ちょっぴり変わり種、豆腐たらこスープ

「たらこってさぁ、おにぎりとパスタ以外に使い方ってないの?」

「へ?」


 突然の問いかけに、悠利ゆうりはぱちくりと瞬きを繰り返した。問いかけたのはカミールだった。だがしかし、他の見習い組も同じ気持ちだったのか、皆がじっと悠利を見ている。

 そこで悠利は気付いた。たらこを購入して時々食卓に出してはいるものの、確かにカミールが言うようにおにぎりとパスタがメインである。酒の肴として焼いたたらこを出すこともあるが、お子様組には馴染みがない。

 たらこを使った料理というと、たらこと茹でて潰したジャガイモを混ぜて丸めて揚げたタラモボールがあるが、そんなに頻繁に作ってはいない。言われてみれば本当に、おにぎりの具材になるか、たらこパスタになるかしか使っていなかった。


「えーっと、別にそういうわけじゃないよ。他にも使い道はあるし」

「どんなの?」

「一番簡単なのはマヨネーズに混ぜることかなぁ……」


 タラマヨは美味しい。ピザでもトーストでもワンランク上の味わいを与えてくれる。それも美味しそうという顔をする見習い組だったが、完全に納得したわけではなさそうだった。何故だろう。


「何かほら、梅干しとかって色んな料理にしてるけど、たらこってそういうのはないのかなって」

「あー、そういう感じの疑問だったんだ」

「うん」

「じゃあ、今日は一品、たらこを使った料理にするね」

「楽しみにしてる」


 にこにこ笑顔の悠利に、カミールも笑顔を向けた。ウルグスとヤックも期待に満ちた眼差しをしている。約一名、本日の料理当番であるマグだけは、あんまり興味がなさそうだった。まぁ、出汁が絡まないと彼はそんなものである。




 そして、食事の支度の時間。宣言通り悠利は、たらこを使った料理をメニューに加えていた。


「と、いうわけなので、今日は豆腐とたらこでスープを作ります」

「諾」

「……マグ、実は全然興味ないでしょ……」

「否」

「嘘だ……」


 そんなことないと主張するマグだが、悠利は信じなかった。確かにマグは基本的に無表情だし、単語で喋るし、何を考えているのか解らない。しかし、料理に興味があるときとないときだけは、悠利にだって解る。伊達に場数は踏んでいない。

 今のマグの返事は、特に興味がないからこそあっさりと出てきたものだ。興味があるときとないときの差が激しいのがマグの持ち味である。そんな持ち味いらないのだけれど。

 ただ、悠利としては言っておかねばならないことがある。マグの暴走を押さえるためには、あらかじめ伝えておくのが大事だった。


「あのね、マグ」

「……?」

「スープだから出汁を入れるけど、味見はちょっとだし、食べるときは一人で鍋を抱え込まないように」

「…………諾」

「頷くまでが長い……」


 先ほどとは打って変わって、長い沈黙の後の返事である。マグの中で色々と考えて、暴走して取り上げられるよりも言うことを聞いた方が良いという風になったのだろう。最近はそういう風に考えてくれることが増えたので、ちょっと助かる悠利だった。

 何せ、念押ししておかないと、味見で減ってしまうのだ。美味しいと思ったら猫まっしぐら状態で突撃するのがマグなので。


「じゃあ、準備に取りかかるよ。下準備が必要なのは、ニンニクと生姜のみじん切りと、たらこを皮から外す作業。手分けしてやろうね」

「諾」


 悠利の言葉にマグはコクリと頷いて、作業に取りかかる。

 メイン食材は豆腐とたらこだが、味付けとしてニンニクと生姜も必要になるのだ。ニンニクのみじん切りは悠利が、生姜のみじん切りはマグが担当した。どちらも慣れた手つきで綺麗なみじん切りを作っていく。

 それが終われば、次はたらこをほぐす作業だ。縦半分に包丁で切ったら、箸で挟んでぎゅーっと取り除く。今回は後ほど鍋に入れる必要があるので、小さなボウルに入れている。この作業がちょっと楽しい悠利だった。

