材料無限大、お薬製造大作戦!
フレッドの日常は理解した。毒に身体を慣らさなければならないから、毒を飲まないという選択肢は存在しない。それはちゃんと理解したのだ。
マギサも日々の鍛錬(?)に使ってくれと言うように毒草を渡して、それでひとまずは落ち着いた。落ち着いたのだが、やはり悠利はちょっと納得がいかなかった。もとい、自分も何か出来ることでお友達の手助けをしたいと思った。
なので――。
「マギサ、薬草色々出して貰っても良いかな!」
「薬草?ドレ?」
「色々!」
物凄くアバウトな悠利のリクエストに、マギサは首を傾げながらも先ほど毒草を出したように薬草をぶわわっと出した。アリーが額に手を当てて呻いていることから理解出来るように、この薬草の中にも希少価値の高いものが普通に紛れ込んでいる。気にしたら負けなのだ。多分。
「よし、マギサ。二人で色んな解毒薬を作ろう!」
「解毒薬?」
「そう。フレッドくんがどんな状況になっても大丈夫なように、お薬をいっぱい作るよ!」
決意に満ちた眼差しの悠利の言葉に、マギサは不思議そうにしている。マギサは悠利のことは大好きだし、悠利が望むならお手伝いをするのはやぶさかではない。しかし、素朴な疑問があったのだろう。小さなダンジョンマスターはその疑問を口にした。
「ユーリ、オ薬作レルノ?」
これである。
マギサの中で悠利は、美味しいご飯を作るのが上手なお友達である。物凄い鑑定能力を持っているらしいという認識はしているが、その程度の認識だ。なので、薬と言われてもピンとこないらしい。
マギサの疑問も尤もだったので、悠利は根拠を示すために
「大丈夫だよ、マギサ。僕にはこの錬金釜があるからね!」
「ナルホド!」
「お前何持ち込んでやがんだ!?」
錬金釜がどういうものかは知っていたらしいマギサの感心したような声と、アリーのツッコミが重なった。学生鞄からひょいっと錬金釜を取り出した悠利の行動に、ツッコミを入れざるを得なかったのだろう。保護者は大変だ。
なお、そんなアリーに向けて悠利は大真面目に告げた。大真面目に。
「え?だって特注で作ってもらった結構お高い錬金釜だから、使わないときは鞄に片付けておく方が安全かなって思って……」
「ぐぅ……」
「僕の鞄は、僕以外には取り出すことが出来ないので……」
「うぐ……」
割と真っ当な理由だったので、アリーは言葉に詰まった。悠利の言っていることはある意味正しかったのだ。
悠利専用の錬金釜は、錬金鍛冶士のグルガルが丹精込めて作ってくれた一点物だ。その色々とぶっ飛んだ能力(当人は自覚していないが、【神の瞳】保持者で
それがどれぐらい高級なのかは悠利には実感が湧かないが、グルガルやアリーの反応からこれはお高い錬金釜らしいと理解した。なので、普段はアジトにいるので部屋に置きっぱなしだが、外出するときは鞄の中に片付けて持ち出しているのだ。
先ほど告げた通り、悠利の学生鞄は
オマケに、何故か知らないが悠利の意思に反して一定の距離が離れると、勝手に戻ってくる。どうやって戻ってきているのかは知らないが、戻っているのだ。盗難防止装置みたいなのがあるらしい。完全に壊れ性能のアレな鞄になっている。
そういう意味で、悠利の学生鞄の中は何かを保管するのに最適だった。だから悠利の言い分は間違っておらず、今ここに錬金釜があってもおかしくはないのだ。
とりあえずそれでアリーは納得させたと思った悠利は、マギサに向き直って真面目な顔で告げた。
「ここに材料を入れたらお薬が作れるから、マギサも協力してね」
「何ヲ入レルカ解ルノ?」
「それは見て考えるよ」
「解ッタ」
見て考えるって何だと外野が思っているが、悠利は気にしない。悠利自身がレシピを知らなくても、とっても便利で頼れる【神の瞳】さんが、オートで色々と判断して教えてくれるに違いない。今までもそうだったので。
勿論、解毒薬を作るには薬草だけでは足りない。しかし、植物由来の素材で良いのならば、マギサに頼んで出してもらえば良い。水も、マギサに頼めば用意してくれる。割と快適な環境だった。
うっきうきで準備を始める悠利とマギサを見て、アリーは額に手を当てて低く呻いている。暴走するなと怒りたいところだが、行動の理由がフレッドの安全を考えてのことなので、強く出られないのだろう。ブルックに至っては、また何かやり始めたなぐらいの表情だった。
