一段落に甘いものをご一緒に
何やかんやとちょびっと騒動はあったものの、無事に失せ物は発見できた。ミッションコンプリートである。
《食の楽園》で待っていてほしいとヨナスに告げられたので、悠利達三人、いや、ルークスを混ぜた三人と一匹は、《食の楽園》の入り口付近で彼を待っていた。
ヨナスは今、無事に発見できたネクタイピンを先輩の下へ届けに行ったのだ。その彼が戻ってくるまで、ここで待っている、と言うわけである。
「ところで、何でここで待っててってなったんだろう?」
「兄さんのことだから、お礼も兼ねてお茶をしようってことじゃないか?」
「お茶?」
「あぁ。ティータイムにお茶とスイーツ食べに来ているみたいだし」
「そうなの!?」
「何でそこまで驚くんだよ」
ウルグスの言葉に、悠利はぱちくりと目を瞬かせた。悠利がここまで驚いたのには理由がある。今まで、ヘルミーネと一緒に何度も《食の楽園》でティータイムを楽しんでいても、あまり男性客を見なかったからだ。スイーツ目当ての女性客は山ほどいるし、その女性に連れられてきたとか、その女性を連れてきたであろう男性は見かけるが、自発的にお茶をしている男性はあまり見かけなかった気がする。
そんな悠利の考えが解ったのだろう。ウルグスが説明を追加してくれた。
「ああ、奥にさ、個室とか半個室みたいなとこがあるから。結構そこで紅茶やコーヒー飲んでる男の人がいるらしいぜ。商談してる人とかもいるらしいし」
「商談?」
「そういう使い方もあるんだよ。まぁ、その辺はほら、店の信頼ってやつだろ?大事な話をするのに値する。そういう話を外に漏らさないっていう信頼があるんだ」
「なるほど」
ウルグスの説明を聞いて、悠利は納得した。裕福な庶民からお貴族様まで足を運ぶ大食堂ならば、普段悠利達が使っている場所以外のスペースがあるのだろう。確かに店舗は大きいし。そういったやんごとなき方々や、大事な話なので他の人のいないところをと願う客向けの個室や半個室があってもおかしくはない。
普段悠利達がそこへ案内されないのは、そういうことに縁がないからだ。ただ単に美味しいスイーツを食べに来ているだけなら、いつもの場所で問題ないので。
お店にも色々あるんだなあ、と悠利はしみじみと感じる。悠利は
しかし同時に、あの店で静かに相談というのは無理だろうなとは思っている。元気にくるくると動くウェイトレスさんと、それにちょっかいをかけたり、日常会話を楽しむ常連さんで賑やかに盛り上がる。《木漏れ日亭》はそういう食堂なので。
そんな風に雑談をしていると、用事を終えたらしいヨナスがこちらへ向かってやってきた。ゆっくりとした足取りだったヨナスは彼らの姿を認めると、小走りになってやってくる。その表情は親しみに満ちていて、待たせてすまないという感情が剥き出しだった。
考えていることが顔に出やすいのか、それとも弟とその友人だからこそ、解りやすく顔に出しているのか。まぁ、そのどちらであろうと悠利には構わない。ヨナスが好ましい人物だというだけである。
「待たせてしまってすまないね。先輩にネクタイピンを渡してきたらとても感謝されてしまって」
「そりゃあ、大切なものですからね。戻ってきたら嬉しいと思います」
「兄さんが探さなきゃ、こんなに早く見つからなかっただろうしな」
「皆が手伝ってくれたことを伝えたら、君達にお茶をご馳走してほしいと言われてね。そうでなくても一緒にお茶をしようと思ってたんだけど、先輩に軍資金を貰ったから遠慮なくティータイムを楽しもう」
「はい」
こういうときの好意は喜んで受けておくべきだと思っている悠利は、満面の笑みで答えた。ウルグスは兄と一緒に過ごすことに抵抗はないので、普通の顔をしている。約一名、何で自分がそれに巻き込まれているんだろうと言いたげなマグがいるだけだ。
仕事は終わったのでと言わんばかりに立ち去ろうとしたマグの襟首を、ウルグスは慣れた手つきでつかんだ。
「……何故」
「この話の流れだと、お礼される対象にはお前も入ってんのに、何故じゃねえよ」
「……否」
「お前が現行犯で捕まえるのに協力したから、手っ取り早く手元に戻ってきたんじゃねぇか」
「報告」
「心配しなくても、衛兵からギルドの方に報告は回ってるだろ」
「……諾」
