書籍23巻部分
バルロイさんの実家の皆さんと一緒に訓練です
その日、
お出かけと言っても、遠出をするわけではない。一泊二日の日程ではあるが、あくまでも近所に出かけるだけだ。
何があるのかと言えば、バルロイの故郷の若者達との合同訓練に参加するのだ。里で育った狼獣人の少年少女に、同族以外の面々との交流を図るのが目的だという。悠利は見習い組と共に、護衛される側というポジションでの参加だった。
訓練生からも戦闘系のメンバーが数人抜擢され、彼らと共に道中の護衛や斥候などを担うらしい。といっても、向かう先は一般の旅人も通るような安全な街道を抜けての野営地にすぎない。かなり難易度の低い訓練だった。
愛用の
悠利と目が合ったバルロイが、元気よく手を上げて挨拶をしてくれる。それにぺこりとお辞儀をして、悠利はアリーの傍らへと移動する。……なおバルロイは、傍らに控えていたアルシェットに足を踏まれていた。まぁ、少しも痛くなさそうだが。
「お待たせしてすみません。あの、アリーさん、そちらの方が今回の責任者さんですか?」
「あぁ、そうだ。ルード殿、今回の参加者の最後の一人、うちの家事担当のユーリだ」
「初めまして、ユーリです。よろしくお願いします」
実に端的に紹介されて、悠利はぺこりと頭を下げた。今の口ぶりから、こちら側の他の参加者の説明は終わっていたのだろう。見習い組の四人に、訓練生からはクーレッシュ、レレイ、ヘルミーネ、ラジ、アロール、そして引率枠としてリヒトとヤクモの姿があった。
アリーにルードと呼ばれた青年は、悠利に向けて優しく微笑んでくれた。バルロイの同族らしいが、受ける印象は随分と違う。青灰色の髪も青銀の瞳もバルロイと同じだし、耳と尻尾も同じだ。だが、がっちり筋肉質のバルロイに比べると細マッチョという印象だった。
またそれだけでなく、柔らかく微笑む眼差しには知的な輝きがあった。落ち着いた紳士的なイケメンというべきだろうか。お肉大好きでノリと勢いで突っ走る脳筋狼なバルロイとは、随分と異なる。……恐らくはルードが、蒼盾と呼ばれる彼らの一族のスタンダードなのだろう。バルロイは突然変異である。
「初めまして、ユーリくん。以前は美味しい食事をありがとう。いつもあのバカが迷惑をかけて申し訳ない」
「迷惑だなんて……。バルロイさんはちゃんと自分が食べる分のお肉を持ってきてくれるので、ありがたいぐらいですよ」
「それなら良いのだけれど」
ルードの言葉に、悠利は嘘偽りなく本音で答えた。食べるだけのお客様は困るが、バルロイは沢山食べる自分を理解して、いつだってお肉を持ってきてくれるのだ。むしろ、美味しいお肉を手に入れたから何か作ってほしい!みたいなノリで来訪することが多い。
「私の名前はルード。見て解るとおりバルロイとは血の近い同族だ。今回の合同訓練の責任者でもある。道中、何か困ったことがあったら気楽に言ってほしい」
「鍛えてもいないので足を引っ張るかと思いますが、よろしくお願いします」
深々と悠利は頭を下げた。その足下で、いつの間にか悠利の側にやってきていたルークスも同じようにお辞儀をしていた。小さな愛らしいスライムがお辞儀をする姿に、訓練の参加者であろう三人の少年少女が驚いたように目を見張っていた。
……そう、ルークスはエンシェントスライムという超レア種なのだが、変異種ゆえにこの小さなサイズをしているのだ。一般的にこのサイズのスライムは、ここまで知的レベルは高くない。しかし、誰もが「ユーリの従魔だから」で納得するので、大きな問題になっていないのだった。
「むしろ、鍛えていない普通の人間の体力がどの程度かを理解させるためでもあるから、無理せずに疲れたらそう言ってくれる方が助かるよ」
「解りました。お言葉に甘えさせていただきます」
ルードの言葉に、悠利は笑顔でこくりと頷いた。そう、今回の合同訓練に悠利が参加するのは、先方の希望する護衛対象にぴったりだったからだ。
見習い組の面々も、確かに訓練生達に比べればまだまだ体力は心許ない。それでも、日々冒険者を目指して鍛錬中の身なので、純粋な一般市民の体力とはまた異なる。なので、目下一番データとして説得力があるのは悠利なのであった。
