ツルムラサキのごまマヨ和え
野菜のおかずはどうしてもさっぱり仕上げにしてしまうことが多い。それが
それというのも、《
勿論仲間達は、悠利が作る料理に文句は付けない。野菜のおかずだって美味しいと言って食べてくれる。それは悠利も疑っていない。皆、嘘でそんなことを言うような相手ではない。
それを踏まえた上で、それでも、喜んで箸が伸びるような、沢山食べる面々が喜ぶような味付けの野菜のおかずも作りたいなぁと思ったのだ。ようは、皆に喜んでほしいという悠利の性格の問題である。
「今度は何悩んでんの?」
「あ、カミール。もう良いの?」
「おう、平気」
本日の料理当番のカミールは、いつも通りの軽い調子で悠利に声をかける。料理当番とはいえ勉強はきちんとスケジュールに入っているので、そちらが終わったかどうかを悠利は聞いたのだ。勿論、終わったからここへ来ているのだが。
「で、何考え込んでたんだよ」
「えーっとね、野菜の数で食べ応えがあるのが出来ないかなぁ、と」
「副菜で?」
「そう、副菜で」
悠利の言葉に、カミールも少し考え込む。この副菜でという部分がミソだった。主菜ならば肉や魚を用いてちょっぴり豪華に仕上げることも可能だが、副菜となるとメインの料理とのバランスを考えて作らなければいけない。
うーんと悩んでいる悠利の隣で、カミールも同じように悩んでいる。ついでに、悠利が副菜の使うつもりらしい野菜を確認もする。そこにあったのは、ツルムラサキだった。
ツルムラサキは多少アクがあるものの、食感はつるりと滑らか……というか、細かく刻むとネバネバとした食感になる野菜だ。大きくざくざく切った場合はそこまで粘り気は出ず、ほうれん草や小松菜と同じように茹でても炒めても美味しく食べられる。割とお馴染みになった食材だ。
しばらく悠利と共に考え込んでいたカミールは、ツルムラサキを指差して口を開いた。
「なぁユーリ、マヨネーズは?」
「へ?」
「マヨネーズ使ってサラダみたいにしたらどうだろう?」
カミールの中で、マヨネーズはしっかりとした味付けになる便利な調味料だった。生野菜に付けて食べるだけでとても美味しい。少なくとも、《
だからこその、提案だった。野菜だけで作る副菜で、それでも何かこう食べ応えがある何かと言うなら、マヨネーズは良い仕事をすると思ったのだ。少なくとも、カミールはマヨネーズ味ならご飯が進むと思っている。
その言葉を聞いて、悠利はなるほどと言いたげに頷いた。確かにマヨネーズなら皆が喜ぶだろうと思えたのだ。
しかし、そこで悠利が選んだ料理は、いつもとちょっと違った。どうせなら単にマヨネーズを使うだけでなく雰囲気を変えようと思ったのだ。
「それじゃあ、ツルムラサキをごまマヨ和えにしようか」
「……何て?」
「ごまマヨ和え。ごまとマヨネーズだよ」
悠利の言葉に、カミールは眉間に皺を寄せた。しばらく真剣に考え込む。考え込んで、考え込んで、それでも自分では答えが出なかったので、直球で問いかけた。
「それって美味いの?」
悠利が提案する料理は美味しいだろうという信頼と、ごまとマヨネーズの相性がよく解らないという素朴な疑問が混ざって、結局疑問を質問する方になったらしい。まぁ、悠利は気にしていない。知らない味付けに対する反応としては普通だと思っているので。
「僕は美味しいと思ってるし、ごまの香ばしい感じが加わって美味しく仕上がるよ」
「ユーリがそう言うなら美味いんだな」
「……前から思ってるんだけど、その謎の信頼って何なの……?」
思わず悠利はツッコミを口にしてしまった。確かに自分が作る料理を美味しいと言ってくれるのは嬉しいのだが、どうも仲間達に謎の信頼を抱かれている気がしてならない。味の好みは千差万別なのだから、悠利が出してきた料理が皆の口に合わないことだってあるだろうに。
とはいえ、カミールのそれは信頼に基づくものである。今まで悠利が出してきた料理が、見たことも聞いたこともない料理であったとしても、美味しかったのは事実だ。それゆえである。
まぁとりあえず、メニューは決定した。ならば、作業に取りかかるだけだ。
今日作るのはツルムラサキのごまマヨ和えなので、まずすることはツルムラサキを洗って茹でることである。
「ツルムラサキはまるごと茹でるか、切ってから茹でるかどっち?」
「今日は茎と葉っぱを分けて茹でます」
「……ツルムラサキの茎、太いもんな」
「……うん」
カミールの言葉に、悠利は素直に頷いた。実際、ツルムラサキは小松菜やほうれん草に比べると茎の部分が太いのだ。とはいえ、きちんと火を通せばほどよい食感で食べやすいし、別に固くて美味しくないというわけではない。
