ダンジョンでの交流会は楽しく終わりました

 楽しい時間にも終わりは来る。それはどうしようもないことである。

 何だかんだで夕方まで楽しく過ごせたのだ。フレッドにとっても、知らないことのオンパレードで驚きまくりではあっただろうが、何も気負うことのないやりとりは楽しかったに違いない。何せ今この場にいるメンツに、裏は存在しない。ダンジョンマスター二人にしても表しかないのだから。

 また、日常ならば身分や立場や関係性などに縛られて自由に発言することも難しかっただろうが、この場では思ったことを思ったままに口にしても良かった。普通の子供のように驚いて、笑って、楽しんで良い時間。それは間違いなくフレッドにとって得がたいものだ。


「ソッカ、帰ラナイトイケナインダネ」

「えぇ。あまり遅くなると家族が心配しますから」

「ソレハ大変」


 フレッドの言葉に、マギサは大真面目に頷いた。愛らしいダンジョンマスターは素直な反応が魅力的だ。フレッドも思わず笑顔になる。

 そこでマギサは、実にマギサらしい行動に出た。ぶわわっと両手の間に果物を沢山出す。


「オ土産、ドコニ入レル?」

「え!?いえ、お土産はもう貰いましたが……!」

「アレハ食ベテモ美味シクナイカラ」


 ちょっと枠が違うとでも言いたげなマギサ。そんな理屈になるの!?みたいな衝撃を受けているフレッドだが、マギサを知っている他の面々はそうだろうなーという顔をしていた。このダンジョンマスターはお客様に喜んで貰うのが大好きで、自分が出した食材を美味しく食べて貰うのが好きなのだ。

 ただ、フレッドの言い分も尤もだった。希少価値の高い毒草を、それはもうてんこ盛りいただいたのだ。荷物入れの魔法鞄マジックバッグには毒草が詰まっている。


「あの、これではいただきすぎになってしまいますから……」

「楽シイ思イ出ハ、美味シイ方ガ思イ出セルヨ」

「マギサ……」

「ダカラ、選ンデ!」


 一応マギサなりに譲歩しているのか、あくまでも選んで貰うスタイルだった。これが悠利相手の場合は、全部持って帰ってねモードに入る。フレッドが遠慮するのを見越して、幾つか選んで貰う方針にしたらしい。

 本当に貰っても良いんだろうかという反応をしているフレッドに、貰えば良いと思うと悠利はこっくりと頷いた。マギサをよく知るウォルナデットも頷いた。ここで断ったら、絶対に悲しそうな顔になる。


「では、この美味しそうな桃を頂きますね」

「ウン。桃イッパイ」

「いっぱいはいらないですよ!?」


 ここでちゃんと主張しておかないと桃が大量に出てくると学習したフレッドは、慌ててマギサに声をかける。ストップを駆けられたマギサは、そう?と言いたげに小首を傾げたがとりあえず大人しく止まった。

 手元にあった桃を三つ、フレッドに渡す。ありがたく受け取ったフレッドは、桃を魔法鞄マジックバッグに大切そうに片付けた。

 フレッドへのお土産が終われば、次は悠利である。マギサは本領発揮と言わんばかりに野菜をぶわわっと出した。各種取りそろえておりますみたいな感じだ。


「ユーリ、今日収穫シナカッタ野菜、ドウゾ!」

「ありがとうマギサー!正直すっごく助かるよー!」

「……お前な」

「助かるのは事実ですよ、アリーさん。うちは皆、いっぱい食べるんですから。それにマギサが直接出してくれるお野菜は、採取するやつより美味しいんです」


 美味しい食材は見逃せませんみたいなモードに入っている悠利に、ほどほどにしておけとツッコミを入れるアリー。勿論悠利だって解っている。これはあくまでもマギサの好意なのだから、貰いすぎてはいけない。

 ただ、貰ってあげるのもお友達の役目だと悠利は思ってもいた。マギサは、こうやって誰かに何かをしてあげるのが大好きだ。けれど現状、頻繁に遊びに来るお友達は悠利だけだ。ウォルナデットは自称後輩だし、ワーキャットの若様は遠方に住んでいるので滅多に来られない。

