日常生活にも色々あるようです

 それは、他愛ない話を楽しむ雑談の中でもたらされた衝撃の爆弾だった。

 

「……毒を、飲む……?」


 凍り付いた空気の中、それでも確認するように口を開いたのは悠利ゆうりだった。その感情を削ぎ落としたような表情に、フレッドはしまったと言いたげな顔をした。この話題は、平和な生活をしている悠利に聞かせるものではなかったと気付いたのだ。

 アリーとブルックはその事実を知っていたのか、苦々しい顔をしながらも特に何も言わなかった。そうしなければならない理由があると、大人二人は解っている。ただ、解っていてもやりきれないと思っているだけだ。しかし、外野である彼らが口出しできる問題でもないので、沈黙を貫いているにすぎない。

 納得できないのは悠利達だった。自分達とフレッドの世界が違うことは解っている。解っていてもそれでも、ちょっと聞き流せない話題である。どういうことなのかと問い詰めるような四対の眼差し(うち一つはフードに隠れていて見えないが、多分向いている)に、フレッドは困ったように笑った。

 

「毒と言っても、何も体調に影響が出るほど大量に飲むわけではありません。幼少時から少しずつ毒に身体を慣らしているだけなので……」

「それでも、毒は毒だよね!?」

「いや、必要なことかもしれないけど、普通に危ないことだろ!?」

「毒ハ、飲ムモノジャナイヨ」

「キュイーー!」

「皆さん……」


 何だそれー!と言いたげに思い思いの感想をぶつける悠利達。ぷんすか怒る悠利達を、フレッドは困ったように宥めていた。彼らの気持ちはありがたいが、毒を飲むのは、それに身体を慣らすのは、フレッドにとって必要なことなのだ。

 だからフレッドは、自分を思って憤慨してくれる一同に、状況を説明する。


「勿論、毒は自ら飲むようなものではないのは僕も解っています。ただ、その方が僕にとっては安全なんです」

「毒ヲ飲ンデルノニ?」

「少量ずつ摂取することによって、身体を毒物に慣らすことが出来ます。そうすることで、毒を盛られても致命傷を避けることが出来るんです」

「……毒、盛ラレルノ?」

「毒見がいますし、滅多にそんなことはありませんけどね」


 マギサの素朴な質問に、フレッドは柔らかく微笑んで答えた。その答えを聞いて、悠利とウォルナデットは顔を見合わせた。滅多にないと言っているが、毒に身体を慣らす行為が必要と思われる程度には毒殺の危険性があること、そもそも毒味役がいる段階でそれを警戒していることがよく解る。大変な世界だと、庶民の二人は思った。


「フレッドくんの日常って、何だかんだで波乱万丈だよねぇ……」

「あはは……。僕としては平和にのんびりと暮らしたいんですけどね」

「平和が一番なのは解るよ」


 うんうんと真面目くさって頷く悠利。その頭に、がしりとアリーの掌が乗った。ぐりぐりと撫で回すような、押さえつけているような動きである。若干体重をかけられているような状況に、悠利は首に掛かる圧を感じながら声を上げた。


「アリーさん、何するんですか!重いです!」

「平和が一番とか言いながら、真っ先にそれをぶっ壊す奴が言う台詞じゃねぇなぁと思ってるだけだ」

「ぶっ壊してなんていませんよ!?僕は平和主義者です!」

「自分が引き寄せるアレコレを理解してから口を開け」

「僕が自発的にやったわけじゃないですー!!」


 アリーの小言に、悠利は腹の底から叫んだ。まさにその通りだった。ちょっとばっかりトラブルに巻き込まれやすかったり、気付いたらアレな事態を引き起こしたりしているが、悠利はそもそも平和主義者の一般人である。望んで騒動の種になりたいと思ったことなど一度もない。

 ……ないのだが、事情を知っている面々がフォローできない程度には、彼はトラブルメーカーのような認識をされていた。悪気はない。悪意もない。しかし気付いたら、何か事件を引き寄せているのだ。一種の才能かもしれない。

 ただ悠利の場合、能力値パラメータの運∞というのが何かしらの働きをしているらしく、結果的には事件が起きた方が良かった、みたいな方向になるのだ。後始末や何やらで振り回される保護者のアリーは不憫だが、全体的に考えると悠利がいることで起きた事件は、大抵良い感じに終わる。

 フレッドとの初対面が良い例だ。

 迷子のフレッドと悠利達が出会って、お祭りを楽しんで、その途中で襲撃者に遭遇した。しかし、悠利がいち早く危険を認識したからこそ初動で逃げることが出来たし、悠利に恩を返したいと思ってくれた休業中の暗殺者さんのおかげで襲撃者達も倒された。フレッドが一人で行動している中で襲撃されていたら、大変なことになっていただろう。

 そんな風に、悠利は騒動に巻き込まれるが、悠利がそこにいるというだけで安全に繋がるのも事実だった。運∞が強すぎる。

 とはいえやはり、保護者としてはお前いい加減にしろよ?とお小言の一つや二つや三つや四つは言いたいのだろう。悠利も、迷惑をかけている自覚があるので、あまり強く反論は出来ない。

