白菜で包んでヘルシー餃子

「餃子が食べたい……」


 ある日の昼下がり、悠利ゆうりはそんなことを呟いた。幸いなことにその独り言を聞いた人はいなかった。いたら「餃子って何?」と突っ込まれたことだろう。少なくとも王都ドラヘルン近郊で餃子の存在は確認されていないので。

 悠利がこんなことを考えてしまったのには、理由がある。ワーキャットの里で出されたペリメニという料理で、忘れていた餃子への欲求を思い出してしまったのだ。あのペリメニは具材に鮭を使った水餃子のようだった。そこから餃子へ繋がってしまったのだ。

 餃子の作り方は決して難しくはない。ただし、問題が一つある。ここは異世界で、餃子の存在は確認されていなくて、そうなると餃子の皮はお店に売っていないのだ。一から作る必要があった。物凄く手間である。

 正しくは、数を作ろうと思うと凄く手間がかかるということだ。そうでなくとも餃子は手包みしなければならない料理だ。人数が多い上に沢山食べる面々が多い《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では、人海戦術で皆で頑張るとかしなければ準備が追いつかないのは目に見えている。


「うーん、何とかしてそれっぽいの作れないかなぁ……」


 悠利がここまで餃子に心を奪われているのは、先日ペリメニを食べたからだけではなかった。何と、手に入ってしまったのだ。中華系の料理を作るときに悠利が家で愛用していた、オイスターソースなるものが。

 今までは、醤油ではごま油を入れてもイマイチ中華っぽくならないなぁと思っていた悠利なので、そこまで中華系の料理を作ろうとか食べたいとか思うことはなかったのだ。そこへ、行商人のハローズおじさんが出先でオイスターソースを仕入れていてしまった。お裾分けでいただいたオイスターソースを見た瞬間、悠利の頭に作りたいあれやこれやが浮かんでしまった。

 そこへ、ワーキャットの里で食べたペリメニの思い出が加わって、こんなことになっている。見た目が水餃子っぽいペリメニと、家で餃子を作っていたときに大活躍だったオイスターソース。その二つのせいで、悠利は今、餃子がとても食べたいモードだった。

 皮を作るのは諦めた。包むのを頑張るぐらいはするが、粉をこねて切って伸ばして皮を作るところまでやっていたら時間が足りない。何か他に、それっぽいものが作れる方法がないものか。

 考えて考えて、悠利は思いついた。もとい、思い出した。


「白菜餃子にしよう!」


 白菜が有り余っていたときに家で作っていた料理、白菜餃子。これは、餃子の中身が白菜というわけではない。外も中も全部白菜を使うというやつだ。つまりは、皮の代わりに白菜の葉っぱで餃子餡を包んでしまえというやつである。

 丁度運良く、収穫の箱庭で手に入れた白菜が余っている。夏の季節に白菜は無縁だが、そこはそれ、季節を問わずに色んな野菜が手に入る採取ダンジョン様々だ。悠利はうっきうきで、夕飯に白菜で包んだなんちゃって餃子を作るための準備に勤しむのだった。




「と、いうわけで本日は白菜で包む白菜餃子を作ります」

「……餃子?」

「うん、そういう名前の料理があってね。本当は小麦粉で作った皮で包むんだけど、それを白菜で代用します。イメージとしては、この間ワーキャットの里で食べたペリメニの、もっと皮が薄いやつかな」

「…………諾」


 見知らぬ料理の名前を出されたマグは、よく解らないながらも何となくのイメージを掴んだのか、こくりと頷いた。後は、とりあえず悠利がこうやって作ろうとする知らない料理でハズレに当たったことがないので、大丈夫だろうという感じの反応だった。謎の信頼がある。

 そこでマグは、ちらりと食堂スペースの方へと視線を向けた。彼等がいるのは台所スペースだが、食堂スペースのテーブルで一心不乱に包丁をふるっている人物がいるのだ。


「レレイさん」

「え?」

「レレイさん」

「あぁ、レレイにはオーク肉をミンチにしてもらってるんだよ。ほら、僕らよりあの作業得意だし」

「……諾」


 悠利の説明に、マグはなるほどと言いたげに頷いた。頷いて、餃子の中身はオーク肉なのかと言いたげにレレイが量産しているミンチへと視線を向けた。塊のオーク肉は、まな板の上でレレイによってミンチへと変えられていっている。両手に包丁を持ってミンチを作る彼女は、何だかとても楽しそうだった。