 だから、マギサの気持ちを満たす役目を悠利が務めているとも言えるのだ。……まぁ、割と本気で食材を貰えて助かっているのは事実だが。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の仲間達は身体が資本の冒険者なので、食材はどれだけあっても困らないのだ。

 そのマギサの後ろで、うずうずと自分もお土産を渡した方が良いだろうか、みたいな反応をしているウォルナデットがいた。こちらへはアリーが素早く牽制を放つ。


「ここの主はお前じゃないんだから、お前から土産を貰う理由はないぞ」

「うっ……!」

「そもそも、食材はまだしも鉱石をホイホイ土産に渡そうとするな」

「うぅ……」


 俺だってお土産渡したかった……、みたいな謎の感想を口走るウォルナデット。しかし確かに、悠利も鉱石を渡されても特に使い道がないのでいらないですとスパッと言い切っている。フレッドも同じく。

 そもそも、アリーが言った通り、ウォルナデットは飛び入り参加のお客さん枠である。悠利達がいるのは収穫の箱庭なのだから、無明の採掘場及び数多の歓待場の主であるウォルナデットがお土産を渡そうとするのは何か違うのだ。

 そんな中、ウォルナデットが閃いたと言いたげに口を開いた。満面の笑みで。


「よし。それじゃあやっぱり、次はうちに遊びに来てほしい!アリーさんとブルックさんが一緒なら、ダンジョンコアの部屋まで来られるし、そうしたら先輩とも話せる!」

「ウォリーさん……」

「俺もお友達は欲しい!」

「「……」」


 全力で主張するダンジョンマスターを見て、悠利達は沈黙した。マギサは見た目が幼児だし内面も幼児なのでお友達が欲しいと言い出しても可愛らしいが、ウォルナデットはいい大人なので何もそんな力説しなくても……みたいな感想になる。

 いや、そもそも初対面のときに圧に負けてお友達になった悠利がいるのだが。お友達を増やしたいとか言い出すとは思わなかったのだ。


「ウォリーさん、ダンジョン周りに色々人が来てるんですから、そこでお友達作れば良いじゃないですか……」

「ちゃんと俺の正体を知ってるお友達が欲しい」

「難易度爆上げなんですけど……!」


 この陽気で愉快なお兄ちゃんがダンジョンマスターだと知っているのは、関係者の中でも機密情報を扱うレベルの方々だけである。少なくとも、屋台村を形成している商人達は知らないし、詰め所を作っている兵士達もトップ以外は知らない。

 それを思えば、全部ぶっちゃけられるお友達を作るというのは、ハードルが高すぎる。いや、確かに隠し事をしないで話せる相手の方が良いというのは解るのだが……。

 悠利達がうーんと唸っている中、それはそれとして、とウォルナデットは再び口を開いた。思わず耳を傾ける一同。


「勉強という名目を使えばうちには来て貰えるような気がするんだ。少なくとも、表側は」

「……え?」

「君が遠出するには理由が必要なんだろう?だったら、偉い先生方のお墨付きで各地の建造物を見ることが出来るうちのダンジョンは勉強にもってこいだぞ!」


 軽やかな口調でウォルナデットが告げた内容に、フレッドは瞬きを繰り返す。単純に遊びに来てほしいという自分の欲求を伝えているように見えて、滅多なことでは外に出られないフレッドに可能性を示してくれている。……雑談を交わす中で、フレッドの境遇をざっくりと把握していたらしい。

 常に護衛が傍らに付くような、何かあれば身の回りの世話をする者達に咎が行くような立場の少年。お出かけ一つとっても手続きが大変だろうと察することは出来るし、生半可な理由では許可が下りないだろうことも解るのだ。

 そんなウォルナデットの提案に、なるほどなと呟いたのはアリーだった。フレッドが伺うようにアリーを見る。


「フレッド様、こいつのダンジョンの外側、今は観光地のようになっている場所の建造物に関しての調査は、王立第一研究所の職員が行っています。陣頭指揮を執ったのは導師だと伺っていますので、そちらの線から話を通して貰うのは可能かも知れません」