 その証拠に、悠利至上主義みたいなところのあるルークスが、何一つ反応していない。基本的に悠利に危害を加えるとか虐めているとか判断したら迎撃したり邪魔をしたりするのだが、今は大変大人しい。神妙な顔で悠利の足下でじっとしている。保護者様の言い分を理解しているのかもしれない。

 そんなある意味でいつも通りのやりとりを繰り広げる悠利とアリーを、ブルックは普通の顔で見ていた。フレッドならば見て焦りそうだが、今の彼はそちらに意識を向けることが出来なかった。何せ、ダンジョンマスター二人に挟まれているので。


「毒殺を警戒してってのは解るけど、まだ子供なのに毒を飲むのは辛いだろう?」

「毒、飲マナイ方ガ良イノニネ……」

「ご心配ありがとうございます。ですが本当に、小さな頃から少量ずつ飲んで身体を慣らしているので、皆さんが思うほど辛い状態ではないんですよ?」


 本当に?と言いたげな視線を向けるウォルナデットとマギサに、フレッドはこくりと頷いた。彼は嘘を言っているわけではない。まだ本当に幼い頃から、極々少量ずつ毒を飲むことで身体を慣らしてきたのだ。今も定期的に毒を飲んで身体を慣らしているが、飲んだからといって気分が悪くなるわけではない。

 そもそも、それで具合を悪くしては本末転倒なのだ。彼が体調を崩せば、心配する周囲が大騒ぎをする。下手をしたら、側にいた者達が罰せられる。フレッドの住んでいる世界は、そういう世界である。


「僕が身体を毒に慣らすのは、周りに迷惑をかけないためでもあるんですよ」

「周りに……?」

「迷惑……?」

「僕が毒を受けて倒れたりしたら、関わった者達が罰せられてしまいます。それを防ぐ意味もあるんです」


 フレッドの言葉に、ウォルナデットはあっと何かに思い至ったように息を飲み、マギサは何のことかさっぱり解らないので首を傾げている。この辺りは、元人間と生粋との違いだろう。同じダンジョンマスターでも彼らは経歴が違いすぎる。


「ウォリー、ドウイウコトカ解ル?」

「あー、えーっとですね、先輩。彼には、側で世話をしてくれる人とかが一杯いるんですよ、多分。それで、彼が怪我をしたり、毒を受けて体調を悪くしたら、責任を取らされるのは周りにいるお世話をしている人達になるって話です」

「ソウナノ!?」


 ウォルナデットの説明に、マギサは驚いたように声を上げる。フードの下に隠れて見えないが、きっと驚いた表情をしているのだろう。小さな口が驚愕にぽかんと開かれている。

 マギサの中では、フレッドが毒を受けて具合を悪くしたら、悪いのは毒を盛った誰かだけという結論なのだろう。まさか、周りにいる人々が余波を受けるなんて思わなかったに違いない。

 しかし、フレッドはウォルナデットの説明を否定しなかった。彼の性格上、間違っていたらやんわりと訂正したはずだ。それがないということは、ウォルナデットの言い分、フレッドに何かあれば周囲の世話役達が叱責されるという状況が本当なのだとマギサにも理解出来た。

 マギサにとっては未知の世界だが、フレッドを取り巻く環境を小さなダンジョンマスターなりに理解した。理解したので、何かを決意したように小さく頷いてからマギサは両手をバッと広げた。


「先輩?どうかしました?」

「マギサ?」


 ウォルナデットとフレッドの呼びかけに、マギサは答えない。答えないが、その口元がフレッドを見てにこっと笑った。

 次の瞬間、マギサが広げた両手の間に、ぶわわっと無数の植物が生み出された。草花と呼ぶべきものだが、種類が膨大で何が何やら周囲には理解不能だ。


「えっと、あの……?」

「コレクライアッタラ、足リルカナ?」

「はい?」


 マギサの問いかけに、フレッドは意味が解らずに間の抜けた声を上げてしまった。しかし、フレッドは悪くないだろう。あまりにも突然過ぎるのだ。

 その状況を理解するのは、それまで延々とコントめいたいつもの保護者と問題児のやりとりをしていた悠利とアリーだった。類いまれなる鑑定能力持ちの二人は、マギサの両手の間の草花を見て叫んだ。


「マギサ、何その大量の毒草!?」

「ちょっと待て、レアどころじゃねぇ毒草まで出すな!」

「「毒草!?」」


 二人のツッコミに、フレッドとウォルナデットは驚いたように叫んだ。四人の視線を受けたマギサは、何で驚かれているのか解らないと言うように小首を傾げている。

 なお、悠利の足下のルークスも、同じような反応だった。ご主人様達は、何でこんなに驚いているんだろう?みたいな感じだ。魔物同士で何か通じているらしい。……ウォルナデットは元人間なので、感性はほぼ人間です。

 ちなみにブルックは、滅多なことでは動じない図太い性格の本領発揮と言わんばかりに、がやがやしている面々を眺めて紅茶を飲んでいた。……今日の自分は護衛以外の仕事をしなくて良いと思っているのかもしれない。面倒事は基本的にアリーに丸投げスタイルなので。

