書籍22巻部分

お友達と収穫の箱庭です

「それでは、今日はよろしくお願いします」


 そう言って礼儀正しく頭を下げたのは、服装こそ裕福な家の子供と思しきものであるが、育ちの良さを感じさせる少年だった。何が違うと言えば、空気が違う。身に纏う、生まれ持った存在感のようなものが一般庶民とはまったく別の何かであった。

 しかし、迎える悠利ゆうり達にとっては慣れたもの。この少年がそういうった、所謂やんごとなき身の上であることは重々承知しているので、何も問題はない。なるべく一般人に擬態できそうな服装を選んできたなー、ぐらいの認識である。


「今日はいっぱい楽しもうね、フレッドくん!」

「キュピキュピ!」

「えぇ、そうですね、ユーリくん。ルークスくんも」

「キュ!」


 にこにこ笑顔で挨拶をする悠利と、ぴょんぴょんと跳びはねながらご挨拶をするルークス。そんな一人と一匹に、フレッドは年齢相応の笑顔で答えた。

 そんな風に和やかに会話をしている悠利達の傍らでは、フレッドのお付きとしてやってきていた護衛と従者がアリーとブルックの二人と話をしている。大人は大人で真面目なお話があるのです。


「それではアリー殿、ブルック殿、フレッド様をよろしくお願いします」

「こちら、フレッド様のお荷物になります。必要になるやもしれぬ物資も入っておりますので」

「心遣いありがとうございます。まぁ、このダンジョンは安全なので特に何もないとは思いますが」

「万が一の場合は必ずお守りしますのでご安心を」

「「ありがとうございます」」


 深々と頭を下げる護衛と、小さな魔法鞄マジックバッグを差し出す従者。彼らはこの先には同行しない。悠利達はこれからフレッドと共に収穫の箱庭の中へ繰り出すのだが、護衛と従者はダンジョンの外でお留守番なのだ。

 というのも、これから悠利達が向かうのは、単にダンジョン探索というわけではない。その最奥、このダンジョンの最高責任者であるダンジョンマスター、悠利の友人であるマギサの元まで赴くのだ。

 あの幼い風貌のダンジョンマスターは遊びに来てくれる人々をお客さんと呼んでおもてなししたがる人懐っこい性質ではあるが、腐ってもダンジョンマスターだ。何がどう逆鱗に触れるかが把握できないので、安全性を考慮して慣れているメンバーだけで赴くことになった。

 それ故に、普段悠利が遊びに来るときは訓練生の誰か(比較的冷静に判断できるとか大人枠とかに分類されそうな面々が多い。代表格になっているのは頼れる兄貴分のリヒトだ)と一緒で終わるのだが、今回はアリーとブルックという《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の二大巨頭がお目見えだった。

 そもそも、何故こんなことになっているのか。話は少し前に遡る。




「……え?フレッドくんに会いたい?」

「ウン」


 悠利の問いかけに、マギサはこくりと頷いた。何も知らなければ小さな隠者と思しき幼児の姿をしたダンジョンマスターは、その愛らしい姿でおねだりを口にした。滅多に我が儘を言わないマギサにしては珍しい、というか、初めてのおねだりに、悠利は思わず驚きから目を見開いていた。

 なお、悠利のお目付役として同行しているリヒトはと言えば、物凄く微妙な顔をしていた。また何か厄介なことが起こるんだろうかと言いたげな反応。無理もないのだが。


「どうして突然フレッドくんに会いたいなんて思ったの?マギサはフレッドくんと接点ないでしょう?」

「友達ノ友達ハオ友達」

「うん、まぁ、そうかもしれないけど……」

「ダカラ、会ッテミタイ」

「……うぅーん……」


 実に無邪気なお願いだった。これは、以前ワーキャットの若様リディを連れてきて、友達の友達だからお友達になれるね、みたいな理論でお友達が増えたことが原因かもしれない。人懐っこいダンジョンマスターは、お友達が大好きなのだ。

