水晶鶏の竜田揚げ風
「水晶鶏って、前も作ったアレだろ?何か違うのか?」
「ううん、同じ。味付けが違うだけだよ」
本日の献立を伝えられたウルグスの疑問に、
しかし悠利は、先に味付けをしておけば楽、というスタイルの元、水晶鶏に様々な下味を施して食べてきた経験がある。なので、本日は竜田揚げ風の水晶鶏を作ろうと思ったのだ。
「ふーん。竜田揚げ風ってことはアレだろ?ニンニクとか生姜とか使って味付けしてたやつだよな」
「あ、ウルグスちゃんと覚えてた」
「自分が作った料理ぐらいは覚えてるぞ」
いくら俺でも、とウルグスは付け加える。そこまで記憶力に自信がないウルグスでも、自分が手を動かして作った料理のことは何となく覚えているのだ。ちなみにウルグスが以前作ったのは、長芋の竜田揚げ風である。芋だと侮っていたらご飯が進むおかずに化けたので記憶に残っているのかもしれない。
「で、どの肉を使うんだ?水晶鶏って言うからには、鶏系か?」
「そうしようかと思ったんだけど、安売りしてたので本日はバイパーの肉で作ります」
「それもう鶏じゃねぇだろ」
「バイパーのお肉は鶏のむね肉と似てるから大丈夫、大丈夫」
「お前なぁ……」
物凄くざっくりとしたことを言う悠利に、ウルグスはがっくりと肩を落とした。水晶鶏という名称なのに、使用する肉がバイパー。もうそれは水晶蛇ではなかろうか?と思ったのだ。間違いはないが、何となく字面がとてもアレである。
なお、悠利の言い分としては、そもそも普段からバイパー肉はそういう扱いをしている、ということになる。頼りになる【神の瞳】さんの判定でも、バイパー肉は鶏むね肉に似た食感のお肉です、みたいな扱いなのだ。今まで作ってきた料理もそういう感じでやっているので、今更だった。
それに、料理の呼び方なんてそこまで拘る必要はないのだ。重要なのは、それが美味しく作れるかどうかである。味が美味しければ、水晶鶏と言いながらお肉がバイパー肉だったとしても、仲間達はきっと文句は言わない。悠利にはそういう謎の確信があった。
そんな雑談をしつつも、二人は下拵えの準備に取りかかる。人数分を仕込むとなると、肉を切るのも一苦労だ。バイパー肉は皮がないので皮を剥ぐ作業が存在しないので、少しだけ時短出来る。これが鶏むね肉であった場合は、不要な皮や脂の部分を取る作業が入ってくるので。
肉の大きさは火を入れて縮むことを考慮しつつも、食べやすそうな大きさにする。また、ごろりとした塊に切るのではなく、そぎ切りにして平べったい感じにするのがポイントだ。ゴロゴロとした塊にしてしまうと、中心にまで火が通るのに時間がかかるし、その間に端の方に火が入りすぎてしまう。均等に火を通したい場合はやはり、そぎ切りにするのが良いのだ。
そもそも、数を沢山作るのだから、一つ一つにさくっと火が通るようにするのは大切なことだ。また、そぎ切りにしておくと、片栗粉の衣がぷるんとした部分と、中のしっとりとした肉の部分のバランスが良い感じに仕上がる。どこを食べても同じような食感を楽しめるようになるのだ。
肉料理が大好きなウルグスは、必然的に肉を切るのも上達していた。好きこそ物の上手なれというだろう。好きだから美味しく作りたくて、自然と上達しているのである。なので、悠利と二人で肉を切り分ける作業はサクサクと進んだ。
肉をボウルに入れたら、そこに調味料を投入して下味を付ける。本日は竜田揚げ風にするので、醤油、すりおろした生姜に酒とみりんを入れて揉み込むのだ。分量が多いので調味料も多く、揉み込む作業もそこそこ力が必要だった。
そうして揉み込んだ後、少し味を馴染ませるために時間をおく必要がある。その間に洗い物や他の料理の下拵えを進める二人だった。その辺りの段取りも慣れたもので、ウルグスもテキパキと動いている。
しばらくして肉に味が染みこんだ頃合いで、水晶鶏の調理の最終段階に入る。深めの鍋にたっぷりのお湯を沸かし、片栗粉を入れたボウルを用意する。片栗粉を直接肉の入ったボウルに入れるよりも、フライを作るときのように一つ一つ付けた方が綺麗に仕上がるからだ。