「それではこちら側も自己紹介に入りましょうか。バルロイとアルシェット殿は旧知でしょうから割愛しますね」
そう告げて、ルードは大人しく控えていた少年少女を手招きした。青灰色の髪に耳と尻尾を持つ狼獣人の三人は、緊張した面持ちでルードの傍らに並んだ。
「端から、オーリィ、ラルク、ピーニャの三人です。年齢はいずれも十三歳。里から出たことも殆どなく、同族以外と接したこともほぼありません。力の制御などは出来ますが、何かあればすぐに指摘してやってください」
ルードが名を呼ぶと、三人は自分の名前のときにそれぞれぺこりと頭を下げた。ポニーテールが印象的な、ややつり目がちな面差しの少女がオーリィ。大人びたクールな顔立ちに、ツーブロックが爽やかな少年がラルク。前者二人に比べると幼い顔立ちの、短髪にヘアバンドの少女がピーニャだ。
挨拶をしなさいと促されて、オーリィがまず一歩前に出て、お辞儀をしてからにこりと笑った。そうやって笑うと、つり目がちな眼差しも和らいで愛らしい。
「オーリィです。得手は短剣で、主に斥候を担当しています。里の外には知らないことがいっぱいなので、色々と教えていただけると嬉しいです」
そう言って微笑んだ少女は、落ち着いた雰囲気の奥底に好奇心を隠しきれていなかった。だが、良い意味での好奇心だと解るので、聞いている悠利達も微笑ましく見守るだけだ。そういう姿は、十三歳という年齢らしく見える。
挨拶を終えたオーリィが一歩下がると、代わりのようにラルクが前に出る。キビキビとした所作で深々とお辞儀をした後、緑一点の少年は口を開いた。
「ラルクと言います。得手は大剣で、基本的には二人の補佐に回ることが多いです。体力はある方なので、頼っていただけると嬉しく思います」
そう告げて、ラルクは少し照れたように笑った。やはりまだ十三歳の少年だ。そつなく挨拶をしようとして、照れくささが勝ったらしい。また、笑った口元に八重歯が見えて、それもまた年齢相応に見える一因となっていた。
ラルクが下がると、最後に残ったピーニャが満面の笑みで前に出る。二人に比べると幾ばくか幼い、というか年齢通りに見える面差しの少女は、軽やかな声で告げた。
「ピーニャです。得手は体術で、前衛を担当しています。他の種族の方に合わせるのは初めてですが、精一杯頑張りますね」
そう言って挨拶をする姿は、どこかおっとりしていた。語尾は別に間延びしていないのだが、醸し出す雰囲気が十三歳という年齢らしい幼さなのだ。むしろ、他の二人が年齢より大人びて見えて、一同は驚いたぐらいだ。
何故驚くかと言えば、《
その感想を抱いたのは悠利だけではないらしく、全員がちらりとヤックを見た。何故皆がヤックを見るのかよく解っていない雰囲気の三人組。そういう所は年齢相応に子供だなぁ、と皆は思った。
「さて、もう一度説明しておくぞ?今回の合同訓練は、狼獣人の三人が他種族との連携に慣れるための護衛任務の模擬訓練だ。悠利と見習い組は護衛対象、訓練生は護衛役、リヒトとヤクモは全体の見守りと引率を頼む」
アリーの言葉に、一同はこくりと頷いた。たとえ近場へ出掛ける一泊二日のゆっるい訓練だったとしても、訓練は訓練だ。内容をきちんと理解した上で行わなければならない。
とはいえ、悠利は皆に守られるポジションでとことこ歩くだけで良いし、疲れたらその都度そう伝えて休憩を取らせてもらえるというのだから、物凄くイージーだ。徒歩の護衛任務の対象者が人間の場合、狼獣人の体力でペース配分をすると潰れてしまうので、その見極めをするための指標である。
見習い組の四人も悠利と同じように歩くだけではあるが、彼らには訓練生達の行動を間近で見るというお勉強がある。座学とはまた違う、実際に行動しているのを見学できるというのは、良いお勉強になるのだ。
訓練生達は各々の得意分野で、護衛任務に必要な役割を分担するらしい。例えば、クーレッシュやヘルミーネは斥候を担い、レレイやラジは護衛役として周囲に備える。魔物使いのアロールは相棒の従魔のナージャと共に、前者四人のサポートに回るという配分だ。
