気分転換にゆで玉子のナムル

「ただのゆで玉子も、煮玉子も、定番になりすぎちゃってる、かぁ」


 ぽつりと悠利ゆうりは呟いた。完成してから塩水に漬け込んで塩味が付いたゆで玉子も、めんつゆに付けて茶色く色付いた煮玉子も、何だかんだで《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では定番メニューとなっている。それが悪いわけではないが、マンネリにも繋がる。

 とはいえ、ゆで玉子はとても便利だ。そもそも《真紅の山猫スカーレット・リンクス》には卵とじゃがいもとパンはいくらでもあるという鉄則がある。他の食材が尽きても、この三つだけは切らさないように準備されているのだ。つまりは困ったときの卵様である。

 その上、ゆで玉子は冷めてもおいしいので、作り置きが出来る。大人数の食卓を預かる身としては、とてもとてもありがたいのだ。となれば、ゆで玉子を使って皆がマンネリ気分から脱却できるようなメニューを用意するべきだろう。

 煮玉子も塩味のついたゆで玉子も飽きたと言われてしまったならば、一手間加えてちょっとリッチなゆで玉子を用意するしかあるまい!そう、悠利は、勝手に燃えていた。別に皆は煮玉子やゆで玉子が美味しくないと言ったわけではないし、出さないでくれと頼んだわけでもない。単に定番メニューとなったので、慣れてきたよなぁみたいな話をしただけである。つまりは、悠利が勝手に燃えているだけだった。


「ゆで玉子のちょっと味を変えたやつ……。サラダはまた違うよねぇ……」


 うーんと一人で考え込む悠利。ゆで玉子のサラダはそれはそれで美味しいが、こちらはポテトサラダなどでも似たような味になるので、何かまた違う気がした。作り置きが簡単に出来て、その上食が進むゆで玉子料理。さあ、何かあるかと色々と考え込む。考えている姿はちょっと楽しそうだった。

 悠利は料理が好きだし、美味しく食べてもらえるのが大好きだ。なので、こういう風にメニューを考えるのは、けっこう楽しんでやっているのだ。

 しばらく考えて、悠利はおあつらえ向きのレシピを思いついた。簡単に作れて、皆が喜ぶ味付け。ご飯が進むおかずに仕立てあげれば、きっと喜んでくれるだろうと考えて、そのメニューに決めたのだ。


「よし、ゆで玉子のナムルにしよう」


 いい考えだと悠利は笑顔になった。ナムルは今まで色々な野菜で作ってきたが、ゆで玉子ではまだ作っていない。そういう意味では目新しさもあって、きっと皆が喜んでくれるだろう。

 作るものが決まったら、後は準備をするだけだ。まずはゆで玉子を作るところからスタートである。


「鍋にお湯を沸かしてーと」


 ゆで玉子を作るのは簡単そうで、ちょっぴりコツがいるのだが悠利にとっては慣れたもの。いつもと同じように作ればいいよねみたいになっている。そんな風にやる気満々な悠利の背中に、突然声がかかった。


「支度?」

「うわぁ!マグ、いつも言ってるけど、気配を消して近づかないで!」

「謝罪」


 いつの間にか背後にいたマグに突然声をかけられて、悠利は驚いた。驚かせるつもりはなかったのだろう。マグは素直に謝ってくれた。

 今の台詞から考えるに「もう支度を始めるのか?」とでも問いたいのだろう。悠利としては、マグが来るまでにゆで玉子だけでもやっておくかと思っていたので、突然の登場に驚いたのだ。

 というか、そもそもマグは足音がしない。足音を殺して歩くのが癖になっているのか、それとも静かに歩くことと体重が軽いことで気づかれていないのか。なお、気配は無意識に殺しているようで、悠利としては心臓に悪いのでちょっとやめてほしいと思うのだ。マグに悪気がないだけに、もうちょっとどうにかならないかなと思ってしまうのだった。

 なお、悠利が他人の気配に鈍感だというのも理由の一つではある。見習い組はともかく、訓練生になると多少は他人の気配を察することが出来るので、ここまで露骨に驚いたりはしない。やはり日々おさんどんしている悠利と修行をしている皆との間には、大きな大きな壁が立ちふさがるのであった。