では何故茎と葉っぱを分けて茹でようとするのか、であるが。単純な話、丸ごと茹でて茎のゆで時間に合わせると、葉っぱがくたくたになってしまうのだ。それはちょっと悲しい。
なので、茎と葉っぱを切り分けて、まず茎から茹でる。そして、茎にある程度火が通ったなと思うところで、葉っぱを追加する。これで、同時に引き上げても葉っぱがくたくたにならない。
あくまでも茎と葉っぱを分けるだけなので、切り方は大雑把だ。食べる大きさに細かく切るのは、茹でてからだ。その方が茹で上がったものを絞るときに楽なので。
慣れた手付きで準備を整え、ツルムラサキを茹でる。茹で上がったら粗熱を取って水気を軽く絞り、食べやすい大きさに切る。それが出来たら次は、調味料の準備である。
「ボウルにマヨネーズを入れます」
「うん」
「そこにすりごまもいっぱい入れます」
「思ったよりいっぱい入れるな!?」
「ごまマヨなので」
ボウルにツルムラサキの分量に合わせたマヨネーズを入れた後、悠利はすりごまをドパッと入れた。カミールが思わず声を上げるほどにたっぷりと、だ。ぐるぐると混ぜると、マヨネーズの色がすりごまの茶色と混ざるような感じだった。
「え、こんなに入れんの……?」
「ごまの風味が堪能できるようにするには、これぐらい必要です」
「マジか」
「マヨネーズ強いからねー」
「あー、それは何か納得するかも」
ごまが弱いのではない。マヨネーズが強いのだ。そう説明されたら、カミールは納得できた。確かにマヨネーズの味は口の中でしっかりと残るし、他の調味料に滅多なことでは負けないので。
すりごまとマヨネーズがしっかり混ざったのを確認したら、切ったツルムラサキをボウルに入れる。入れたら後は、全体に味が絡むように丁寧に混ぜ合わせるだけだ。ごまマヨが付いていない場所は味がしないので、大切な作業である。
「混ざったら完成です」
「お手軽だった」
「でも美味しいから」
「とりあえず味見してから考える」
だから早く味見をさせてくれと言わんばかりのカミールに、悠利は笑いながら小皿にツルムラサキのごまマヨ和えを入れた。はいどうぞと差し出されたそれを受け取って、カミールは箸を延ばす。
見た目は、鮮やかな緑が美しいツルムラサキに、茶色がかった白が絡んでいるのが美しい。ただのマヨネーズではなくすりごまが入っていることでアイボリーのような色味になり、また、ふわりとごまの香ばしい匂いが漂ってくる。
口の中に入れれば、最初に感じるのはやはりマヨネーズ。しかし、その次にごまの芳醇な香りが口中を満たす。そして、しっかりとした歯応えのあるツルムラサキの茎の食感が何とも楽しい。また、ほんのりと存在を主張する粘り気も面白い。
マヨネーズの酸味と、ごまの香ばしさと、ツルムラサキの持つ仄かな甘みが調和して、口の中で良い感じにバランスを取る。マヨネーズのパンチ力にごまがインパクトを加えることにより、茹でたツルムラサキを和えただけだというのに、何ともしっかりとした味わいが存在していた。
「ツルムラサキは食感も楽しいよねー」
多少アクはあるものの茹でればそのアクも感じなくなるし、味自体は癖は殆どないので様々な味付けに対応出来るのがツルムラサキの魅力だ。ねばねばが好きな悠利としては、仄かに感じる粘り気も美味しさを引き出してくれるアクセントである。
そして、慣れない味付けに若干の不安を抱いていたカミールは、味見を終える頃には満面の笑みを浮かべていた。どうやらお口に合ったらしい。
「ごまマヨ美味しいな!」
「お口に合って何よりです。皆も気に入るかな?」
「気に入ると思う」
「良かった。それじゃ、他の準備もしようか」
「おう」
良い感じにツルムラサキのごまマヨ和えが完成したので、二人はご機嫌で他の料理の準備に取りかかるのだった。
「オイラ、このごまマヨ和えすっごく好きかも!」
「マヨネーズだけでも美味いと思うけど、ごまが入ると何か全然違う味になるなぁ」
「だろー?俺も味見してビックリしたんだよ」
「美味」
わいわいと賑やかに騒ぎながら、見習い組の四人が仲良くツルムラサキのごまマヨ和えについての感想を語り合っている。口に合ったという言葉通り、彼らは美味しそうにツルムラサキのごまマヨ和えを頬張っている。慣れない味付けに躊躇したのは一瞬で、一口食べればその味の虜になっていた。
単純に彼らはマヨネーズも好きだが、ごまが加わることで風味豊かになったごまマヨの美味しさにノックアウトされているのである。すりごまをたっぷりと入れたことにより味にコクと深みが出ているのだ。
