……?」

「お前は!仕事しとる子の邪魔をするんやない!」

「邪魔はしてな、イタッ、痛い、アル……。耳を引っ張らないでくれ……。首が痛い……」

「喧しい。こっちで反省せぇ!」

「うぅ……」


 お怒りのアルシェットは、バルロイの耳を引っ張って叱りつける。そしてそのまま、文句を言うバルロイを無視して引きずって移動する。小さなアルシェットに耳を引っぱられているので、バルロイは物凄く身体を傾けることになる。その不自由な体勢で、しょぼくれながら去って行く姿は、何とも言えず情けなかった。

 ……ただ、バルロイの力ならば簡単にアルシェットの手を振りほどくことが出来る。むしろ、彼女を引き剥がして抱え上げることも簡単だ。それでもそれをしないのは、アルシェットの判断を信じているからだ。彼女が怒るなら、怒られることを自分がしたんだな、みたいな感じである。何だかんだで相棒なので。

 そんな二人を見送って、レレイは悠利に声をかけた。


「もしかして、あたしも邪魔だったりする?」

「大丈夫。鍋を皆に任せたから、今の僕はそこまで忙しくないから」

「そっか。それなら良かった」


 安心したようなレレイに笑いながら、悠利は食器の準備をする。外で使うのを考えて、全て木製で揃えてある。食べやすいようにと丼鉢のような大ぶりの器を用意している。それにスプーンを付ければ完璧だ。

 テーブルになるような何かも存在しないので、皆には器を手に持って食べて貰うしかない。そういう意味でも、この献立にして良かったと悠利は思っている。

 そんな中、ふわりと風に乗って美味しそうな匂いがしてきた。悠利よりも早くレレイが反応し、ぱぁっと顔が輝く。わくわくが隠せていない。


「もうちょっと待っててね。準備するから」

「うん!」


 出先で悠利のご飯が食べられるということで、レレイは上機嫌だった。基本的に野営の場合は携帯食料になりがちなので、こんな風に普通のご飯が出てくる段階でご機嫌になるのは無理も無かった。

 そんなレレイに苦笑しつつ、悠利は見習い組に合流して食事の支度に取りかかる。


「どう?」

「ライスはあとちょっと」

「オークもやし蒸しは出来たよ」

「ありがとう。テーブルがないから、盛りつけたら配る感じで行こうか」

「「了解」」


 悠利の説明に、見習い組は元気に返事をした。その辺りの段取りは普段の料理当番で慣れているので、連携は完璧だった。

 ご飯が炊けたら盛りつけにかかり、せっせと大盛りのオークもやし蒸しを作っては皆に配る。全員に食事が行き渡ったのを確認して、悠利が告げる。


「ライスもオークもやし蒸しもまだあるので、お代わりがしたい方は各自でお願いします。ただし、一人で食べ尽くすとかはしないでくださいね?」


 ほわほわとした雰囲気ながらきっちり釘を刺す悠利に、ぴたりと動きを止めた人物が二人。レレイとバルロイの二人だ。いっぱい食べたい、悠利のご飯大好き、な二人であるが、自分達が釘を刺されたことは理解していた。

 にこっと笑う悠利と目が合って、二人は素直にこくりと頷いた。ここで悠利の逆鱗に触れたら、今後のご飯が大変なことになる。彼らは悠利のご飯が大好きなので。

 そんなレレイとバルロイの姿を見て、クーレッシュとアルシェットが盛大にため息をついていた。いい大人なのに、とでも言いたいのだろうか。今更である。

 それはともかく、出来たてほかほかのオークもやし蒸し丼に皆は興味津々だった。特に、悠利のご飯を初めて食べる狼獣人組は不思議そうにしつつも、その優れた嗅覚で美味しさを感じ取っているのか期待を隠し切れていない。

 説明が終わったら食べて良いので、あちらこちらで食前の挨拶をしてからの食事が開始される。悠利も言うべき事は言ったので、後は食べるだけとのんびりとしている。

 丼として用意してはいるが、自分の分は分量控えめに盛りつけてある。確かに今日はずっと歩いていたのでいつもよりお腹は空いてるのだが、この後も歩くので食べすぎはよろしくないと思っているのだ。腹八分目は大切である。

 スプーンでオーク肉ともやし、白米も一緒に掬って口へと運ぶ。味付けはシンプルに鶏ガラの顆粒だしと酒と醤油だけだが、肉の旨味がぎゅっと染みこんでいて実に美味しい。仕上げに入れたごま油が良い仕事をしている。

 蒸して作ったことでもやしの水分が旨味と調味料のお陰で、極上のスープになっているのだ。おかずとしてこれだけで食べても美味しいのだが、丼にするとそのスープがご飯に染みこんで何とも言えない美味しさになるのである。鍋料理のスープの美味しさに似ている。


