魚介たっぷり海鮮カレー

 カレーは色々な可能性がある料理である。少なくとも、悠利ゆうりはそう思っている。

 スパイスの組み合わせで作るカレーは、それだけで多種多様な味を楽しむことが出来るだろう。国によって趣が異なり、無数のスパイスの組み合わせで自前のカレーを作る者達は多い。

 ただ、そんな難しいことが出来ずとも、市販のルーを使うだけでも色々と出来る。単純に、具材を変えるだけでカレーの味わいも雰囲気もごろっと変わるからだ。使う肉を変えるのもよし、そもそも具材として投入している野菜をアレンジするもよし。簡単なやり方でもカレーは千変万化するのだ。

 ……そんなわけで悠利は本日、いつもと趣を変えたカレーを作ろうと決意していた。


「と、いうわけで、本日のカレーは海鮮カレーです」

「何が『と、いうわけで』なのかをきっちり説明してから言ってほしい」

「良い感じの魚介類が手に入りました!」

「納得した!」


 満面の笑みを浮かべる悠利の言い分に、カミールは大きく頷いた。何で突然海鮮カレーだなんて言い出したのかが、とてもとてもよく解る理由だった。材料が手に入ったからという理由は、誰かが食べたがっていたからという理由と並んで、メニュー決定の定番なのだ。

 悠利の言葉を証明するように、台所の作業台の上にはずららと魚介類が並んでいた。正確に言えば、魚介類の介の部分だろうか。エビ、イカ、ホタテ、アサリがどどんと存在を主張している。

 なお、エビは頭を取った殻付きの状態だが、イカ、ホタテ、アサリに関しては使いやすいように加工された状態だった。端的に言えば、イカは身の部分と足の部分に分けて捌かれており、ホタテとアサリは殻から外して軽く火を通してあった。親切だ。


「エビはともかく、この辺ってこの状態で売ってたのか?」

「あー、それね、かさばるからこういう形態で運んで売ってるってお店の人が言ってた。僕は助かるけど」

「じゃあ何でエビだけ殻付きのまんまなんだよ」

「エビは殻付きの方が需要があるんだって」

「マジか……」


 少なくとも、悠利が購入した店のおじさんはそう言っていたのだから、そうなのだろう。エビに関しては、恐らく尻尾を残すか残さないかとか、殻付きのまま火を入れた方が良いとか色々とあるのだろう。多分。


「海鮮カレーってことは、この辺だけ入れて作るのか?他の具材は?」

「タマネギは入れるよ」

「……タマネギだけなのか?人参とかジャガイモとかは?」

「今日は入れない」

「ふーん」


 カレーで定番の具材を口にされて、悠利は爽やかな笑顔でばっさり切り捨てた。ただしカミールも、今まで色々なカレーを食べてきたので、そういうこともあるかぐらいの反応だった。慣れである。

 タマネギは入れると言われたので、カミールは冷蔵庫からタマネギを取り出してくる。何はともあれタマネギの準備が必要だと思ったのだろう。間違っていない。お家で美味しくカレーを作るコツは、タマネギをじっくりじっくり炒めることなので。


「タマネギしか入れないってことは、いつもより多め?」

「んー、そこまでじゃなくて良いよ。海鮮から旨味も出るし」

「了解」


 悠利の説明を聞いて、カミールは慣れた手付きでタマネギを切り始める。皮を剥くのも、芯を取るのも、その後にカレーに適した大きさに切るのも、お手の物だ。何だかんだで悠利と料理をするようになって、腕前がきちんと上がっている。

 タマネギをカミールに任せて、悠利は海鮮の準備に取りかかる。ホタテとアサリはそのまま使えるが、イカは食べやすい大きさに切る必要があるからだ。火を入れたら縮むことも考慮して、けれど大きすぎると噛みきれないのでその辺りも考えながら切っていく。

 イカを切る作業が終わったら、次はエビの殻剥きだ。今回は尻尾はいらないので、尻尾まで全部べりべりっと剥いてしまう。作業自体は簡単だが、いかんせん数が多い。タマネギを頑張って切っているカミールの傍らで、悠利はせっせとエビの殻剥きに勤しんだ。

 タマネギを切り終えたカミールは、大鍋にタマネギを入れ、オリーブオイルを回しかける。そして、蓋をして弱火で火にかける。つきっきりで炒めても良いのだが、悠利がエビの殻剥きを頑張っているので蓋を閉めて蒸し焼きにする方を選んだのだ。

