農園ダンジョンは今日も農園

「話には聞いていましたが、何というか、本当に、……農園ですね」


 噛みしめるようなフレッドの言葉に、一同はまぁそういう感想になるよなぁと思った。ダンジョンという名称とは裏腹に、どこからどう見てもただの農園なのだ。果樹園と農園がセットになったような場所である。

 単純に野菜や果物が農園のように並んでいるというだけではない。収穫に訪れる一般人がわいわいと過ごしている姿が、どう見ても農園にしか見えないのだ。時折魔物の姿も見えるが、それらですら友好的。何なら収穫を手伝ってくれるのだから、なんだここはという感想になるだろう。

 ここは本来、植物系のありとあらゆる素材が手に入るダンジョン、である。ダンジョンマスターであるマギサが生み出したり、ダンジョンに配置出来るのは植物系のものばかりだ。そして、植物系という大きな括りで近隣に住む人間達に好評だったのが食材だと理解して、ここは食材メインの採取ダンジョンになってしまったのである。

 来てくれる人に喜んでもらいたい。その思いを込めてマギサが作り上げた収穫の箱庭は、立派な農園とか果樹園になっていた。……それを何か違うと否定しない程度にはダンジョンコアはマギサと同じ考えなのである。


「フレッドくんは野菜の収穫とかってしたことある?」

「いえ、ありません。栽培しているところを見学したことはありますが」

「そっかー。じゃあ、今日が初体験だね!」


 にこっと笑う悠利に、フレッドはそうですねと笑った。良いお家に生まれると、野菜の収穫なんてやったことがなくても普通だろう。まぁ、普通のお家に生まれていても、家に畑がなかったら経験しない可能性はあるし。

 ここでは僕が先輩だね、と張り切る悠利。その隣で何故か一緒に張り切っているルークス。微笑ましい光景にフレッドの顔にも笑みが浮かぶ。ごく自然にこぼれる笑顔に、彼らの様子を見守っているアリーとブルックも表情を緩めた。

 彼らは引率兼護衛という名目で側にいるが、護衛としてはそこまで気を張ってはいなかった。ここは本当に、安全安心の一般人御用達のダンジョンなのである。危険なトラップがあるとかでもないし、出てくる魔物達もフレンドリーだ。

 ……魔物がフレンドリーって何だと言われそうだが、事実なので仕方ない。そういう意味では安全安心なので、何も気にせずに収穫を楽しめば良いのだ。

 悠利はひとまず、それを手に取った。各フロアに置かれている収穫用の刃物だ。包丁ぐらいのサイズのナイフを手にした悠利は、もう一つをフレッドに手渡した。素人でも握りやすそうな軽いナイフである。


「これが収穫用の道具だから、これを使ってね」

「ナイフ、ですか……。ダンジョンに常備されているんですか?」

「そうだよ。あ、でも安心してね。このナイフは収穫にしか使えないし、ダンジョンの外には持ち出せないから」

「……はい?」


 のほほんと悠利が口にした説明に、フレッドは間抜けな声を上げた。何を言われたのか解っていないらしい。それも無理のないことだ。持ち出せないはまだ理解出来ても、収穫にしか使えないというのが意味が解らなかったのだ。

 そんなフレッドに説明をしたのは、アリーだった。少なくとも、同じ内容でも悠利が言うよりも説得力はある。


「フレッド様、このダンジョンに用意されている道具は、刃物ではありますが人体を傷つけることはないのです」

「……ですが、それでは作物を収穫することも出来ないのでは?」

「何故か解りませんが、対象を選別しているようです」


 説明をされても、フレッドはやっぱり理解が及ばない雰囲気だった。まぁ確かに、作物は切れるが人体は切れないとか言われても、どういう仕組みなんだと言いたくはなるだろう。悠利達も最初にそれを知ったときには何だコレと思ったものだ。

 なので、悠利はフレッドに解りやすく説明するためにナイフを手にした。やはりこう、実践してみせるのが一番だろう。


「フレッドくん、試してみるから見て!」

「え?」

「こんな感じでキャベツの根元をザクッと……」


 そう言いながら、悠利はナイフをキャベツの目元に押し当てる。そのままぐっと力を込めれば、ザクリと切り離すことが出来る。見事な切れ味だ。


「こんな感じで、作物は切れます」

「そうですね。良い切れ味だと思います」

「で、コレを腕に当てると……」

「ユーリくん!?」


 慌てたようにフレッドが声を上げる。幾ら大丈夫だと知っていても、友人が腕に刃物を押し当てるのを見て平然とするのは無理だろう。そんなフレッドの顔を見て、悠利は首を傾げる。これが一番解りやすいんだけどなぁと言いたげである。

 とはいえ、フレッドの不安を煽るのも本意ではない。じゃあどうやって示せば良いだろうか。そんな風に考えていたら、ルークスが悠利の前でぽよんと跳ねた。


「キュピ」

「ルーちゃん?」

「キュイキュイ」


 不思議そうな悠利に、ルークスは身体の一部をちょろりと伸ばした。さぁどうぞと言わんばかりの行動だ。うにょーんと伸ばされたルークスの一部は悠利の前でふゆふよと揺れており、悠利が手にしたナイフにすり寄っている。