 なお、たらこをほぐし終えたら、残った皮は二人の口の中だ。ちょっぴり塩気があるが、たらこの風味が感じられて美味しい。この塩気を把握するのも大切な仕事である。スープの味付けにどれぐらい調味料を入れるかの目安になるので。


「下準備が出来たら、鍋にごま油を少量入れてニンニクと生姜を炒めます」

「諾」

「強火だと焦げちゃうから、弱火か中火でね」

「諾」


 鍋にごま油を入れ、そこにニンニクと生姜のみじん切りを入れて炒める。ヘラで丁寧に炒める悠利の横で、マグは大真面目に頷いていた。……ここにいずれ出汁が入って美味しい料理になるのだと理解しているので、作り方をしっかり確認しているのだ。安定のマグ。

 しばらくしてニンニクと生姜の香りが出てきたら、そこへほぐしたたらこを入れる。火はやはり弱いままで、さっと火を通すように混ぜる。全体に混ざったら、炒めるのは終了だ。


「後はここに水を入れて、沸騰してきたら鶏ガラの顆粒だし、お酒、塩、醤油を入れて味を調えます」

「出汁」

「あくまでも味付けに使うだけなので、そんなに大量には入れません!」

「……諾」


 水を入れた鍋に向かって大量の鶏ガラの顆粒だしを入れようとしたマグを、悠利は全力で止めた。ただまぁ、マグがこよなく愛する昆布系の顆粒だしではなかったので、まだ比較的大人しかった。

 鍋の中身が沸騰したら先ほど口にした調味料を入れて味を調える。味が調ったらそこに食べやすい大きさに切った豆腐を入れて、ことこと煮込むだけだ。

 たらこの塩分と、ニンニクと生姜のみじん切りが入っているので、調味料はそこまで必要ない。仕上げとして風味付けのごま油を加えたら、食欲をそそる香りがふわりと漂った。


「……美味?」

「お豆腐が温まって少しは味が馴染むまで待ってください」

「……諾」

「ほら、その間に他の料理を作っちゃおう?」


 悠利に促されて、マグはコクリと頷いた。どうせ味見をするなら美味しくなってからというのは理解してくれたらしい。ことことと弱火でスープを煮込みながら、二人は手分けして他の料理の準備に取りかかるのだった。

 そして、他の作業がある程度終わった頃、悠利は鍋の中身を確認した。弱火で煮込んでいたので鍋の中身は沸騰して減るようなこともなく、豆腐が壊れることもなかった。ほんのりピンク色のたらこが全体に散らばっていて、何とも美しい。


「それじゃ、味見してみようね」

「諾」


 小皿に一口分ずつスープをすくい、それぞれ味見をする。ごま油の匂いと、炒めたことで香りが強まったニンニクと生姜の匂いがぶわりと鼻腔をくすぐった。

 口の中に含めば、最初に感じるのはごま油の風味。次に、鶏ガラの顆粒だしで味付けされたすまし汁っぽいスープの味。けれど、そこにニンニクと生姜の風味が加わることで、コクと旨味がグッと増していた。

 また、全体に散らばるたらこのプチプチとした食感が楽しい。火が入っているので生たらこのような食感は残っていないが、それでもスープに混ざるつぶつぶ食感は健在だった。これがちょっと楽しい。

 スープの味に問題はなく、ごま油とニンニク、生姜のおかげで食欲をそそる。たらこの風味と食感も彩りを添えてくれて、悠利としては満足な仕上がりだった。


「良い感じに出来たと思うんだけど、マグはどう思う?」

「美味」

「……うん、お口に合ったのは解ったから、とりあえず前のめりになるの止めようか」

「美味」

「ご飯のときにお代わりはしても良いけど、皆に確認してからね?」

「諾」


 お代わりの権利をもぎとったマグは、嬉しそうに頷いた。心なしか目が輝いているように見える。本当に、色々と、解りやすい出汁の信者であった。

 そして悠利は思った。入れたのが水で良かった、と。海の物と海の物のコラボで昆布出汁を入れるとかにしなくて良かった、と。うっかりそんなことをしていたら、多分鍋を抱え込むレベルで執着されただろうと予想が出来たので。