 普段悠利と一緒にやってくる《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々を、マギサはお友達認定はしていない。何か違うらしい。彼らはマギサとも仲良くしてくれるが、相手がダンジョンマスターだという意識が抜けきらない。幼い姿ながら、その辺りを敏感に察知しているらしい。

 代表格がリヒトだ。マギサはリヒトをお兄さんと慕っているが、お友達とは言わない。彼の中で大好きなお兄さんはお友達枠ではなく、そういう意味では悠利とは別の区分なのだ。だから、悠利と同じ区分の相手を増やしたいらしい。

 気持ちは解ったが、それは物凄く難しいことじゃないかと悠利は思う。そりゃあ、悠利だってお友達のマギサに仲良しのお友達が増えたら良いなとは思う。しかし、相手はダンジョンマスターだ。そう簡単にお友達になってくれる相手なんて見つからない。

 そもそも、フレッドは悠利の友達だが、こういう言い方をするとアレなのだが比較的マトモな精神構造をしている。常識的とでも言うのだろうか。ダンジョンマスターとお友達になってくれるかなぁ……?みたいな考えが頭をよぎる。

 そんな悠利の耳に、リヒトの声が届いた。


「ユーリ、そもそも彼をここへ呼べるものなのか?」

「え?」

「そう簡単にダンジョンまで外出できるような立場か、あの子」

「……えーっと、どうでしょうか?」


 割と現実的なリヒトの問いかけに、悠利はへらりと笑って誤魔化した。僕、難しいことよく解らないです、みたいなノリだ。

 まぁ実際、悠利はフレッドの詳しい事情をよく知らない。アリーやブルックと付き合いがあるらしいということと、上流階級の子ということぐらいしか知らないのだ。どれぐらい偉いとか、どういう立場とかは、何一つ聞かされていない。だから、よく解らないで間違ってはいない。

 ただ、確かにその可能性はあるなぁと悠利も思う。どこへ出かけるにも常に護衛が側にいるような上流階級の人間である。普段の活動範囲外に出かけるのは、それなりの手続きとか色々と必要なのではないかと思われる。

 そもそも、単純にダンジョンに足を運ぶだけではない。ダンジョンマスターと顔合わせをするのだ。そう簡単に許可が下りるとは思えなかった。

 ただ、ダンジョンとは言っても収穫の箱庭はダンジョンマスターの性格のおかげで非常に安全だ。そういう意味では、別に危険判定は出ない場所とは言える。何せ、一般人が普通に出入りしているようなダンジョンである。

 この場合の問題点はやはり、ダンジョンマスターとの接触という点だろうか。いかに人間に友好的であろうとも、ダンジョンマスターは魔物である。悠利達はマギサの性格も理解しているので普通に接しているが、何も知らないフレッドの周りの大人がどう反応するのかが解らない。危ないと思われる可能性は否定できない。

 マギサの希望は叶えてあげたい。お友達のフレッドくんには自分も会いたい。しかし、現実問題どうすればその願いが叶うのかがさっぱり解らない。決定権を持つ人にどうお願いすれば良いのかなど、悠利には思いつきもしなかった。

 そんな風に考えて悠利が唸っていると、マギサが心配そうに声をかけてきた。


「むー……」

「……駄目……?」

「えーっと、駄目かどうかが解らないから、とりあえずアリーさんに相談してみるね」

「ウン!」


 悠利の説明に、マギサはパッと顔を輝かせた。……フードに隠れて顔の上半分は見えないのだが、喜んでいるのは空気で伝わる。結果がどうなるかは解らないが、とりあえずアリーに話を通すことでどうにかしようと悠利は思った。

 少なくとも、アリーはフレッドに連絡を取ることが出来る。マギサからのお誘いであるというのも含めて、相談するところまでが悠利の仕事だ。その先のことは大人にお任せである。

