カミールがお姉さんを連れてきました

 こういうパターンあるんだ、と悠利ゆうりは思った。それは、目の前で皆と朗らかに挨拶を交わしている来客者を見ての感想である。

 その来客者は、金髪碧眼のボーイッシュな印象を与える闊達な女性である。黙って立っているとちょっと少年っぽい雰囲気があるのだが、笑うとえくぼが出来て愛らしい。コミュ力が高いのか、初対面だと言うのに既に皆ととても仲良く話している。

 その彼女を連れて来た人物はと言えば、どんよりとしたオーラを背負っていた。カミールである。彼女は、カミールのたくさんいる姉のうちの一人、次女のサンドラと言うらしい。

 家の仕事の関係で王都まで出てきた彼女は、せっかく王都に来たのだからと弟のカミールと食事でもと思って連絡をしてきたらしい。そしてカミールも、姉に誘われて昼食に出かけていたのだが、その後、皆に紹介するという名目で姉をアジトに連れて来たのだ。

 そのときのことを思い出し、悠利はちょっと遠い目をした。




「ただいま誰かいる?」


 元気よくリビングに入ってきたのはカミール。その彼の後ろの見知らぬ女性を見て首をかしげる悠利達を無視して、カミールはリビングで雑談をしている訓練生達を見て表情を綻ばせた。


「良かった。訓練生の人達いる。ほら、姉さん、色々話聞きたいって言ってたろ。ちょうど訓練生の皆がいるから話聞かせてもらえば?」

「そうね。初めまして。カミールの姉のサンドラです。よろしかったらちょっとお話伺えますか?」


 初対面だというのに人懐っこい感じで声をかけてきたサンドラに、レレイ達は首をかしげつつ、こんにちはと元気に挨拶をしている。この程度では《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は驚かない。驚く理由がないのだ。ちょいちょい誰かの知り合いとか、仕事関係の人とかがやってくることもあるので。


「ところで、聞きたいことって何ですか?」

「私達商人にとっては、やっぱり誰がどんな商品を求めているかを知ることが重要なんです。なので、皆さんのお話を聞かせてもらえればなと思って」

「そんなことでいいの?」


 サンドラの言葉に、レレイが不思議そうに首を傾げた。それに対して、サンドラはこくりと頷いた。その顔は真剣だった。


「そんなことじゃありません。それこそが、商人にとって何より大切なことなんです」

「え、でもあたし、商人さんが必要としてることとか、解らないよ?」

「大丈夫です。今どういうものが流行っているとか、どういうものが人気があるとか、どういう商品があったら嬉しいなあとか、そういうあくまで個人的なことを教えていただければという話なんです」

「そういうので良いならあたしでも役に立てそう」

「そうだな。レレイでも役に立てそうだ」

「クーレ、何か含んでる?」


 むすっとした表情のレレイに、クーレッシュは別にと答えている。レレイが物事を細かく考えるのが苦手なことは、皆が知っている。なので、深く考えずにただ感想を伝えるだけでいいなら問題ないんじゃないか?みたいな雰囲気だった。居合わせた訓練生達全員がそんな感じである。まぁ、レレイの扱いはいつもこんな感じだ。

 そんな風にわちゃわちゃと雑談をしている一同は、実に楽しそうに笑っている。なお、よろしくお願いしますと微笑むサンドラも楽しそうに笑っているが、目だけは抜け目なく輝いていた。なるほど、商人一家のお嬢さんだなと悠利は思った。

 そして、姉を訓練生の皆に押し付けた後、何やらぶつぶつと独り言をつぶやいているカミールを見る。どうにも、とてもとても深刻そうなので。


「ねえカミール、何かあったの?」

「何かあったというか、何かありそうで嫌だというか……。いや、何かあったんだよな、うん」

「カミール、聞いてる?」


 悠利の問いかけに一応返事はするものの、生返事のようなものしか返ってこない。これは相当根深いなと悠利は思った。いつも如才なく会話をするカミールにしてはとても珍しい。

 カミールがこちらの話を聞いてくれるようになるには、まだしばらくかかりそうだ。そう思った悠利は、とりあえずお客さまに飲み物を出そうと、台所に移動するのだった。

 そして、サンドラと訓練生達に、飲み物を配り終えた頃、色々と自分の中で整理がついたのか、カミールは真剣な顔で見習い組を集めていた。手招きされたので、悠利もそちらへ近寄る。集められた四人は、いったい何があったんだろうという顔をしていた。