 とりあえず、悠利を驚かせるつもりは特になかったマグは申し訳ないという感じに頭を下げている。謝罪するつもりはあるらしい。まあ、こんなやりとりもさて何回目だろうねという感じではあるのだが。


「ゆで玉子?」


 鍋にお湯を沸かし、卵を準備している悠利を見てマグはそう問いかけた。この状況で、ゆで玉子以外を想像するのはちょっと難しい。

 或いは可能性としては温泉卵もあるのだが、温泉卵はこんな風に大量の卵を仕込むという感じで作ったりはしないので、やっぱりゆで玉子かなとマグは思ったのだ。ちなみに温泉卵も皆には人気である。こちらは何かのトッピングとして使うことが多いので、基本的に人数分しか作らない。


「うん、そうだよ。今日はゆで玉子でナムルを作ろうと思ってね」

「……ナムル。……出汁」

「ナムルだから、食いつくと思ったけど、本当に落ち着いて。これは皆で食べる分のおかずを作るのであって、マグが一人でいっぱい食べるためのものじゃないから。後そもそも、ゆで玉子だけいっぱい食べるのも、バランス的にはよくないから」

「美味」

「って聞いてる?ねぇ、マグ!?」

「美味」

「うん、ナムルは美味しいよね。美味しいんだけど、本当に、あの、僕の話聞いてる?」


 出汁をこよなく愛するマグは、顔をキラキラと輝かせて悠利を見ている。普段そんなに表情が変わらないのに、ちょっと出汁が絡むと一瞬で感情が乗るのはどういうことだろうか。とりあえずこの状態だと話が通じないと思った悠利は、大人しくしてくれと言いたげにマグの説得を試みていた。

 しばらくして、テンションがちょっと落ち着いたのか、マグは悠利を見た。もう話が通じそうな感じだった。


「ゆで玉子、大量」

「うん。皆で食べるから大量に仕込むの」

「大量」

「皆で食べる分だからね?」


 沢山の卵を見て、これをゆで玉子にするならナムルもたくさん出来るんだろう?と言いたげなマグ。しかし、あくまでも皆で食べる分である。マグが一人でもりもり食べて良いわけではない。

 これは少なくとも、作る前からきちんと言い聞かせておかないと、味見でゆで玉子が消えてしまうという危機感を抱いた悠利は、マグに切々と訴えた。そして、悠利の説得が功を奏したのか、とりあえずマグは納得した。納得したが、期待を隠しきれていないので、とりあえずマグの分は大皿ではなく個別で多めに準備するということで話がついた。

 後、味見をいつもより多めにしてもいいということにもした。そうやって餌をぶら下げることで、作業中は大人しくしてくれるのを期待したのだ。とはいえ、最近はマグも多少は聞き分けが良くなってきたので、問題ないだろう。もしくは、言うことを聞かずに没収されるよりは、大人しく従って取り分を多めに手に入れる方が吉と考えたのかもしれない。

 そんな風にわちゃわちゃしつつも、ゆで玉子は難なく出来上がった。二人にとっても慣れた作業だ。鍋から引き上げたゆで玉子を冷水で冷やし、せっせと殻を剥く。何気に地味な作業で、しかも数が多いので面倒くさいのだが、どちらもその手の作業が苦ではないので問題はなかった。

 ちなみに、ゆで玉子は半熟と固ゆでの二種類を作ってある。これにはちゃんと意味がある。悠利の好みとしては、黄身がとろりとした半熟なのだが、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》は大所帯だ。食事の好みは千差万別ということで、固ゆでもあった方がいいかなという感じである。

 なお、半熟は半熟でも、スプーンで食べなければいけないようなとろっとろの半熟ではない。黄身がほんのり柔らかなままというぐらいの半熟に仕上げている。それというのも、これからナムルを作ろうと思っているので、あまりに柔らかいと壊れてしまうからだ。