というのも、ボウルの中の肉の量が凄まじいからである。肉が多いということは調味料も多いということで、そうなると必然的に水分が多くなる。そこに片栗粉を綺麗に混ぜるのは難しく、下手をするとダマになってしまうのだ。それゆえの対策であった。
「それじゃ、僕が片栗粉を付けて鍋に入れるから」
「火が通ったら引き上げるのが俺の役目だな」
「うん。よろしくね」
「任せろ」
肉の数が多いので、作業を分担することに決めた悠利達だった。そうすれば、悠利は汚れた手を洗いながら作業を繰り返す必要はないし、ウルグスも手が汚れず作業に集中できる。
ボウルからバイパーの肉を一つ取り出して、悠利は片栗粉の入ったボウルに入れる。全体に満遍なく片栗粉を塗し、余分な粉を落としてから、たっぷりのお湯が沸騰している鍋へと入れる。肉は、とぷんとお湯の中に沈んだ。
まずは味見用の一つを作るのが目的なので、それ以上は肉を追加することなく、二人は鍋をじぃっと見ていた。しばらくすると、沈んでいた肉がぷかりと浮かぶ。片栗粉を塗した表面はつやつやぷるぷるしている。基本的に浮かんできたら火が通ったと考えて良いので、ウルグスは肉を小皿に引き上げる。
引き上げたその肉を半分に切って、ウルグスは悠利の口へと運んだ。……手が汚れているので、食べさせてやろうという優しさである。その優しさをありがたく受け取って、悠利は息を吹きかけて肉を冷ましてからぱくりと食べた。
悠利が食べたのを確認して、ウルグスも残り半分の水晶鶏を口へと運ぶ。ぷるぷるとした表面の食感と、しっかりと存在感を出す肉の食感の違いが楽しい。噛めば噛むほどに旨味が広がり、何より片栗粉で閉じ込められていたおかげで竜田揚げ風の下味がしっかりと残っている。
醤油の風味と生姜のさっぱりさが良い調和をしており、肉の旨味を包み込んで口の中に広がる。しっかりと味付けがされているので、これ以上何かを必要とはしない。実に食べやすい仕上がりだった。
「ん、良い感じだと思う」
「結構生姜効いてるな」
「ダメ?」
「いや。肉がさっぱりする気もするし、良いんじゃねぇかな」
肉食に分類されるウルグスに太鼓判を貰ったので、悠利は一安心した。そうとなれば、残りの肉を仕上げるのが彼らの仕事だ。
「それじゃウルグス、僕は順番にお肉を入れるから、今の間に氷水の準備もよろしく」
「任された」
水晶鶏は、茹でた後に氷水で絞めるとより一層食感がよくなるのだ。今は味見のためにそのまま食べたが、皆に出す分は氷水できっちり冷やして美味しく仕上げようということである。……あと、冷たい料理なので先に大量に作れるのが利点であった。
そんなこんなで夕食の時間になった。水晶鶏自体は食べたことがある仲間達だが、今回はバイパーの肉を使っていると聞いてどう違うのか気になるという雰囲気だった。しかしそれも、一口食べてみたら美味しいという結論で終わった。
以前食べた水晶鶏は、シンプルに塩胡椒の下味だけのものと、オーロラソースをかけたものだ。今回のはそのどちらとも違う、竜田揚げ風。ひんやりとして美味しい上に脂の少ない部位で作る水晶鶏に、生姜の風味が良く利いていて食べやすさに磨きがかかっている。また、下味がしっかりとしているので、どこを食べてもちゃんと味がするのもポイントだろう。
「美味しいー!」
満面の笑みを浮かべてもりもりと竜田揚げ風水晶鶏(肉はバイパー)を食べているのは、レレイだった。猫舌のお嬢さんにとって、冷たくて美味しいお肉なんてものは最高のご馳走に違いない。とても嬉しそうだ。
なお、レレイと同じテーブルには、毎度お馴染みブレーキ担当のクーレッシュと、食事量の調整という名目でヘルミーネとイレイシアが座っている。お馴染みの訓練生組だ。レレイ一人で、ヘルミーネとイレイシアが食べない分も平らげるという計算であった。