 そんなこんなで夕飯の時間。見慣れないスープに首を傾げる皆に、悠利は笑顔で説明をした。


「こちら、豆腐とたらこのスープです。味付けにはニンニクと生姜も入っています」


 たらこのスープ?みたいな反応をした皆であるが、匂いを嗅いでみれば美味しそうな香りだったので文句は出なかった。不思議な料理もあるんだなぁぐらいのノリである。悠利への信頼が半端ない。

 説明を受けたならば、皆は特に気にせずスープに口を付けている。たらこは食べ慣れているし、匂いからは美味しそうな気配しかしなかったからだ。奇抜な味付けでも、奇抜な見た目でもないからだろう。初めての料理ではあるが、誰も戸惑ったりはしていなかった。


「たらこはスープにもなるんだな」

「カミールに、おにぎりとパスタ以外のたらこ料理はないのかって聞かれたので、スープにしてみたんです」

「なるほど。確かに、考えてみるとその二つによく使っているもんな」

「そうなんですよね。美味しいので、つい」

「解る。確かに美味しい」


 うんうんと頷いているリヒトに、悠利はですよねーと笑った。リヒトはたらこのおにぎりもたらこパスタも好きなので、その二つが出てくると美味しいと言って食べてくれている。下戸なので酒の肴として用意される焼きたらこには縁がないリヒトなので、新しいたらこの可能性に興味を持ってくれているらしい。

 まずはスープを一口。ごま油の香りとニンニク、生姜の風味がぶわりと口の中に広がる。これは食欲をそそる匂いだなと思っているところへ、醤油ベースの優しい味わいのスープが口中を満たす。

 ふわりと柔らかな豆腐は、弱火でじっくりことこと煮込んだ結果か、スープの味をきちんと吸い込んでいた。ただ豆腐が入っているだけではなく、味が馴染んでいるところがポイントだ。豆腐を噛んだ瞬間に、豆の旨味とスープの味が一緒に広がるのは何とも言えない。

 そして最後に、たらこだ。いや、たらこは最初からそこにあった。全体に広がるつぶつぶ食感。仄かな塩味がたらこの旨味と合わさって味に彩りを添えている。調味料の塩とはまた違う、たらこの旨味と合わさった塩味はスープに奥深さを足している。


「うん、これもとても美味しいな」

「お口にあって何よりです」

「すまし汁っぽいと思ってたけど、香ばしさとコクというのかな?それがある気がする」

「ごま油でニンニクと生姜を炒めているので、それだと思います」

「なるほどなぁ。肉が入ってるわけでもないのに、こう、しっかりとした味がするから

驚いた」


 リヒトはしみじみと呟く。確かにその通りだった。

 たらこは全体に散らばっているとはいえ、パンチがあるかと言えば特にない。むしろ影の主役という感じで、裏方に回って味を支えている印象がある。肉がどーんと入った旨味爆弾みたいなスープに比べれば、確かに見劣りするだろう。

 しかし、そこで登場するのがニンニクと生姜のコンビだ。後、ごま油。香りと味をぎゅぎゅっと濃縮させたこれらのおかげで、シンプルな味わいのはずのスープに濃厚なコクが誕生している。つまりは、食欲をそそられるのだ。

 そして、そこに豆腐が入っていることが全体を柔らかく包み込んでくれる。スープの味がどれほど濃厚でも、豆腐が間に入ることで食べやすい優しさになる。スープの味を吸い込んだ豆腐は、まろやかでとても美味しい。


「今日はそのまま出しましたけど、とろみを少し付けても美味しいと思います」

「そうなのか?」

「はい。ただ、とろみをつけるとなかなか冷めないので……。暑い季節には不向きかなぁと思って、今日はとろみなしなんです」

「……まぁ、暑い季節じゃなくても、とろみなしの方が良いかもしれないけどな」

「……あー……」


 リヒトの視線を追って、悠利は何が言いたいのかを理解した。そこでは、猫舌のレレイが、ふーふーと一生懸命スープを冷ましていた。一応食べてはいるようだが、熱くて食べにくいので、冷ましながら飲んでいるらしい。