 そこでルークスの意図を理解した悠利は、優しい従魔にありがとうと告げた。何のことか解っていないフレッドに向けて説明する。


「ルーちゃんが代わりにナイフ受けてくれるって!」

「え、大丈夫なんですか?」

「そもそもこのナイフじゃ切れないよ。あと、スライムは核を傷つけられない限り大丈夫なんだって」

「それなら良いのですが……」

「キュ!」


 大丈夫だよと言うようにルークスがぽよんと跳ねる。そんなルークスの身体の一部に、悠利はナイフをぐっと押し当てた。見るからに力が入っている。しかし、傷一つ付かない。

 その状態で悠利は、ナイフを動かした。ぎこぎこと、まるでのこぎりで木材を切るような動きだ。しかし、そうやって動かしてもルークスの身体には傷一つ付かず、刃がルークスに埋まることもない。

 目の前の光景に、フレッドは驚愕の表情を浮かべた。先ほどキャベツを収穫したときの切れ味は、見事なものだった。その切れ味であれば、多少なりとも傷が付くだろうに、それがない。一切ないのだ。


「これはいったい、どうなって……?」

「その辺は僕にも解らないんだよね。ただ、あの子、ここのダンジョンマスターであるマギサが、危ないのは嫌だからこういう風に作ったって言ってたんだ」

「……ダンジョンマスターとは、そんなことまで出来るのですね」

「みたいだねぇ」


 のほほんとしている悠利に対して、フレッドの表情は強ばっている。人知及ばぬ異形の強さを知らしめられたようなものだからだろう。元々色々と真面目に考えるところのある少年なので、重く受け止めてしまっているようだ。

 そんなフレッドの肩を、ブルックはポンと叩いた。大きな掌で、けれど決して痛みは感じない力で軽く叩かれて、フレッドは長身の剣士を見上げる。


「フレッド様、確かにダンジョンマスターは恐ろしいまでの力を持ちますが、ここの主に関しては心配はいりません。アレはただ単にユーリに懐いているだけの幼児です」

「幼児……?」

「ブルックお前、言い方……」


 確かにその通りではあるのだが、もうちょっとマシな言い方はないのかとアリーが額を抑えて呻いている。常識担当のお父さんは今日も大変です。

 なお、今の説明だけではフレッドの不安を取り除けないと思ったのだろう。ブルックは大真面目な顔で、きっぱりと言い切った。


「心配されずとも、何かあれば俺が斬れます」

「斬っちゃ嫌ですよ、ブルックさん!?」

「そりゃお前なら斬れるだろうがな……」


 そういう問題でもねぇんだわ、とアリーがブルックの背中に蹴りを入れながらツッコミを口にする。なお、その程度ではダメージを受けないブルックなので、何だ?と言いたげに振り返るだけである。

 悠利はそれどころではなかった。大事な大事なお友達である。何でそんな怖いこと言うんですか!とブルックに食ってかかっている。確かにブルックの強さは知っているし、ヒト種最強の戦闘種族と言われる竜人種バハムーンなので納得もする。だからって、可愛いとお友達に対して物騒な意見を口にしないでもらいたかった。

 そんな風にぎゃーぎゃー騒ぐ三人を見て、しばらくして、フレッドが小さく吹き出した。何かが笑いのツボに入ったらしく、口元を押さえて笑っている。


「フレッドくん……?」

「あ、いえ、すみません……。何だか、皆さんのやりとりで気が抜けてしまって……」

「……んー、まぁ、フレッドくんが大丈夫になったなら良いんだけども……」


 とにかく、マギサにヒドいことはしないでくださいね!と悠利はブルックに念押しをする。一応自発的に攻撃モードに入るつもりはないブルックなので、言ってみただけだから気にしなくて良いと答えているが。言わないでほしかった悠利である。

 まぁ何はともあれ、フレッドの緊張が解けたので良いだろう。そう気持ちを切り替えて、悠利はフレッドと共に収穫作業に入ることにした。食べ盛りや身体が資本の冒険者を抱える《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には、食材が必要なのである。


「それじゃ、フレッドくんも一緒に収穫しようね」

「はい」

「えーっと、あ、これ。このキャベツにしよう」

「……何か違うんですか?」

「中身が詰まってて良い感じなんだよ!」


 悠利が示したキャベツと隣のキャベツを見比べて、フレッドは違いが解らずに首を傾げる。そんなフレッドに、悠利は満面の笑みで答える。悠利の発言は間違っていない。【神の瞳】さんが、これが大きいと教えてくれたキャベツなのだから。

 家事を担当していれば野菜の目利きも出来るのだろうか……、と考えていたフレッドの耳に、長い長い溜息が聞こえた。アリーのものである。振り返ったフレッドに対してではなく、アリーは悠利に向けて言葉を発した。