人付き合いがあまり得意ではないマグは、色々と口実をつけてこの場から離脱しようとしていたらしい。しかし、兄がマグにもお礼をするつもりだと理解しているウルグスは、先手を打って彼を捕まえたのだ。いつも通りの二人である。
なお、相変わらずマグの言葉は単語なので、何を言っているのかよく解らない。悠利は首を傾げていたが、ウルグスが説明しながら会話をしてくれるので、大変助かっている。これもまた、《
けれど、何も知らないヨナスの目から見たら不思議な光景だろうなあと思って視線を向ける悠利。案の定、ヨナスは驚きと尊敬をあわせたような眼差しでウルグスを見ている。先ほども言っていたが、どうしてマグの言葉が解るのだろうという感じなのだろう。それは皆が思っているので、その気持ちは大変よく解るという心で、悠利は静かに頷いた。
とりあえず自分も同行しなければいけないのだということを何とか納得したマグを、ウルグスはやっと解放した。納得させる前に解放すると、このマイペースな少年は逃げ出してしまうに違いないのだ。
それが解っているので悠利は、もう一押しが必要だなと思い、マグを見て笑った。
「マグ、一緒にお茶するの、楽しみだね」
「……」
悠利の言葉に、マグはピタリと動きを止めた。にこにこ笑顔の悠利を見て、マグはいつも通りの無表情で問いかけた。
「楽しみ?」
「うん、楽しみだよ。マグと外でお茶をすることってないしね。ルシアさんのスイーツはとても美味しいよ」
心底楽しみだと言いたげに悠利に言われてしまって断れる者は、《
良かったと嬉しそうな悠利と同じく嬉しそうなヨナスの背後で、ウルグスはボソリと「こいつホント解りやすい」とつぶやいた。マグは何だかんだで悠利には甘いのだ。
なお、これが聞こえているとマグの反撃を受けるのが解っているので、聞こえないように口の中でつぶやいただけである。あの小さな仲間は容赦なく攻撃をしてくるのだ。ウルグスとしても、こんなところで騒動は起こしたくないのだ。何せ今は側に兄がいる。兄の前でそういうやりとりを見せたくないという、まあちょっと恰好をつけたいお年頃なのである。
とにかくお茶をすることに全員の同意が得られたので、悠利達は店内へと足を運んだ。ヨナスは常連なのだろう。彼の顔を見た店員が心得たように、悠利達を案内していく。案内される先は、いつも悠利がヘルミーネ達と一緒に使っている場所とは違った。先ほどのウルグスの話に出てきた、個室や半個室ばかりの場所なのだろう。
案内された先は、扉を閉めれば個室になるような区切られた小さな部屋のような場所だった。今は風通しを良くするためなのか、扉は開けられている。四人がけのテーブルに案内されて席につく。ルークスは賢く大人しく、悠利の足元を定位置に定めていた。
悠利が《食の楽園》を訪れることはしょっちゅうあるので、店員達もルークスがくっついていても何も言わなかった。従魔であるなら、それだけで安全と判断されるわけではない。周りの客に迷惑をかけないように躾けが行き届いており、なおかつ許可が出たならば掃除もやってくれるような賢いスライム。何やかんやで顔見知りになっているので、ルークスを見る店員達の目も優しかった。
「何か食べたいものがあるなら好きに頼んでくれていいのだけれど、そうでないのならケーキセットはどうかな?」
「ケーキセット、良いですよね」
ヨナスの提案に、悠利は真面目な顔で言い切った。ケーキセットとは、決められた中から好きなケーキを一つと好きな飲み物を選ぶものだ。単品で頼むよりもお手頃価格なので、人気のセットである。
ケーキのサイズはお茶を楽しむためということで、それほど大きくはない。小腹を満たすのに丁度良い。ケーキをがっつり食べたい人は、単品や料金アップで大きなサイズのケーキを頼んだり、軽食を頼んだりするらしい。しかし、悠利の胃袋の大きさを考えると、ケーキセットがちょうどいいのだ。晩ご飯が食べられるという意味で。
そんな悠利達の会話など聞いてもいないのか、マグは熱心にメニューを見ていた。自分も参加するとなったら、どれが美味しいかじっくり考えているようだ。マグが出汁以外に食いつくことはほぼほぼないのだが、別に甘味に興味がないわけでもない。甘いものも普通に食べるので、どのケーキにするかを考えている姿は微笑ましい。
