お友達とお友達の交流

「イラッシャイ!」


 満面の笑みを浮かべて出迎えるその存在に、フレッドは驚いたように目を丸くしていた。前情報で姿や性質などを聞いていただろうが、それでも実物を前にすると衝撃があるのだろう。ダンジョンマスターという存在に対する世間一般のイメージを思えば、無理もない。

 ダンジョンコアのある部屋、つまりはダンジョンの中枢部で悠利ゆうり達を出迎えたマギサは、それはもうご機嫌だった。大好きなお友達が、新しいお友達を連れてきてくれたのだと言わんばかりの態度。それはどこからどう見ても愛らしい幼児の反応で、何も知らなければ微笑ましく見えるだろう。

 雨合羽を着た幼児のような、小さな隠者と言うような風情の装いのマギサは、フードに隠れて顔の上半分が見えない。ただ、その代わりのように口元は雄弁に感情を物語り、今も嬉しそうな笑みが浮かんでいる。空中にふわふわと浮いているので、真っ赤な靴が目を引いた。


「こんにちは、マギサ。彼がフレッドくんだよ」

「初メマシテ!ユーリノ友達ニ会エテ嬉シイ!」

「初めまして。今日はお招きありがとうございます」

「……オ招キ、アリガトウゴザイマス……?」


 はて?と言いたげに首を傾げるマギサ。フレッドの言葉使いは、情緒が人間の幼児レベルのダンジョンマスターにはちょっと耳馴染みがなかったらしい。困った顔をするフレッドに変わって、悠利が説明をする。


「呼んでくれてありがとうって意味だよ」

「ナルホド!言葉、色々アルカラ難シイネ」

「そうだねぇ。言葉って難しいよね。丁寧語とか敬語とか謙譲語とか……」

「何ソレ」

「色々あるんだよ、マギサ……」


 ふっと思わず黄昏れる悠利。ちょっぴり国語の授業を思い出してしまったのだ。テストの度に、どれがどれか解らなくなった記憶がある。気付くとこんがらがってしまうのだ。言葉はとても難しい。

 そんな悠利に、マギサは不思議そうに首を傾げていた。フレッドも同じくだ。ダンジョンマスターのマギサには無縁の世界であるし、物心ついた頃から丁寧な言葉遣いの中で育ったフレッドにも解らない感覚なのだろう。そして、悠利の足下のルークスにはもっと解らない世界である。

 ただ、背後に佇むアリーとブルックには理解出来るらしく、確かになぁと小声で呟いている。日常会話で使う言葉遣いと、依頼者を相手に使うものと、偉い人を相手にしたときのそれらが、全て違うことを大人二人は知っている。そして彼らは、最後のやつを面倒くさいと思うタイプである。

 そこでマギサは、悠利達の背後にいつもと違うメンツがいることに気付いた。マギサにとって一番馴染みがあるのはリヒトだが、そうではない《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々も「ユーリの仲間」という区分で大好きな皆さんになっている。


「今日ハ偉イオ兄サント強イオ兄サンダ!」

「偉いお兄さんと強いお兄さん……?」

「保護者ノ人ト、凄ク強イオ兄サンダヨネ?」

「あぁ、うんそうだね」


 違うの?と言いたげに首を傾げたマギサに、確かに間違ってないと悠利は頷いた。悠利の隣でフレッドも頷いている。ルークスもその通りだと身体を上下に動かしていた。割と端的な表現である。

 そこまで考えて、マギサにとってお兄さんはリヒトなんだなと理解した悠利だった。リヒトをお兄さんという基準点において、他の人は○○のお兄さんという扱いになるらしい。……やはり、何故そこまでリヒトに懐いているのかが謎だった。


「デモ、コノオ兄サン達ト一緒ナノ、珍シイネ」

「あ、えーっと、アリーさんとブルックさんはフレッドくんとも親しいからだよ。ほら、知らない人のところへ行くフレッドくんが安心できるようにって」

「ナルホド」


 悠利の説明に、マギサは感心したように頷いた。初めての場所、初めての相手ということでフレッドが緊張するであろうということは、何となく理解したらしい。……まぁ、自分がダンジョンマスターだから緊張されているとは思っていないようだが。その辺りは情緒が違うので仕方ない。

