生でも美味しい冬瓜の梅マヨ和え

「……別に冬瓜は、生でも食べられるよ?」

「え?」


 悠利ゆうりの言葉に、カミールはぽかんとした。驚いた顔をしているカミールに、悠利は不思議そうに首を傾げた。それがどうしたのと言いたげな悠利と、何を言われたのか解らないと言いたげなカミール。しばしの沈黙があった。

 そして、衝撃から立ち直ったカミールは悠利に向けて叫んだ。


「冬瓜って生でも食えんの!?」

「うん。それがどうかした?」

「でも毎回加熱してるじゃん!」

「それは、炊いたらトロッとした食感になって美味しいからだけど」

「……マジかよ……」


 今度こそカミールはがっくりと肩を落とした。何をそんなに衝撃を受けているんだと悠利は思うが、カミールにとっては衝撃の事実だったらしい。絶対に加熱して食べなければいけないと思っていた食材が、実は生でも食べられましたはそれなりに驚きらしい。

 そんなカミールを見て、悠利はそれならと提案を口にした。


「じゃあ、今日の副菜に生の冬瓜料理作ってみる?」

「え?」

「サラダっぽいやつにすれば、箸休めになるだろうし」

「やる!」


 未知の料理、食材の未知の使い方に興味が湧いたのか、カミールは満面の笑みで食いついた。そんなに反応するようなものじゃないけどなぁと思いながら、悠利は何を作るか考えてみる。

 当初は冬瓜をスープに入れるか煮物のように炊くか考えていたので、それを取りやめて何を作るのか、だ。サラダっぽい味付けの方が皆も食べやすいだろうとは思う。とはいえ、暑い日が続いているので、あまり濃い味付けよりは食べやすいさっぱりしたものが良いだろう。

 そこまで考えて、悠利は脳内から一つのレシピをチョイスした。こういうときに活躍してくれるのはやはり、皆も何だかんだで馴染んでくれた梅干しさんである。


「それじゃあ、冬瓜の梅マヨ和えにしようか」

「梅マヨって、前に肉焼くのに使った味付けのやつか?」

「うん。今回はマヨネーズのサラダに梅の風味が入ってる感じになるだけだよ」

「ふーん」


 どんな感じになるんだろうと言いたげなカミールだが、異論はないらしい。味付けよりも、冬瓜を生で食べられるという方が気になっているのかもしれない。

 そうと決まれば、下拵えだ。まずは冬瓜の皮を剥き、種を取る作業が待っている。冬瓜は切らずにそのまま適切な場所で保存すれば冬まで保つと言われる野菜だが、皮はそこまで固くはない。中身も柔らかいので、大きさの割に簡単に切れる。

 悠利の感覚で言うと、大根よりは固くて、カボチャよりは柔らかいという感じだろうか。カボチャは中身も固いので包丁を入れるのも一苦労だが、冬瓜の中身は大根のように簡単に切れるので鍛えていない悠利でも簡単に丁度良い大きさに切ることが出来る。

 皮を剥く前に四分の一ほどの大きさにして、スプーンを使ってごりごりと種を取る。この種の部分は特に食べないので、そのまま捨てる。もしかしたらわたに該当する部分なので栄養があるかもしれないが、美味しく食べる方法を悠利はよく知らないので、そのままぽーいである。後ほど、ルークスがちゃんと処理をしてくれるだろう。

 その後は、カミールと二人で丁寧に皮を剥く。煮物にするときなどはうっすらと皮の一番内側を残すようにすると緑の色味が透き通って綺麗だが、今日は生で食べるのでざくっと全てを剥いてしまう。


「で、皮は剥いたけど、次は?」

「次は、短冊切りにします。薄すぎず厚すぎずって感じで」

「……一番難しいやつじゃん」

「生で食べるのを考慮した厚みにすれば良いんだよ」


 そう告げて、悠利は皮を剥いた冬瓜をトントンと切る。まず、食べやすい幅に切り分けて、続いてそれを良い感じの厚みに切っていく。短冊切りと言っているが、冬瓜は大根のように真っ直ぐではないので、ところどころ不格好なのだがそれもご愛敬だろう。