「殻剥き、完了」

「お疲れ様」

「大量」

「マグ、重ねて言うけど、皆の分だからね?一人で食べちゃダメだからね?」

「諾」

 悠利の言葉に、マグは「大丈夫だ、解っている」と言いたげに力強く頷いてくれる。マグのこの決意が、どうかご飯を食べる時間まで維持されますようにと悠利は思った。美味しそうな食べ物を前にしてテンションが上がり、前言撤回みたいになっちゃうのはどこかの誰かさん達で見ている。それゆえである。


「それじゃ、このゆで玉子をナムルにしていくよ。殻をむいたゆで玉子を食べやすいように切ります。ただし、あんまり小さくしても食べにくいから今日はくし形ね」

「諾」


 告げて、悠利はゆで玉子をまず縦に半分に切った。次にそれを二等分もしく三等分にしていく。これは玉子の大きさで調整するのだが、特に説明されずともそういうものなんだなとマグも解っている。何だかんだで料理に慣れてきているので。

 そうして切ったゆで玉子を、大きめのボウルに入れる。勿論、半熟と固ゆでは混ざらないように別々のボウルだ。そこへ顆粒だしと醤油を少し、そしてごま油を入れる。


「……ごま油、後?」

「あぁ、野菜のときはごま油を先に入れないと水が出るからごま油が先なんだけど、ゆで玉子のときはあんまり考えなくていいかも」

「諾」


 なるほど、と言いたげにマグは頷いた。野菜の場合は、顆粒出汁の塩分と反応して水分が出てくるので、それを防ぐためにごま油でコーティングするのだ。ゆで玉子の場合はそういう心配があまりないので、特に順番を気にせず悠利は混ぜている。


「混ぜるときはざっくり大きく、丁寧にね。ゆで玉子が壊れちゃうから」

「大事」


 それはとても大事だと、マグは大真面目に頷いた。実際、ゆで玉子がボロボロと壊れてしまうと、ちょっと寂しくなってしまう。くし形に切っているので、どうしても黄身が外れそうになるのは仕方ないが。

 勿論、そういうときのための改善策はある。発想の転換で、順番を入れ替えれば良いのだ。


「どうしても混ぜにくいときは、先に調味料をボウルに入れて良く混ぜてから絡めると少しマシかな?」

「……諾」

「とりあえず、半熟と固ゆでを混ぜるとダメだから二つのボウルで作るよ。それぞれ頑張って混ぜようね」


 悠利の言葉にマグはコクリと頷いてボウルを一つ受け持つ。大真面目な顔だった。これを頑張れば美味しいナムルが食べられる。目の前で顆粒出汁を入れたのは見ているので、出汁が入っているのは確認済みだ。そもそもナムルは顆粒出汁を用いて作っているので、マグお気に入りの料理なのだ。

 初めてのゆで玉子のナムル。壊さないようにと丁寧に混ぜるマグの横顔は真剣そのものだ。座学の勉強とかのときもこれくらい真剣に頑張れば良いのになあ、と悠利はちょっぴり思った。

 マグは決して不真面目な生徒というわけではないのだが、いかんせん情熱にバラツキがある。命に直結した分野に関しては真剣に学ぶのだが、それ以外、特に交渉や人づきあいに関するようなことは割とどうでもよさそうな反応をする。歴史の勉強などもそうだ。殺伐とした環境で育ったからなのか、必要な技術は生き抜くためのものという感じで割り切っているところがある。スラム育ちだとそうなるのか、それともマグだからこうなのかは悠利には解らない。

 ただ、今、自分の隣で一生懸命にボウルを混ぜてゆで玉子のナムルを作っている姿からは、そんな殺伐とした過去や何やらは全然見えてこないなと思うのだった。


「混ぜ終わったら、これで完成」

「簡単」

「まあ、基本的にナムルって混ぜるだけだしね。しっかり馴染ませたら、味が染みこんでお美味しくなると思うよ」

「味見」

「待って、待って。味見はそれなりに分量を考えて!」


 これ、もう食べられるんだよね?みたいな顔をしているマグ。つまりは、味見で食べていいんだよね?みたいなオーラが出ている。

 いや、確かに味見はして良いのだ。それは料理当番の特権であるし、そもそも味見をしなければきちんと出来ているかは解らない。だから悠利も、味見そのものを否定する気はない。問題は、本能の赴くままにマグが食べると、皆の食べる分がなくなるのではという危機感があるだけだ。

