長芋と鮭のとろとろコロッケ
ワーキャットの里へ出かけたときにお土産で貰った塩鮭。大きな大きな塩鮭で頂いたので、まだ残っている。今日はそれを使って夕飯のおかずを作ろうと
「今日のメインはこの塩鮭を使ってコロッケにしようか」
「塩鮭を使ったコロッケってオイラ想像が出来ないんだけど」
「塩鮭と長芋でコロッケにします。美味しいよ」
「ユーリがそう言うなら!」
何をどうしたら塩鮭と長芋でコロッケになるのかヤックにはさっぱり解らなかったが、悠利への信頼が不安を消し飛ばした。悠利が美味しいという料理は自分達にとっても美味しいと言うことをヤックは知っている。今までの経験がそう物語っているのだ。
メニューが決まれば準備に取りかかる必要がある。塩鮭と長芋で作るコロッケなので、まずはその二つの下拵えが必要だった。
「最初にこの塩鮭を焼こうね」
「大きいから切り分けないとダメだよね」
「そうだね。でもそのまま食べるわけじゃないから、大きさを揃えようとか考えなくて良いよ」
「それは楽かも」
一人一切れ食べるという場合は大きさを考えて切らなければいけないが、今回はそうではないので焼きやすいサイズに切れば良いだけだ。慣れた手付きで塩鮭を切り分けると、グリルに放り込んでスイッチを入れる。
「焼けたら身を解すんだけど、それまでの間に長芋の準備をしようね」
「えーっと、長芋の皮むきは確か、皮剥き器だよね」
「そう。その方が楽だからね」
他の野菜ならば包丁で皮剥きをするのだが、長芋は皮剥き器でやるのが悠利流である。表面の汚れを水で洗いながらしたら、持ちやすい大きさに切って皮剥き器で皮を剥く。ショリショリと細長く皮が剥けていく様はちょっと面白い。
「長芋はすりおろす分と粗みじんに切る分と必要だから、頑張って皮を剥いてね」
「あ、すりおろすんだ。オイラてっきり、火を通して潰すのかと思った」
「んー、そういうやり方もあるんだけど、今日はすりおろす方向で」
「解ったー」
長芋でコロッケを作る方法など知らないヤックは、悠利の言葉に素直に頷いた。ただ、ジャガイモでコロッケを作るときは火を通したジャガイモを潰して作っていたので、長芋もそうするのかと思ったのだ。
勿論、そういう作り方をする長芋のコロッケもある。長芋に限らず、サツマイモ、カボチャ、里芋などもジャガイモのように火を通して潰す方法でコロッケにするレシピが多い。悠利もそうやって作っている。
ただ、今日作ろうと思っている塩鮭と長芋のコロッケだけは、ちょっと作り方を変えているのだ。そうすることで食感が変わり、火を通して潰した長芋を使って作る場合ともまた違う美味しさが味わえるのである。
長芋の皮を剥き終えたら、すりおろす役と粗みじんを作る役に分かれる。これは、各々の向き不向きを考えて、すりおろすのがヤック、粗みじんを作るのが悠利で落ち着いた。
悠利は料理
役割分担、適材適所を理解している二人は、せっせと自分の成すべきことに向き合った。
悠利は長芋をまずスライスして、それを千切りにし、最後にざくざくとほどよい大きさに切ることで粗みじんを作る。この粗みじんにしておくのがポイントで、食べたときに食感を楽しめるのだ。
ヤックはボウルの中におろし金を入れて、長芋をすりおろしていく。ぬるぬると滑るので、怪我をしないように注意が必要だ。長芋をすりおろすのはそこまで力はいらないので、無理に力を込める必要はない。むしろ、手元が滑って長芋を手放さないようにする方が重要だ。
それぞれの仕事が終わったら、すりおろした長芋の入ったボウルに粗みじんにした長芋を入れる。一先ず全体をざっくりと混ぜた後、乾燥しないように濡れ布巾を被して置いておく。
その間に、次の準備だ。
「では、この良い感じに焼けた塩鮭を解していきます」
「了解ー」
「火傷しないように気をつけるのと、小骨に気をつけてね。骨は全部避けておきたいから」
「うん、解ってるよ。食べるときに危ないもんね」