「突然で悪いんだけど、皆の力を貸してくれ」

「「「はい?」」」


 カミールの言葉に全員首を傾げた。いきなり何を言い出すんだ、と言いたげである。実際、あまりにも唐突すぎる言葉だ。力を貸すとは何のことだろうか。

 しかし、カミールはとても真剣だった。それこそ、今まで見たことがないぐらいに真剣な顔だ。つまり、それだけ重要なことなのだろう。少なくとも彼にとっては。


「僕らに何をさせたいの?」

「姉さんの身辺調査を」

「「「はぁ?」」」


 今度こそ、悠利達は間抜けな声を上げた。姉の身辺調査とは何ぞや、である。

 そもそもお姉さんは目の前にいるのだ。聞きたいことがあれば聞けばいい。だというのにカミールは、色々と考えを巡らせて、こっそり調べようとしているようなのだ。 


「何でまたそんな面倒なことを?知りたいことがあるなら、サンドラさんに聞けばいいのに」

「いや、ええっと、知りたいのは、姉さんの身辺調査じゃなくて、姉さんが関わっている男の人の身辺調査というか」

「男の人?」

「そう姉さんの恋人らしい人の身辺調査」


 とても歯切れが悪いカミール。しかし、とりあえず姉ではなく、姉に関わりのある人の身辺調査をするということは、悠利達にも理解できた。そして全員、ものすごく生温い眼差しでカミールを見た。

 姉の恋人らしき男性の身辺調査。そんなことをしたがるだなんて、どれだけ姉が好きなんだと言いたげな顔である。

 しかし、カミールは真剣な顔で首を横に振った。ぶんぶんと力一杯振っている。そういうんじゃないんだと言いたげである。何やら切実な気配が漂っていた。


「お前ら相手だからぶっちゃけるけど、姉さんは致命的に男運が悪い」

「えっ?」

「悪いどころの話じゃない。もう、どうしようっていうぐらい、あの人は本当に、何ていうか、何でそんなのばっかり引くんだっていうぐらい男運が悪すぎるんだ」

「えー……」


 カミールに大真面目な顔で言われて、悠利は思わず言葉に詰まった。しかし、カミールは真剣だ。つまりはそれが本当だということである。

 男運が悪い。いまだ未成年の少年である悠利達にはイマイチ実感が湧かないことである。ウルグスもヤックも、勿論マグも、何のことだと言いたげに首を捻っている。

 しかし、悠利は姉を持つ弟だった。

 姉は別に変な男に引っかかってはいないが、姉の知り合いの話であったり、或いはドラマや漫画などの創作物の中の話で見たことがある。ダメな男に引っかかる女性の話や、何故かダメな男とばかり知り合ってしまう女性の話は記憶にある。それらを脳裏に思い浮かべて、カミールがどれだけ必死なのかを何となく理解した。姉をダメ男ホイホイにはしたくないのだろう。


「その、ダメな人ばっかり引くって言ってるけど、どんな感じで?」

「いやーまあ、千差万別で……。うん、本当に姉さんは、男を見る目だけ・・が全然なくてさ」

「だけって言った」

「しかもこいつ、強調したぞ」

「必死」

「だけってことは、他の部分はちゃんとしてるってこと?」


 皆がカミールの強調した部分にサンドラの欠点を見出している中で一人だけ、つまりはそれは裏返しだと思ったヤックが別の言葉を口にした。相手の良い部分に気づけるのはとてもいいことだ。悠利は思わず、「ヤック偉いねえ」とつぶやいた。他人の長所に流れるように目が行くのはとても良いことである。そんなヤックと悠利のやりとりで、ちょっとだけ場が和んだ。

 そして、和んだ空気に一瞬だけ表情を緩めた後、カミールは厳かに告げた。


「姉さんはさ、こう、商人としての判断力は凄いんだ。目利きも出来るし、商才もある。若い女と侮る奴らが姉さんに手玉に取られて、ことごとく返り討ちにされることなんてしょっちゅうだったし」

「優秀な商人さんなんだね」

「そう優秀。うちの実家を実質切り盛りしてるのは、長女の姉さん夫妻なんだけど、その補佐で働いてんのがサンドラ姉さん。それを任されるぐらい、要は片腕っていう立場になれるぐらいに、あの人はすげえんだ」


