キュウリとめかぶの生姜醤油和え

 暑いと食欲が落ちる。それは冒険者としての修業を積んでいる者達でも変わらない。となれば、そんな中でも食べやすい献立を考えるのが、おさんどん担当の悠利の仕事である。一応。

 メインディッシュに食べやすいものをと考えるときもあったら、副菜として並ぶ小鉢料理などで口直しにさっぱりとさせるというときもある。どちらを選んでも問題はない。

 そんなわけで今、悠利は目の前のキュウリと睨めっこをしていた。キュウリ、夏野菜の代表ともいえる、ほぼほぼ水分という感じの野菜だ。意外とポテンシャルは高く、様々な料理に使うことが出来るし、そっと横に添えるときの安心感は半端ない。

 ぶっちゃけ、ただの塩キュウリでも悠利は美味しくいただく自信がある。しかし、今日はソロではなく、夏バテの気味で暑さに負けていても食べやすい小鉢料理に仕上げたいと悠利は思っていた。つまりは、ちゃんとした一品としてキュウリを使いたかったのだ。

 何故キュウリを食べようと思っているかと言えば、まあ、旬の野菜をその季節に食べるのはいいことだからだ。キュウリに限らず、夏野菜というのは身体を冷やす作用がある。夏の暑さで疲れた身体。夏野菜は、食べることでいい感じにその熱を下げてくれるのだ。旬の食材を食べる利点というのは美味しいだけではない。栄養豊富だし、その季節に合わせて身体に良い効果があったりする。

 そんなわけでキュウリを何かにしようと悠利は一生懸命考えていた。さっぱりさせると言えば、やはり代表格は酢の物だろうか。しかし、酢の物は好き嫌いが別れる。悠利は好きなのだが、あの酸っぱさがどうにも慣れないと言われてしまえば、無理強いするのもよろしくない。

 皆にいっぱい食べてほしいのに、食べにくいと思われては本末転倒だ。となると、別の方向からのアプローチが必要となる。それをどうしようかと、悠利は一生懸命悩んでいるのだった。


「ユーリ、何唸ってるの?」

「あ、ヤック」


 うんうんと一人で唸っていた悠利の元へ、本日の食事当番のヤックがやってきた。キュウリとにらめっこをしている悠利を見て不思議そうだ。そんなヤックに悠利は、正直に悩んでいることを伝えた。


「暑いからさ、食べやすい副菜をと思って、キュウリを何かにしようと考えたんだけど」

「うん」

「思いつかないなって」

「ユーリが思いつかないって珍しいね」

「個人的には酢の物がさっぱりして好きなんだけど、酢の物って苦手な人もいるでしょ?」

「オイラ、あんまり酸っぱいの得意じゃない」

「知ってる。だから、皆が食べやすくてさっぱりしてるものって思って。後、出来れば栄養も取れたらって」

「結構欲張っている」

「欲張ってるって言わないでよ」


 ヤックの言葉に悠利は困ったように笑った。別に欲張ってるつもりはないが、まあ言われてみたら欲張っているかもしれない。美味しいと身体にいいと食べやすいを同時に成立させたいだけなのだが、意外と全部やろうとすると大変だ。欲張っていると言われても仕方ないのかもしれない。

 悠利が悩んでいるので、ヤックも一緒に考えてくれる。ヤックは悠利ほど料理に詳しくはないが、それでも一緒に料理をしてきたので思いつくこともある。具体的には、どういう料理のときに食べやすかったかなと記憶を探ることが出来る。

 酢の物は酸っぱくて苦手でも、暑いときには酸味がある方がさっぱりして美味しい。それはヤックにも解る。ならば、酸味がメインの味付けではなく、隠し味ぐらいになっていればいいのかとも考えたが、あまり思いつかない。

 そこでふとヤックは、暑いときでも皆に食べやすいと受けていた味付けを思い出す。食欲をそそる味付けの立て役者を思い出したのだ。


「生姜は」

「えっ?」

「生姜風味だと、さっぱりして食べやすいって皆言ってなかったっけ?」

「はっ……、生姜!確かにそうだね、お酢だと酸っぱいけど、生姜だったらさっぱりするだけでいい感じかも。ちょっと考えてみる」

「うん、役に立てたなら良かった」

「すごく役に立ったありがとう」


 ほわっと笑うと、悠利は冷蔵庫の食材を確認し始めた。生姜を使うとなったら、合わせるのはどの食材がいいだろうということらしい。

 しばし冷蔵庫とにらめっこしていた悠利は、やがて一つの食材を持って戻ってきた。ヤックにはあまり見慣れないものである。一瞬、それ何だったっけ?という感じになった。ちなみにその食材の名は、めかぶである。