 鼻歌交じりにご機嫌でオーク肉の塊をミンチにするレレイ。ミンチを作る作業そのものを面白いと思っているのと、ここで頑張れば美味しいご飯が待っているという期待でルンルンらしい。悠利としても作業を手伝ってもらえるので大助かりだ。


「ユーリー、これ、全部ミンチにしちゃって良いんだよねー?」

「良いよー。お願いー」

「解ったー」


 それなりの分量のあるオーク肉の塊を、レレイは気軽に請け負ってくれた。なお、今日使う分量にしては少し多めでお願いしているのだ。残った分は保存しておいて、また後日使えば良い。ミンチを作るのは大変なのだ。


「それじゃ、ミンチはレレイに任せて、僕達は他の準備に取りかかるよ」

「諾」

「まずは皮の代わりにするために、白菜を蒸します」

「蒸す」

「蒸し器の出番です」

「諾」


 普段特に使ってはいないが、一応蒸し器は存在するのだ。焼いても良いのだが、そうすると白菜に焦げ目が付いたり、フライパンにくっついたりするので、今日は蒸す方向で作ろうと決めた悠利であった。

 餃子ならば焼いた方が好みなのだが、今日作るのは白菜餃子。何となく餃子っぽい味付けの料理という感じなので、蒸した方が白菜の甘味が美味しいという理由で蒸し器の出番であった。


「白菜は一枚一枚剥がして、根っこの汚いところを取り除いたら、蒸し器で蒸します」

「中身」

「包むために先に蒸すんだよ。茹でるのでも良いけどね。とりあえず柔らかくして、皮の代わりに使えるようにします」

「諾」


 なるほどと言いたげに頷いたマグは、悠利がせっせと白菜を洗って根っこを切り落とす傍らで、蒸し器の準備に取りかかった。下に受ける鍋部分に水を入れてお湯を沸かすのだ。上に蒸し器を被せ、お湯が沸くのを待つ。

 お湯が沸いてきたら、綺麗に洗った白菜を重ねて並べる。しばらく蒸し器の中で蒸せば、くたりとした白菜に早変わりだ。これならば包むことが出来る。

 蒸し器から取り出した白菜はまな板の上に並べ、葉っぱの部分と芯の部分とで切り分ける。包むのは葉っぱの部分である。芯があると固くて巻きにくいので、ここで切り分けるのだ。なお、芯の部分は餡の中に入れるので無駄にはしない。


「マグ、葉っぱと芯の部分を分けたら、白菜を壊れない程度に絞って水気を切ってね」

「諾」

「余分な水気はいらないからね~。それが終わったら芯をみじん切りにします」

「諾」


 任せろ、と言いたげにマグは力強く頷く。二人で手分けして葉っぱと芯を切り分け、余分な水気を切り、葉っぱはそのまま粗熱を取り、芯の部分はみじん切りにする。切った白菜の芯はボウルに入れて置いておき、他の材料の準備だ。

 味のアクセントに加えるニラも白菜の芯と同じようにみじん切りにし、味付けに使う生姜とニンニクをすりおろしにする。こういった作業は慣れたものなので、特に無駄口も叩かず二人ともさくさくと準備していく。

 すると、不意にカウンターの向こうに影が差した。


「レレイ?」

「ミンチ出来たよー。はいどうぞ」

「ありがとう」

「美味しいのになるんだよね?」

「美味しいかは食べてからの判断でお願い」


 作っている段階でそこまでハードルを上げられても、と悠利は笑う。そんな悠利に、レレイは満面の笑みで答えた。


「大丈夫。ユーリのご飯はいつも美味しいから!」

「あはは、ありがとう」

「それじゃ、また手伝えることあったら呼んでね!」

「うん」

「包丁とまな板はルークスが綺麗にしてくれてるから」

「了解」


 課題の続きやってくるーと去っていくレレイ。彼女の背中を見送って、悠利が食堂スペースの方に目を向ければ、可愛いスライムが包丁とまな板を体内に入れて掃除中だった。ミンチを作ってベタベタになった包丁を綺麗にしてくれるルークスに、悠利は顔を輝かせた。