 告げるカミールの顔は、どこか誇らしげだった。姉が商人として優れていることを誰より信頼しており、自慢に思っているという感じ。仲の良い兄弟なんだなあと悠利は思った。


「で、そのどうしようもなく男運が悪い姉さんが、王都に遠距離恋愛してる恋人がいるって言い出したんだ」

「それは、何かヤバそうな奴なのか?」

「ヤバイかどうかまだ解らない。もしかしたら、奇跡的にマトモなのを引いてるかもしれない。だけど、今までそれがなかったもんだから……」


 ウルグスの問いかけに、カミールは苦渋の決断みたいな表情をして告げた。そんなカミールに皆は思った。今まで一度もなかったんだ、と。それもなかなか、確率として凄い。


「とにかくカミールは、お姉さんが本当に大丈夫かどうかを確認したくて、その恋人さんの情報が欲しい、と?」

「そう」

「だったら、他の皆にも手伝ってもらったら……」

「ダメ」

「へ?」


 悠利の提案に、カミールは被せる勢いで待ったをかけた。真顔だった。そして、何がダメなのかを説明してくれる。


「俺が普段つるんでるのはお前らだって姉さんに話してある。なのに、姉さんが来たタイミングで、普段つるまない皆まで動かしてるなんて知れたら、何か探ってるって即座にバレる」

「あー、そういう察しは良いんだ……」

「そう。男を見る目以外のところは察しが良いんだ。だから、証拠を掴む前にバレると、何かややこしくなりそうでさ……」

「なるほど。じゃあ、動くのは僕らだけがいいってこと?」

「そう」

「でも調べるのは僕らだけで出来るとして、まずその恋人さんの情報を手に入れなきゃダメだよね」

「そこなんだよなあ……」


 はぁ、とカミールが盛大にため息をつく。弟という立場を利用して簡単に聞き出せば良いのにと思っていた悠利達であるが、どうもそれは難しいらしい。

 というのも、サンドラは年の離れた弟であるカミールにそんなに赤裸々に恋バナをしないのだとか。実家にいたころ、カミールが姉に関わる男の情報を得て動き回っていたのは、ひとえに他の姉達からの情報提供があったからだ。つまり、サンドラからいい感じに情報を引き出してくれる人が必要となる。

 そこまで理解して、悠利はぼそりとつぶやいた。


「今、この場にそういう人、いる?」


 悠利の言葉を聞いて、カミールはスッと目を逸らした。現実逃避みたいな感じだった。


「情報を聞き出して貰うってことは、一度その人に事情を説明しなきゃダメなんだよね?ってことは、今サンドラさんと仲良く話している面々じゃダメなんじゃない?

「そうなんだよなぁ……。一人だけ呼ぶとか絶対に何かあるって警戒されるし」

「つーか、その情報を上手く聞き出せんのって誰だよ」

「まあ恋バナってなると女性じゃないかなぁ」


 ウルグスの言葉に、悠利は自分の感想を素直に伝えた。やはり恋バナとなると、気兼ねなく話が出来るのは同性であろう。なので、この場合は女性が最適だろうという話だ。

 ヤバい、初手から手詰まりかもしれないと悠利達が唸っていると、救いの手が差し伸べられた。正確には、来客がいることに気づいて自室からリビングへやってきた訓練生がいるというだけの話だ。しかし、少なくとも今の悠利達にとっては間違いなく救いの女神であった。


「あらぁ?何か賑やかだと思ったら、お客様が来ているのねぇ」

「マリアさん!」


 気怠げな雰囲気をまとってあらわれた妖艶美女のお姉さんに、悠利は感激の声をあげた。なお、わちゃわちゃと楽しそうに喋っている皆、訓練生+サンドラの集団には気付かれていない。あちらが盛大に盛り上がっているので、こちらでちょっとぐらい大きな声を出しても気付かれないのだ。ありがたい。


「それで、あの方誰かしらぁ?」

「カミールのお姉さんです」

「あらぁ、お姉さんが来てるの?」

「マリアさん、とてもいいタイミングでお越しになって本当に感謝しています。ちょっと手を貸してください」

「ちょっと、いきなりどうしちゃったのぉ?貴方らしくないわよ?」


 縋り付くようなカミールに、マリアはぱちくりと瞬きを繰り返した。普段、どちらかというと飄々としているタイプの少年が見せる態度としては、あまりにも珍しすぎるのだ。

 しかし、カミールは切実だった。必死だった。姉に毒牙が迫っているかもしれないというのだから、必死にもなろう。

 何が何だか解っていないマリアに、ユーリ達は事情を説明する。

 カミールの姉のサンドラが訪ねてきたこと。彼女には遠距離恋愛で付き合っている人が王都にいること。その人の身辺情報が欲しいこと。そして、サンドラが一種病的なまでにダメな男ばっかり引っ掛けてしまう性質であること。