彼らにとっては、その程度で終わる。悠利が錬金釜で突発的に何かを作るのは、《
普段など、気付いたら調味料をぽこぽこ作っていたりするのだ。料理の時短になるので!みたいなノリで錬金釜を使う悠利。……本来これは、薬師でも調合が難しいような薬や、純度の高いインゴットや、或いは手動では作れない
世の錬金術師の皆様は、一般的にそういう風にお使いになっている。……まぁ、最近は悠利の影響で調味料を制作する錬金術師の若手やら見習いやらがいるのは事実だが。数をこなすと腕が上がる(
展開について行けていないのは、フレッドとウォルナデットだ。何が起きているのかさっぱり解っていない。解っていない同士で顔を見合わせて、首を傾げる始末だ。
「……何をやろうとしているのか、どういうことかお解りになりますか?」
「いやー、俺にもさっぱりで。というかユーリくん、錬金釜使えたんだ。初耳」
「僕もです」
大真面目に頷き合う二人。錬金釜を使うためには錬金の
なお、悠利としては別に言う必要はないと思っていたから黙っていただけである。本職の錬金術師でもないし。あと、悠利の中で錬金釜は、先ほども述べたように便利な時短アイテムぐらいの認識なので。色々と間違っているが今更である。
外野が色々思っていることなど、悠利にもマギサにも関係ない。大事なお友達のために自分達が出来ることをということで、二人は張り切っていた。
マギサが取り出してくれた薬草をじっと見つめて、悠利は【神の瞳】さんの誘導に従って分類を始める。どれとどれの組み合わせで使えるかというのも、悠利にはさっぱり解らないが、頼れる【神の瞳】さんのおかげで作業はさくさくと進む。
そして、ぽいぽいと材料を錬金釜に入れて、スイッチを押す。ポチッという音と共に錬金釜が動き出し、悠利とマギサはじぃっと錬金釜を見ている。
しばらくして、ぱこっというちょっと間の抜けた音を立てて錬金釜の蓋が開いた。悠利は嬉々として錬金釜の中に手を入れて、中身を取り出す。それは、小瓶に入った液体だった。
「よーし、とりあえず一つ目成功ー!フレッドくん、痺れ系の毒はこれで全部解毒できるからねー」
「は!?え!?」
「よしマギサ、次に取りかかろう!」
「ウン!」
目を白黒させるフレッドに小瓶を渡して、悠利とマギサは次の作業に取りかかる。突然渡された小瓶を、フレッドは怖いものでも見るような顔で見つめていた。言われた単語があまりにもアレだったからだ。
解毒薬の類いというのは、万能系と特化系がある。その特化系にしても、ある程度の強さまでというような縛りが存在するのが現実だ。全ての毒を治せるような薬は、どう考えても規格外が規格外と手を繋いで踊っているようなものである。
ぷるぷると震えながら、フレッドはアリーを見た。あのこれ、と恐る恐る差し出された小瓶を手にしたアリーは
「あいつが言った通りの薬です、フレッド様」
「……それでは、本当に、あの、麻痺毒系のものが、全て、癒やせる、と……?」
「……存在自体は書物で見たことはありますが、材料が入手困難で、調合も難しい薬です。ただまぁ、調合は錬金釜なので……」
正確には、ハイスペックな錬金釜で規格外の能力を持った悠利が作ったから簡単に出来たということなのだが、そこはあえて伏せたアリーだった。何もフレッドにそんな爆弾を知らせることはあるまい、と。ブルックは悠利のやらかしになれているので、いつものことと言いたげだった。
「ユーリもアレではあるのですが、やはりあのダンジョンマスターの存在が大きいでしょう。ありとあらゆる植物系の素材が、簡単に手に入る。……薬師にとっては恐らく、福音です」
「まぁ、ユーリはそんなことに興味はないだろうがな」
「あいつにしたら食材がいつでも出せる方が福音だろう」
ブルックの言葉に、アリーは面倒くさそうに答えた。希少価値の高い薬草が手に入り放題とか、植物系の素材が選び放題なんて、悠利にはどうでも良い。今はフレッドのためのお薬作りで喜んでいるが、本質的にはそれらに興味はないのだ。
手の中の小瓶を、フレッドは真剣な顔で見ていた。優しい友達が、自分のために作ってくれた薬。ちょっと規格外でアレではあるものの、その優しさを嬉しいと思う気持ちは本物だった。