それはウルグスも同じらしく、二人で一つのメニューを大真面目に見ていた。向かい合わせに座っているので、メニューを横向きに置いているのだが、気づくとマグがそれを自分の方に向けようとしているので、静かな攻防戦が起きていた。手足が出ていないので、悠利も気にせず放置している。
それにしても、ヨナスの口振りから考えるに、彼はここで甘味を食べることに慣れているように思えた。お茶をしているとウルグスは言っていたけれど、この感じではスイーツもよく食べているように思える。
「あの、ヨナスさんって甘いものお好きなんですか?」
「ああ、特別甘いものが好きというわけではないけれどね。ここのスイーツは美味しいから」
「なるほど。よく来られるんですか?」
「うん、休みの日にはよく来るね。一人のときもあるし、職場の同僚と来るときもあるかな?あちらのフロアは女性が多いので、こちらへ案内してもらってるよ」
「なるほど」
男の人でも気にせずお茶を楽しんでいるんだなと思う悠利。ただ、悠利達がいつも使っているフロアではなく個室を選んでいるあたり、やっぱり何かあるのかなと考えてしまった。
そんな悠利な耳に、実にあっさりとした答えが返ってきた。
「まあ、そもそも普段から私はこちらで食事をさせてもらっているからね」
「そうなんですか?」
「うん、家族と来るときとかもこちらかな。だから今日の昼は珍しく、あちらのフロアに案内されて新鮮な気分だったよ」
「そうだったんですね」
特に他意はなく、普段からこちら側を使っているだけという答えに、目から鱗が落ちる気分だった。甘味好きを隠して(仲間達には全然隠せていないし、隠すつもりもないだろうが、対外的には一応隠している)、こっそり楽しもうとしているブルックに対する援護射撃になるのではないかと思ったからだ。
悠利はそう思ったのだが、その考えは傍らにいたウルグスにすぐに否定された。
「ユーリ、多分今の話をしても、ブルックさんは一人で来ないぞ」
「何で僕の考えてること解ったの?」
「何となくな。んで、ブルックさんの場合は、そもそも店の前に立っただけですっごく注目される」
「あっ」
凄腕剣士殿は、普通にしていても何やらオーラがある。別に殺気がダダ漏れというわけではないのだが、立ち居振る舞いに人目を引きつける何かがあるのだ。つまりは目立つ。目立つので、彼がここへ足を運ぶと、それだけで注目の的になるらしい。
「そもそもな、ブルックさんって滅茶苦茶強いから、憧れているやつも多いんだ。そういう意味で周囲の視線が集まると思う」
「うん」
「で、注目を集めるっていう意味ではそもそも店の前に立った段階でそうだから、今と変わらない」
「なるほど」
「それに、食事は他の店で楽しんでるだろ?それなのにいきなりここに入り浸ったら、それはそれで注目の的だぞ。特にティータイムの時間だったら尚更」
重ねて説明されて、悠利はそっかぁと呟いた。名案を見つけたと思ったのだが、あんまり解決策にならないようだ。
「じゃあやっぱり、今後も僕とかヘルミーネとかと一緒に動く方が、ブルックさん的には平穏なのかなあ?」
「そうなんじゃねぇかと思う」
何かとお世話になっているブルック。甘味大好きなクール剣士殿が心置きなくスイーツを楽しめる環境になればいいなぁと悠利は思っただけなのだ。しかし、現実は色々と難しそうで、今までと同じ感じで動く方が良いかもしれないと結論づけた。
ヨナスは、ウルグスと悠利が何を話しているのか意味が解らず首を傾げ、答えを求めるようにマグを見た。しかし、人見知りの気のあるマグは、そんなヨナス視線からふいっと目を逸らした。お前と口を利く必要はない、みたいなオーラである。
なお、これは別にヨナスを嫌っているわけでも警戒しているわけでもない。いや、警戒はしているかもしれない。ウルグスの身内であろうと、マグにとっては知り合って間もない人なので。ただ本当に、これはマグの態度としてはデフォルトだ。クランの仲間達に対して親しく振る舞っていることが例外なのである。
そんな風にわちゃわちゃしつつも注文を終え、ケーキが届くのを楽しみに待つ。それぞれケーキセットを頼み、飲み物はヨナスがコーヒーでそれ以外は全員紅茶である。やはり味覚がまだお子さまの面々には、コーヒーはちょっと苦いようだ。悠利はカフェオレは好きだが、コーヒーと紅茶しかなかったので、紅茶を選んでいる。