 全てを聞き終えたマリアは、なるほどと静かにつぶやいた。


「要は、雑談の恋バナを装って、その遠距離恋愛中の彼氏さんの情報を聞き出してほしいってことね」

「そうなんです。今あそこにいる面々を呼びつけたら姉さんに感づかれるし、そもそもあそこにいる面々で、そういうの得意そうなのはクーレさんなんですけど……」

「さすがに初対面の女性に恋バナ装って情報収集は、ちょっとクーレが可哀想よねぇ」

「ですよね……」


 情報収集担当という意味では、斥候の修行をしているクーレッシュは最適だ。コミュ力が高く人当たりは良いし、頭の回転も悪くない。話題を選んで話を展開する機転もあるし、必要な情報の取捨選択も出来る。しかし、重ねて言うが、彼とサンドラは本日初対面である。

 その状況で、年上の女性に恋バナというか、根掘り葉掘り彼氏の情報を聞くというのはちょっと厳しいものがあるだろう。相手が異性なので、口が堅くなってしまう可能性を否定できない。

 これが、以前から交流があるとかならば、良い感じの距離感で上手に聞き出してくれただろう。その辺は人当たりの良さも含めてクーレッシュなら信頼できる。やはり、初対面の異性というのがネックなのだ。

 その辺りのことはマリアも理解しているのだろう。彼女もサンドラとは初対面だが、同年代の同性というアドバンテージがある。


「うん、任せてちょうだい。上手くいくかは解らないけれど、やってみるわぁ」

「ありがとうございます、マリアさん。お礼に、作ってる数が少なくて商人の伝手ぐらいでしか手に入らない、ほぼほぼ流通してない滅茶苦茶美味いトマトジュースを取り寄せます」

「あら、そんなものがあるの?」

「あります」

「わー、ーカミール、超必死ー」


 悠利は思わず棒読みになった。トマト大好きなマリアのために、自分に切れるカードで最高のお礼をしようとしているカミール。彼が、そこまで必死になるほどに、姉サンドラの男運のなさが凄まじいのか、と皆は思った。

 実の弟が、ここまで必死になって調べなければとなるような男運の悪さ。むしろ、今までよく何事もなかったなぁ、と思う悠利だった。


「それじゃ、貴方達も近くで、全然関係ない話をしてるフリして聞き耳を立てるとかしたら?」

「良いんですか?」

「それくらいは大丈夫だと思うわよ。それに、貴方も少しでも早く情報欲しいんでしょ?」

「欲しいです」


 マリアの言葉にカミールは真顔で答えた。ちょっと今日のカミールはいつもよりも解りやすい。いや、解りやすいのが悪いわけではないのだが、彼がこうも解りやすいとなると、それだけヤバい状況なんだなと察せてしまうのが、何か色々とアレなだけである。


「それじゃあ、行ってくるわね~」


 そう告げて、マリアはわいわいと話している皆のところへ移動した。少ししてから悠利達も移動して、彼等に近づく。楽しそうに話をしていた一同は、近付いてきたマリアに気付いて視線を向ける。訓練生達は「ああ、マリアも来たんだ」という風な態度で、サンドラは増えた相手にぺこりと頭を下げた。

 そんなサンドラに、マリアはその美貌に相応しい素晴らしい微笑みで挨拶をした。


「はじめまして、サンドラさん。マリアです。カミールのお姉さんなんですって?ご挨拶させていただいてもよろしいかしら」

「ご丁寧にありがとうございます。マリアさんって言うと、お美しくて強いお方ですね」

「あら、嬉しい」

「トマトがお好きだと伺っています。よろしければ良い商品紹介しますわ」

「それはとっても魅力的ねぇ」


 流れるように交わされる会話。二人の会話を聞きながら、悠利達はちらりとカミールを見た。「お姉さん。コミュ力すっごく高いね」という視線である。カミールは、その視線を受けても特に反応しなかった。姉の人づき合いの上手さは知っているのだ。

 またマリアも、情報を聞き出してくれと頼まれたとは思えないほど、普通に会話を楽しんでいる。確かに、怪しまれてはいけないので普通の会話から始めるのは当然だ。

 そんな彼等の会話が聞こえる位置に陣取りながら、悠利達は本日のメニューをどうするかの相談をしていた。一応相談は本当だ。晩ご飯何にしようかという会話は事実だし、彼等がそんな会話をするのもいつものことなので何も疑われない。その状態で聞き耳を立てているだけだ。