 オリーブオイルをしっかり入れて、焦げないように弱火にしておくことで、蓋をして放置でタマネギが良い感じに仕上がるのだ。飴色タマネギになるまでやるのは大変だが、出来る限り弱火でじっくりと火を通してしんなりさせたタマネギで作るカレーは美味しいので、これは大事な手順である。


「ユーリ、殻剥き手伝う」

「ありがとう。今回は尻尾もいらないから全部剥いちゃって」

「了解。それなら楽で良いな」

「確かに」


 カミールの言葉に、悠利は楽しそうに笑った。尻尾を綺麗に残そうと思うと、その辺りに気をつけながらやらなければいけないのでちょっぴり大変なのだ。しかし今回はむきエビ状態にするのが目的なので、深く考えずに全部の殻を剥いてしまえば良いので楽だった。

 二人がかりでせっせとエビの殻剥きをして、剥き終わったら次は背わたを取る作業である。ちまちまとした作業だが、これをやっておくと仕上がりが美味しくなるので手は抜けない。美味しいご飯のためならば、ちょっとぐらい面倒くさいのも頑張れるのだ。

 カミールは手先も器用なので、背わたを取り除くのもお手の物だ。というか、彼はわりと何でも器用にこなす。当人は器用貧乏などと言うが、器用なのは良いことだと悠利は思っている。

 そうやって二人で頑張った結果、ぷりぷりとしたエビの下準備が完了した。これで、今日のカレーのメイン具材である魚介類の支度が調った。


「で、これどうすんの?いつもみたいに鍋にぶち込む感じ?」

「ううん。その前に下拵えが必要です」

「あ、そうなんだ」

「この一手間でぐっと美味しくなります」

「いつものやつだ」

「いつものやつです」


 悠利の言葉に、カミールは笑った。悠利が作る料理には、そういうのが多い。庶民ご飯だからこそ、ちょっと一手間を頑張ることで美味しく仕上がるのだ、みたいな感じである。


「それで、今日の一手間は?」

「魚介類を酒蒸しします」

「……何で?」


 これからカレーに使うのに、何で先に酒蒸しにするのか解らないと言いたげなカミール。しかし一応悠利にはちゃんと理由があるのだ。


「ざっくり言うと、臭み取りだよ。酒蒸しにすることで、魚介類の臭みを抑えることが出来るから、仕上がりがぐっと食べやすくなるの」

「臭みってあったっけ?」

「どうしてもちょっとはあるんだよ。それを抑えます」

「なるほどなー」


 そう説明すると、悠利はフライパンを取り出した。大きく深めのフライパンに、ざざーっと下拵えの終わった魚介類を入れる。そして、全体にぐるっと回しかけるようにお酒、……本日はちょっと奮発して白ワインを入れた。


「え、それワインじゃん」

「白ワインで風味付けしようかなって」

「使って良かったのか?」

「使われたくないお酒はそういう場所に片付けてあるから大丈夫」

「なるほど」


 心配そうなカミールに悠利は満面の笑みで答えた。そう、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の台所にはお酒がいっぱい置いてある。誰かが買ってきたものだったり、お礼の品や報酬などで貰ったものだ。そして、あまりに数が多いので、料理に使っても許されるのである。

 なお、悠利は未成年なので酒の善し悪しや皆の好みなど解らない。そのため、料理に使われたら困るような大事なお酒や、個人が買ってきたお酒などはそういうゾーンに片付けられている。それ以外は使っても良いということなので、有効活用させてもらっている悠利なのである。

 さて、そんなわけで白ワインをかけた魚介類入りのフライパンに火を入れる。蓋をするのを忘れずに。火が強すぎると焦げてしまうのでそこは注意が必要だ。ただし、酒が沸騰するぐらいの火力は必要である。

 しばらくして火が入って酒蒸しが出来たことを確認すると、火を止めてそのまま置いておく。その間に、カレーの準備をするのだ。


「タマネギどんな感じかな?」

「大分しなっとしてきた」

「透明になってるね」

「おう」

「それじゃ、水入れてルー入れようか」

「了解」


 オリーブオイルをかけて蓋をして火にかけていたタマネギは、透明になっていた。弱火でじっくり火を入れたので、変な焦げも出来ていない。くるくると全体を混ぜて満遍なく火が通っていることを確認したら、水を入れる。

 後ほど魚介類を追加することも考えての水の量だ。沸いてきたらそこに、顆粒の鶏ガラ、すりおろしたニンニクを加える。……ニンニクは水を入れる前に加えても良いのだが、うっかり火加減を間違えると焦げてしまうので、今日は水を入れてから入れることにしたのだ。