「ありがとう、ルーちゃん。それを手洗いすると本当に大変で……!」

「キュピー」


 物凄く実感がこもった言葉だった。確かに、ミンチを作るために包丁で肉を叩き続けたまな板である。そりゃもう、ねっとりぐっちょりお肉まみれだ。包丁は百歩譲って多少はマシだとしても、まな板を綺麗にするのは意外と大変なのだ。

 なので、そんな主のお役に立とうと頑張ってくれるスライムのルークスは、大変素晴らしいのである。……なお、包丁は一応刃物だが、スライムは核を傷つけられない限り痛覚はないので、あんまり気にしないで綺麗にしている。慣れたものである。

 え?従魔の仕事じゃない?それってスライムがやることなのか?とてもとても今更なので、どうぞ諦めてください。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》においてはいつもの光景です。


「それじゃ、中に入れる餡を作るよ。オーク肉のミンチ、みじん切りにした白菜の芯とニラ、そこに生姜の絞り汁とすりおろしたニンニク、そしてオイスターソースを入れます」

「……?」

「あ、これはオイスターソースって言う調味料。貝の牡蠣を原料にして作った醤油みたいなものだよ」


 悠利の説明に、マグはふうんと言いたげな顔でオイスターソースの瓶を見ていた。イマイチどんな調味料なのか解らないのだろう。悠利は少しだけオイスターソースを小皿に入れて、マグに差し出した。


「味見してみる?」

「諾」


 言われて、マグはぺろりとオイスターソースを舐めた。醤油のような色味だが、醤油よりも濃厚な、どこかねっとりとした感じの見た目。口に入れた瞬間に感じたのは、何かの旨味をぎゅっと凝縮したようなパンチ力で、後味は確かに言われてみれば醤油っぽいかな?みたいな感じだった。

 とりあえず味を確かめて、別に忌避するようなものではないと理解したのだろう。マグは先を促すように悠利を見た。早く味付けをしてしまおう、と言いたげである。

 悠利も同感だったので、ボウルに材料を全て入れて、最後にオイスターソースを適量入れた。後は中身を全部混ぜてしまえば良いので、綺麗に洗った手で揉み込むようにして混ぜ合わせる。


「ハンバーグ」

「うん、ハンバーグのときと似てるよね。今日はこの餡を白菜で包む必要があるけど」

「焼く」

「……え?」

「ハンバーグ、焼く」


 言いたいことが悠利に通じなかったので、マグは重ねて告げてくれた。くれたのだが、悠利にはそれでもよく解らず、しばらく首を傾げる。

 じぃっと自分を見てくるマグと、しばし無言の見つめ合い。少しして、ハンバーグと焼くという二つの単語が悠利の中で結びついた。


「もしかして、ハンバーグみたいに焼いたら良いんじゃないかってこと?」

「諾」

「まぁ、それでも美味しいとは思うけど、僕は餃子の雰囲気を楽しみたいので、今日は包みます」

「諾」


 別にそこまで焼くことにこだわりはなかったのか、マグはあっさりと引き下がった。多分、単純な疑問だったのだろう。これをこのままハンバーグみたいにして焼けば早いんじゃないのか、という。

 なお悠利は、ウルグスの通訳なしでマグの意図を理解できたことをちょっと喜んでいた。今の結構凄いことなんじゃないの?みたいな気分である。……普段の意思疎通の難しさが如実に表れていた。


「最後に隠し味程度にごま油を入れて風味を付けたら、餡の準備は完了です」

「包む」

「そう。この白菜の葉っぱに餡を載せて、はみ出さないように包むんだよ」

「諾」


 悠利が一つ見本に作ってみると、マグはふむふむと何度か頷いて作業に取りかかる。……手先が器用で職人気質なマグは、こういった作業に向いていた。悠利が心配するまでもなく、上手に包んでくれている。


「マグ、上手だね」

「簡単」

「そうかなぁ……?ヤックだったら毎回分量が変わりそうだし、ウルグスは中身が多すぎてはみ出そうだよ」

「……確かに」

「あはは、マグもそう思うんだ。まぁ、そういう不格好なのがあってもそれはそれで楽しいけどね。最初から上手には出来ないってのが普通だし」


 そんな他愛ない話をしながら、二人はせっせと白菜で餃子餡を包んでいく。全員が心置きなく食べられるようにするには、それなりに数がいる。なお、食べやすいように一つ一つの大きさはそれほど大きくならないように注意している。