 ただし、現代日本で悠利がスーパーで見ていたような、いい感じにカットされためかぶではない。そんな便利なものはないのだ。手元にあるのは塊のままのめかぶである。

 そのめかぶを手にした悠利は、満面の笑みを浮かべて告げた。


「これとキュウリを生姜醤油であえます」


 説明は一瞬で終わった。そして、それだけでどういう料理なのかもヤックに伝わった。実に解りやすい。


「キュウリとめかぶって、一緒に食べておいしいの?」

「そんなに相性悪くないと思うよ」

「うんユーリがそう言うなら良いや。生姜醤油和えってことは、生姜をすりおろさなきゃいけないんだよね。じゃあ、オイラとりあえず生姜すりおろすね」

「うん。ありがとう」


 ヤックも色々と手慣れていた。悠利と一緒に料理をするようになって、こうやって料理名を告げられただけで何が必要かを判断できるようになっているのだ。日々進歩である。

 ヤックが生姜をすりおろしている間に悠利は、キュウリとめかぶの準備に取り掛かる。

 めかぶは、現代日本のスーパーならば細切りになっているものが売っているが、今手元にあるのはゴロリとした塊である。そんなわけで、悠利はそのメカブを食べやすい大きさの細切りにしていた。切れば切るほどねばねばが出てくる。このねばねばが栄養なのである。

 《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は、ねばっとした食材にあまり馴染みはないようだったが、ある程度のねばねばならば問題はないようだった。特にめかぶは、味自体はそこまで癖がないので比較的食べやすい。ワカメや昆布同様に海藻で、栄養が豊富だと伝えてあるので食卓に並んでも誰も特に文句は言わない。

 まあそんなわけで、皆がめかぶを食べてくれるので、悠利としては遠慮なく料理に使えるのである。

 めかぶの細切りが出来たら、次はキュウリを同じくらいのサイズに切る。切り終えたキュウリは塩で揉み込んでボウルに入れておく。これは塩押しという作業で、余分な水分を抜くためだ。

 これをするとキュウリが多少ふにゃっとなってしまうのだが、味がよく染み込むのだ。シャキシャキとした食感を残したいときは塩押しをしないのだが、今日は何となく調味料の味がしっかり入った方がいいなあと思ったので、軽く塩押ししておくのである。


「ユーリー、生姜すりおろして絞り汁にした」

「ありがとうヤック。じゃあ先に調味料混ぜちゃおうね」


 こういった複数の調味料を使う場合は、先に調味料を合わせておく方が良い。綺麗に混ざっていると、全体に均等に味が行き渡るからだ。それに、調味料だけ混ぜているときに味見が出来るので、味付けを失敗しないのだ。

 ヤックが作ってくれた生姜の絞り汁に悠利は醤油を入れる。醤油たっぷりだと辛くなってしまうが、生姜の絞り汁のおかげでそれほど醤油を大量に入れずとも味が決まる。味見をしたときに、ちょっと濃いかなと思うぐらいに止めておくのがポイントだ。キュウリとめかぶと混ぜたら、その水分によって味が薄くなってしまうからである。


「おお、こんな感じかな?ヤックも味見してみる?」

「してみる」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 ペロリと生姜の絞り汁と混ぜ合わせた醤油を舐める。舐めて、ヤックを思わず顔をしかめた。

 生姜には、独特のピリッとするような風味がある。このピリッとした風味が、お肉や油をさっぱりとさせてくれて食欲をそそるのだが、醤油と混ぜただけなのでそのピリッとする部分が結構強烈に感じられたのだ。ヤックは思わず笑った。


「思ったより生姜が利いている」

「生の状態だし、具材がないから余計にかな。でもほら、混ぜたら具材の水分で良い感じになるから」

「美味しい?」

「少なくとも僕は美味しく仕上がると思ってるよ」

「じゃあ美味しいんだ」

「……その謎の信頼って何なの?」

「別に謎の信頼じゃないよ。ユーリが作るご飯美味しいもん」

「それはどうも」


 これは以前から悠利がちょっと疑問に思っていることでもある。味覚がよく似ているのか何なのか、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は悠利が作るご飯を、皆が美味しい美味しいと言って食べてくれる。それは間違いなく嬉しい。しかし、何でもかんでも美味しいに違いないという謎の信頼を向けられるのは、よく解らなかった。