 カミールも、悠利が切った冬瓜を見て同じように切る。見本があれば何となく切れるようにはなっているのだ。……ただまぁ、きちんと全部同じように切るなんて芸当は出来ないが。それが出来るのはよほど料理上手か、几帳面かだろう。


「切り終わったらボウルに入れて、塩押しをします」

「塩押しっていうと、キュウリとかで余分な水気を取るためにやるやつだよな」

「正解。冬瓜もキュウリと一緒でほぼ水分だから、塩押しすることで余分な水分が抜けて、味が染みこみやすくなるんだよ」

「へー」


 短冊切りにした冬瓜を全てボウルに入れると、塩を振って満遍なく混ぜる。この状態で置いておくと水が出てくるので、しばらく放置なのだ。


「じゃ、塩押ししてる間に僕は梅干しを叩くから、カミールはボウルにマヨネーズ準備しておいてー」

「任せろー」


 梅マヨを作るためにせっせと梅干しを叩く悠利。高レベルの料理技能スキルを持っているのは伊達ではなく、トタタタという軽快な音で梅干しは刻まれていく。その間にカミールは、言われたように小振りのボウルにマヨネーズを入れていた。

 梅干しを叩き終わると、悠利はマヨネーズの入った小さなボウルに刻んだ梅干しを投入する。そしてそれを丁寧に混ぜる。冬瓜と混ぜる前に梅干しとマヨネーズをしっかり混ぜて置く方が、綺麗に混ざるからだ。


「それじゃ、塩押しが終わるまでの間、他のおかずの準備しようか」

「おー」

「……僕はとりあえず、梅干しを叩いたこのまな板を洗おうか、」

「キュピー?」

「ルーちゃん?」


 結構大変なんだよなーというオーラを出していた悠利は、突然聞こえた愛らしい鳴き声に視線を食堂の入り口へと向けた。そこには、台所スペースと食堂スペースの境目から悠利を見ているルークスの姿がある。……調理中は邪魔をしてはいけないと思っているのか、呼ばれるまで入ってこない賢いスライムなのである。


「どうしたの、ルーちゃん。お掃除は終わったの?」

「キュイ、キュイー」

「え?」


 悠利の問いかけに、ルークスはにゅるんと身体の一部を伸ばして指差すような仕草をした。その先にあるのは、まな板だ。悠利がこれから洗おうと思っていた、梅干しを叩いたために赤色になっているまな板を、ルークスは示している。

 理解するのは、悠利もカミールも同じ。ただ、行動に移したのはカミールの方が早かった。まな板を手に取ると、ルークスの元へとやってくる。そして、満面の笑みでまな板を差し出した。


「手伝ってくれるってことだよな。ありがとうな、ルークス」

「キュピ!」

「……ルーちゃん、良い子……」

「キュピピー」


 二人にお礼を言われて、ルークスはご機嫌でまな板を取り込んだ。そのまま、ごろごろと身体の中で動かして、汚れを吸収する。スライムは雑食なのだが、こんな風に汚れだけを取ることが出来るのは賢くなければ無理だ。ルークスは賢いのである。

 ルークスがまな板の洗浄を担当してくれるならと、悠利はカミールと調理に戻る。スープの野菜を切ったり、メインディッシュのお肉を切ったりという作業を二人で手分けしてこなす。カミールは要領が良く段取りも上手なので、作業はテキパキと進んだ。

 そうこうしている内に冬瓜の塩押しが終わったので、二人は最後の仕上げに取りかかることにした。たっぷりと水が出ているので、ひとまず冬瓜をザルに入れる。そしてボウルの余分な水を全て捨てて、余計な水気を拭き取ってから冬瓜を戻す。