 そして鍋の中身が沸騰してきたら、そこにカレールーを入れて味を調整する。……なお、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で食べられているカレーは中辛だ。子供組は少々辛いと思うこともあるようだが、それでも別に甘口でなくとも食べられるので間を取って中辛である。


「ちなみに海鮮カレーって、カレールーの量とかどんな感じ?」

「別にいつもと同じ感じで良いよ。具材が海鮮なだけだから」

「そっか。……ところでユーリ」

「何?」

「温玉作ったりしない?」

「……へ?」


 きょとんとする悠利に、カミールはあのさ、と少しだけ視線を逸らして言葉を続けた。……その耳は少し赤く染まっていて、何やら照れているようにも見える。


「アロールとかロイリスは辛いのあんまり得意じゃないだろ?……で、温玉乗せて食べるとマシだって言ってたからさ……」

「……」

「……な、なんだよ」

「ううん。良い考えだと思うよ。お湯沸かすから卵の準備お願い」

「はいよ」


 にこにこ笑う悠利に、カミールはわざとらしく大きな動きで冷蔵庫へと向かう。その背中を見て、悠利は優しいなぁと小さく呟いた。面と向かって告げたら、多分色々とお年頃なカミールはそんなんじゃないと言い出しただろう。どう考えても優しいのだけれど。

 まぁ、温泉玉子はお湯に入れて置いておくだけなので、特に作る手間もない。カミールが準備をしている間に、悠利はカレーの味を確認する。味の濃さと、とろみ具合を確認するのは大事だ。

 そうして少し火を入れたら、そこに先ほど作った魚介類の酒蒸しを入れる。……フライパンに残っている水分も全部一緒に入れるのは、そこに魚介の旨味がぎゅっと濃縮されているからに他ならない。火を入れたことでアルコールは多少飛んでいるが、それでもふわりと白ワインの香りがした。


「あ、鍋に酒蒸し入れたんだ」

「うん。あ、水分も一緒に入れたから、覚えておいてね」

「了解。でも何で?」

「旨味が勿体ないよね」

「……あー、なるほど」


 大真面目な顔をする悠利に、カミールは頷いた。悠利はちょこちょこ旨味について語る。出汁が料理にとっていかに大切か、旨味一つで味わいがどう変わるかを身に染みて理解しているからだ。

 カミールにはそこまで拘る理由はよく解らないけれど、それでも悠利の言う通りにすれば美味しくなるのだと思えばふむふむと話を聞くのだ。そう、美味しいは正義だ。どうせご飯を作るなら、美味しく作って食べたいのは当然の感情である。


「ちょっと煮込んで魚介の味が全体に混ざったら味見しようね」

「おう」

「わぁ、良いお返事」


 あははと笑う悠利に、笑うなよとカミールは唇を尖らせた。カレーはスパイスたっぷりの料理なので、匂いが強烈なのだ。カレールーを鍋に入れた瞬間から、ぶわっと広がる空腹を刺激するその香りに抗うのは難しいのである。

 一度沸騰させ、しっかりと全体をかき混ぜてから火を少し弱める。ことことと煮込んで味が馴染んだ頃合いに、いざ味見である。小皿にカレールーを掬って味を見る。……なお、あくまで味見なので具材には手を出さない。それを始めるとキリがないので。

 ぺろりと舐めた海鮮カレーの味は、スパイシーながら魚介の旨味が感じられていつもよりちょっぴりまろやかな感じがした。それに何より、肉を入れていないのであっさりしている。肉を入れるとどうしても肉の脂がルーに混ざり、それがコクとなって美味しいのだが、同時に食べたときの重さにもなる。

 早い話が、食が細めの面々には後々その動物性の油脂がどんとお腹に溜まるのだ。それに比べると、魚介の旨味でコクはあるものの、全体の味わいはさっぱりと仕上がっていた。白ワイン効果なのかまろやかさすら感じるのである。


「魚介だけで野菜もタマネギだけって言うからどんな感じかと思ったけど、何かこう、すっげー味に深みがあるな!」

「ニンニクを入れたのと、やっぱり魚介の旨味がぎゅぎゅっと詰まってるからだと僕は思うんだよねぇ」

「あと何か、肉のカレーよりするっと食べられる気がするな」


 カミールは育ち盛りの少年らしくお肉も大好きだが、同時に年齢相応、見た目相応の食欲しか持ち合わせていないので、こういう反応も出てくるのだ。これがウルグスだったら、美味しいけど肉のカレーよりは物足りないという感想になるかもしれない。彼は大食いで肉食なので。