「んー、良い感じの仕上がりー」

「相変わらず、ユーリって目分量で調味料入れるのに良い感じに仕上げるよなぁ」

「その辺はまぁ、慣れ?」

「そこに届くの難しい気がする」

「あはは」


 真剣な顔をするカミールに、悠利は楽しげに声を上げて笑った。大袈裟だなぁと笑う悠利だが、見習い組は全員カミールに同意らしい。大人しく食事をしているが、悠利の自覚の無さにやれやれといった雰囲気を醸し出している。

 食べ慣れたご飯だし、自分達が作ったので特に感動も何も無い悠利と見習い組はこんな感じだが、他の面々は違った。

 泊まりがけの屋外任務などにも出掛ける訓練生達は、野営地で普通のご飯が食べられる事実を噛みしめている。勿論、準備を整えて自分達で食事の準備をすることは可能だが、任務が控えている以上は労力を最小限に抑える傾向になるのだ。

 何せ、食事を作ろうと思ったら、道具と食材だけでなく、場合によっては水の確保も切実なことになる。魔法鞄マジックバッグは見た目よりも荷物が入るし重量に影響もない便利な道具だが、基本的に容量というものがあるのだ。

 ……そう、今回普通に複数の簡易コンロと大鍋が用意できたのは、悠利の学生鞄が規格外の魔法鞄マジックバッグになっているからだ。一般的な魔法鞄マジックバッグの場合、これだけの食事の準備に必要なものを詰めこんだら、他の備品が入らなくなる。

 そもそも、魔法鞄マジックバッグ魔法道具マジックアイテムなのでお高い。アジトで普通に買い物用に魔法鞄マジックバッグが用意されているのは、総勢二十一人分の食材の買い出しをするためである。私物で魔法鞄マジックバッグを持っているのはほぼ大人組だ。

 訓練生達も持っているが、彼らのお財布で手が届くのは容量少なめの魔法鞄マジックバッグである。必要なものを詰めこんだらそれで終わりになる。

 そういった理由があって、皆が美味しいご飯に表情を緩ませているのだが、やっぱり悠利はその辺りのことをちっとも理解していなかった。


「やっぱりユーリのご飯は美味しいねー!」

「レレイ、美味いのは解ってるから、とりあえず落ち着け」

「そうそう。喧しくしないの」

「お代わりしたいならさっさとしてくれば?」

「待て、アロール。迂闊に進めるのはよくない。あっちの子達がお代わりをしてからだ」


 元気印みたいなレレイを宥める一同の中でアロールが口にした一言に、ラジが慌てたように待ったをかけた。その気になったレレイが残り三分の一ほどになっていた器の中身をかっ込んでいるが、そちらへのストップはクーレッシュとヘルミーネが担当している。

 ラジがそんな行動に出たのは、理由があった。悠利の料理を初めて食べた狼獣人達が、美味しいと全身で表現しているからだ。

 そう、全身で。

 獣人達は、獣の耳と尻尾を持っている。それは虎獣人であるラジも同じだ。だから、彼らの感情はとても解りやすい。耳や尻尾が動くのは無意識であり、自制するのはなかなかに難しいのだ。

 悠利のご飯の美味しさを知っているバルロイはいつも通りに尻尾をぶんぶんと振りながら食べているし、顔にも美味しいという感情が出まくっているので非常に解りやすい。子供三人も顔に出やすいので、笑顔で食事をしている。その上、尻尾が解りやすく動いているのだから何とも微笑ましい。

 更には、落ち着いた大人という雰囲気のルードですら、尻尾がぱたぱたと地面を叩くのを止められていない。つまりは、彼も悠利のご飯が美味しいと思ってくれているのだ。


「やっぱりユーリの料理は美味いなぁ。これがいつも食べられるの羨ましいなぁ」

「確かにあの子の料理は美味いけど、毎度毎度食べに行こうとするアンタもアレやねんで」

「何でだ、アル?美味しいご飯を食べたいのは当然だろう?ちゃんと肉も持って行ってるし!」

「そういう問題ちゃうんや!」

「……むぅ、アルはすぐ怒る……」


 しょぼんと眉を下げつつも、バルロイは食事の手は止めなかった。口に運んではすぐに美味しいと笑顔に戻る。……アルシェットが何を怒っているのか、全然理解していなかった。

 アルシェットが言いたいのは、既に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》を卒業した自分達が当たり前みたいな顔でしょっちゅう顔を出して、食事を強請るのは何かが違うと言いたいだけなのだ。王都に寄るときはよほどスケジュールが立て込んでいなければ一度は顔を出しているので。

 そんなバルロイとアルシェットのやりとりを、ルードは放置していた。パーティーメンバーである彼にとっては、いつものことなのだ。むしろ、アルシェットがバルロイの手綱を握ってくれていて大変助かる、みたいな状態であった。