悠利の言葉に、ヤックは任せてと真っ直ぐな瞳で頷いた。そう、これがとても重要なことだった。彼らはこれからこの塩鮭をコロッケに作り替えるのだ。小骨がうっかり交ざっていたら、がぶっと食べたときに口の中に刺さってしまうかもしれない。とても危険なのである。
箸を使ってせっせと焼けた塩鮭を解す悠利とヤック。ここでも悠利の方がアドバンテージを発揮しているのだが、ソレは別に
薄ピンクの綺麗な塩鮭は、ほかほかと湯気を出していた。指で触るとまだ熱々なので、箸を使いながら解しているのだ。注意深く小骨の有無を確認しながら、二人はせっせと作業を続けた。
使用する塩鮭はそれなりの量だが、二人でやれば身を解す作業もそれなりに早く終わる。小骨が残っていないかを確認してから、長芋の入ったボウルに入れる。
「全体によく混ぜてから味見をして、薄かったら塩胡椒で味を調えようね」
「塩鮭がいっぱい入って、ほんのりピンクになってるの面白いや」
「長芋が白いからピンクが映えて綺麗だよねー」
「うん」
悠利の言葉の通りだった。すりおろしたものと粗みじんのものを混ぜ合わせた長芋の中に、ピンクの塩鮭がぶわわっと花が咲くように交ざっているのが美しい。また、ところどころ塩鮭の脂が浮いていて、それが模様のようにも見える。
すりおろした長芋はとろとろとしており、スプーンで掬ってもまだ固まってはいない。ただ、長芋だけを混ぜていたときよりは、塩鮭が加わったことで多少はまとまっているように見えた。
「それでは、味見です」
「はい」
悠利とヤックは二人、スプーンにちょっと掬った長芋と塩鮭を混ぜたものを口へと運んだ。とろっとしたすりおろした長芋の中に、粗みじんにした長芋の食感が加わって楽しい。また、そこに塩鮭の塩分と旨味が加わっている。
ただ、確かに美味しいとは思えるが、いささか味が薄い。本日のメインディッシュとして皆にお出しするには、物足りなさがあった。それはどちらもが抱いた感想で、顔を見合わせて二人はバッと調味料を手に取った。悠利は塩、ヤックは胡椒である。
それぞれ塩と胡椒を適量ボウルの中に入れると、ぐるぐると全体に馴染むように混ぜる。混ぜた後は味見をして、再び調味料を足す。何故こんなことをしているかと言えば、薄いならば調味料を足せば良いが、濃くなった場合は調整が難しいからだ。
そうして満足できる味付けになったところで、悠利は粉の入った入れ物を取り出した。中に入っているのは真っ白な粉である。
「ユーリ、それって小麦粉?」
「残念。片栗粉です」
「片栗粉って言うと……、あ、固めるやつだ!」
「正解~」
片栗粉は、肉や魚の表面にはたいて火を入れればカリッと仕上がり、水に溶いて液体に入れればとろみを付ける役割を果たしてくれる。そして、水気の多い食材に混ぜるともちっとした粘りを与えて繋ぎの役割をしてくれるのだ。大根餅などが良い例である。
そんなわけで、少々ゆるっとしている長芋メインのタネに悠利は片栗粉を加えることでまとまりを与えようとしているのだ。あまり入れすぎると食感が変わるので、ほどほどに。スプーンを使って成形できる程度の固さが目安だ。
そうして片栗粉を加えて固さの調整が出来たら、後はコロッケの形にするだけだ。コロッケ作りは慣れたものなヤックは、小麦粉、卵、パン粉の準備を手早く終えていた。……何せ彼は、コロッケが大好きで、多分得意料理はコロッケなのだ。
「それで、これってどうやって形にするの?」
「いつもとはちょっと違う感じかな」
「そうなんだ」
「いつもの大きさにすると、壊れちゃうから」
「あー……」
多少固さを調整したとはいえ、まだ普段のタネに比べれば柔らかい。これを上手に成形できるのかとヤックは不安そうな顔をしている。
そんなヤックに、悠利はスプーンを二本構えて見せた。
「……ユーリ?」
「今回はスプーンで頑張ります。まずスプーンにタネを乗せて、その上にもう一つのスプーンで蓋をするようにして、ちょっと形を整えて……」