「いらない水を全部捨てたら、ここに梅マヨを投入します」

「おー」

「入れたら混ぜる。以上!」

「全体がピンクになって面白いな」

「梅干しの色が出てるからねー」


 叩いた梅干しを満遍なく混ぜたマヨネーズは、うっすらとピンク色だ。それが白っぽい冬瓜と混ざり合って、全体をピンクに染めている。ところどころ濃い色が見えるのは、叩いた梅干しが少し固まっているからだろう。それもまた目に楽しい。

 全体にマヨネーズが絡むように混ぜたら、それで完成である。完成したらやることは一つ。味見だ。


「はい、味見どうぞー」

「ありがとうございますー」


 ぱくんと二人は梅マヨで味を付けた冬瓜を食べる。塩押しした冬瓜はへにょりとしており、切っていたときのしっかりとした感じとは異なる。しかし、完全にくたくたというわけでもなく、多少は歯ごたえが残っている。柔らかいが、噛めば仄かにシャクっという食感があった。

 味付けは梅マヨだけなので、全体を包むマヨネーズとアクセントとして顔を出す梅干しの味が口の中を満たす。梅干しの酸味はあるが全体的な味はマヨネーズなので、冬瓜の水分で中和されて程良い塩梅に仕上がっている。


「思ったより酸っぱくないし、冬瓜の食感も楽しいな」

「サラダっぽく口直しになるかなって思うんだけど」

「美味いから大丈夫じゃないかな」

「それじゃ、他の料理も作っちゃおうね」

「おう」


 味見で問題ないことが解ったので、二人は手分けして他のおかずの準備を続けることにするのだった。……なお、まな板の洗浄を終えたルークスは生ゴミ処理をしてくれています。賢い。




「冬瓜は、生でも食べられるんですね……」

「そうなんです。ただ、火を入れた方がトロッとした食感になって美味しいので、普段はどうしても加熱しちゃうんですよね」

「今日は生のまま調理した理由はなんですか?」

「カミールが生じゃ食べられないと思ってたので」


 それだけです、と悠利はけろっと答えた。ふふふと上品に微笑むティファーナは、食べ慣れない生の冬瓜の食感を楽しんでいるようだった。他の面々も、この梅マヨ和えが冬瓜だと聞いて驚いていた。

 驚いてはいたのだが、まぁ悠利が出してくる料理が美味しくないわけがないよね、みたいな謎の信頼で全員乗り越えていた。今までの積み重ねである。

 そんなわけで、冬瓜の梅マヨ和えは意外とすんなり受け入れられていた。梅マヨという味付けを皆が知っていたこともあるだろう。マヨネーズと梅干しが合うということを知っているので、今日はそういう趣向なんだな、ぐらいの反応なのかもしれない。


「マヨネーズのサラダというとしっかりした味付けのものが多いですが、梅干しが入ると雰囲気が変わりますね」

「さっぱりさせたいときに、梅干しはぴったりなんですよねー」

「ユーリは梅干しが好きですね」

「はい、好きです」


 そこは本当だったので、悠利は素直に答えた。梅干しにも色々あるが、悠利はどの梅干しも好きなのだ。田舎のお婆ちゃんが作るような塩っ辛い梅干しも、食べやすくマイルドに仕上げられたはちみつ梅も、塩分控えめの減塩梅干しも、かつお梅などのアレンジ系も、全部全部好きである。

 ちなみに、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》で使っている梅干しは、アリーの実家から送られてくるものだ。梅農家さん直送の、壺入り梅干しである。果肉が柔らかく肉厚で、塩分は割としっかりあるタイプの酸っぱい梅干しだ。なので、こうやって調味料として使うと良い感じになるのだ。

 梅干しが好きな悠利なので、冬瓜の梅マヨ和えもご機嫌で食べている。塩押しして柔らかくなった冬瓜の食感は、いつもごろりとした大きさに切っているのと違って短冊切りなのもあって、違いを楽しめて良い。柔らかいがしっかりと野菜を噛んでいる感触は残っているので、サラダ感があった。