「導師が……?……確かに、導師ならば事情を説明すれば周囲を説得する材料をくださるかも知れませんね……」

「或いは、ご自分が同行すると仰るかも知れませんが」

「その場合はきっと、護衛は皆さんにお願いされるのでしょうか」

「導師のことですから、恐らく」


 フレッドを可愛がっている導師こと王立第一研究所の名誉顧問であるオルテスタなら、それぐらいやってくれる可能性はあった。また、確かに勉学の場として魅力的ではあるのだ。今や書物でしか確認できない過去の建造物を生で見られるというのは、破格の状況である。

 もしもそれが叶うのならば、フレッドだけでなく悠利も嬉しい状況だ。そのときは絶対に一緒に連れていってもらうぞ、と勝手に決意を固めている。……悠利は《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のメンバーではあるが見習い組でも訓練生でもないので、お勉強をする必要はない。それでもせっかくなので便乗する気満々だった。まぁ、アリーも却下はしないだろう。


「とても魅力的なお話なので、帰ったら家族に伝えてみます」

「うん。それでもし来られるようなら連絡してくれ。いい部屋を用意するから」

「はい。ありがとうございます」


 笑顔を浮かべるフレッドに、ウォルナデットも満面の笑みを浮かべた。今回だけで終わりではなく、次へ繋がる可能性がある。それはとてもとても嬉しいことだったので。

 そんなこんなで交流会は無事に終わった。フレッドはダンジョンの外で待っていた護衛と従者と合流し、名残を惜しみながらも家へと戻っていったのだった。




 楽しく終わった交流会から数日後――。


「ユーリーーーーー!!」

「はぇ!?」


 突然アリーの怒声が聞こえて、悠利は驚いたように跳びはねた。膝の上で畳んでいた洗濯物がくしゃっとなってしまった。畳み直さなくちゃと思っているところへ、血相を変えたアリーが飛び込んでくる。


「お前、あの防犯ブザーに何をやらかした!」

「え?やらかしたって、何がですか……?」


 アリーが何を怒っているのかが解らず、悠利はきょとんとする。防犯ブザーとは、悠利がフレッドにあげた魔法道具マジックアイテムのことだろう。何故か作れてしまった特注品の一点物。我ながら良い出来だと思っているので、何故怒られているのかが解らない。


「やらかしたも何も、防犯ブザーは防犯ブザーだったじゃないですか。大きい音が鳴って、何故か煙幕出ちゃいましたけど」

「お前、他にも仕込んでただろ?」

「……僕が仕込んだわけじゃないです」

「知ってたなら言え!!」


 思いっきり怒られて、悠利はだってーと唇を尖らせた。あの場でその効果について口にしていたら、アリーの追求が凄い勢いで始まるような気がしたのだ。そうなったらフレッドが素直に受け取ってくれるかも怪しかったので、聞かれなかった分は誤魔化したのである。

 そう、あの防犯ブザー、特注品だけあって、煙幕が出る以外にもオプションがあったのだ。そしてそのオプションを、悠利はフレッドに必要だと判断した。だから隠したまま渡したのだ。

 なお、そんな行動をしても問題ないと思ったのは、使い方が基本的にボタンを押すかピンを引っこ抜くかだけだったからだ。ややこしい操作など何も必要ない。ただ単に音を鳴らせば、その状況に合わせてオプションが発動するだけなのだ。簡単設計である。

 ただちょっと、もう一つのオプションがちょっぴり過激だっただけで。


「お前なぁ……!あの小さな物体から明らかにおかしな量の鉛玉が出てきたと聞いたぞ!」

「え!?迎撃機能が作動したんですか!?フレッドくん大丈夫でした!?」

「そこも重要だがそうじゃねぇんだよ……!」

「痛い、痛い、痛いです……!」


 ギリギリと顔面を鷲掴みにされて、悠利は半泣きになりながら訴えた。手加減は辛うじてされているが、割と真面目に怒っているのかかなり痛い。どうやら保護者は物凄くお怒りのようだ。