 とりあえず、改めて本日の面々での挨拶は終わり、……マギサは好奇心全開でフレッドに詰め寄っていた。ふよふよと顔面の前に浮かぶダンジョンマスターにフレッドはまだちょっと緊張している。


「ユーリノオ友達、僕モフレッドッテ呼ンデ大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です。僕はどう呼ばせてもらったら良いですか?」

「僕ハマギサダヨ。リディガ付ケテクレタオ名前ナンダ」


 フレッドの問いかけに、マギサは嬉しそうに笑った。付けてもらった?と不思議そうにするフレッドに、悠利は事情を説明する。


「ダンジョンマスターは本来名前は持たないんだって。で、名前がないのは可哀想だ、呼びにくいって言い出したワーキャットのリディっていう子が、マギサって呼び名を付けてあげたんだよ。あだ名みたいなものだって」

「魔物への名付けとは違うんですね」

「うん、違うってアロールが言ってた」


 魔物使いのアロールが違うというなら違うのだろうとフレッドも納得したらしい。ちょっとだけ、ワーキャットのリディというのがどういう存在か気になったようだが、あえてそれを口にすることはないフレッド。聞いて良いか解らなかったのかもしれない。

 しかし、マギサは違った。大好きなお友達の話題が出たので、うきうきで話し始める。その姿は楽しそうな幼児そのものだ。


「リディハネ、可愛イ猫サンナンダヨ。元気デ楽シクテ、僕トモオ友達ニナッテクレタンダ!」

「マギサさんは、そのリディというお友達が大好きなんですね」

「……サンハイラナイヨ」

「え?」

「イラナイ」


 じぃっとフレッドを見つめたまま、マギサは同じ言葉を繰り返した。お友達のリディについて語っていたときとは、テンションが違う。何やら真剣で、重苦しい空気を背負っている。正しくは、圧がある、だろうか。

 思わずフレッドは息を飲んだ。自分がダンジョンマスターの機嫌を損ねてしまったことだけは理解出来た。だからこそ、言葉が出てこない。見目だけは愛らしい子供だとしても、目の前の相手が強力な力を持つこのダンジョンの主であるのは紛れもない事実なのだから。

 場を満たした緊張感に、アリーとブルックが反射のように警戒する。マギサは基本的にフレンドリーだが、相手は魔物。何が逆鱗に触れるかはさっぱり解らないからだ。

 しかし、そんな緊張感を漂わせるフレッドと大人二人とは異なり、悠利は大きな溜息をついた。

 思わず皆が、悠利を見る。しかし、悠利はその視線には答えず、ぺちりとマギサの額を軽く叩いた。めっと叱るような感じの叩き方に、マギサはきょとんとしたように悠利を見る。そして、フレッドは硬直し、アリーとブルックは息を飲んでいるが、ルークスは悠利同様ケロリとしていた。


「もー、ダメでしょ、マギサ。さん付けだとよそよそしくて寂しいのは解るけど、そんな風にぐいぐい迫ったらフレッドくんビックリしちゃう」

「……エ、ビックリシテタ?……ワァ、ゴメンナサイ!」

「え、あの、えっと……」

「ごめんね、フレッドくん。マギサはフレッドくんともお友達になりたかったから、その気負いであんな風に詰め寄っちゃったみたい」

「あ、はぁ……」


 悠利の説明を聞いても、まだフレッドは呆けていた。アレは本当にそういうものだったのか?と聞きたそうだ。寂しがっていると言うには、圧の出方が色々とアレだったのだが。

 しかし、マギサの友人である悠利が言うなら、そうなのだろう。背筋を走り抜けた悪寒をとりあえず忘れることにして、フレッドはマギサに声をかけた。


「すみません。初対面なのでいきなり呼び捨ては失礼かと思ってしまったんです。では、僕もマギサと呼ばせていただきますね」

「ウン!」


 フレッドの申し出に、マギサは満面の笑みを浮かべた。嬉しそうに笑う姿は愛らしい幼児。先ほど見せた謎の威圧は、もうどこにもなかった。温度差があまりにもエグかった。

 穏やかなやりとりに戻って、アリーとブルックは息を吐いた。彼らにはフレッドを守るという役目があるのだ。マギサが人間に友好的なのは事実だが、何が起こるか解らないのもまた、事実なのである。