実際今も、お肉を頬張りながらご飯をかっ込んでいる。……そう、かっ込む、である。丼を豪快に食べるようなご飯の頬張り方だった。そしてそれがまた、違和感なく似合ってしまうのがレレイなのである。
……おかしい。彼女は確かに成人女性のはずだというのに、どう考えてもお子様組に分類されるような印象だ。今更だが。
口の中に肉と米を一緒に詰め込んでいるレレイだが、実はそれがとても美味しい調和を生み出していた。今日の水晶鶏は竜田揚げ風というだけあって、しっかりと味が付いている。醤油と生姜の風味が生きていて、肉の旨味と相乗効果で食欲をそそる。そして、その旨味を全て米が受け止めるのだ。
噛めば噛むほどに、ご飯に肉の旨味が染みこむ。肉だけ食べても美味しいが、ご飯と食べることで満足感が段違いだった。じゅわりと広がる美味しさは、次から次へとお代わりしたくなる魅力を持ってレレイを誘っていた。
「……いつものことだけど、冷たいお肉だとレレイの反応速度が異常なのよ……」
「分かりきってたことだろ、ヘルミーネ」
「それはそうだけど……」
はぁ、と溜息をつくヘルミーネ。別にレレイが美味しく食べているのに文句はない。ただちょっと、目の前であまりにも豪快に食べているのを見ると、胃もたれしそうになるだけだ。
ちなみに、レレイと争奪戦を繰り広げるのは面倒だと思ったクーレッシュによって、食べ始める前に大皿の水晶鶏は分配されていた。小皿を余分に用意することで、他三人が欲しいだけあらかじめ取るというスタイルにしたのだ。安全のために。
こうすることで、レレイは気兼ねなく食べることが出来るし、他三人はレレイの食べる隙を縫って自分の分を確保するという作業に入る必要がなくなる。お互いに良いことずくめだ。
「前に食べたのも美味しかったけど、これもすっごく美味しいわね。私、生姜の風味が好きかも」
「醤油の味も利いてるから、味もしっかりしてるもんな」
「わたくしは、このぷるぷるとした食感も好きですわ」
「あ、解るー。何かいつものお肉と違う感じがするもんね」
「はい」
イレイシアの台詞に、ヘルミーネは満面の笑みで同意した。食べ慣れたバイパーの肉だというのに、片栗粉を表面に塗して茹でたことでぷるんぷるんに仕上がっており、食感が楽しいのだ。また、衣が味と旨味を閉じ込めているので、満足感がある。
ヘルミーネもイレイシアもそれほど肉を好むわけではないが、さっぱりとした味わいのバイパーの肉は食べやすくて好きだった。そこに、生姜の風味が肉を更に食べやすくしてくれている。冷たい肉というのも、暑さにヘトヘトになった身体にはありがたかった。
そんな風に思っているのは彼らだけではないようで、他の仲間達もわいわいと会話を楽しみながら水晶鶏の竜田揚げ風を堪能している。大食い組には味の濃さが受け、小食組には生姜のさっぱり感が受けているのだ。
「それにしても、同じ水晶鶏という料理でもここまで味の違いを出すとは、流石はユーリと言うべきであろうなぁ……」
しみじみと呟いたのはヤクモだった。彼が食べたことがあるのはオーロラソースを付けたものだけだが、それと比較しても今回の水晶鶏は味が全然違った。同じ料理とは思えない。
何せ、味付け一つで印象ががらりと変わる。オーロラソースで食べたときは、シンプルに塩胡椒の薄味が下味についているだけのものが、ソース一つでここまで濃厚な味わいになるのかと思った。そして今回は、醤油と生姜の風味がぐぐっと肉の旨味を引き出すようになっている。
「ユーリが凄いのか、ユーリの故郷が凄いのか……」
「後者の可能性もあるな。以前、ユーリの故郷の人々は食事に対するこだわりが強いと言っていた」
「「……なるほど」」
リヒトの疑問に答える形でフラウが口にした言葉に、リヒトとヤクモは真面目な顔で呟いた。説得力がありすぎるどころではない。そういうお国柄だから、あんな風な人間が誕生したと言われても、ちょっと納得が出来た。
今食べている水晶鶏だけではない。悠利は、同じ料理でも複数の味付けを展開することが多い。当人は色々食べられて美味しいからぐらいの緩さだが、その発想がそもそも食に貪欲と言われても当然なのだ。
