徒歩での移動にも色々ありました

 単に街道を移動するといっても、色々とやることがある。そんなことを、悠利ゆうりは初めて知った。


「護衛で移動するときって、こんなに色々と考えて対応するんだ……?」

「まぁ、護衛だからね。何かあってからじゃ遅いから」

「そうなんだ……」


 とことこといつもの歩調で歩く悠利の隣を陣取っているアロールが、淡々と説明してくれる。それなりの大所帯で移動してはいるが、すれ違う人々は特に気にした風もなかった。集団で移動する人々も珍しくはないので、そういうものだと思われているようだ。

 また、大所帯といっても大半が子供で、しかも明らかに荒事に慣れていない雰囲気の悠利みたいなのも混ざっているので、近場に出掛けるんだなぁぐらいに思われているのだろう。実際、護衛役の訓練中の面々以外は、どちらかというとのんびり歩いているだけなので。

 なおアロールは、相棒である従魔のナージャのみを連れている。彼女の従魔は他にもいて、大型種達なので基本的に普段は王都の外で過ごしている。ギルドに報告した上で、自分達で魔物を狩って生活をしているのだ。流石に街中で大型種を連れ歩くと騒ぎになるので。

 悠利は見たことはないが、外に出掛ける依頼や訓練のときは、アロールは彼らを伴うこともあるという。だからてっきり今日も連れてくるのかと思ったのだが、そうではないらしかった。


「アロール、他の子達は連れてきてないの?」

「あー……。従魔との連携も勉強になるかとは思ったんだけど、あの子達は身体の大きさを変えられないからね。この大所帯に大型種を複数連れ歩くと、目立ちすぎるかと思って」

「……なるほど」


 アロールの説明に、悠利は素直に納得した。大型種の魔物は、それだけで人目に付く。彼らが従魔だと解っていても、何体もいてはそれだけで畏怖される可能性もあるだろう。

 ナージャに関しては、アロールの首に巻きつく程度の小さな姿に身体の大きさを変えられるのもあって、常に彼女の側にいるのだ。護衛というよりはお目付役、傅役という方が近いのだろうか。その正体はヘルズサーペントという大型の蛇の魔物なので、有事の際には元の姿に戻って敵を蹴散らしてくれるらしい。

 悠利とアロールの傍らには、護衛役としてリヒトが控え、ルークスもやる気満々でぽよんぽよんと跳ねている。ナージャは定位置のアロールの首でまどろんでいるようで、今はまだ自分が本気を出す必要はないと言いたげだった。

 ……もしかしたら、ルークスが物凄く張り切っているのは、先輩従魔であるナージャに何かを言われたからかもしれない。この二匹の間には明確な先輩後輩の上下関係が存在しており、そのノリは悠利のイメージでは体育会系のものに近かった。

 まぁ、従魔達の言葉が解るアロールが特に口を挟んでいないので、大丈夫なのだろうと悠利は思うことにした。ナージャが何かしらルークスに押し付けているとかであれば、主であるアロールが叱るだろう。……主とはいえ、ナージャはアロールの世話役みたいな感じなので、何でもかんでも言うことを聞くわけではないが。

 そんな悠利の前方では、斥候役を担っているクーレッシュとオーリィが皆より先行して先を行き、戻ってきていた。斥候とはいっても、ここは安全な街道。特に危ない何かが見付かることはない。

 だが、何か危ないものがないか、或いは前方がどういった状況であるのか、を調べることは出来る。オーリィは狼獣人の身体能力を生かして高い木の上に登ったり、優れた視力で遠方まで見通したりしている。対してクーレッシュは人間なのでそういった面ではオーリィに劣るが、座学で斥候の方法を学んでいる彼は、街道の足跡や周囲の人々の服装などから情報を分析しているらしい。


「斥候って、何か危ないものとか捜し物を見つけるだけがお仕事じゃないんですね」

「まぁ、端的に言えば状況を把握するのが斥候だからな」

「あの場合、どっちが凄いとかあるんですか?」


 悠利の問いかけに答えてくれたのはリヒトで、だから悠利はその彼に素朴な疑問を投げかけた。身体能力に優れた狼獣人の少女オーリィなのか、身体能力で劣る分を知恵で補っているクーレッシュなのか。今回の条件で求められる斥候としては、どちらが向いているのだろうか、と。