 しかし悠利には保護者達のそんな緊張はさっぱり解らないので、どうかしました?みたいな顔で見ている。そのとぼけた顔に、二人は顔を見合わせて肩をすくめた。もしかしたら一番凄いのは、このぽやぽやした家事担当かもしれないと思ったのだ。

 所持した技能スキルが規格外ということではない。当人のこの性格だ。人ならざる存在とも容易く友好を結んでしまう境界線の曖昧さと、そういった存在に出会ったり好かれたりする幸運体質。冷静に考えると色々とアレな悠利である。


「……アリー」

「……何だ」

「今後も保護者として苦労してくれ」

「丸投げか……!」


 小声でブルックが告げた言葉に、アリーは小声で文句を言った。確かに彼は悠利の保護者だが、今の口ぶりでは我関せずを貫くつもりが丸見えだ。お前も手伝えと小突かれて、ブルックは面倒そうに視線を明後日の方向に逸らした。

 そりゃあ、命の危険があるとかならば、クラン最強戦力の名に恥じぬ実力で蹴散らすつもりはある。しかし、悠利が引き起こすアレコレは、物理的な強さでどうにか出来る状況ではないパターンの方が多い。そうなるとブルックには諸々が面倒くさいので、一人で頑張ってくれと言う結論になるのだ。

 ……この剣士殿は大抵のことは物理でどうにか出来るために、回りくどく下準備を整えるとか、平和的に話し合いでどうにかするとか、根回しその他を含む政治的なアレコレとかが苦手なのだ。向き不向きがあると言い張って、基本的に周囲に丸投げをしてきた感じで。


「お前も大人枠だろうが。少しは手伝え」

「向き不向きがあると思う」

「それは少しでもやる気を見せてから言ってくれるか?」

「安心してくれ。俺にそれらが向いていないのは、昔からだ。あいつらが保証してくれる」

「そこで幼馴染みを出すな」


 今は別行動をしている幼馴染みを引き合いに出すブルックに、比べるなとアリーは低く唸った。ブルックの幼馴染みということは彼と同じ竜人種バハムーンなわけで、そのスペックと比べられても困るのだ。こちとら普通の人間である。

 第一、年の功という理屈で行くならば、余裕で三桁を超えているブルックが最年長なのだ。お前もうちょっと最年長らしくやれとアリーがつっこみを入れるのも無理はない。

 なお、ブルック当人はそういう自覚は薄い。最年長と責任者は別だと思う、などと口にするぐらいだ。確かにクランの責任者はアリーだが、面倒くさがって丸投げするのもどうかという話である。

 大人二人が珍しくそんな風に揉めているのを、悠利は平和だなーという気持ちで眺めていた。自分が話題の元凶である自覚はちっともない。とりあえず、フレッドが見ていないのが幸いであった。……フレッドはまだマギサに捕まっていた。


「ジャア、普段ハオ勉強ガ忙シイノ?」

「えぇ、そうなりますね。僕はまだまだ至らない身ですから、必要な知識を身につけるのが必要なのです」

「至ラナイ身……?」


 それなぁに?と言いたげに首を傾げるマギサ。フレッドはその反応に慌てて説明をしようとするが、咄嗟に上手な説明が出てこないようだ。そこで助け船を出すのが、悠利の仕事である。

 

「まだまだ未熟者ってことだよ、マギサ」

「ナルホド!フレッドノ言葉、面白イネ!」

「……解りづらくてすみません……」

「フレッドくんが謝ることじゃないよ。マギサが普段接してるのは僕達だから、慣れてないだけだし」

「オ勉強ニナル!」


 恐縮するフレッドに、マギサは楽しそうに笑った。知らないことを知ることが出来るのが楽しいと言いたげだ。人間との交流が深まっているのを実感しているのだろう。小さなダンジョンマスターは、他愛ない会話を楽しんでいる。