そんな風に真面目に噛みしめているフレッドの目の前に、再び小瓶が差し出された。驚きに目を見張るも受け取るフレッドに、悠利は告げた。
「こっちは、発熱系の毒が治るやつだよ!」
「ユーリ、次ハ?」
「あ、待ってねマギサ。次は、えーっと」
フレッドの返事も待たずに、悠利はマギサと作業に戻ってしまう。掌の上の新しい小瓶を、フレッドは再びアリーに見せた。内容を確認したアリーは、こくりと頷いた。やっぱり規格外のお薬だった。
ユーリくん凄いなぁと思っているフレッドと裏腹に、悠利は考えていた。ちょっと真面目に考えている。
先ほどから作れる薬は、全部水薬だ。別にそれが悪いわけではない。水薬ならぐいっと飲んでしまえば良いので服薬が楽だ。ただ、持ち運びには適していない。
悠利としては、各種バリエーションに富んだ解毒薬をフレッドに常に持ち歩いてほしい。側に護衛や従者がいたとしても、はぐれる可能性もある。邪魔にならずに携帯できる薬が理想だった。
そう思うと、小瓶で持ち運ぶ水薬はちょっと邪魔かなと思ってしまう。確かに
やはりここは、ポケットに入るようなものが理想的だ。悠利の脳裏に、お薬ケースが浮かんだ。そういうのに入るような、固形のお薬が作れないかと考える。
悠利が考えていると、【神の瞳】さんが手伝いをしてくれた。先ほどまで薬を作る際には入れていなかった材料も、該当候補として光っている。
不思議に思ってしっかりと確認すれば、鑑定画面がぶぉんっと現れた。
――錠剤の材料。
基本の材料は水薬と同じですが、水の分量を控え、結合材となる素材も一緒に入れてください。
入れた後はスイッチを入れれば錬金釜が錠剤を作ります。
安定の、大変解りやすい【神の瞳】さんだった。色々とアレなのだが、悠利にしてみればいつものこと。ぱぁっと顔を輝かせて、指示された材料をぽいぽいと錬金釜に放り込んでスイッチを押す。
わくわくと期待に満ちた眼差しで待つこと数分。ぱこっと蓋が開いて錬金釜が止まり、悠利はその中身を確認した。
果たして、そこには――。
「……タブレットケース……?」
スライドして開けるような、小粒のお菓子が入っているようなケースがそこに鎮座していた。悠利にとっては見慣れたものだが、マギサは不思議そうにしている。
「ユーリ、ソレ、何?」
「えーっと、ちょっと形の違うお薬、かな」
「フウン」
マギサはそれで興味を失ったらしい。ちゃんと作れたなら良いやと言いたげだ。悠利はカシャッとケースの蓋部分をスライドさせて中身を確認してみる。そこには、ざらざらと複数の錠剤が入っていた。
念のためどういう効果の薬なのかを確認してみるが、最初に作った麻痺毒系のものを全て癒やせる解毒薬と同じ物が出来上がっていた。症状の強さに合わせて、錠剤を複数服用してくださいということらしい。基本は一錠で良いようだが。
何はともあれ、望んだ形状の薬が出来た。悠利はパッと顔を輝かせて、フレッドにそれを渡すために移動する。
「フレッドくん、これ!痺れ系の毒が治せるお薬の、錠剤!」
「え……?」
「水薬だと、持ち運ぶの大変かなって思って。これなら、ポケットに入るよね!」
「……え、えーっと、ユーリくん……?」
「うん?どうかした?」
何をそんなに驚いているんだろうと言いたげな悠利の頭を、アリーががしっと掴んだ。そこで悠利は理解した。これはお説教フラグだ、と。自分はまた、無自覚にアレなことをやらかしたらしい、と。
「……あの、アリーさん」
「とりあえず言い分を聞いてやる」
「今フレッドくんに言ったのが全部ですぅ……。
「それで、そのトンチキな発想のままに妙な入れ物に入った、錠剤の解毒薬なんてものを作り出したんだな……?」
「……あのぉ、錠剤の解毒薬って、ないんですか……?」
「病気の薬以外で錠剤だの丸薬だのは出回ってねぇよ」
「わぁ……」
やっちゃった、と悠利は小さく呟いた。ギリギリと頭を絞めるアイアンクローは、一応手加減されているので何とか耐えられる。あと、やらかしたのがフレッドのためなのでそこまで強く怒れないらしい。
それはそれとして、お前はまたややこしいことをやらかしやがって、と言いたげなアリーのお説教なのである。悠利が突拍子もないものを生み出した場合、その後始末やらフォローやらに走り回るのはアリーの役目なのだ。保護者は大変なのである。