「マグも気に入ったみたいだな」
「こいつ、出汁ほどじゃねぇけどマヨネーズも割と好きなんだよな」
「そういやそうだった」
もぐもぐと自分の分のツルムラサキのごまマヨ和えを満足そうに食べているマグを見て、ウルグスとカミールは言葉を交わす。基本的に出汁に食いつく姿があまりにも印象的すぎて他をスルーしてしまうが、出汁以外でもマグが好む味付けはある。その一つがマヨネーズだった。
というか、マヨネーズを嫌いな人がいるんだろうか……?とマグを除く三人は思う。マヨネーズを付けるだけで生野菜はぐっと美味しくなるし、肉にも魚にも合うというミラクルな調味料だ。玉子との相性もバッチリだし、色んな料理で大活躍するのがマヨネーズである。
彼らの日常にも溶け込んだ馴染み深い調味料。だからこそ、シンプルに茹でたツルムラサキを和えただけだというのに、この美味しさを与えてくれることに喜んでいる。食べ慣れた味にひと味加えたごまマヨ和えは、少年達の胃袋をがっちりと掴んでいた。
まず、ツルムラサキの食感が良い。太い茎は太さの割に柔らかく、けれど確かな食感を残している。噛めば噛むほどじゅわりと旨味が出てきて、ほんのりとした粘り気が何とも言えず独特だ。刻むとねばねばが強くなるが、この程度ならアクセントとして皆が受け入れられる。
マヨネーズだけだと若干の酸味が存在するが、そこのすりごまが入ることで香ばしさとまろやかさが加わっているのもポイントが高いのだ。マヨネーズだけならば、もう少しあっさりと仕上がっていた気がする。たっぷりと入れたすりごまが、良い仕事をしていた。
「ごまの風味がしっかりしてて、すごく食べ応えというか満足感があるな」
「味がしっかりしているのに食べやすいのも助かります」
「そうだな」
ラジの感想に、ロイリスがにこにこと微笑みながら自分の意見を述べた。小食組に分類されるロイリスとしては、食べやすい料理というのはありがたいのだ。極端な話、味付けがしっかりしていても胃もたれする系統のものは苦手なのである。
その点、マヨネーズには酸味がある。酸味は食材をさっぱりさせてくれるので、食べやすいのだ。ツルムラサキの持つ水分も口の中で濃い味を旨味で包んでマイルドにしてくれるので、それもあるだろう。
ロイリスの隣では、ミルレインがもりもりとツルムラサキのごまマヨ和えを食べていた。今日も鍛錬を頑張った鍛冶士見習いのお嬢さんは、エネルギー補給とばかりに美味しくご飯を食べている。ごまマヨ和えの濃厚な味付けは、彼女の口にも合ったらしい。
マヨネーズを使い、ごまでまろやかさを味に深みを追加するという悠利の考えは、見事に成功していた。濃い味付けがお好みの大食い組も、あんまり味付けが濃いと胃もたれを起こして困ってしまう小食組も、皆が美味しいと言って食べている。大成功だ。
ツルムラサキの持つポテンシャルもさることながら、やはり今日の立て役者はすりごまだろう。すりごまを使うことでマヨネーズ全体にごまの風味がきちんと混ざり、味にコクと深みを与え香ばしい香りで食欲をそそりながらも、優しい味わいに仕上げている。そう、優しさがあるのだ。
ご飯が進む濃い味付けでありながら、食べれば食べるほどにその優しい風味に癒やされるような不思議な力があった。また、そもそもごまは栄養価の高い食材だ。マヨネーズに混ぜることで食べやすくなっているのもポイントが高かった。
「それにしても、マヨネーズとごまって合うんだな」
「マヨネーズは割と色々なものと混ぜて使えるよ」
「……色々?」
「色々」
ラジの質問に、悠利はにこにこと笑って答えた。その言葉に偽りはなかった。確かにマヨネーズは色々な調味料やスパイス、食材と混ぜることで味に変化を付けることが出来るのだから。
今回のようにすりごまを混ぜればごまマヨになるし、叩いた梅干しを混ぜれば梅マヨになる。醤油と混ぜても美味しく仕上がるし、ケチャップと混ぜればオーロラソースが爆誕する。各種スパイスやハーブなどを混ぜて調整することで千変万化するマヨネーズは、無限の可能性を秘めているのだ。
口に出して細かく説明はしないが、色々あるんだよと胸を張る悠利の姿から種類が豊富なことは理解出来たのだろう。ラジは一言、凄いなと呟くのだった。
美味しく出来たツルムラサキのごまマヨ和えは仲間達に好評で、味付けに使える組み合わせが増えたと悠利はご満悦なのでした。
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