 とはいえ、悠利も仕上がりは気になっているので、そっと小皿にゆで玉子のナムルを取る。半熟と固ゆでは別々に作っていたので、どちらも小皿に取った。どちらが好みかはそれぞれ違うだろうから、とりあえず味見をしてみるということで両方を小皿に乗せる。悠利の分は一つずつ、マグの分は多めに食べて良いと言ったので、二つ合わせて玉子一つ分ぐらい。それ以上はちょっと待ってねと言いたい悠利である。まあ、マグにしてもいつもの味見より明らかに量が多いのは解っているので、目の前のゆで玉子のナムルを見て満足そうな顔だ。


「それではいただきます」


 悠利が呟くと、マグはこくりと頷いて口の中で小さく何かを呟いた。もしかしたらいただきますと言ったのかもしれない。声が小さいのでよく解らないが。

 とにかく食前の挨拶をして、二人してゆで玉子のナムルを口に運ぶ。悠利がまず食べたのは半熟の方だ。これは半熟の方が好みなので、好みの方の味がどうなっているのか気になったからだ。


「あーん」


 プリプリとした白身は弾力をしっかりと残している。もぐもぐと食べながら、悠利は味を確かめる。顆粒だしで味付けをしたシンプルな造りだが、少なくとも味が物足りないということはなさそうだ。ごま油の風味と顆粒だしの旨味、そしてアクセントに醤油。その味が混ざって、ゆで玉子に絡んで何とも言えない濃厚な味わいとなっている。

 特にとろりとした黄身がナムルの味に染まっているのが、何とも言えない。やっぱり半熟は美味しいと悠利は一人思う。この濃厚な旨味は、半熟ならではだろう。

 続いて固ゆでの方を味見する。こちらは普通に食べるなら黄身がパサパサしているのだろうが、ナムルにしたことでいつもよりしっとりしているように見えた。もしかしたら、固ゆでの方が水分が少ない分、味を吸い込みやすいのかもしれない。

 口の中へ入れれば、ほろりと解ける黄身の触感。白身の弾力は固ゆでも半熟もあまり変わらない。プルンとしていて美味しい。そして、普段ならもそもそと感じるはずの固ゆでの黄身は、ナムルの旨味を吸い込んで良い塩梅だった。ああ、ここに味が絡んでいるのかと悠利はしみじみと思った。

 玉子の旨味とナムルの味。二つはいい調和をしていた。半熟も固ゆでも大成功だと悠利は思う。

 そんな悠利の隣で、マグは一口一口堪能するようにゆで玉子のナムルを食べていた。そんな風に大仰に食べるようなものじゃないよと思いつつ、マグが真剣な顔をしているので悠利は特に何も言わなかった。まあ美味しいものを美味しいと思って食べているのなら、それが一番だ。


「それじゃあマグ、ゆで玉子のナムルは出来たから、他の料理の準備に入ろうか?」

「…………諾」

「頷くまでがすごく長いけど、おかわりはしちゃダメだよ」


 味見のおかわりはありません宣言をされて、マグはちょっぴりしょんぼりとしていた。しかし、悠利としても、ここでしっかり言っておかないとと思うのだ。何せ、マグがもりもり食べてしまう未来しか見えない。ぶっちゃけボウルひとつぐらいペロリと食べてしまいそうな雰囲気があるのだ。

 何はともあれ、ゆで玉子のナムルは美味しく出来た。後は、これを夕飯の時間までおいておけば、味が馴染んで更に美味しくなるだろう。皆が喜んでくれると良いなと思いながら、他のおかずの調理に取り掛かる悠利なのであった。




 そんなこんなで夕食の時間帯。二つの大皿に盛り付けられた見慣れないゆで玉子に、何だこれという声があちこちから上がっていた。

 しかし、悠利がそれはゆで玉子で作ったナムルだと説明した瞬間、つまり美味しいやつだなみたいな感じに雰囲気が変わった。ナムル自体は様々な野菜で作っているので、皆にも馴染みのある調理法なのだ。ゆで玉子のナムルかぁとワクワクしながら、皆はそれぞれの席で箸を伸ばす。