 そうしよう、そうしようと保護者に丸投げのスタイルに満足そうな悠利を見て、また何か起こるんだな……みたいな感じでがっくりと肩を落とすリヒトがいたのだった。




 そんな経緯でアリーからフレッドに話が通り、上でどのような話がされていたのかは悠利には解らないままに、共にダンジョンに赴くことが決定した。オッケー出たんだと悠利はこっそり思ったのだが、友達と遊べるのは嬉しいので気にしないことにした。


「でもまさか、僕がお誘いを受けるとは思いませんでした」

「突然ごめんねー。何かマギサがお友達を増やしたいみたいで」

「お友達、になるんでしょうか……?」

「なれるかどうかはフレッドくんが判断して」


 笑顔で告げる悠利に、フレッドは困ったように笑った。大丈夫でしょうかと少し心配そうにするフレッドだが、悠利はあまり気にしていなかった。基本的にマギサは来てくれる相手は全部大歓迎なのだ。よほどバカのことをしなければ問題はない。


「そういえば、よく許可が出たねー」

「あぁ、それは、導師のお口添えがありましたから」

「オルテスタさんが?何で?」


 フレッドの口から思わぬ名前が飛び出したので、悠利は思わず聞き返してしまった。ジェイクの師匠であるオルテスタはフレッドの先生でもある。

 王立第一研究所の名誉顧問を務める森の民。幼い見た目に長命種らしい重ねた齢を持つ彼の御仁は、黙っていれば儚げな美少年であるが、口を開くとなかなかに愉快で食えない爺様である。その彼の口添えとはいかに、という気分だった。

 ただ、悠利にとっては愉快で面白い合法ショタの爺様であるが、フレッドにとっては信頼に値する頼れる先生なのだ。だから、フレッドの援護射撃として口にされた言葉は、先生としてのものだった。


「それもまた経験になるだろう、と」

「経験?」

「はい。そもそも、ダンジョンマスターと見えるなんて滅多に出来ない経験です。それも、向こうからのお誘いですからね」


 そういうものなんだ、と悠利は思った。あまりにも普通にマギサに馴染んでいるので、ダンジョンマスターという存在の希有さみたいなところが解っていない。そもそも、マギサだけではない。マギサの自称後輩のウォルナデットというダンジョンマスターも友達だ。感覚が麻痺していた。

 それというのも、マギサもウォルナデットも人懐っこいのだ。とても友好的で、時々何かがズレるのはあれども、魔物という感じがしない。危機感とか、緊張感とかはとっくの昔にどこかに家出をしている。


「ダンジョンに足を運ぶことも滅多にありませんし、ここなら王都から近いので大丈夫だろう、と」


 経験を積む。それは、基本的に書物や人の話を介して知識を蓄えているフレッドにとって、得がたいものだ。その絶好の機会があるのなら、あちらの招きに応じるべきだとオルテスタは告げたらしい。収穫の箱庭の安全性は知られている。ダンジョンマスターであるマギサの人となりはアリー達から報告されている。ならば大丈夫だろう、と。

 オルテスタは、直接の弟子であるジェイクにはちょこちょこ扱いが雑な面が見えるお師匠様であるが、フレッドのことは可愛がっているらしい。いや、ジェイクのことも可愛がっているのだろうが、色んな意味で図太い弟子に比べて、フレッドには気遣いをしている。先生というよりは話し相手に近い部分があるので、そういった側面も影響しているのだろう。

 説明を聞いてなるほどなーと思った悠利は、ちらりと視線を周囲に向けてから口を開いた。


「まぁここって、一般人も普通に入ってるダンジョンだからねー」

「情報では知っているんですが、本当に普通に皆さん入っていくんですね。驚きました」


 彼らが会話をしている横を、ちょっと散歩にみたいな服装の一般人達が通り過ぎていく。或いは、ダンジョンから出てくる人々の姿もある。いずれも気負いは見られず、目当ての食材を手に入れてご機嫌という雰囲気だ。