 そこでふと、マギサが何かを思い出したように口を開いた。


「偉イ人ノ言葉ト似テル」

「え?マギサ、どういう意味?」

「時々来ル偉イ人トカ、オ使イノ人ノ言葉ト似テルナッテ思ッタ」

「あぁ、なるほど。フレッドくんはちゃんとしたお家の子だから、それでじゃないかな」

「チャントシタオ家?」

「ちゃんとしたっていうのも変だけど、えーっと、僕らより偉いお家の子」

「ソウナンダ」


 物凄くざっくりとした悠利の説明だったが、マギサはそれで納得したらしい。フレッドは困ったように笑っていた。彼は今でも悠利の前では友達のフレッドのままだ。彼がどういう家のどういう立場の子なのかは、悠利も聞かされてはいない。お友達の二人にそんなものはいらない情報だからだ。

 ただ、フレッドが明らかに上流階級の子息だというのは周囲の反応からも理解出来る。そもそも、アリーやブルックは彼をフレッド様と呼ぶのだ。二人が敬意を払うだけの立場にあるというのがそれだけで解る。

 しかし繰り返すが、悠利にはそんなことはどうでも良い。初対面のときに一緒にいたヤックとマグも同じことを言うだろう。家柄でお友達になるわけではないのだから。


「ジャア、フレッドノ普通ヲイッパイ教エテ欲シイナ」

「え?」

「マギサは人間をお勉強中なんだよねー」

「皆、色々違ッテ面白イ」

「ってことなので、いつも何してるかとか、周りにどんな人がいるとか、そういうの話せる範囲で話してあげてくれると嬉しい」


 にこっと笑う悠利と、わくわくと言いたげに自分を見つめるマギサに、フレッドは目をまん丸に見開いた。まさかダンジョンマスターにそんなお願いをされるとは思わなかったのだろう。しかし、マギサは大体こんな感じなのである。

 お客様がいっぱい来てくれたら嬉しい。遊んでくれるならもっと嬉しい。お友達が出来るのは凄く嬉しい。そして、遊びに来てくれた人達のことをいっぱい知りたい。無邪気な性質のダンジョンマスターは、幼児のように好奇心いっぱいだった。


「そんなに面白い話になるとは思いませんが、僕の話が役に立つのでしたら」

「今日ハイッパイオ喋リシヨウネ!」

「……と、いう具合にマギサはフレッドくんに会えるのを楽しみにしていました。いつもと違って僕やルーちゃんへの関心が薄いほどです」

「あははは……。大歓迎されてるんですね」

「そう。大歓迎されてるから、遊んであげてね」

「はい」


 全身全霊で楽しみだと訴えてくるマギサの姿に、フレッドはようやっと緊張が解けた笑顔で笑った。そのフレッドの笑顔を見て、悠利も一安心だなぁと思った。マギサがダンジョンマスターなので必要以上に緊張しているフレッドを見ていると、何だか申し訳ない気分になっていたのだ。何せ、呼び出したのはこちらである。

 そもそも、悠利がお友達のフレッドくんについてお話ししなければ、マギサがフレッドに興味を持つこともなかった。そういう意味では、一応ちょっぴり責任を感じているのだ。まぁ、フレッド側も珍しい経験が出来るということで来てくれたから、まったく利点がないわけでもないが。

 そんな風に戯れる子供達の姿を、アリーとブルックも安心したような表情で見守っていた。……なお、いつの間にかルークスがその二人の足下へと移動し、何やら訳知り顔で頷くような仕草をしている。どうやら、自分も見守り隊に分類したらしい。

 足下の小さなスライムの行動に首を傾げつつ、まぁ良いかと放置することに決めるアリーとブルック。ルークスは利口なので、何かあったとしても邪魔にはならないと判断されているのだ。出来るスライムは保護者の評価も高いのです。




 一瞬緊張を孕んだお友達とお友達の顔合わせは上手くいき、悠利達は仲良く会話を楽しむのでありました。



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