「そちら、とても素敵なスカーフね。それもどこかで取り扱ってらっしゃるの?」

「あっ、これは、……いただきものなんです」


 そう言って微笑んだサンドラの顔は、とても幸せそうだった。悠利は閃いた。カミールも理解した。他の三人はよく解らなかったらしいが、姉を持つ弟二人にはすぐに解った。これは、好意を抱いた男からの贈り物である、と。

 悠利とカミールが気付いたのだ。彼等から前情報を得ているマリアが気付かないわけがない。そして、いい突破口を見つけたと言わんばかりに、マリアはそのスカーフについて問いかけた。


「あらぁ、その反応ってことは、もしかしてイイ人からの贈り物かしら~?」

「イイ人だなんて、そんな」

「違うのかしら?」

「いえ、恋人からの贈り物です」


 照れたように、恥ずかしそうに頬を染めてサンドラは告げる。その表情は、先ほどまでのハキハキとした商人としての姿ではない。恋に恋する可愛らしいお嬢さんという風情である。あまりに印象が違いすぎる。

 その顔を見て、悠利はスッとカミールに視線を向けた。悠利の視線を受けたカミールは、明後日の方向に視線を逸らした。何を言われるのかを察したのだろう。


「あからさまじゃん、カミール」

「……だから言っただろう?姉さんは、そっちの方面だけはポンコツだって」

「ポンコツって言っちゃったよ。……っていうか、男運が悪いだけじゃないよね、どう考えても」

「解るか?」

「解るよ……。だってあれ、明らかにこう、恋愛だと色々とネジが外れちゃうタイプじゃない?」

「うん、俺達姉弟は、恋多き女って呼んでる」

「僕、現実でその言葉は聞きたくなかったなー」


 カミールのちょっと開き直ったような一言に、悠利は遠い目をした。そのセリフは聞きたくなかったタイプのやつである。男運が悪いお姉さんの性質が、恋多き女。どう考えてもダメのピンポイントである。

 単に恋多き女だけであったなら、まだ良かった。単に男運が悪いだけならば、まだ良かった。その二つが合わさってしまうと、どうしようもない破壊力である。

 何でその二つが重なっちゃったの?と言いたげな顔をする悠利に罪はあるまい。ぶっちゃけ、サンドラの弟のカミールが誰よりそう思っている。面倒くさいと面倒くさいの二重奏である。何もありがたくない。

 とりあえず、そんな風に色々と困っている二人の前で、マリアはいい感じにサンドラから情報を引き出してくれている。サンドラはその彼氏がよほど好きなのか、彼氏に与えてもらったというスカーフを大事そうに見せた。

 それはシンプルな造りではあるが、上質の布に丁寧な刺繍の施されたスカーフだった。決して華美ではないので、あちこち飛び回る商人さんが付けていても問題ない。また、刺繍がとても美しいので、贈り物などにしても喜ばれるような品に見えた。

 マリアが上手に聞き出してくれた情報を整理すると、こういうことになる。

 サンドラの恋人は、この王都で仕事をしている人間で、サンドラとは遠距離恋愛。商談の折にサンドラ達の街へ訪れて、そこで知り合った。布の仲介を行う商人で、スカーフは彼が取り扱っている商品の一つ。今は特にサンドラ達と取り引きはないのだが、いずれスカーフが量産できるようになったならば、サンドラ達が取り扱うことになっている。


「ねぇ、カミール。お姉さんの商人としては目が確かなんだよね?」

「あぁ。あのスカーフはいい品だし、作ってる工程にも嘘はないんだと思う。……でも問題は、その彼氏が本当にそのスカーフ作りに噛んでるかどうかだよ」

「えっ?」


 思いも寄らないカミールのセリフに、悠利は目を見開いた。そういう発想になるの?と顔に出てしまう。なお、それは他の三人も同じだった。

 しかしカミールは仲間達の視線をそっちのけで、「何か引っかかるんだよなぁ」と呟いている。どうやら、今まで姉が引っかけた、或いは引っかかってきたダメ男の数々を見てきた弟は、そういう意味で男を見る目が鍛えられているようだった。何か違和感があるらしい。

 とりあえず、男の名前、王都での住まいに職場という基本的な情報は、マリアのおかげで悠利達の耳に入った。それらを忘れないように胸に刻み、悠利達はマリアに感謝の視線を向けてその場を後にした。今から作戦会議である。

 もし本当にサンドラの恋人がちょっとアレなダメ男であった場合、何としても彼女にはその恋人を諦めてもらわねばならない。カミールの心の平穏のために。




 どうやら、ひょんなことから少年探偵団が結成されるようです。頑張れ!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る