なお、日本人は諸外国に比べて食事に対するこだわりが強いのではないか、という意見はある。献立は被らないように考える。海外の料理でも自国民の口に合わせてアレンジして楽しむ。テレビ番組にも食を扱ったものが大変多い。日本にいると普通のそれらは、もしかしたら国民性なのかもしれない。
まぁ、そんな小難しい話はさておき、悠利のそういった性質は仲間達に概ね好意的に受け入れられている。というのも、そうやって供される料理は彼らの味覚にも合うからだ。
「ふむ。我は以前のオーロラソースのものより、こちらの方が好みであるな」
「俺もこっちが良いかな。ライスが進む感じがするし」
「私はオーロラソースのものも好きですよ。あのほんのりと甘い味わいが優しいですし」
男二人の言葉に、ティファーナが柔らかく微笑みながら告げた。生姜の風味が利いた今日の水晶鶏も美味しいが、オーロラソースで食べたものも確かに美味しかったので。
箸で摘まむと片栗粉の衣がぷるぷると揺れる。氷水で冷やされて引き締まっているように見えて、衣のおかげで中の肉は柔らかいままだ。食感の違いを楽しみながら食べられる水晶鶏は、つるりとした表面のおかげで喉ごしも良かった。
「水晶鶏はこの食感が楽しいですよね。食べやすいですし」
「あぁ。普通の茹でた肉とはまた違うな」
「中のお肉が柔らかいのも嬉しいです」
うふふと楽しそうに会話する女性二人の傍らで、男二人は黙々と食事を続けていた。このテーブルは大人しかいないので、肉を取り合うこともない。互いに譲り合いつつ、それぞれの食欲に合わせた食事をしているのだった。
賑やかなのはやはり、同年代が集う見習い組のテーブルだろうか。いつも通りの騒々しいやりとりをしつつ、皆で水晶鶏を取り合っている。……まぁ、怒られない程度の騒々しさなので、多分セーフだ。
「ちょっ、ウルグス食べ過ぎ!オイラ達の分!」
「そーだそーだ!ウルグスは口がでかいんだから、ちょっと遠慮しろー!」
「お前らだって普通に食ってるじゃねぇか!」
育ち盛りの少年達が集えばこんな騒動もいつものことだ。ぎゃーぎゃー言い合いながら、大皿の水晶鶏を奪い合う姿はいっそ微笑ましい。なお、口ほどに険悪にはなっていないのも、いつも通りと言えるだろう。
一番大食いのウルグスは一口が大きく、ばくばくと食べてしまうのだ。そのため、大皿の中身が減るー!みたいな感じでヤックとカミールが反応しているのである。ウルグスほど食べないとはいえ、彼らだってお肉が大好きな育ち盛りなのだから。
……なお、騒ぐ三人に我関せずと言いたげに黙々と食事を続けているマグは、皆の死角から素早く肉を自分の皿へと運んで食べている。元々気配を消すのが得意なマグは、こういうときの立ち回りも上手だった。
ただ、水晶鶏は出汁を使った料理ではないので、マグもそこまで食いついているわけではない。独り占めするような暴走はしないし、いつもの食欲と言った感じで食べているだけだ。おかげで三人にも余裕があるのだが。
ぱくり、とマグは水晶鶏を口へと運ぶ。ぷるぷる食感を楽しみながら、その味を堪能するようにしっかりと咀嚼する。バイパーの肉はお馴染みの食べ慣れたものだが、調理法が変わると気分も変わる。まるで知らない肉のようで、もぐもぐと食べるマグの機嫌も良かった。
目の前の喧しい仲間達が我先にと争っている隙に、自分が食べる分はしっかりと確保する。何だかんだで抜け目のないマグは、静かにしているときの方が油断できないという事実を忘れてはいけないのだ。
とはいえ、独り占めになるようなことにはしない。そこら辺の匙加減も見事だった。三人に気付かれて怒られない程度に調整して、食事を楽しんでいる。慣れたものであった。
味付けを変えた水晶鶏は皆に好評で、沢山作った分は全て綺麗に平らげられたのでした。
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