なお、コーヒーが嫌いなわけではない。ちょっぴり苦いのが苦手なだけで、コーヒーゼリーとかは好きだ。もうちょっと苦味がましだったらなぁと思ってしまうのは、やはり味覚がお子様なのだろうけれど。
頼んだケーキは、ユーリが二層のチーズケーキ。これはレアチーズとベイクドチーズの二つの食感が楽しめるちょっぴりリッチなケーキだ。ウルグスはチョコレートを練り込んだ生地が美味しいチョコケーキ。マグは、フルーツのたくさん載ったフルーツタルト。ヨナスはシンプルに生クリームのショートケーキを選択していた。ケーキの名前は何やら色々と小難しく書いてあったのだが、悠利が見た感じはそういう種類のケーキである。
なお、従魔のルークスは特にケーキに欲求はないので、大人しく悠利の足元にいる。じっとしているのだが、個室なのでちょっとぐらい動いてもいいかなみたいな感じで、視線を動かしている。
他に誰もいないのを確認して、机の足や椅子の足に体をくっつけて埃などを吸収していた。掃除が行き届いていないというわけではなく、人が動くとどうしても埃がたまるだけである。そしてルークスは、そういうものを見つけると掃除をしたくなってしまうのだ。別に自動掃除機ではありません。ただの出来る可愛いスライムです。
「それじゃ遠慮なく食べてください。代金は先輩から貰ってきているから心配しなくていいよ」
「ご馳走になります」
ぺこりと頭を下げて、悠利はフォークを手に取った。マグは特に何も言わないが、悠利に倣うように頭を下げているので、同じ気持ちなのだろう。ウルグスは弟らしく兄の奢りに慣れているのか、特に何かを気にした風もなくケーキに手を伸ばしている。
フォークを使って、目の前のチーズケーキを一口サイズに切る。上はレアチーズケーキの柔らかさ、下はベイクドチーズケーキのどっしりとした重さを感じる。二層のチーズケーキを悠利は「あぁ綺麗だなぁ」という感じで見ていた。実際、見た目がとても綺麗だ。
しばらく見た目を楽しんでから口に運ぶと、濃厚なチーズの香りが鼻を突き抜ける。だが、決して不快になるほど強すぎるわけではない。プルプルと柔らかなレアチーズケーキ部分。しっとりとしていながら、食べ応えのある存在感を持つベイクドチーズケーキの部分。両者は使われているチーズが若干違うのか、風味が異なるように感じられた。その異なる二つのチーズの旨味が見事に調和し合い、口の中で幸せのハーモニーを奏でるのだ。
よく噛んで、しっかりとチーズの旨味を堪能してから飲み込む。チーズの余韻を感じたまま砂糖を少し入れただけの紅茶を飲めば、スッキリとした紅茶のおいしさとチーズの旨味が合わさって何とも言えない気持ちになる。
そんな風に悠利はじっくりと味わって食べているのだが、お腹が空いていたのか、マグはフルーツタルトそこそこの大きさに切ってパクパクと食べている。一応、果物とタルト生地がしっかり噛まなければ食べられないので噛んではいるのだけれど、何やら食べる速度がそれなりに速い。
少しは味わって食べたらどうかなと言いかけて、悠利は止めた。マグはマグなりに美味しいと思って食べているようだ。普段出汁関係以外はあまり表情筋の動かない少年であるが、口元は確かに笑んでいる。ならいいかと思うことにした悠利だった。
マグの頼んだタルトは、タルト生地がフォークで切れる程度の硬さのものだ。タルト生地というのは、硬いものからフォークで切れるくらいの柔らかなものまで色々とある。今マグが食べているものはフォークで切れるタイプなので、特に食べやすいのだろう。もりもりと食べ進め、あっという間にフルーツタルトを完食してしまった。
ウルグスの方は、生地にもしっかりチョコレートの練り込まれたチョコケーキ。濃厚なチョコの旨味を感じるケーキを、実に美味しそうに食べている。こちらは比較的ゆっくりだ。
噛めば噛むほど濃厚なチョコの旨味が口に広がるのだろう。紅茶はストレートで飲んでいるが、それで特に苦さを感じている雰囲気はない。むしろ、チョコの甘さにはストレートの紅茶が丁度良いのだろう。
ヨナスが頼んだショートケーキは、スポンジに生クリームを挟んだ柔らかそうなケーキだ。中に入っているのは季節のフルーツということで、複数の味が楽しめるらしい。チラリと見えた断面から判断するにブドウが入ってるように悠利には見えた。ショートケーキは中に挟む果物によって色々と味わいが変わるので、それを楽しめるのが魅力的だ。