 そんな悠利に、リヒトは声を立てて笑った。とても楽しそうだった。


「リヒトさん?」

「この場合、どっちが凄いかを比べる必要はないんだ、ユーリ」

「そうなんですか?」

「あぁ。重要なのは、お互いのやり方を見ることだ」

「……?」


 どういう意味だろうと首を傾げる悠利に、リヒトはそのまま説明をしてくれる。どうやら自分の仕事は悠利のサポートと決めているらしい。優しいお兄さんである。


「そもそも今回の合同訓練は、あの三人に人間や他の種族がどういった行動を取るかを見せるのが大きい。今まで同族としか鍛錬をしていなかった彼らには、多種族の基準が解らないからな」

「それは聞きました。だから、体力的に一番一般人に近い僕が同行しているっていうのも」

「うん、そうだ。そしてそれは、何も体力に関してだけじゃないんだ」

「えーっと」

「斥候と一口に言っても色々なやり方がある、というのを実施で学ぶのも大切だという話だよ」

「あぁ、なるほど!」


 嚙み砕いて説明されて、悠利はやっとリヒトが何が言いたいのかを理解した。なお、悠利の理解がなかなか及ばなかったのは、何も理解力や頭の回転の問題ではない。基本的にアジトでおさんどんしかやっていない悠利には、冒険者達の普段の行動がさっぱり解らない。なので、そちら方面に関しては右も左も解らない状態なのだ。

 とにかく、リヒトのおかげで悠利は皆が何をしているのかを理解した。基本的に斥候はオーリィとクーレッシュが担っているようだが、時折ヘルミーネが上空に浮かんで周囲を確認していたり、アロールがナージャに頼んで何かを確認していたりする理由が解ったのだ。斥候一つにしても様々な方法があって、自分に向いているやり方で行うのだということを互いに見せているのだろう。


「今日は天気が良いから上から見やすくて助かるわー」

「あ、やはり羽根人の方も、天気が良い方がよく見えるとかはあるんですね」

「そりゃあるわよー。私達は視力が良いけど、天候とか光の加減とかでどこまで見通せるかは変わるもの」

「その辺りは我々と同じなんですね」


 ふわりと地上に降り立ったヘルミーネの零した言葉に、オーリィが食いついた。羽根人と狼獣人はどちらも視力が良い種族なので、共通点を見出して嬉しかったのかもしれない。ヘルミーネと話す少女の顔は、楽しそうに笑んでいた。

 ちなみにだが、羽根人も獣人も視力の優れた種族であるが、その種類は少し違う。

 羽根人は単純な視力、遠くまで見通す方に関してはかなりのものだが、動体視力はそこまでではない。対して獣人は、通常の視力こそ羽根人に劣るが、動体視力は大幅に上回っている。遠方から弓を用いて相手を攻撃する羽根人と、身体能力を生かした接近戦を得手とする獣人達との違いかもしれない。


「クーレッシュさんは足元やすれ違う方々を気にしてるみたいでしたけど、あれはどういう意味が……?」

「あぁ。靴ってさ、結構情報が詰まってるから。靴に泥が付いてたりしたら、足元の悪いところから来たとか、雨が降ってたところから来たとか」

「……なるほど」

「後は、歩き方……?結構。歩き方で職業とか疲労状態とか見えるからさ。厄介ごとを抱えてる相手だとか、旅慣れてるとか解るし」

「勉強になります」


 ふむふむと頷いているオーリィ。会話に参加しているのは彼女だけだが、ラルクもピーニャも話に耳を傾けている。……何故解るかと言えば、頭の上の立派な狼の耳が、ぴくぴくと動いているからだ。獣人はそういうところが解りやすい。