 そんな風に食事が進み、皆の表情を確認する悠利。どうやら、好意的に受け止められているようだと理解して、悠利はほっと胸をなでおろした。きっと喜んでもらえると思っていたが、実際に皆が美味しいと言いながら食べてくれるのを見て、初めて良かったと安心できるのである。

 何せ、料理に絶対の正解はない。味の好みは千差万別だ。他のナムルを喜んでいたからといって、ゆで玉子のナムルを喜んでくれるとは限らないので。


「半熟ー、固ゆでー、半熟ー、固ゆでー。どっちも美味しいね、これ」


 楽しそうに歌いながら、ゆで玉子のナムルを頬張っているのはレレイだ。ゆで玉子のナムルは冷めた料理なので、猫舌の彼女でも最初から遠慮なく食べられる。もりもりと食べながら同時に白米も口に運んでいる。卵とご飯の相性は抜群だし、ナムルのしっかりとした味付けとご飯の相性も抜群だったらしい。

 白米もゆで玉子のナムルも、まるで吸い込まれるようにして消えていく。ちょっぴり危機感を覚えた悠利だった。

 危機感は覚えたのは悠利だけではなく、同じテーブルにいたラジはそっとゆで玉子のナムルをレレイの前から遠ざけた。自分の前に置くのではなく、悠利と同席していたイレイシアの前に置いた。つまりは、食の細い二人の前に確保したという感じだ。

 ラジがそうやって器を動かしたのを、レレイは不思議そうなものを見るようにしていた。何でそんなことしたの?と言いたげである。彼女には、自分がもりもり食べてしまっているという自覚はあまりない。うっかり食べ過ぎてしまっているという感覚もないので、ラジが何でそんな行動に出たのか、本当に解っていなかった。安定のレレイ。


「美味いのは解ったから、もうちょっと控えめに」

「控えめ……?」

「ユーリとイレイスがあんまり食べてないから」

「あっ、ごめんね、二人とも!美味しくてつい」

「うん、大丈夫。レレイだし、割といつものことだなって思ってるから」

「いつものことって言われちゃったよ、ラジ」

「そうだな。いつものことだから」


 えへへと笑うレレイに、ラジは真面目な顔で頷いた。これがいつものことなのもどうかと思うが、実際にそうなのだから仕方ない。食いしん坊娘は今日も元気です。

 なお、彼女には彼女の言い分があった。あったらしい。


「美味しいものはつい食べ過ぎちゃうんだよね。それもこれも悠利のご飯が美味しいのが悪いよ」

「僕が悪いの、それ?」

「だってこんなに美味しいんだもん」


 美味しいからついつい食べ過ぎてしまうのだ。自分は悪くないみたいな主張をするレレイに少しは自分で制御しろと言いたげなラジではあるが、それでもレレイが感情豊かに美味しいから仕方ないよね!みたいな雰囲気を出していると、どうにも怒れなくなってしまうらしい。そういう何とも憎めない愛嬌が彼女にはある。

 まあ、争奪戦が起こらなければいいなと悠利は思っているだけだ。《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の食事事情は、割と弱肉強食である。食べ盛りや身体が資本の集団なので。


「イレイス、よかったら食べてね」

「ええ、大丈夫ですわ、ユーリ。きちんと頂いております」

「それなら良いんだけど……。イレイスって、結構遠慮するから」

「遠慮だなんて……。わたくし、自分の胃袋の大きさを解っているだけですわ」


 そう言って麗しの人魚族の少女は微笑んだ。実際彼女は小食なので、あまり食べ過ぎるとしんどくなってしまうのだ。自分で自分の食事量を把握できているのは良いことである。

 そんな会話をしている悠利に、レレイが満面の笑みで声をかけてきた。ご飯を山盛りにしたお茶碗を片手に、である。


「あのね、ユーリ、これね、ライスと一緒に食べると本当に美味しいよ」

「まぁ玉子とライスの相性は良いからね」

「ナムルのしっかりとした味がね、何かすっごく美味しい!固ゆでもいいんだけどね、半熟がこう、黄身がね、ライスと絡んですっごく美味しいよ!」


 全力で主張してくるレレイ。さあ食べてみてって言いたげである。まあ、悠利としても多分ご飯に合うだろうなとは思っていたので、レレイの言葉を否定するつもりはない。単純に、レレイのように白米が飛ぶように消えるほど食べたいわけじゃないだけだ。他のおかずもあるのだし。