言いながら、悠利は二つのスプーンで柔らかな長芋メインのタネを整えていく。そしてある程度丸く形が出来たら、それを小麦粉の入ったボウルにころんと入れた。
ボウルの中に入れたタネは、小麦粉が付いた部分に触るように注意して全面に小麦粉をまぶすと、ころころと掌の上で丸めて再び形を整える。このときも力を入れすぎないように注意して、撫でるような感じだ。
「こんな感じで形が整ったら、後は卵とパン粉をまぶします」
「いつもより難しいってことだけは理解した」
「あははは……」
大真面目な顔になるヤックに、悠利は困ったように笑った。確かに、いつものコロッケは成形するのもそれなりに簡単だ。何せ、掌で丸めれば良い感じの形になるのだから。しかし今日は柔らかすぎるタネをどうにかこうにか整えるという感じなのである。確かに難易度は高い。
「あとさ、これ、小麦粉まぶしたら卵とパン粉も付けた方が良いと思うけど、手が足りなくない……?」
「……そうなんだよねー」
どうしようかと言いかけた悠利が、言葉を切った。切って、そして、カウンターの向こう側でばっちりと目が合ったので止まっている人物に向けて声をかけた。
「カミール物凄く良いところに!手伝って!」
「何かそんな流れだと思ったわ!!」
「パン粉でも卵でもいいからー!今日のやつ柔らかいから、一人で両方やるの難しいだもんー」
天の助けと言わんばかりの悠利と、同じような顔をしているヤック。あーもう、仕方ないなーと言いながらもカミールは手伝いを了承してくれた。良い子である。
「その代わり、味見はするからなー」
「はいはい。お手伝い賃だね」
「ちゃっかりしてるなぁー」
「だって手伝ったらどんなのか気になるじゃん」
抜け目のないカミールの発言に、悠利とヤックはあははと笑った。確かにそうだ。完成一歩手前まで手伝うということは、あともうちょっとしたら完成品が出来るということに他ならない。そうでなくても、未知の料理はどんな味か気になるのだから。
そんなわけで、カミールを加えて作業が再開された、一番ややこしいタネを成形して小麦粉を付ける部分を悠利が担当し、卵を付ける部分をヤック、パン粉をカミールが担当することになった。衣を付ける作業そのものは慣れているので、連携もスムーズだ。
二本のスプーンを使って悠利が器用にタネを丸めていき、小麦粉を丁寧にまぶす。そうして出来上がったものを壊さないようにそろりと卵液の入ったボウルへ移せば、ヤックが満遍なく全体に卵液が付くように調整する。そしてそれをパン粉の入ったボウルに移し、カミールが仕上げにパン粉を付けるのだ。
柔らかいので壊さないように注意して、パン粉担当のカミールは必要以上のパン粉が残らないように余分なパン粉を落とすのを忘れない。……時々、指がくにゅっと埋まってしまって形がちょっと歪になってしまうのもあるが、それはご愛敬だ。柔らかいので、誰がやっても形が歪むことはある。
なお、途中でこれも経験ということでヤックとカミールもスプーン二刀流でタネを丸める作業をやってみた。案の定、最初は悠利のように上手には出来ず、凸凹した仕上がりになる。ただ、幾つか作ると元々器用なカミールは良い感じに仕上がるようになった。
ヤックの方も、コツコツ積み重ねて覚えるのが得意なので、数をこなす内に上手に作れるようになった。凸凹になっても諦めず、一歩ずつ前進していくのはヤックの強みである。あと、この二人は力加減というものを解っているので、柔らかいタネを壊さないように注意するのが上手だった。
そんなこんなで全てのタネをコロッケに仕上げることが出来たので、一先ず実食だ。味見は大切です。
勿論、コロッケの形にしてしまったのでこの段階で味の修正は出来ない。しかし、味見をしておけば、薄かった場合は後がけの調味料を準備するということも出来る。