 それはさておき、マギサがぶわわっと出したものは、悠利とアリーが見抜いた通り毒草だった。それも、多種多様どころではなく、採取難易度がバカみたいに高いような、つまるところ色々と希少価値が高すぎてヤバいやつまで普通に出している。

 確かにこのダンジョンは植物系の採取ダンジョンで、マギサは自由に植物を生み出せる。王都の住民向けに食材特化型ダンジョンになっているだけで、別に食材以外が出せないわけではないのだ。

 そして、連日王都の住民達で賑わう収穫の箱庭のダンジョンコアはエネルギーに満ちあふれており、ダンジョンマスターであるマギサが使える力にも余裕がある。……つまりは、希少価値が高い植物だろうが、何の苦もなく生み出せるということだ。

 その事実に思い至ったウォルナデットが、流石先輩!と尊敬の眼差しを向けると同時に、自分の状況(ダンジョンコアと方針の違いでバチバチ中で、現在地道に観光路線で人を呼び込もうと頑張っている)を思い出してちょっぴり凹んでいた。ドンマイ。

 なおマギサにはマギサなりの理由があった。驚愕している人間達に向けて、小さなダンジョンマスターは大真面目に告げた。


「フレッド、コレダケ持ッテ帰レバ、少シハ毒ニ慣ラスノニ役立ツ?」

「……え?」

「……マギサ、もしかして、フレッドくんにあげようと思ったの?」

「ソウ。毒草モ、色々アルカラ」


 こくりと頷くマギサ。自分が生み出せるだけでも色々あるのだから、毒に身体を慣らすのは大変に違いないと思ったのだろう。勿論、ただ毒草を使うだけではなく、複数を掛け合わせた毒なども存在する。しかし、それも紐解けば材料は毒草の場合が多い。

 毒草由来ではない毒物もあるにはあるが、やはり身近なのは毒草だろう。そして、毒草ならば自分がお役に立てるとマギサは思ったのだ。新しく出来たお友達に、自分が出来ることでお手伝いをしたかったのだろう。


「つまり、これを僕が貰っても良いということなんですか……?」

「モット必要?」

「い、いえ……!違います。僕は毒草のことは詳しく解りませんが、これが過分な好意だということぐらいは理解出来ます」

「過分ナ好意……?」


 聞き慣れない言い回しに、マギサがこてんと首を傾げて不思議がる。フレッドが何とか言い直そうとしているが、色々と動揺しているので言葉が出てこないのだろう。代わりに悠利が説明した。


「すっごく大きな好意ってことだよ。もっとざっくり言うと、こんなにしてもらって良いんですか?みたいな感じで驚いてる」

「……ナルホド。大丈夫。オ土産ダカラ」

「お土産で毒草のフルコースってのもなかなかだけどね、マギサ……」


 お友達にはお土産を渡すものだから大丈夫!みたいな謎の理屈で押し通そうとするマギサ。お土産は嬉しいけど、普通は毒草は渡さないよとツッコミを入れる悠利。その背後で、いつもいつも食材を大量に貰って帰ってくるお前が言うな、という大人二人の視線が悠利の背中に向けられていた。

 とりあえずそれには気付かないフリをして、悠利はフレッドに向き直る。突然の特大の好意にどうして良いか解らずにいるお友達に、先輩として伝える。


「もし迷惑じゃないなら、受け取ってあげて。マギサは、お友達に何かをしてあげるのが大好きなんだよ」

「ユーリくん……」

「それに、マギサが出してくれた毒草がフレッドくんの役に立って、少しでもフレッドくんが安全になるなら、僕も嬉しいから」


 そう、それが本音だった。マギサが生み出した毒草には希少価値が高いものも含まれている。ということは、なかなか耐性を付けることが出来なかった毒にも対応出来るようになるのではないかと思ったのだ。滅多に会うことも出来ない大切なお友達が、少しでも安全であれば悠利も嬉しいので。

 その気持ちは通じたのだろう。フレッドは少し悩んだ末に、ありがとうございますと答えた。

 

「こんなに沢山頂いて、本当にありがとうございます。大切に使わせていただきますね」

「足リナクナッタラ、マタ来テネ」

「あははは。……そう簡単には来られませんが、機会があれば是非」

「約束」


 にこっと笑うマギサに、フレッドは頷いた。また遊びに来ると確約が出来ないのが辛いところだ。それでも、もしかしたらの可能性を残した会話をするだけ、前向きとも言える。……悠利達と交流することで、フレッドはきっと、ほんの少し欲張りになっているのだ。

 お友達と過ごす他愛ない時間。自分が望むには難しいそれを、簡単に叶えてくれる友人の存在に感謝している。それがフレッドの本心だ。改めてそれを口にすると大仰になりそうで、今は何も言わないけれど。

 そして、そんな微笑ましい会話を繰り広げる子供達の姿を、アリーとブルックは静かに見守っているのだった。




 なお、お友達にお土産の構図を理解したウォルナデットが、「俺も何かお土産を渡した方が良いのだろうか……」と一人ひっそりと考え込んでいたのだが、誰も気付いていないのだった。



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