 その辺は、まあ、根本的な味覚が近いこともあるだろうが、悠利の料理技能スキルがバカみたいにレベルが高いことに起因するだろう。技能スキルレベルが高いと、同じ料理を作っても見えないところで補正がかかるのか、随分とおいしく仕上がるのだ。勿論、悠利が皆においしく食べてほしいなと思って作っているのもきっと影響しているのだろうけれど。

 調味料の準備が出来たので、塩押ししておいたキュウリの水を切り、めかぶと共に調味料の入ったボウルへ入れる。入れたら後は混ぜるだけだ。とても簡単。しいていうなら、調味料を混ぜるときに、その味付けの濃さを間違えなければいいというところだろうか。

 全体にきっちり調味料が混ざるように、悠利は結構容赦なくガガガッとボールの中身を混ぜる。実に豪快だった。


「混ぜ方がごーかーい」

「やー、よく混ぜるとめかぶの粘りも出るし、味も絡むから。だって味の付いてない場所があったら悲しいでしょ?」

「それは確かに」


 悠利の説明にヤックは大真面目に頷いた。ちゃんと混ざっていない結果、自分の食べた箇所に味がついていなかったことを想像したら、とてもとても悲しくなってしまったのだ。味が薄いのではなく味がついていないというのは、本当に悲しいのである。

 とにかく混ぜ合わせれば、これで完成だ。後は少し時間をおいて味がなじむのを待つだけだが、ひとまず味見をしてみることにした。


「多分味付け大丈夫だと思うけど、薄かったら言ってね」

「解った」


 そう告げて、悠利は味見用に取り分けたきゅうりとめかぶを口に放り込む。鼻に抜けるような生姜の風味、醤油のまろやかな味わいが最初に感じられる。そして、めかぶのしっかりとした食感とねばねばに、塩押ししたので少し柔らかくなったもの食感を残したキュウリを感じる。多少柔らかくなってもしゃくりとしたキュウリの触感と、めかぶの噛みごたえのある食感が何ともいえず楽しい。

 醤油だけでは味が濃く、生姜だけではピリリと辛いかもしれないが、混ぜたことでいい感じに調和してさっぱりとおいしい味わいになっていた。調味料だけで味見したときは、生姜のピリリとした刺激が辛いと思えたが、今はめかぶのねばねばときゅうりの水分でまろやかになっている。見事な調和だ。

 何言うか、夏の暑さを爽やかに吹っ飛ばしてくれるような、箸休めにちょうどいいような、そんな感じの副菜の出来上がりである。


「いい感じに出来たと思うんだけど、ヤックはどう?」

「うん、オイラもおいしいと思う。ちょっとねばっとしてるけど生姜でさっぱりしてるし、ほぼキュウリだし、あまり気にならないかな?」

「めかぶは細かく刻んでよく混ぜるともっとねばねばになるんだけどね。これくらいの方が皆にはいいかなと思って」

「それはそう」


 悠利の言葉にヤックは大真面目に頷いた。ねばねば食感というものに慣れていない仲間達なのだ。あんまりねばねば推しな料理を出しても、何だろうこれみたいな反応になるに違いない。それだったらおいしく食べてもらえる程度にしておくのが無難だ。それに細切りにしためかぶも十分に美味しいので。

 とにかく生姜さっぱりさせ、醤油で味付けをまとめた結果、いい感じに皆の口に合いそうな副菜が出来た。ならば後は他の料理の準備に取りかかるまで。顔を見合わせて、二人はいそいそと残りの支度に取りかかるのだった。




 そして夕食の時間。

 キュウリもめかぶも見慣れているので、その副菜に皆は特に気にした風もなく箸を伸ばした。そして、食べてから驚いたように目を見張る。醤油の匂いがしていたので、醤油で混ぜた物だと思っていたら、思った以上に生姜の香りが口の中に広がったからだろう。

 ただ、生姜を混ぜただけではない。ただ醤油で和えただけでもない。生姜の絞り汁と醤油をしっかりと混ぜて、それと絡めているからだろう。全体に混ざった味が、口の中で爽やかに広がっていった。