 驚いた顔をしているのは、お子様三人組だった。彼らはルードやバルロイとは顔見知りだが、アルシェットとは今回初めて顔を合わせたのだ。だから、アルシェットのバルロイへの態度を見るのも初めてなのである。


「……バルロイ兄さん、何も変わってないね」

「変わってないどころか、悪化してないか……?」

「んー、昔のままで私は嬉しいけどなー」

「「……ピーニャ」」


 困惑しているようなオーリィとラルクに対して、ピーニャはにこにこと笑って告げる。そのまま、スプーンに山盛りにしたオークもやし蒸し丼を口へと運んだ。ばくりと頬張るように食べて、幸せだと言いたげに表情を綻ばせる。

 炊きたてご飯に蒸したことで柔らかく仕上がった肉ともやしが絶妙な塩梅なのである。シンプルな味付けながら、噛めば噛むほどに旨味が出てくるような奥深さがある。食材も少なく、簡単な料理の筈だというのに、どうにもスプーンが止まらないのだ。

 狼獣人である彼らは、子供といえども食欲旺盛だ。まだ十三歳だけれど、その食事量は人間の成人男性に引けを取らない。ましてや、半日訓練を頑張った後に美味しいご飯が出てきているのだ。どうしてもスプーンは進む。

 それはオーリィとラルクも同じで、会話をしつつも食べる手は止まらない。味の染みこんだ白米が何とも言えず絶品で、具材を食べ尽くして残ったご飯だけを食べても美味しいのだから、何て罪深い料理なんだと思ってしまう。

 また、スプーン一本で食べられるところがありがたい。テーブルもない屋外で、器を持って食べるとなると食器が多いと困ってしまう。それらを踏まえて、ありがたいと彼ら思っている。


「このご飯、凄く美味しいよね」

「美味しい。……お代わりして良いのかな?」

「良いって言ってたし、お代わりしに行こうよ」

「そうね」

「そうだな」


 ぺろりと一人前を平らげた三人は、顔を見合わせて頷き合うと、そっとお代わりをするために立ち上がる。その姿を、ルードは微笑ましく眺め、バルロイは自分も続こうとしてアルシェットに止められていた。


「……アル、何で……?」

「アンタは子供らが終わってからにしぃ」

「……はい」


 子供に交ざってテンション高めにお代わりに行こうとするバルロイは、いつも通り過ぎた。アルシェットに止められてしょんぼりするところまでいつも通りだ。

 ちなみにそんなバルロイの姿を目撃した訓練生達は、自分達が動きを止めさせたレレイを見てため息をついた。同じ状況だなという感想しか抱けなかったので。

 同じような感想を抱いているのは、リヒトとヤクモもだった。本日の引率役二人として、午前中の振り返りなどをしながら食事をしていた彼らである。仲間達の会話が聞こえて視線を向ければ、何ともアレな光景が見えたのだった。


「……緊張感がないと言うべきか、いつも通りと安堵するべきか……」

「まぁ、無意味に緊張するよりは良いと思っておれば良かろうよ」

「ヤクモ、本音は?」

「ひとまず我らの管轄ではないので放置で良いのではないかと」

「……まぁ、確かに」


 担当者がいるもんな、とリヒトも丸投げを決定した。今日も美味いなと言いながら食事を続ける姿は、ちょっとだけ疲れているようだったが。

 なお、そんな風にリヒトが丸投げの方向になっているのは、これが安全すぎるほどに安全な、合同訓練と言いながらも散策に近いレベルのものでしかないからだ。あくまでも獣人の子供達が他種族の体力などを知るためなのだから。


「ところでヤクモ」

「何か」

「俺が言うことじゃないんだが、お代わりをするつもりなら、早めに行動に移した方が良いとは思う」


 あの辺が動きだしたらお代わりの速度がおかしいことになるから、と告げるリヒトの表情は真顔だった。あの辺と彼が示したのは、バルロイとレレイだった。もうそろそろ良いかな?とうずうずしている姿が見える。


「……まぁ、我は腹八分目を弁えておるので」

「それなら良い」

「子供らが満足いくまで食べられれば良かろうよ」

「そうだな」


 ご飯美味しいねーと言う空気を出している見習い組、訓練生、獣人トリオを見て笑みを浮かべる。今日の彼らは完全に保護者のポジションだった。

 ……なお、そんな大人二人を(何か二人でまったり楽しそうだなー)と思いながらご飯を食べている悠利がいる。その二人のスプーンがちゃんと進んでいるのを見て、お代わりに動かずとも美味しく食べてくれてるんだろうなと理解できてその口元に笑みが浮かぶのだった。




 大量に作ったオークもやし蒸し丼は仲間達のお代わりで全部綺麗に食べ尽くされました。獣人組にも好評で、良かった良かったと思う悠利なのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る