 ちなみに、完成形の見た目はロールキャベツが近いだろうか。あちらはキャベツで包むが、野菜の葉っぱで肉種を包むというのは似ている。餡の味付けを洋風にし、ロールキャベツのようにスープで煮込めばロール白菜になるだろう。今日は味付けが中華風なので一応餃子のつもりだが。


「それじゃ、出来上がったのを蒸そうか。蒸し器に並べてくれる?」

「諾」


 二人で包んだ白菜餃子を蒸し器に並べて、火加減を調整する。水の量も問題ないことを確認したら、しばし待つ。蓋をされた蒸し器から、シューシューと水蒸気の音がするのもまた、楽しい。

 少しして蒸し上がったのを確認すると、蒸し器から一つ取り出して半分に切る。それを小皿に取り分けて、味見である。


「熱いから気を付けてね」

「諾」


 熱々の白菜餃子を、彼等はそろっと口へと運ぶ。断面から餃子餡が覗き、ぶわりと匂いが襲ってくる。生姜やニンニクの風味にごま油の香りが混ざった調味料の匂いが強く強く鼻腔をくすぐり、早く食べたいという気持ちにさせた。

 囓ってみると、蒸した白菜は柔らかく簡単に噛み切れる。餃子餡の方も、オーク肉のミンチではあるが白菜の芯とニラをたっぷり入れてあるので肉がぎちっと固まるというようなこともない。ふんわりとした食感で、それでいて口に広がる旨味爆弾が存在感を伝えてくる。

 そう、まさに旨味の爆弾だった。オーク肉の肉汁がじゅわりと広がるのと同時に、匂いで存在感を示していた生姜とニンニクが自己主張をする。そこにオイスターソースの旨味がぎゅぎゅっと追加され、最後に鼻から抜けるのはごま油の香ばしい香りだ。

 肉と野菜と調味料の美味しいところ全部取り、みたいになっている。蒸しているので餃子と言うにはちょっと違うかもしれないが、味は文句なしに悠利の食べたかった餃子のそれである。柔らかな白菜の食感もまた楽しい。


「うん、良い感じに出来てると思う。マグはどう?」

「美味」

「良かった。それじゃあ、残りも順番に蒸していこうね」

「諾」


 味に問題がないことが解ったので、悠利とマグは残りの白菜餃子を蒸すことにした。そこそこの量があるので、蒸し器にぎゅぎゅっと敷き詰めて頑張るのだった。




 夕飯の時間になった。ごろりとした白菜に「これ何?」という顔をしていた仲間達は、今や白菜餃子の虜である。肉食メンツを満足させる食べ応えがありながら、ほぼ野菜で構成されているので小食組もそこまでしんどくならないという魅惑的な料理であった。

 悠利としてはペリメニとオイスターソースからの連想で餃子が食べたかったからという苦肉の策でやってみた白菜餃子だが、よく考えると小麦粉で作った皮でやるよりも汎用性が高かったのかもしれない。通常の皮でやると、野菜感が減るので。


「ユーリくん、ユーリくん」

「何ですか、ジェイクさん」

「さっきも言ってましたけど、餃子って何ですか?」

「……ペリメニの親戚みたいな料理ですね」

「そこをもうちょっと詳しく」


 にこっと笑う学者先生。白菜餃子がお気に召したのか、いつもよりももりもりと食べてくれているのはありがたい。ありがたいのだが、先ほどからこんな調子で、未知の料理の詳しい説明を求めてくるのである。悠利はちょっと困っていた。

 何が困っているかというと、説明することが多そうだからだ。そもそも、今日作ったのは白菜を皮の代わりに使う白菜餃子である。それも、焼かずに蒸している。もうこの段階で、「餃子と同じ味付けの餡を包んでいるだけの全然違う料理」なのである。餃子とは何ぞやを説明するのに、実物がどこにも存在しない。

 なので、一番イメージが近いであろうペリメニを例に出している。ジェイクは一緒にワーキャットの里に行ったので、ペリメニが何であったのかは覚えている。だからそこは通じたのだが、学者先生の好奇心は満たされなかったらしく、こんな感じだった。

 別に、説明をするのが嫌なわけではない。ただ、今は美味しくご飯を食べたいだけなのだ。静かにご飯を食べたいと口に出さずに表情で訴える悠利に、ジェイクは気付いてくれなかった。……ジェイク先生にはそんな空気読みは出来ないのです。