「口外はするな」
「しません」
「身内相手にも作るな」
「大丈夫です。皆には前に作った初級の万能解毒薬のストックがあるので、それを渡します」
「まだ残ってたのか、あのトンチキな発想で作った薬!?」
「え、アレ?そっちも怒られるやつです!?」
何気なく口にした話題で更に雷が落ちそうだと理解した悠利が、しまったと言いたげな顔をした。そんな悠利にアリーのお説教が始まる。なお、ブルックはいつものことと放置しているし、悠利が大好きなルークスも仕方ないなと言いたげにうんうんと頷いていた。アリーのお説教から助けてくれる味方はいなかった。
怒られている悠利をスルーして、マギサはふよふよとフレッドの前に移動する。水薬の小瓶二つと、タブレットーケースに入った錠剤。何とも色々と規格外な薬を手にしてちょっと困っているようなフレッドに、幼きダンジョンマスターは声をかけた。
「他ニモ色々作ルカラ、安心シテネ」
「え?マギサ、それはどういう……」
「助ケニ行ケナクテモ、君ヲ守ルオ薬、イッパイ作ルカラ」
「ぁ……」
にこっと笑うマギサの言葉に、フレッドは息を飲んだ。出会ったばかりの自分の身を案じてくれる優しさに、胸がいっぱいになったのだ。相手はダンジョンマスターだが、労りと友愛の感情は確かに自分達と同じだと感じられて。
勿論その感謝は、悠利にも向けられる。渡されたものがあまりにも突拍子もない薬だったので即座にお礼は言えなかったが、自分のことを心配してくれる友人の優しさはありがたい。……それはそれとして、フレッドは思ったことがある。
「……何の対価もなくいただくには、どう考えても貴重な品々だと思うんですが……」
「ウン?」
何のこと?みたいな顔をしているマギサに話が通じないのは理解している。悠利はアリーにお説教を受けている真っ最中。なのでフレッドは、ブルックに視線を向けた。
縋るように視線を向けられた剣士殿は、少し考えて、彼なりの考えを口にした。
「個人的な感想ですが、恐らくはユーリもマギサも対価は受け取らないかと」
「……うっ、やっぱりそうですか……」
「どちらも友人のために出来ることをしたいという気持ちでしょう。そこで対価云々を持ち出しても、そもそも理解すらされないと思います」
「…………どうしたら」
がっくりと肩を落として呻くフレッド。どう考えても貰いすぎなのだ。しかも、マギサの発言から考えるに、この後まだまだ増える。自分はいったいどうしたら良いのかと困り果てる程度には、悠利と違って常識人なフレッドであった。
「フレッドくん、フレッドくん」
「……何でしょうか、ウォリーさん」
「ユーリくんは解らんが、先輩へのお礼なら、また遊びに来て色んな話を聞かせてあげればそれで良いんじゃないか?」
「え?」
「先輩も俺もダンジョンから出られないから、外の世界の話を聞くのは楽しいと思う」
俺は人間だった頃の記憶があるからまだマシだけど、とウォルナデットは付け加えた。このダンジョンで生まれたマギサは外の世界を知らない。だから、悠利達が話す内容をいつだって楽しそうに聞いている。フレッドも、フレッドしか知らない世界を話せる範囲で話してあげれば良いと彼は言うのだ。
「そんなものが、お礼になりますか?」
「誰かの当たり前は、誰かにとっての特別だよ」
にこやかに笑うウォルナデットの言葉に、フレッドは何かを噛みしめるように掌の上の薬達をぎゅっと握りしめる。近距離とはいえ、また来られると確約は出来ない立場だ。それでも、それがお礼になるなら交渉する余地はある、と。
そんな風に噛みしめているフレッドを余所に、お説教から解放された悠利は、マギサと共に再び薬作りを行っているのだった。……なお、アリーはもう色々と諦めたらしい。フレッドの身の安全に繋がるならと黙認する方向のようです。
最終的に、中級程度の万能解毒薬の錠剤(悠利が作ったので品質は最高峰。複数服用すれば上級に匹敵する効能)を生み出すに至り、もうとりあえずコレ持っててもらったら良いんじゃない?と思う悠利だった。ツッコミは受けましたが、受け取ってもらえました。
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