濃かった場合は、野菜か何かと一緒に食べて貰うように説明すれば良いのだ。そういう意味でも、味見は大切なのである。
しっかりと熱した油にそぉっと塩鮭と長芋のコロッケを入れる。ころりとした丸い形状なので、油に入れるところころ転がりながらぷかりと浮かぶ。どうしても反面が浮いている状態になるので、キツネ色になったらひっくり返すのが大切だ。
このひっくり返すときも、普段のコロッケよりも柔らかいので注意が必要になる。何故かと言えば、うっかり壊れた場合、水分多めのタネが油とぶつかってバチバチ言うようになるからだ。水と油は反発し合うので。とても危ないのです。
出来上がったコロッケを油から取り出し、小皿の上で三つに分ける。箸は入れた瞬間に柔らかなコロッケの中に沈むようになり、三等分するととろりとした中身が露わになる。衣が付いているので何とか箸で持てるという柔らかさだ。
見るからに熱々のソレを、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから、三人とも口へ運ぶ。幸いなことに彼らは猫舌ではない。熱々で火傷しそうなので注意をするに濾したことはないが、少量を口に入れるのならば何とかなる。
口に入れた瞬間に広がるのは、やはり全体に広がる長芋のとろりとした食感だろう。パン粉のカリッとした食感と、粗みじんの長芋のほくほくとした食感がアクセントになる。そして、塩胡椒で調えられたシンプルな味付けに、解した塩鮭の旨味がぎゅぎゅっと濃縮される。
味は文句なく美味しく、食感はいつも食べているコロッケと全く違う、とろとろとした、どこかクリームのような仕上がりだった。片栗粉を入れたことでまとまりが出ているのだが、それがクリーミーさを引き出しているのかもしれない。
「……何だこれ……。知らない食感なんだけど」
「んー、長芋がとろとろでクリームコロッケみたいな仕上がり」
「ツナマヨコーンのコロッケも滑らかだったけど、あれよりもっととろとろだ……!」
味見用の少量のコロッケを味わいながら不思議そうにカミールが告げ、記憶の中にあるクリームコロッケを思い出しながら悠利が告げる。最後にヤックは、今まで作ったコロッケの中で一番クリーミーな仕上がりであったツナマヨコーンコロッケとの比較を口にする。三者三様の感想だが、結論は同じだ。
長芋のすりおろしがとろとろとした食感で、いつものコロッケとはまったく別の何かだと思わせる不思議さ。そして、それが決して不快ではない。味もくどくなく食べやすく、大成功という印象だ。
「特に何か付けなきゃダメな感じでもないよね?」
「オイラは薄いとは思わなかったけど」
「俺も。もうちょい何か欲しいって人がいたら、自分の判断で何かかけてもらえば?」
「そうだね。いつもそうだし」
カミールの言葉に、悠利はこくんと頷いた。《
「それじゃ、俺は勉強に戻るんで」
「応援ありがとう、カミール」
「どういたしまして。味見できたし満足です。夕飯楽しみにしてるなー」
「楽しみにしててー」
ひらひらと手を振って去っていくカミール。そんな彼を見送って、悠利とヤックは残りのコロッケを揚げるべく気合いを入れるのだった。……沢山あるので、何気に大変なのです。
そして、夕飯の時間。初めて見る塩鮭と長芋のコロッケに興味津々だった仲間達は、悠利の味覚を信じて箸を延ばし、その美味しさに舌鼓を打っていた。
「長芋ってコロッケに出来るんだね」
「まぁ、コロッケって割と懐が広いからねー。少なくとも芋系は割と何でもコロッケに出来るんじゃないかと僕は思ってる」
「ユーリが言うと説得力ありすぎて困る」
「何でそこで困るの?」
隣に座るアロールの言葉に、悠利は眉を寄せた。そんな風に言われる理由がさっぱり解らない。ちょっとコロッケについての見解を語っただけだというのに。
しかし、アロールにはアロールなりの理由があった。
「困るというか、本当にありとあらゆるものでコロッケを作りそうだなって思ったからだよ」