 しかし、このテーブルには救世主がいる。しつこく悠利に話しかけようとしたジェイクの顔面に、大きな掌が押し付けられた。


「無駄口叩かず食え。こいつの飯の邪魔をするな」

「……ぅ」

「解らねぇっていうなら、このまま力を入れる」

「……ご飯食べます」

「そうしろ」


 言うことを聞かないとアイアンクローをするぞというアリーの宣言に、ジェイクは素直に折れた。学者先生は非力なので、攻撃されたら一瞬で負けてしまうのだ。後、アリーがこんな行動に出るということはヤバかったんだなと理解したようだ。……自力で気づけないから、彼はちょっと残念なのである。


「アリーさん、ありがとうございます」

「気にするな。しかし、野菜が多い割に食べ応えがあるな、この料理」

「多分それは、中の餡にしっかりと味がついてるからだと思います」

「そういうもんか?」

「生姜やニンニクがたっぷり入ってると、それだけで食欲をそそるというか、満足感があるんじゃないかなーと」


 あくまでも個人的な感想ですけど、と悠利はのほほんと答えた。ちなみに、悠利がそう言い切れるだけの分量の生姜とにんにくが、この餃子餡には入っている。餃子には生姜とニンニクが欠かせないよね!という悠利の謎のこだわりである。

 まぁ実際、その二つとオイスターソースのおかげで深みのある味が出ており、口の中にじゅわりと肉汁と共に味が広がって味覚を楽しませてくれるのだ。また、蒸してある白菜の甘味も忘れてはいけない。絶妙なバランスで、味が濃いのに後味はあっさりということになっているのだ。

 蒸した白菜の部分だけを食べると水っぽいとか味が薄いとか感じるだろう。しかし、中の餃子餡と一緒に食べるとそういった感想は吹っ飛ぶ。中華風のしっかりとした味付けが、インパクト抜群に口の中を満たしてくれるのだ。


「こういう野菜と肉が一緒に食べられるおかずは助かるよね」


 ぽつりと呟いたのはアロールだった。同席している面々が、不思議そうに彼女を見る。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の最年少である十歳児のアロールは、その視線に怖じ気づくこともなく言葉を続けた。


「僕はあんまり食べられないからさ。こういう料理ならバランスとか考えないで食べられるの便利だなって思って」

「あぁ、それは僕も解ります。お肉も食べなきゃと思うんですけど、お腹膨れちゃうんですよね」

「やっぱりロイリスもそう?」

「身体のサイズがこんなんですから」

「だよね」


 アロールの意見に同意するロイリス。彼は十二歳だが、ハーフリング族の特徴で成長が遅く、外見は八歳ぐらいだ。アロールと並んでも大差がないというか、アロールよりも更にちょびっと小柄である。お子様体型なのだ。

 そんな小さい組の二人は、小さな身体に合わせた胃袋しか持ち合わせていない。どこぞの大食い娘のように何も考えずに片っ端から食べれば良い、なんてことにはならないのだ。そんなことをしたら腹痛になる。

 なので、お腹に優しい野菜たっぷりで、肉もきちんと食べられるような料理は大歓迎なのだろう。お気に召したのか、二人ともいつもよりも箸が進んでいる。


「アタイはもうちょい肉が多くても良いけどなー」

「僕もそうかな」

「ラジはともかく、ミリーも割と肉食だよね」

「肉食っていうか、肉を食べないと身体の動きが悪いんだ」

「大変だね、肉体派ってのも」


 ミルレインとラジは身体が資本タイプなので、野菜主体よりもお肉たっぷりの方が好みだ。とはいえ、この白菜餃子が気に入らないというわけでもない。味が濃いので食べ応えがあるし、美味しくいただいている。ただ、もっと肉の比率が多くても美味しいだろうなと思うだけで。

 虎獣人のラジは肉食と一目で解るが、山の民で鍛冶士のミルレインも肉をもりもり食べる。鍛冶士は力仕事なので、使ったエネルギーをちゃんと補充しないと倒れてしまうからだ。何でも満遍なく食べるのも大切だが、身体を動かす人はエネルギー源としてお肉をしっかり食べるべきなのである。