リヒトとヤクモの二人はアリーが告げたように引率役。合同訓練全体の責任者はルードだが、こちら側の責任者としてアリーが指名したのがこの二人だった。生憎と指導係は仕事が入っていたりでアジトを離れられなかったので、保護者枠の大人二人に頼んだ次第である。
「バルロイさんとアルシェットさんも引率役ですか?」
「バルロイはまぁ、もしものときの保険。そしてウチはあいつのお目付役や」
「……いつものやつですね」
「……いつものやつやな」
悠利の問いかけに、アルシェットは黄昏れたような雰囲気で答えた。彼女は名実共にバルロイの飼い主の名をほしいままにしているが、別に好きでやっているわけではない。元来面倒見の良いツッコミ気質のせいで、このポジションに落ち着いてしまったのだろう。
ちなみに、《
ちなみにそんな風に言われているバルロイであるが、旧知の訓練生達とよろしくなーと楽しげに盛り上がっていた。ノリの良い脳筋狼は、今日も安定の脳筋狼だった。
……そして、皆が密かに思っていることがある。ルードも、三人組も、バルロイと同じ髪色に耳と尻尾という解りやすい同族の特徴を備えていながら、受ける印象が随分と違う。個人の性質の違いだと言われてしまえばそれまでだが、やはり、どう考えても全員がルード寄りなのだ。
「……やっぱりバルロイさん、突然変異だったんだなぁ……」
「だからそう言っておいただろ」
「うん、ラジを疑ってたわけじゃないんだよ……。ただ、実物を見たら色々と実感しちゃっただけで」
「そうだろうな。僕も、自己申告されるまで気付かなかったぐらいだから」
「詐欺じゃない?」
「しっ」
隣にやってきたラジとぼそぼそと小声で会話を交わす悠利。しかし、それも無理のないことだった。
バルロイの同族である蒼盾の一族は、狼獣人という知的な種族を証明するような一族だった。理知的で、紳士的で、戦闘時こそそれなりに闘志を剥き出しにするものの、素での対応はいたって常識的で頭が良さそうなのだという。間違ってもノリと勢いで突撃したり、お肉にひゃっほいしたりはしない。
そもそも狼とは、群れを大切にする知的な生命体である。その性質を引き継いでいるのだから、当然とも言える。しかしバルロイは、そんな一族に突然現れる規格外、正反対の性質を宿した脳筋タイプだったのだ。
今まで悠利達はバルロイしか見ていなかったので、狼獣人が知的な存在だと言われてもあんまり理解できていなかった。ましてや、蒼盾の一族と呼ばれる人々が、守護に特化したとても頼れる落ち着きのある一族だなんて、知らなかったのだ。
だから今、目の前にいわゆる蒼盾の一族らしい面々が現れたことで、バルロイの規格外っぷりに理解が及んだのだった。どこにでもハズレ値みたいな存在はいるんだなぁ、と思う悠利だった。
「ユーリ」
「はえ?何ですか、アリーさん」
突然声をかけられて、悠利は驚きながらも振り返る。アリーは真剣な顔をして悠利を見下ろしていた。
そして、頼れる保護者様は神妙な顔つきでこう告げた。
「何も起こすなよ」
「何か起こすの前提で話すの止めてください!」
「お前がいつもと違う行動をすると、絶対何かが起きるだろうが」
「今回は何かが起こる余地もないような平和な感じですよね!?」
ひどい!と訴える悠利だが、アリーは折れなかった。皆の言うことを良く聞いて、一人で勝手に行動をするなよと言い含める姿は、完全にお父さんである。
仲間達にとっては見慣れたいつもの姿。またやってるーぐらいの扱いだった。そんな悠利の足元では、ルークスが「大丈夫だ、任せてくれ」と言わんばかりに真剣な顔でキリッとしていた。護衛を自認するスライムはやる気に満ちていた。
だから、その光景を(何であんなに大袈裟に言い聞かせているんだ……?)みたいに見ているのは、ルードと三人組だけだった。その四人にはアルシェットが、悠利が行動すると何かが起こる確率が物凄く高いことを伝えているのであった。
何はともあれ、一泊二日の合同訓練の開始です。悠利はゆるいお出掛け気分で参加するのでありました。
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