「それじゃ、これで味は大丈夫ってことで良い?」

「問題なし!ライス多めに用意しようぜ。レレイさん絶対食いまくるし」

「まぁ、レレイだけじゃないよねー。カレーのときは妙にライスの減りが早い……」

「何かライスが進むんだよ、カレー」

「知ってる」


 カミールの言葉に、悠利は色々と噛みしめるように呟いた。日本にいた頃もカレーはご飯泥棒だったが、異世界でもそれは変わらなかった。パンと食べるカレーも美味しいが、カレーライスの方が人気になっているのが《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の実情である。


 身体が資本の冒険者。食べ盛りの若者集団。そんな彼らの食欲を増進しまくるカレーの日は、白米がなくならないようにといつもより多めに準備するのでした。大事なことです。




 そして、楽しい楽しい夕飯の時間がやってきた。食堂から漂うカレーの匂いに誘われて集まった仲間達は、たっぷりの魚介の入った海鮮カレーを美味しそうに食べている。

 大食い組はどちらかというと肉食に分類されるのだが、そこは流石はカレーであった。肉はなくともたっぷりの魚介の旨味と、スパイスの香ばしさが食欲をそそってお代わりが進む。カレーならば肉がなくても良いが証明されている。

 そんな中、顔をキラキラと輝かせて海鮮カレーを食べている少女がいた。人魚の美少女、イレイシアである。


「美味しい?」

「えぇ、とても、とても美味しいですわ、ユーリ。海の味がしますもの」

「美味しそうな魚介類が手に入ったから、もう絶対良い旨味が出ると思ったんだよね~」


 にこにこと笑う悠利に、イレイシアは幸せを詰め込んだような笑顔を向ける。人魚は海で生まれ育ち、海のものを食べて生きている。そのため彼女は魚介類が大好きなのだ。その大好きな海の幸の旨味がたっぷりの海鮮カレーを、彼女が喜ばないわけがなかった。

 今も、スプーンを口に運んで美味しそうに食べている。エビは丸ごと入っているので少し大振りだが、それがプリプリ食感を楽しめるようになっている。イカは食べやすいように小ぶりに切ってあるので、その弾力を感じながらも噛みやすい。ホタテは立派な貝柱がほろほろと口の中でほぐれ、アサリは小さいながら噛めば噛むほどに旨味が広がる。海の幸の美味しさがぶわりと広がるのだ。

 そしてそれらを包み込む、カレーのスパイシーさが何とも言えない。どんな具材でも迎え入れ、一緒にカレーとして美味しくなろうぜ!みたいなパワーを持つのは流石はカレーということだろうか。

 また、まろやかさを追加するための温泉玉子も良い仕事をしていた。とろっとした仕上がりの温泉玉子は、スプーンで割ると黄身が液体のように流れる。その黄色をカレーと絡めて口へと運ぶと、スパイスの刺激が和らいで実に食べやすいのだ。


「それにしても、カレーは何でも美味しくなりますのね」

「何でも、ってわけではないとは思うけど、割と色々とアレンジが出来ると思うよ」

「色々と食べていますけど、今日は特に海の幸の味が染みこんでいて美味しいですわ」

「お口に合って何よりです」


 普段小食のイレイシアが嬉々として食べてくれるので、悠利としても嬉しく思うのだ。トッピングでちょっと海鮮を用意したことはあるが、こんな風にがっつりと海鮮が入ったものは初めてだった。

 勿論、悠利も美味しく食べている。丸ごと入れたエビは食べ応え抜群で、噛むとぷりぷりしているし、旨味がじゅわりと広がる。カレーの中に入っているのだからカレーに負けているかと思いきや、内側に秘めた旨味はそのままだった。

 そこでふと悠利は、アロールとロイリスに視線を向けた。辛いのがちょっぴり苦手な二人がどうしているか気になったのだ。彼らのためにとカミールが準備した温泉玉子(勿論カミールはそんなことは口にしていない)がどう受け止められているか気になったからだ。

 視線の先では、アロールとロイリスが、同席のミルレインとフラウと共に楽しそうに食事をしている。全員の器に温泉玉子が入っていて、とろりとした黄身と白身をカレーの上に広げていた。

 温泉玉子ごと海鮮カレーを口に運んで、ゆっくりと味わうようにして食べる。縦に裂けるホタテは噛めばほろほろとほぐれて、その繊維がカレーと絡まって旨味を主張する。白米とカレーの相性は問題なく、そこに加わる海鮮の旨味がスプーンを進ませる。


「温泉玉子があると、まろやかになって食べやすいですね」

「そうだね」


 隣に座るアロールにロイリスが微笑みながら告げれば、彼女もその言葉に同意した。とろりと全体に絡む柔らかな温泉玉子がスパイスの辛みをマイルドにしてくれる。そのおかげで食べやすいのは事実だ。