 冬瓜は水分が多く、塩分を加えると水が出てしまう。なので、梅マヨ和えも放っておくと水が出てくるのだが、それでもあらかじめ塩押ししていたのでまだマシだろう。また、その水分が梅干しの酸味を和らげてくれて、食べやすく仕上がっている。

 きちんと塩押しした甲斐あって、梅マヨが冬瓜にきちんと馴染んでいるのも良いポイントだ。塩押しをしなければもっとシャクシャクとした食感を楽しめたかもしれないが、引き換えに味は馴染みにくいし、水分がどばどば出ていたことだろう。なので今回は塩押しした柔らかい冬瓜で正解である。

 梅マヨは冬瓜の表面をコーティングしているだけだが、薄めの短冊切りに仕上げているのでどこを食べても味がする。冬瓜自体はそこまで濃い味はないので、どんな味付けにもマッチするのが良いところだ。時折梅干しの塊っぽいものを噛んでぶわりと味が広がるのもまた、楽しい。

 この料理のミソは、冬瓜の持つ水分だろう。マヨネーズと梅干しの塩分のせいで外に出てくる水気が、味付けに使った梅マヨを緩めてマイルドに仕上げてくれている。梅干しの酸味も和らげられて、実に食べやすく仕上がっているのだ。良いバランスである。


「生の冬瓜も美味しいなー」

「生で食べられると思っていませんでしたから、不思議な気がしますけれどね」

「まぁ、大根と同じような使い方で大丈夫じゃないかなって僕は思うんです」

「なるほど……。確かに、言われてみれば大根と似ていますね」


 悠利の言葉に、ティファーナは上品に笑った。冬瓜と大根は違う野菜だが、大根で出来る料理は冬瓜でも違和感なく馴染むパターンが多い。そういう意味で、冬瓜は大根と同じように使えば良いということだろう。

 楽しそうな顔で食事をしているティファーナが何を考えているのか、悠利は何となく解った。きっと、大衆食堂木漏れ日亭の主であるダレイオスにその話をするのだろう。彼女は幼馴染みの父親であるダレイオスとも家族ぐるみのお付き合いがあるのだ。

 それというのも、冬瓜はちょうど夏がシーズンの野菜だからだ。名前に冬と入っているので誤解されそうだが、冬瓜の旬は夏である。夏に収穫して、適切に保存したら冬まで保つ野菜、それが冬瓜である。名前に入るぐらいのインパクトだ。

 悠利は採取ダンジョン収穫の箱庭の冬瓜を使っているが、お店にも並んでいるのだろう。旬の食材を上手に使うのは基本中の基本だ。栄養価のある食材を美味しく食べるのは大切なことである。


(でも、ダレイオスさんは生でも食べられるって知ってそうだけどなー)


 もぐもぐと冬瓜の梅マヨ和えを食べながら、悠利はそんなことを思う。生で食べられるのを知っていて、その上でスープとかにぶち込んで使っているイメージがある。何せ、肉を求めて自分で魔物を狩りに行くような元冒険者の親父殿である。ちまちま切って使うより、ぶつ切りで鍋にぶち込んでいると言われた方が納得できる。

 とはいえ、それはあくまでも悠利のイメージというか、勝手な感想である。実際ダレイオスが冬瓜をどう使っているのかは知らない。だから、余計な口は挟まない。ティファーナが家族のような面々との話の種にするというなら、それはお邪魔するべきではないのだ。

 とりあえず、冬瓜の梅マヨ和えが上手に作れたし、仲間達も美味しいと言って食べてくれているので、それで良いやと思う悠利だ。小難しいことを考えるのは得意ではないので。




 なお、さっぱりして美味しいという理由で全員がぺろりと食べてくれたので、副菜のローテーションに入れておこうと思う悠利なのでした。定番料理が増えるのも楽しいものです。




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