 悠利が作った特注品の防犯ブザーには、二つのオプションがあった。一つは煙幕。これは身近に危険があったとしても、今すぐ危害を加えられるわけではなく、逃げれば良いと判断できる場合に発動する。

 そして今ひとつのオプションが、近距離に敵対者と思しき個体がいた場合に鉛玉が飛び出してくるものだ。照準も自動で合わせてくれるらしく、基本的に味方には当たらないようになっているらしい。なので悠利も心配せずにフレッドに持たせたのだ。

 なお、あくまでも敵を怯ませるのが目的なので、殺傷能力はそこまで高くはない。せいぜい怪我をさせるぐらいだろう。流石に、使ったら簡単に相手が死ぬような物騒なものはフレッドに持たせられない。そんな重さを背負ってほしくはないのだ。


「詳しい性能を、知る限り吐け」

「……オプションはそれだけですよ。他には何もないです」

「何で鉛玉が出てきたんだ」

「煙幕で逃げるよりも、とりあえず迎撃して怯ませてから逃げた方が良いって判断したんだと思います」

「周囲に当たったらどうする!」

「あ、そこは自動で照準が合うようになってるらしいですよ」

「……何だそれは」


 がっくりと肩を落とすアリー。思っていたよりもトンチキな性能の防犯ブザーに色々と思うところがあったのだろう。しかし、既に完成しているし、フレッドの手元にある上に、ちゃんと彼の危機を救ったのだ。今更なかったことには出来ない。


「何だってそんな色々と規格外な性能を付けたんだ」

「僕が付けたんじゃないです。錬金釜に入れたら作れちゃったんです」

「作ったのはお前だ……!」

「だから、僕の意思じゃないんですってば……!」


 意図的にそんなアレコレ付与できるなら、もっと前からやっている。どう考えても、材料を選んだ【神の瞳】さんと、錬金釜のスペックと、探求者の職業ジョブが相乗効果でやらかしただけの案件だ。少なくとも悠利はそう思っている。

 だいたい、自分で思った機能が付けられるなら悠利は、防犯ブザーにバリア機能だって付けたかった。人二人分ぐらいをすっぽり包めるようなバリアが発動すれば、フレッドとお付きの人ぐらいは守れるだろう。助けが来るまでそれでしのげるようなバリアがあったら完璧だったのだ。

 しかし、それを口に出すと多分アリーに怒られるなと思ったので、それに関しては黙っておいた。代わりに、まだ答えて貰っていないフレッドについて質問する。


「それで、フレッドくんは大丈夫なんですか?」

「ご無事だ。……咄嗟にお前に渡された防犯ブザーのことを思い出して使われたらしい」

「その結果、煙幕じゃなくて鉛玉が出てきてびっくりしたから、うちに連絡が来た、と……?」

「そうだ」


 アリーの言葉を聞いて、悠利はなるほどと呟いた。確かに、いきなり見知らぬ機能が出てきたらお問い合わせをしても仕方ない。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》から貰ったということにしてあるので、リーダーのアリーに連絡が来たのだろう。そして、連絡内容を確認した瞬間に、アリーが悠利の元へすっ飛んできたに違いない。

 事情というか流れは把握できた。なるほどなぁと思いつつ、悠利は彼にとっての結論を口にした。


「まぁ、フレッドくんが無事ならそれが一番ですよね!」

「それはそうだがお前はもうちょい反省しろ!」

「痛いー!」


 お役に立ったのに!と主張する悠利と、やらかしの度合いを考えろ!と怒鳴るアリー。ぎゃーぎゃー賑やかに言い合っている二人の姿を、通りかかった仲間達はまたやってると特に気にもとめずに放置するのだった。……ルークスが止めない程度には、いつものやりとりです。




 何はともあれ、ダンジョンでの交流会は楽しく終わり、お友達には安全対策の装備品が一つ増え、アリーにお説教はされつつも悠利としては満足のいく結果なのでした。



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