 とはいえ、味見でゆで玉子だけは食べてはいたが、ご飯と一緒に食べる誘惑に負けてしまった。半熟のゆで玉子を口の中へ入れ、続いて少量のご飯も口へと運ぶ。噛めば噛むほど広がるご飯の甘みに、とろりと溶けた半熟の黄身が絡む。ナムルのしっかりとした味付けが玉子とご飯を包み込み、即席ナムル風たまごかけご飯みたいな感じに口の中でなった。これはこれで確かに美味しい。

 ならば固ゆでが合わないのかというと、それはそうではなかった。こちらはこちらで、固ゆでの黄身の触感とご飯の食感がいい感じに調和して口の中が楽しい。つまりはどちらも美味しいのだ。

 

「しかし、何でいきなりゆで玉子をナムルにしたんだ?」

「煮玉子も塩味のゆで玉子も定番になっちゃってたから、皆のマンネリ防止」

「何だそれ」

「美味しいものを美味しいと思って食べてほしいから、飽きないようにした方がいいかなと思って」


 てへっと笑う悠利。皆に日々のご飯を美味しく食べてほしいという気持ちだけがそこにある。まあ、悠利はそもそもそういう人物なので、そういうものかと皆が納得した。

 ゆで玉子のナムルの利点は、食べやすい大きさに切ってあることだ。煮玉子や塩味のゆで玉子を出す場合は、一人一つみたいな感じだった。しかし、こうやって一つの惣菜としてゆで玉子のナムルが提供されている場合、自分で好きな量を調整して食べることが出来る。勿論一人で大皿を抱え込むなどというような愚行は許されない。主に同じテーブルの面々に。

 さて、大皿を抱え込みそうなマグであるが、今日の彼はそんなことはしていない。何故なら、マグには専用の器が用意されているからだ。大皿ほどたっぷりは入っていないが、そこそこの量の入った自分専用の器。これは自分のものなのだという満足げな顔をしてゆで玉子のナムルを食べている。なお、固ゆでも半熟も両方入っているのは、結局どっちかを選ぶことが出来なかったからだ。

 

「お前、それなんか器デカくねえ?」

「否」

「いや、それでも足りないとか言うなよ。俺らが大皿で分けて食べてんのに、お前一人だけ自分の分そんだけ確保してんじゃん」

「美味」

「美味いのは分かるけどよぉ……」


 呆れたように告げるウルグスに、マグはぷいっとそっぽを向いた。「美味しいものは美味しいんだ。邪魔をするな」と言いたげである。

 何せ、本日の料理当番はマグだ。味見の段階から、このゆで玉子のナムルが美味しいことを知っていた彼は、自分に用意された器を他の誰かに渡すつもりなどなかった。

 まあ、見習い組の面々は大皿が用意されているので、マグの分に手を出すようなことはしないけれど。幸せそうにゆで玉子のナムルを食べるマグ。その姿を見ながらカミールはぼそりとつぶやいた。

 

「マグ、マジでナムルになると何でも抱え込むよな。食材、どれでもいいんじゃね?」

「野菜のときもこんな感じだったよねえ」


 しみじみとつぶやくカミールとヤック。マグは、そんな二人の意見など気にした風もなく幸せそうにゆで玉子のナムルを食べている。多分出汁の味がするので、ナムルそのものが好きなのだ。食材は何でもおいしく食べるようです。好き嫌いは地味に存在しないマグなのだ。




 そんなこんなでゆで玉子のナムルは皆に好評で、定番メニューの一つ、常備菜の一つとしてアジトの食卓に加わるのでした。たまにはアレンジもいいものです。

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