「それに、今日のは肉じゃないから食べやすいよ」

「あ、解ります。お肉のカレーも美味しいですけど、あんまり沢山は食べられませんもんね」

「うん」


 小食コンビが微笑ましい会話をしている向かいでは、ミルレインがもりもりとカレーを食べていた。ミルレインは十六歳の少女だが、鍛冶士という体力を消費する仕事柄もあって、それなりに食べる。成長期の運動部の少女の食欲というイメージだろうか。大食い組に入るほどではないけれど。

 今日も元気に身体を動かしてきたのだろう。スプーンに山盛りにしたカレーを口へ運んで頬張る姿は、見ていて清々しいほどだ。健康的によく食べるという印象の食べっぷりは、見ているものの食欲をそそる。

 ……これが度を超えた大食いとかになると、見ているだけでちょっぴり胸焼けしてしまうのだ。そういう意味では、ミルレインの食べっぷりは周囲に良い影響を与える感じのものだと言える。


「ミリーは今日もよく食べるな」

「食べないと持たないんで」

「暑い季節は特に大変そうだな」

「そうなんですよ……」


 フラウの言葉に、ミルレインははぁと大きな溜息をついた。鍛冶は火を使う。ただでさえ暑い夏場に火の前で作業をするのはなかなかに大変だ。汗が大量に流れ、体力を消耗する。だからこそ、しっかりと食べなければいけないのだが。

 そこでフラウはチラリと視線を小食コンビに向ける。今の会話の流れで何故自分達に視線が向くのかと言いたげな二人だった。


「いや、今日はよく食べていると思っただけだ。この季節は食が細い者の体力が心配になるのでな」

「そういうことだったんですね。ご心配ありがとうございます」

「別に、どこぞのバカと違うから、必要な分の食事は取るよ」

「「アロール……」」


 淡々としたアロールの発言に、ロイリスとミルレインは微妙な顔をした。思っていても言わないでおこうよ、みたいな空気が出ている。しかしそこでズバッと言ってしまうからアロールなのかもしれない。

 ちなみに彼女が口にしたどこぞのバカは、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で座学の指導以外は反面教師として扱ってよいという認識をされているジェイクのことだ。あの学者先生は体力がない上に食が細い。だというのにうっかり日常生活で遭難しかけるのだ。

 端的に言えば、読書や研究にのめり込むと寝食を忘れるタイプということになる。ただでさえ体力の削られる真夏にそんなことをしたら倒れるに決まっているのだが、当人は全然学習しないのだ。

 それがあまりにも普通の光景で、皆の共通認識であったがために、フラウはアロールの発言を咎めなかった。代わりのように口にした言葉がある。


「そうやって食べられる間は問題ないがな。調子が悪くて食欲が落ちるとかになったら、きちんと周りに伝えるように」

「解ってるよ」

「ロイリスとミリーもだぞ?」

「「はい」」


 決して無理をするんじゃないぞという年長者からのありがたいお言葉に、三人は素直に返事をする。言われた内容は確かにと納得できるので。

 そんな彼らの視界の端で、いそいそとお代わりのために席を立つイレイシアの姿が見えた。普段はお代わりなんてしない食の細いお嬢さんの行動に、彼らはちょっと驚いた。


「イレイスがお代わりするの珍しいよね」

「珍しいっつーか、ほぼないとアタイは思いますけど」

「そうだと思います。普段のイレイスさんは僕と変わらない食欲ですし」


 ぼそぼそと会話をする子供三人。別にお代わりをするのが悪いわけではない。ただちょっと、珍しいなと思っただけだ。


「それだけこの海鮮カレーが気に入ったということなんじゃないか?海の幸がたっぷりだしな」

「それは確かに。イレイス、魚介類には結構食いつくもんね」


 フラウの発言をアロールが軽く補足する。ロイリスとミルレインにも異論はなかった。新鮮なお魚や立派な貝類などを目にしたとき、イレイシアは普段は見せないぐらいに大喜びして美味しそうに食事をするので。

 カレーでも該当するんだ、と彼らは思った。海鮮の旨味はたっぷり詰まっているが、カレーはスパイスの利いたなかなかパワーのある料理である。小食のお嬢さんがそれをお代わりしているのだから、好きなもの、美味しいものの力は凄いなと思うのだった。




 魚介の旨味がたっぷり詰まった海鮮カレーは仲間達の胃袋をきっちりと満たし、綺麗に全て完食されたのでした。カレーの可能性は無限大です。



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