「色々作れるよ?美味しいよ?」
「……そうだね」
悠利の主張に、アロールは言いたいことはそれじゃないんだけどな、という顔をした。したけれど、それ以上は何も言わなかった。言っても無駄だと思ったのかもしれない。
そんな会話はしつつも、アロールも塩鮭と長芋のコロッケを美味しそうに食べている。コロコロと小さな丸形に作られているので、いつもよりも食べやすいのかもしれない。大きいと一つで満足という気持ちになるが、小さいとあと一つ、もう一つ、という感じでお代わりの箸が伸びるのだ。
キツネ色にこんがり揚がったパン粉のカリッとした食感。簡単に歯が入る柔らかな長芋のクリーミーさ。粗みじんの長芋が伝えてくるほくほくとした食感。白に彩りを添える塩鮭のピンクは美しく、脂の乗った濃厚な旨味が全体に味の深みを添えている。
柔らかくクリーミーだからこそ、するりと飲み込める。お代わりの箸が伸びるのは、それもあるだろう。口の中でとろりと溶ける感触が楽しく、飲み込んでしまうのが勿体なく感じてしまうのだ。
なお、そんな中、じぃーっと小皿に盛り付けた塩鮭と長芋のコロッケを見つめている人物がいる。とても真剣な顔をしていた。滅多に見せない真剣な顔に、悠利は困ったように笑う。
「ねぇレレイ、とりあえず他のおかずを食べたらどうかなぁ?」
「……食べてるよ」
「うん、でも、見ててもコロッケは冷めないよ?」
「……うん」
悠利の言葉に、レレイは素直に頷いた。彼女は猫舌なので、熱い食べ物は苦手なのだ。食べることが大好きな大食い娘なのに、猫舌という弱点が彼女の食欲を阻んでいた。
というのも、すりおろした長芋がメインとなっている本日のコロッケは、いつものコロッケよりも冷めるのが遅い。とろとろクリーミーは熱を逃がしにくいのか、半分に割っても湯気がホカホカしていた。
そもそもレレイは、大口でばくんと食べるのがお得意なのだ。小さく切って、冷まして、ちまちま食べる。そんなのは彼女の好む食べ方ではない。……だからこそ余計に、冷めないとろとろクリーミーなコロッケとの根比べになっているのだが。
「お前、もういい加減諦めたらどうだ?」
「え?」
「丸ごと食おうとするなって話なんだよ」
「えー、だってー、一気に食べたいじゃん」
「お前猫舌なんだから、小さくして冷まして食えよ……」
「それだと満足感が足りないの!」
呆れたようなクーレッシュの言葉に、レレイはぷぅと頬を膨らませて訴える。そんな仕草もよく似合うのだが、彼女はこのテーブルに座る四人の中では最年長である。そう、全然見えないかもしれないが、レレイは間違いなく最年長の成人女性なのだ!
……まぁ、そんなことを気にする者はいないが。気にしても無駄というか、今更というか、である。
とりあえず重要なのは、猫舌のレレイがなかなかコロッケを食べられないでしょんぼりしているということだろうか。小さく切るのが嫌だというのだから、もう仕方ない。冷めるまで待って貰うしかないのだ。
「まぁ、別にこのテーブルには大食いはレレイだけだしね」
「そうだねー」
「……そう考えてこの配置?」
「まぁ、僕らの食事スピードなら、レレイも焦ることないかなって思って……」
「正しい判断だと思うよ」
こそこそと小声で会話をするアロールと悠利。レレイはクーレッシュと話すのに忙しく、二人の会話に耳を傾けてはいない。なので別に、小声でなくても良いのだが、何となく小声になってしまうのだった。
そう、今日の席順でこの四人が同じテーブルなのは、悠利のレレイへの配慮だった。沢山食べたい大食い娘のレレイだが、猫舌なのでなかなかコロッケを食べることは出来ないだろう。そんな彼女と同じテーブルによく食べる面々を配置すると、焦りからコロッケを独占しようとする可能性があるのだ。
何を子供っぽいことをと言うかもしれないが、食べ物の恨みは恐ろしい。それも、食べることこそこの世の楽しみと思っていそうなレレイが相手だ。余計な争い事は起こさないに限る。……あまりに騒々しいと、保護者から雷が落ちるので。