 こういうときのレレイが不憫なのは、彼女は何でも美味しくもりもり食べる大食い娘だというところだろう。猫舌なので熱いものは食べられない。しかし彼女は美味しいものが大好きで、目の前にあるのは美味しいことが解っている料理。何とも可哀想な状況である。

 とはいえ、悠利にレレイの猫舌を直すことは出来ないので、レレイの分を一番に盛りつけるとかの配慮しか出来ないのだ。……それをやっても、皆が熱々をはふはふ言いながら食べているときに、彼女は冷めるのを待っていたりするのだが。体質はどうにもならないので仕方ない。


「とりあえず、レレイも美味しそうに飲んでるみたいなので、よしということで」

「そうだな」


 平和に会話を交わす悠利とリヒト。平和にご飯を食べたい彼等の気持ちは、一緒である。

 そんな悠利の耳に、ウルグスの叫びが届いた。……予想はしていたので、悠利はそちらを見ない。見なくても何が起きているのか解る。


「マグー!お代わりちょっと待てって言っただろ!」

「美味」

「お前がこのスープを気に入ったのは解る!解るが、皆がお代わり終わってないのに、二回目のお代わりに行こうとすんな!」

「美味」

「美味しいから食べるのは当然だ、とか言うんじゃねぇわ!皆のだわ!」


 今日もウルグスくんは、通訳をしながらマグの確保に追われている。安定の飼い主。飼い主というと怒るのだが、もうどう考えても野良猫とそれを躾けようと頑張っている飼い主にしか思えない。頑張ってほしい。

 そんな二人の会話を聞きながら悠利は思った。そっか、お代わり一度目はもう終わってるんだ、と。どうやら豆腐たらこスープはマグのお口に合ったらしい。美味しかったのだろう。だから早々にお代わりに繰り出して、さらには二度目のお代わりになっているのだろう。

 二人のやりとりを聞いた仲間達の中で、何人かがそろりとお代わりに動いた。マグが心置きなくお代わりが出来るように、食べたい人は先にお代わりをした方が良いのだろうみたいな雰囲気だった。仲間達も慣れたものなので、落ち着いて行動している。

 そんな中、まだ器に入ったスープを半分以上飲めていないレレイが、この世の終わりみたいな顔をしていた。お代わりはしたい。でもまだ自分の器にはスープが残っている。どうしたら良いんだ、みたいなやつだ。

 何せ、ここでお代わりに繰り出さなければ、マグが全部飲み干してしまう可能性がある。マグならやる。その小さな身体のどこに入るのか不思議なのだが、気に入った料理はもりもり食べるのがマグだ。レレイはそれを知っている。知っているからこその、悲しそうな顔なのだ。

 ……そんなレレイを見て、悠利はため息と共に言葉を告げた。見ていられなかったので。


「レレイ、お代わりは別の器によそっておいでよ」

「……ふぇ?」

「飲み終わるの待ってたら、マグがお代わり出来ないしね。器はまだあるんだから、新しいのに入れてきたら良いと思うよ」

「そっか!ユーリ賢い!」


 その手があったね!とうきうきで立ち上がるレレイ。新しい器を取りに行くレレイの背中は、スキップでもしそうなほどに弾んでいた。とても解りやすいお嬢さんである。


「マグー、あたしがお代わりするまで、待っててねー!」

「…………諾」

「レレイさん、お代わりするのは良いけど、分量考えてくれってマグが言ってます」

「今の一言にそんな意味あったの!?」


 ウルグスの言葉に、レレイは驚愕の表情をした。頷くまでに時間があったのは解ったが、そこに含まれたのがそんな意味だなんてレレイには解らなかった。いや、レレイだけではない。ウルグス以外の誰にも解らなかった。

 しかし、マグからは否定の言葉が入らなかったので、それが正しいのだろう。相変わらずの、安定の通訳っぷりだった。




 そんな風に賑やかに消費された豆腐たらこスープは、「美味しかったからまた作って!」と皆に言われるのでした。皆のお気に入り料理が一つ増えたようです。




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