 本日のメインディッシュは肉料理だったのだが、その肉料理のちょっとこってりした感じを、生姜のさわやかな風味が吹き飛ばしてくれる。つまりは、箸休めに最適だった。


「これはまた、随分と生姜の味がするな」

「でも、おかげですごく食べやすいですよ。キュウリもめかぶもおいしいですけど、生姜の風味がとても良いですね、これは」


 ブルックの言葉に、ジェイクがにこにこと微笑んだ。食の細い学者先生はお肉の量も控えめではあるのだが、口直しとして食べたこのキュウリとめかぶの生姜醤油和えがえらくお気に召したらしい。口の中がさっぱりしますと幸せそうに笑っている。

 ジェイクと同じ意見の面々はそこそこいるらしく、肉を食べて口の中が疲れてきたら、キュウリとめかぶの生姜醤油和えを食べている。口の中を一度リセットすることで、美味しく食べるためだ。寿司屋のガリみたいな感じかもしれない。


「ちなみにユーリくんこれ、生姜の絞り汁がたっぷりなのは食べやすさを考慮してですか?」

「はい。暑い日が続いているので、ちょっとさっぱりしたおかずがあった方がいいかなと思ったんです。でもお酢を多くすると皆は酸っぱいっていうし、梅干しだとありきたりになるかなと思って……。今日はヤックのアイデアで生姜です」

「生姜もいいですよね。美味しいだけでなく、栄養もありますし」

「身体の調子を整えるのに、生姜は年中使えるのでいいです」

「そうですね」


 穏やかに会話をする悠利とジェイク。そう、生姜は夏でも冬でも美味しくいただける。さっぱりしておいしいのもあるし、身体を温めたり発汗を促す作用もあるのだ。新陳代謝を促す食材は健康にとても良いのである。

 そして、キュウリは旬の食材として身体の熱を冷ましてくれる。さらに、めかぶには海藻の栄養がたっぷりと詰まっている。基本ねばねばした食材というのは栄養が豊富で、ねばねばも含めて食べるべきだ。こういう風に和えた料理の場合、最終的に器に残った水分も皆はきちんと飲み干してくれる。

 具材の旨味と調味料が混ざって、いい感じのお出汁のようになるからだ。勿論、塩分過多になるようなときは全部飲まなくてもいいのだが、今日はそれほど大量に調味料を入れているわけでもないので、めかぶのねばねば成分ときゅうりから出た水分を余すことなく飲み干して貰いたい。栄養は大事だ。

 まあ、小難しいことをうだうだと並べ立てなくとも、皆は美味しいから全部食べるし、おいしいから器の底に残った水分を飲み干すという感じだ。きっと食事というのはそういうものでいいのだ。難しく考えすぎない方が美味しくいただける。多分。


「ユーリ、これ美味しいけどお代わりないの?」

「レレイは何でもよく食べるねえ」

「ないの?」

「もうちょっとだけ冷蔵庫に入ってるよ」

「食べていいの?」

「いいよ」

「やった」


 元気よく喜んで、レレイは冷蔵庫に向けて小走りで移動した。基本的によく食べる彼女だが、どうやらキュウリとめかぶの生姜醤油和えは随分と口にあったらしい。

 お代わりだー!と元気よく叫ぶ姿はまるで子供のようだが、そんな姿も何となく憎めないのがレレイである。……一応は成人女子なのだが、多分ご飯が絡んだときの彼女の枠は見習い組と同じお子様枠である。

 ああ、気に入ってくれたならいいよねと思いながら、悠利は自分の分の小鉢を食べる。キュウに生姜醤油の味が染み込んでいて、どこを食べてもおいしい。めかぶそのものにはあまり味はついていないように思うが、ねばねばとした部分に調味料が絡んでいるので口に含んでしまえばきちんと味が広がる。生姜の絞り汁をたっぷり入れたおかげで、どこを食べても生姜の風味がするのもポイントだ。

 これがいいんだよねえと顔を綻ばせる悠利。身体にいい食材を食べやすい味付けで食べる。そして、それを美味しいと思って仲間達が食べてくれる姿を見るのが、悠利には何よりの幸せなのだった。

 やっぱりご飯は、美味しく食べてもらうのが一番ですね。

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