ちなみに、他のテーブルではそこまで猫舌の面々がいないので、皆楽しそうにわいわいとコロッケを食べている。悠利が色んなパターンのコロッケを作るので、変わり種が出てきてもすんなりと受け入れられているのも面白い。多分皆、慣れたのだ。
「この塩鮭って、あの子猫さんから貰ったお土産よねぇ?」
「あぁ、随分と沢山貰っていたから、それだろう」
「……確かに美味しいんだけれど、本当にどれだけお土産に貰ってたの、あの子?」
「……さぁ?」
ひょいぱくひょいぱくと流れるようにコロッケを口に運びながら会話をするマリアに、リヒトは首を傾げることで答えにした。妖艶な美貌のマリアが少し大きめに口を開き、そこにポイッとコロッケを放り込んで食べる様は妙に絵になるのだが、見慣れているので同席者は誰も気にしなかった。
イレイシアは上品に微笑みながらコロッケの味付けに使われている塩鮭の旨味を堪能しているし、ヘルミーネは口を挟むと面倒くさいことになりそうと言いたげに黙々と食事に勤しんでいる。……というか彼女はワーキャットの里に出かけていないので、何があったかは知らないので口を挟めないのだ。
その代わりのように、箸で摘まんだコロッケを一口囓って半分にしながら、隣のイレイシアに問いかける。
「イレイスは魚介が好きだって言ってたけど、やっぱりお肉より魚を使ったコロッケの方が好きなの?」
「どちらも美味しいとは思いますけれど、やはり私は魚の方が美味しく感じますわ」
「そうなのねー。じゃあ、今日はイレイスの好みのコロッケね」
「はい」
ヘルミーネの言葉に、イレイシアはふわりと微笑んだ。人魚の少女は海で生まれ育っているので、食生活も海産物が中心だ。魚介類を好み、海藻を好む彼女なので、普段のミンチを使うコロッケよりも塩鮭を使った今日のコロッケの方がお気に召したらしい。
このテーブルはよく食べる大人二人と、食の細い美少女二人という構成なので、イレイシアがいつもよりちょっと多めに食べても問題はない。むしろ、普段食の細い彼女が喜んで食べている姿に微笑ましそうな顔をしているぐらいだ。
そんな微笑ましい光景と裏腹に、うーうーと唸るレレイを前にした悠利達は溜息をついている。どう考えても腹ぺこの肉食獣がそこにいた。
いや、別にレレイは腹ぺこではない。他のおかずもご飯もお代わりをしている。ちゃんとお腹は満ちているはずだ。ただ、お目当てのコロッケだけがなかなか食べられないだけで。
「よし、食べてみる!」
遂に痺れを切らしたのか、レレイがコロッケに箸を伸ばした。半分に割ったコロッケから湯気は大分消えていたので、そのまま口に運んでも大丈夫と判断したのだろう。そんな彼女を、悠利達はじっと見守った。
ぱくんと一口で半分に割ったコロッケを食べるレレイ。味に問題はない。問題なのは温度だ。心配そうに見守る悠利達の前で、レレイはふにゃっと笑った。
「美味しいね!」
「……良かったね」
「うん。とろとろだし、塩鮭の味もするし、優しい感じだけど味がしっかりするから美味しい!」
遂に念願のコロッケを食べられてご満悦のレレイ。あぁ良かったと悠利達は胸をなで下ろした。これで、レレイの唸るような声を聞かなくて済む。……どう考えても野生化していた。
続いて丸ごとコロッケを口に放り込むレレイは、ちょっぴりはふはふ言いながらも美味しそうに食べている。本格的にコロッケが冷めたようだ。ここから彼女が加速し始めるのが理解出来たので、自分が食べたい分は確保しておこうと大皿に箸を伸ばす悠利達なのでした。
いつもと違う味わいのコロッケも仲間達には大好評で、大量に作った長芋と塩鮭のコロッケは綺麗に食べ尽くされたのでした。美味しく出来て満足です。
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