 真ん中で皆に護衛されるポジションでとことこ歩いている見習い組達も、なるほどなーと言いたげに斥候組の会話に興味津々だった。今日の彼らは最前列で先輩達の仕事の仕方を見学できるというありがたい状態なのだ。全員、割とやる気に満ちていた。

 というのも、座学でアレコレと習うよりも、面白いからだ。前提として座学のときに学んだ知識があるのは重要だが、やはり机に向かって書物を開くお勉強よりは、実際に目で見て学ぶ方が楽しいのだろう。その辺りは向き不向きもあるだろうが、見習い組は全員どちらかというと実践で習う方が好きなタイプだった。

 皆、ちゃんとお勉強してるんだなぁ、と思っていた悠利の耳に、能天気な声が飛び込んできた。レレイだ。


「この街道って基本的に魔物除けもされてるし、定期的に付近の魔物の討伐もされてるから、平和なんだよねー」

「まぁ、王都に通じる主街道なんだから、そういうものだろ」

「それは解ってるんだけどー」

「……一応聞いておこうか。本音は?」


 護衛ポジションとして周囲の警戒をしながら歩くミッションを遂行中のレレイであるが、その空気はどこまでも緩かった。斥候組はまだ平和なら平和なりに地形の情報を手に入れるなどの面白みがあるのだが、護衛というのは危険がなければやることもないポジションなのである。

 そんな彼女の考えが手に取るように解るのだろう。ラジは呆れ混じりの表情で問いかける。そんな彼の方を見て、レレイはキッパリと言い切った。


「暇!」

「解ってはいたけど、全力で言うことじゃないんだよな……。護衛は暇な方が良いんだよ」

「それは解ってるんだけど……。こう、気を張る必要すらないなら、身体を動かす必要もなくて、すごく、あの、……退屈?」

「言ってる内容は何も変わってないぞ」

「……はい」


 頑張ってちゃんと説明しようとして、レレイは撃沈していた。いやまぁ、彼女には彼女なりの言い分はあるのだろう。しかし、それを簡潔に要約すると最初の一言になる。物凄く身も蓋もない。

 元気印のレレイなので、体力の少ない悠利の歩調に合わせてとことこ歩く状況に、飽きているのかもしれない。やることがあれば多少はマシだったのだろうが、護衛ポジションの彼女には斥候組のように本隊から離れる用事が存在しない。手持ち無沙汰なのだろう。


「それじゃあレレイ、俺と一緒にちょっと先まで走ってみるか?」

「へ?」


 ひょいっと首を突っ込むように会話に加わったのはバルロイだった。いつでも元気な脳筋狼は、今日も絶好調でマイペースだった。


「走るって……、持ち場離れたら怒られちゃうのでは?」

「ただ走るだけなら怒られるけど、走りながら気配を探って、ついでに準備運動代わりにするなら大丈夫な気がする」

「なるほど!」

「いや、なるほどじゃない。全然大丈夫じゃないですよ」


 グッと拳を握るバルロイと、顔を輝かせるレレイ。そのまま突っ走っていきそうな二人に待ったをかけたのは、ラジだった。常識人は辛いよ。

 確かに、獣人である彼らにとって、このゆっくりとした歩調での移動は身体が鈍る。自分のペースで動けないというのは意外と窮屈なもので、うずうずする気持ちは解らなくもない。

 しかし、それも踏まえての訓練である。護衛対象をほっぽり出して走っていこうとするのはどうかと思う。ラジにそう諭されて、二人はしょぼんとした。レレイに獣耳はついていないが、幻覚の獣耳が見えるようだった。バルロイの耳はぺたんとしてしまっている。

 そこに助け船を出したのは、ラルクだった。


「あの、もしも許可が出るなら、レレイさんと一緒に走ってみたいとは思います」

「はえ?」

「猫獣人の血を引いていると伺っているので、どの程度の身体能力なのかを知りたいと言うか……」


 ぱちくりと瞬きを繰り返すレレイに、ラルクはあくまでも訓練の中に組み込むようにそんなことを言う。その発言を受けて、バルロイは視線をルードに向けた。この訓練の責任者である青年はバルロイを見て、ラルクを見て、顔を輝かせているレレイを見た。