そんな風にのどかに、穏やかに皆が思い思いにケーキを楽しんでいたときだった。自分の分のタルトを食べ終えていたマグが、じっとウルグスのチョコケーキを見ているのである。
「何だよ……」
「美味?」
面倒くさそうに声をかけてきたウルグスに、マグは静かに答えた。美味しいかどうかを聞いているのだろう。ウルグスは胡乱げな顔をしながらも、「ああ、美味いぞ」と答えている。
そんな二人のやりとりを見ていた悠利は、これはもしかして何かが起こるんじゃないかと思った。こういう悪い予感ほど当たるもので、悠利がそんなことを考えた矢先に、マグは手にしたフォークをウルグスのケーキに向けて突き刺そうとした。ウルグスは予想していたのか、皿を持ち上げてマグの攻撃からケーキを守っていた。
途端に始まる口喧嘩。いつもアジトで聞くような、お馴染みの二人のやりとりが始まった。
「お前は何がしたいんだ!」
「美味」
「一々取る必要はねぇよな!?」
「美味」
「食べてみたかったんなら、何でこっち頼まなかったんだよ」
「タルト、美味」
「フルーツタルトが美味そうだったんだな。じゃあそれ食べたんだからもういいだろ。これは俺のチョコケーキだ!」
ウルグスが通訳よろしく説明しながらツッコミを入れてくれているので、どういう状況か把握しやすくて助かる。マグは、ウルグス相手にならば我が儘を言ってもいいと思っている節があるので、ちょっとぐらい分けてくれても良いじゃないかというスタンスなのだろう。
ただし、マグのちょっとは全然ちょっとじゃないし、そもそも遠慮もなく、いきなり強奪に来るので、こういう風になってしまうのだ。一応今回は予備動作みたいな前振りがあったので、ウルグスもケーキを守れたのであった。
悠利にとっては見慣れた光景なので、特に気にせずもぐもぐと食べている。相変わらず仲良いよねぇ、みたいなノリだ。
しかし、ヨナスにとってはそうもいかない。突然始まった口喧嘩に驚いて、思わず口を挟んだ。
「おかわりをしたいのなら、頼んでくれて構わないよ」
その言葉に、ピタリとマグが動きを止める。ウルグスの分を取らなくても良いのかと言いたげにヨナスを見ている。……なおウルグスは、そもそも俺の分を取るなとツッコミを入れている。
「君の分は好きに頼んでくれて良いんだよ」
優しいその言葉に、マグはじぃっとヨナスを見ている。ヨナスの発言が本当かどうかを見定めるような眼差しだった。ウルグスはと言えば、それでこいつが大人しくなるのか?みたいな雰囲気である。
しかし、ウルグスの心配は杞憂だった。マグの目的は美味しいチョコケーキを食べることなので、お代わりをしても良いなら大人しくなる。そして彼は、無言でメニューに記されたチョコケーキを示した。これが食べたいという意思表示なのだろう。
「それじゃおかわりを頼もうか。ウルグスはいらないのかい?」
「俺は、ユーリが食べてたチーズケーキで」
「解った。ユーリくんはどうかな?」
「僕はいいです。ケーキ二つも食べたら晩御飯食べられなくなっちゃう」
「それはあるね」
楽しげに笑うヨナスは、流れるように注文をしている。悠利はちらりとマグを見た。マグはご満悦である。やったぜ!みたいなノリだった。
これで味をしめないでくれればいいけれど、とちょっと思う悠利だった。ごねればお代わりが与えられると学習されると、大変困る。ただまあ、今日が例外中の例外であることぐらいはマグも解っている。ヨナスの奢りだからこういうことが許されていると、ちゃんと解っている。普段のマグなら多分、こんな我が儘を言わないだろう。……多分。
「お前、何なんだよ、今日……」
面倒臭そうにウルグスが脱力しながら呟いたが、マグは特に答えなかった。答える必要性を感じないとでも言いたげだ。
というか、既に心はチョコケーキが届く方に向いているのかもしれない。或いは、許されるならもう一個頼もうとか考えている可能性もある。この小柄な少年は、見た目の割によく食べる。食べて良いのだと決めたときは、小さな身体のどこに入るのかと思うほどに食べるのだ。
何だかんだで愉快なティータイムは過ぎ去り、美味しいケーキを堪能する悠利達なのでした。人助けの後のおやつは最高です。
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