 ……やはり冷静に考えると、ダンジョンという単語がゲシュタルト崩壊しそうな現実である。王都の民はもう慣れたので今更だが、地方からやってきた者達など、ダンジョン……?っという反応になる。彼らは悪くない。それで普通である。


「中に入ったらもっと驚くよ」

「驚くんですか……?」

「うん。楽しみにしてて」


 にこっと笑う悠利に、フレッドは楽しみですねと微笑んだ。その足下で、大小判を押すようにルークスがぽよんと跳ねている。ルークスにとってはお友達のお家である。


「あ、そうだ。フレッドくんって、果物で好きなものってある?」

「え?」

「果物ならその場で食べられるから、収穫して食べるのも良いかなーと思って」

「……本当に、食材を収穫する場所なんですね」

「そうだよ?」


 今更どうしたの?と言いたげな悠利に、フレッドは眉を下げて笑った。採取系ダンジョンだと聞いていても、イマイチ実感が湧かないのだろう。


「フレッド様」

「あ、はい」


 静かな呼び声が聞こえて、フレッドは振り返る。そこには、アリーとブルックとのやりとりを終えたらしい、彼の護衛と従者がいた。恭しい仕草でフレッドに向けて一礼する。


「我々はこちらでお待ちしておりますので、何かありましたらお呼びください」

「解りました」

「どうぞ、お気を付けて」

「心配はいりません。お二人もいてくださいますし、何より、あちらからのお招きです」


 護衛と従者と話すフレッドの姿を、悠利はじぃっと見ている。ルークスもじぃっと見ている。こういうときのフレッドは、彼らの知らない顔を見せる。普通の少年らしい姿ではなく、上に立つ者としての姿が見える。凄いなぁと眺める悠利だった。

 なお、悠利の足下ルークスは、何やってるんだろう?みたいな感じで小さく跳ねていた。彼の知っているフレッドは悠利達と普通の少年のように仲良くしている姿なので、いつもと違うなと感じているのかもしれない。……それを感じ取れる、理解出来る段階でルークスの凄さが際立つのだが、誰にも気付かれていなかった。その方が平和で良いのかもしれない。


「フレッド様、それでは行きましょうか」

「はい。よろしくお願いします、アリーさん、ブルックさん」


 ぺこりと頭を下げるフレッド。アリーとブルックは静かに頷いて、そして、視線を悠利とルークスに向ける。行くぞと言う合図だ。理解した一人と一匹は、保護者の元へと移動する。

 いざゆかん、ダンジョンへ!みたいなノリにはならない。それじゃあお友達のところに行こうかー、ぐらいのノリだ。それでも初めて足を踏み入れるダンジョンに、フレッドはほんの少し顔を輝かせていた。

 

「フレッドくん、楽しみ?」

「え?」

「ダンジョンに入るの、楽しみかなって」


 悠利の問いかけに、フレッドは一瞬驚いた顔をして、けれどすぐに破顔した。それは、先ほどまで見せていた上流階級の、色々な教育を受けた少年のものではなかった。悠利達と変わらない、未知の世界に期待を寄せるごく普通の少年の笑顔だった。

 

「はい、とても、楽しみです」


 そんなフレッドの返事を聞いて、悠利も笑った。楽しもうね、と。降って湧いた幸運で一緒に過ごせるのだ。今日は目一杯楽しむのが正解だと思っている悠利だった。

 悠利のそんなゆるゆるとした考えを、アリーは否定しなかった。ブルックも何も言わなかった。イレギュラーなダンジョンマスターからのお呼び出しではあるが、友人同士である二人が楽しげに過ごすのが一番だと思っているのだ。……本日の保護者二名は、悠利にもフレッドにも甘かったので。




 ひょんなことから始まったお友達とのお友達のお家探検に、うきうきする気持ちを隠せない悠利なのでありました。



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