 そして、やれやれと言いたげに溜息をついてから口を開いた。


「あくまでも現時点での体力の状態を図るのを目的とするなら、少し先まで行って戻ってくるのを許可しよう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございまっす!」

「話が解るな、ルード!」


 静かに礼を言うラルクに対して、レレイは満面の笑みで叫んだ。やった、走れる!思いっきり動いても怒られないぞ!みたいなノリだった。安定のレレイ。

 バルロイもレレイと似たようなもので、うきうきと二人に交ざろうとしている。その背中に、ルードの言葉が突き刺さった。


「お前は引率側なんだから、二人の現時点での能力差がどの程度かをしっかりと確認して、後で伝えてやるように」

「……え」

「出来るだろ?」

「出来る、けど……」

「仕事だ。やれ」

「……はい」


 何も考えずに一緒に走ろうと思っていたバルロイは、二人の観察役を仰せつかって少しばかりテンションを下げた。お前は大人側だろうがというルードのツッコミは、多分もう聞こえていない。安定のバルロイだった。

 次の瞬間、バルロイの合図を受けたレレイとラルクが一同から離れて走り出した。猛ダッシュである。それを同じく猛ダッシュで追いかけるバルロイ。獣人の体力こっわ、と呟いたのは誰であったのか。人間組の共通の感想であった。

 そんな風に賑やかに各々の行動を取っている同期と違い、ピーニャはのんびりと見習い組達と一緒に歩いていた。十三歳という年齢が同じことで親近感を持ったのか、特にヤックとほのぼのと会話をしている。

 

「ピーニャは他の二人みたいに動かなくて良いの?」

「んー、私はねー、実戦のときの前衛役だから」

「だから?」

「危ないことがないなら、こうやって皆の隣にいるのがお仕事かなって」

「なるほど」


 にこっと笑う姿は愛らしい。だが、前衛役と告げた一瞬だけ、その瞳に強い光が宿る。あぁ、この子も狼獣人なんだなぁと思う四人だった。

 そんなピーニャはヤックとのんびりと会話を交わしつつ、前方をとことこ歩くマグに視線を向けている。今日も安定の、気配やら足音やらを消して歩いているマグである。もはやこれはクセなので、別に危険が迫っているとかではない。

 

「あの人、凄いね」

「マグ?」

「うん。普通にしてるのに気配が薄いし、足音しないし、存在感消そうとしてるのかな……?」


 別に危ないことはないのにねぇ、と呟くピーニャに、ヤックは遠い目をした。狼獣人の少女から見ても、平和な街道で気配やら足音やらを消すマグは異常だったらしい。だよなぁ、という気持ちになる見習い組の三人だった。

 ただ、口を開いたのはカミールだった。何だかんだで社交性の塊であるこの少年は、初対面の少女が相手でもいつもと何一つ変わらない。

 

「アレはマグのクセだし、あんまり気にしなくて良いと思う。本当に危ないとか何かがあったら、ちゃんと言うと思うし。……多分」

「え、多分なの?」

「多分……。……なぁ、言ってくれるはずだよな、ウルグス?」

「俺に聞くな。こいつの気分次第だ」

「……そっか」

「そうなんだ……」


 自信なさげに告げたカミールは、ウルグスに希望を一刀両断されてしょんぼりと肩を落とした。ピーニャも驚いたように目を見張っている。ヤックはマグだもんなぁ、と呟くだけで、それ以上何も言わなかった。

 ただピーニャは、マグの隙のない身のこなしが気になるのか、ヤックと会話をしながらも視線でマグを追っているのだった。

 そんな子供達のやりとりを優しげな眼差しで見守るヤクモは、最後尾から全体の観察をしていた。振り返ってそんなヤクモに気付いた悠利は、引率の先生みたいだなぁ、と思うのだった。




 のんびりとした徒歩移動も、それぞれのやることが色々と存在していた。こういうところは訓練っぽいなぁと思いながら悠利は、爽やかに晴れ渡った空の下をとことこと疲れないペースで歩くのでした。




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