「お前はまた、技能スキルで野菜の目利きをしてるのか……」

「そのために使わなくてどうするんですか?」

「鑑定技能スキルはそんなことに使うもんじゃねぇんだよ」

「使えるなら使った方が良いじゃないですかー」


 誰の迷惑にもなってません!と胸を張る悠利。それは確かにそうだった。迷惑になるどころかお役立ちである。しかし、色々と使い道が多岐にわたる鑑定系の技能スキルを、食材の目利きで使っているのは悠利ぐらいである。何でその使い方なんだとアリーが言いたくなるのも無理はなかった。

 何せ、悠利が所持する【神の瞳】は鑑定系最強の技能スキルである。見抜けぬものなど何もないと言われるほどの、嘘偽りさえも見抜く素晴らしい技能スキルなのだ。……なのに悠利は食材の目利きと仲間の体調管理とかにしか使わない。

 まぁ逆に言えば、そういう使い方しかしていないから、ある意味で平和なのだろう。突然降って湧いた強大な力を、矮小な使い方に落ち着かせることでのほほんとした日常を維持しているとも言えた。……まぁ、時々やらかすのだが。


「……鑑定の技能スキルは、食材の目利きも出来るんですか?」

「そうみたいですよ。嬉々として使っていて、市場では目利きの少年と呼ばれているとか」

「ユーリくん……」


 呆れれば良いのか笑えば良いのか解らずに、フレッドは困ったような顔をしていた。悠利とアリーが何やら言い合いを続けているが、一先ず目の前のキャベツに向き直る。ルークスが、頑張れと言わんばかりにフレッドを見ていた。

 フレッドがナイフを入れやすいように、ルークスはキャベツをそっと持ち上げてくれる。愛らしいスライムの助力にお礼を言って、フレッドはキャベツの根元にナイフを差し込んだ。ザクリ、と確かな手応えを感じる。

 根元を切り落とされたキャベツが、ごろんと転がった。ルークスがそれを受け止め、フレッドに向けて掲げてみせる。上手に収穫できたね!みたいな感じだった。微笑ましい。


「あ、フレッドくん、キャベツ収穫出来た?」

「はい。ルークスくんが手伝ってくれました」

「ルーちゃん流石!偉い!」

「キュ!」


 悠利に褒められて、ルークスは嬉しそうに飛び跳ねた。そのまま悠利の傍らへ移動して、フレッドが収穫したキャベツを差し出す。お持ち帰りするんでしょう?と言わんばかりの行動だった。理解が早すぎる。

 ルークスが持ってきたキャベツは悠利の学生鞄に収納される。魔法鞄マジックバッグになっているので幾らでも荷物は入るのだ。今日も元気に沢山収穫するつもりの悠利である。


「キャベツは後二つぐらい欲しいから、フレッドくん、二つ向こうのやつも収穫してね!」

「え、あ、はい。……これも、大きいんですか?」

「大きいって言うか、甘みがたっぷりみたい」

「な、なるほど……」


 悠利の目利きに驚きつつ、フレッドはナイフを片手にキャベツの収穫に取りかかる。今度は傍らにいたブルックが手伝っている。まだ手付きはぎこちないが、それでもキャベツを収穫するフレッドの表情は晴れやかだった。子供みたいに楽しそうですらある。

 今度のキャベツは自分で抱えてみるフレッド。ずしりと重い、立派なキャベツだった。常日頃キャベツを使った料理は食べているが、こんな風に生のキャベツを見ることはない。フレッドは悠利と違って調理場に顔を出すようなタイプではないのだ。

 重いだけでなく、外葉まで艶やかで瑞々しい。みっちりと巻かれた葉っぱがその重さの理由だとよく解る。自分が収穫した野菜ということで、その重さも含めて何だかひどく感慨深い気持ちになるフレッドだった。大地の恵みを手にしている、みたいな感じで。

 

「フレッドくん、どうかした?」

「いえ……。野菜の収穫というのは、何だかありがたみを感じる行為ですね」

「そうだね。美味しいお野菜はとってもありがたいよね!」


 フレッドの言葉に悠利は満面の笑みで応えた。それを見守るアリーとブルックは、多分全然違う意味だろうけどな、と思いながらも黙っていた。少年達の微笑ましい交流を邪魔するような大人げない真似はしません。


「それじゃあフレッドくん、次のエリアに行こう!」

「次は何にするんですか?」

「とりあえずキノコが欲しいから、キノコの部屋だね」

「キノコの収穫も楽しみです」

「ルーちゃん、大きなキノコ探すよー!」

「キュピー!」


 もはや完全にノリが収穫体験みたいになっているが、細かいことは気にしてはいけない。意気揚々と歩く悠利と、その足下を楽しげに跳ねるルークス。その一人と一匹に先導される形で歩くフレッド。その背中を追う、アリーとブルック。ちょっと目立つ一団だが、他の利用者は特に気にした風もなく放っておいてくれた。

 というのも、悠利とルークスはここの常連である。何かいつもいる、楽しそうに収穫をしている一人と一匹と認識されている。また、他の人々も自分達の収穫に忙しいので、誰がいてもあまり気にしていないというのもあった。その適度な無関心さもまた、フレッドには心地よさそうだった。




 その後も各エリアで楽しく収穫を行い、大満足の悠利がいた。フレッドも初めての収穫を楽しめたのか、良い笑顔をしているのでした。



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