 その辺りは同じ仲間でも、食の好み以前の問題で色々と違う。今話しているのは、肉が多い方が好きという話ではない。動けなくなるので肉が必須という話なので。

 とはいえ、そんな真面目っぽい会話を交わしつつも、全員大皿に伸びる箸が止まらない。白菜餃子は大人気だった。

 大人気といえば、オーク肉のミンチを作るのをお手伝いしたレレイは、白菜餃子に大喜びしていた。猫舌なので冷めるのを待ってから食べているが、匂いだけで美味しそうだというのを感じたらしく、一口目は迷いなくがぶっとやっていた。


「これ、本当に美味しいねぇ」

「そりゃ良かったな」

「口の中でお肉の味がぶわーって広がるの、すごいよ!何かこう、どーんって感じ!」

「……はいはい」


 どーんでばーんでがーって感じ、みたいな感想しか言わないレレイに、クーレッシュは面倒くさそうに相づちを打っていた。レレイが美味しいご飯にテンションが上がるのはいつものことだが、今日はそれに輪をかけて何か面倒くさかった。

 理由は勿論ある。自分がミンチ作りを手伝ったので、それだけでこの料理への愛着が芽生えているのだろう。後、ミンチを作っていたときから期待が煽られていたというのもある。腹ぺこ娘は今日も絶好調です。


「だってクーレ、何も付けないでも口の中に味がいっぱいだよ」

「知ってる。俺も食ってるし」

「この白菜と中身を一緒に食べるのが最高だよねぇ」

「そうだな」

「後ね、中身の部分と一緒にライスを食べると、ライスにお肉の味とかがぶわーって広がって、すっっごく美味しい!」

「良かったな」


 満面の笑みを浮かべるレレイを、クーレッシュはやはり適当にあしらっていた。なお、彼の返事が適当なのには理由があった。ご機嫌で食べるレレイから、大皿の中身を死守するのに忙しいからだ。

 熱々の間は食べるのに苦心する猫舌のレレイだが、冷めてしまえば後は早い。大口でがぶっと食べちゃう系女子なので、あっという間に食べきってしまうのだ。一瞬の油断で大皿の中身が彼女のお腹に消えてしまう危険性があった。

 なのでクーレッシュは、いつものことと言わんばかりに自分の取り皿に必要分を確保し、同席者達にもそれを促し、レレイが箸を延ばしてきたらそれとなく牽制するという作業に忙しいのだ。……同席することが多いので、彼はこういうことに慣れていた。飼い主候補と言われる所以である。


「イレイス、ヘルミーネ、ちゃんと確保しろよ。こいつ、食べるスピード上がってくるから」

「ありがとうございます」

「解ってるー」

「これ美味しいねー!」

「お前はいったん他のおかずを食え!」

「ふぇ?……うん、解った」


 イレイシアとヘルミーネはクーレッシュに促されて大皿から白菜餃子を取っていた。レレイは気にせず箸を伸ばそうとして、クーレッシュにツッコミを受ける。素直に返事はしたものの、何でストップをかけられたのかが全然解っていないのだった。安定のレレイ。

 賑やかなその会話を聞きながら、悠利は思った。餃子の味付け、意外と皆好きな感じなんだな、と。白菜で包んでいるのでほぼ野菜だからどうかと思ったが、しっかりした味付けで皆に大好評だ。これなら、今後も色々作って大丈夫かな、と。

 今はまだ無理だが、いつかはちゃんとした餃子を作りたい。ペリメニのようなもちっとした皮の水餃子ではない。薄い皮がパリパリとしっとりの両方を兼ね備えた、日本人にはお馴染みの焼き餃子が食べたいのだ。調味料が手元にあるので、いつか頑張ろうと思う悠利だった。


「ユーリ」

「あ、はい。何ですか?」

「あちこち気にするのは良いが、お前もちゃんと食べろ」

「はーい」


 仲間達の様子をうかがったり、懐かしの餃子に思いを馳せて箸が止まっていた悠利に、アリーのツッコミが飛ぶ。放っておくとにこにこ笑って皆を眺めていることがある悠利なので、こういうツッコミはありがたい。ちゃんと食べなきゃダメだよね、と食事に戻る。

 頑張って作った白菜餃子を、悠利はばくりと囓った。蒸した白菜の軟らかさと甘さ、餃子餡のパンチのある味付け、だというのにほぼ野菜という優しい後味。それらを堪能して、自然と笑みが浮かぶのだった。




 なお、食後にジェイクに餃子とは何かを質問攻めにされ、最終的に「僕の故郷の近隣の国のお料理です……」と雑な説明に逃げる悠利なのでした。嘘は言ってないです。




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