失せ物探しのお手伝いです
失せ物探し。言葉にすると簡単だが、実際はとても難しいものである。探す失せ物が何かにもよるが、求めたものが見つからないことも多々ある。
昼食を終えた悠利達は、ヨナスの探し物を見つけるために場所を移動していた。向かったのは、中古の装飾品が売られている店のある一画だ。ディスカウントストアみたいな感じで、中古品を売る店というのはどこにでもあるらしい。
ここは、富裕層と一般層との間にある区画である。物によっては高いのだが、中古ということで少しお手頃に買えたりもする。
ちなみにこの中古品はどうやって手に入るかといえば、持ち主が売りに来たり、ダンジョンなどで拾われてきたものもある。落とし物がこういうところに流れるパターンもあるので、そういう意味でヨナスは探しに来ているのだという。
中間に位置するだけあって、客層もかなりまばらだ。悠利達のようなザ・庶民という者達から、ヨナスのようにちょっとお金持ちみたいな雰囲気を漂わせた者達もいる。また、お貴族様の使いなのか、召し使いらしき方々もいる。
それを見て、悠利は傍らのウルグスに言葉をかけた。
「偉い人でも中古の商品って買うんだね」
何となく、お貴族様は中古品を買うようには思わなかったのだ。ピカピカの新品を手に入れられるだけの財力があるのに、何でわざわざ中古品を買い求めるんだろう、みたいな感覚である。そんな悠利に、ウルグスは端的に説明してくれた。
「もう作られてない商品とかだったりすると、中古で探すしかないからなあ」
「あぁ、なるほど。確かにそういうことはあるね」
その感覚は悠利にも理解できる。作り手がいなくなった商品とか、型が廃盤になった商品などは中古で探すしかないものだ。本当は新品で欲しいけども、もう作られていないのなら、せめて中古で欲しいという人がいるということだ。
問題はその商品の出所がクリーンであるかどうかという話だが。尤も、少なくとも目に入る店舗の数々に不正をしているような、所謂裏稼業のような雰囲気はない。となれば、やはり持ち込んできた側がどうか、という話になるのだろう。落とし物や盗んだものをこういうところで売りさばくか輩がいると、出所が一気に怪しくなる。
悠利の疑問を受けて、ヨナスが説明をしてくれた。
「一応、売り買いのときには相手の身分証を確認したり、商品をきちんと確認するようになっているよ。ただし、本人が本当に道端で拾っただけの場合は、それが誰かが探しているものだという風には結びつかない可能性があるのが困りものかな」
「そういうの、解らないものなんですか?」
「品物を技術で目利きするのは出来ても、
「そうやって思うと、鑑定の
「お前、今更言うか?」
「あんまり実感湧かなくて……」
あははと笑う悠利。何せ悠利にとっては、気づいたら生えてたぐらいの
そんな雑談をしつつ、ヨナスの案内で訪れた店で悠利達は品物を確認する。
まず、ヨナスが先輩から聞いていた情報を元に、それらしい商品を選別する。そして、悠利がそれを
しかし、結果は惨敗。抜群の精度を誇る【神の瞳】さんに見抜けないものはない。その【神の瞳】さんが、これはお探しの品ではありませんと言っているのだから、そういうことなのだろう。
「うーん、どうしてですかね?こんなに探してるのに全然見付かりませんね」
何でだろうと首を傾げる悠利に対して、ウルグスの方は至って落ち着いていた。まだ売られてないってことかもなぁ、と呟いている。ヨナスも落ち着いている。どうやら彼らは、見つからないのが普通だと思っていたらしい。
悠利がこんな風に「何で見つからないのかな?」と思っているのは、今までだいたい失せ物探しが【神の瞳】さんのおかげでスムーズに進んでいたからである。その今までの状況が、幸運が仕事をしていただけだということを、彼はあまり理解していない。
ヨナスが探しているネクタイピンは、それほど珍しい造りをしていない。だからこそ、これかなと思う商品の数も多い。悠利はそれを一つ一つ丁寧に鑑定するのだが、どれだけ頑張っても結果は芳しくないのだ。三軒目の中古店を後にした頃には、悠利はちょっぴりしょんぼりしていた。
お手伝いを頑張るつもりではあるが、見つからなかったらどうしようという気持ちになっているのだ。ヨナスの方は気長に探すつもりでいたのか、それほど気にしてはいない。ウルグスも同じく。悠利はお役に立てると思ったのに立てていないので、悲しんでいるのだ。
そんなときだった。視界を赤に近いオレンジ色が通り過ぎていくのが悠利に見えた。【神の瞳】さんの示す警戒色だ。つまりは、あんまりよろしくない相手である。
パッと顔を上げて、悠利は視線をそちらへ向けた。赤に近いオレンジ、極めて危ないと表現されている相手は、ごく普通の青年に見えた。思わず悠利は首を傾げる。とてもではないが、暴力的な行動に出そうには見えないし、自分達に危害を加えるようにも見えない。何せ、男は悠利達にまったく意識を向けていないのだ。
しかし、【神の瞳】さんがそういう風に警告してきたということは、何らかの影響がある人物なのだ。
「……えー、どういうこと?」
「どうした?」
「ウルグス、あのね、何かあの人が……」
「普通の人に見えるけど」
「実は、赤に近いオレンジなんだよね」
「赤に近い……」
悠利の説明に、ウルグスは眉間に皺を寄せた。悠利が言う赤が危ないという意味だということぐらいは、ウルグスもちゃんと知っている。そして赤に近いオレンジということは、あまりよろしくないということも。
だがしかし、目の前の相手は彼らに全く意識を向けていないし、危険人物にも見えない。何でそれでそんな色が出るんだと言いたげなウルグスに、悠利は肩を竦めた。悠利にだって解らないのだ。【神の瞳】さんに聞いてほしい。
とにかく、自分達にどういう風に関わってくるとは解らないまでも、悠利が示した相手が警戒するべき存在だということは二人の中で共通認識になった。ヨナスは一人よく解らないという顔をしているが、特に口を挟んではこなかった。悠利とウルグスの間でのみ通じる何かがあるのだろうと察してくれたらしい。
怪しいという判定が出たのだから、どういう相手なのかを確認した方が良い。近寄って確認するべきか、それとも誰か応援を頼むべきか。そんなことを考えていたときだった。ウルグスが不意に、動いていた何かを引っつかんだ。
「え?」
「お前、こんな所で何やってんだ?」
「……邪魔」
「邪魔じゃねえよ。いや、邪魔したかもしれねえけど、とりあえず何しようとしてんのか説明しろ」
「依頼、仕事」
ウルグスが捕まえたのは、マグだった。悠利が気づかないぐらいに気配をきっちり消していたのか、それとも小さくて視界に入らなかったのか。とにかくウルグスは、そんなマグに気づいたらしい。
普段近寄らない場所でマグを見かけたので、思わず掴んだらしい。マグは実に面倒くさそうな顔をしている。ウルグスに襟首を掴まれているので、動けないようだ。依頼と仕事と口にしていたので、多分何か用事でここにいたのだろう。
とりあえず、悠利はウルグスに捕獲されたままのマグに声をかけた。聞いたら答えてくれるだろうと思って。
「マグ、何しているのか教えてもらっても良いかな?」
「依頼」
「依頼って、誰からの?」
「ギルド」
「……ウルグスごめん、僕、よく解らなかった……」
「いや、今のはそれ以外に説明ねぇみたいだな。冒険者ギルドで仕事を受けてきて、ここをうろちょろしてたってことか?」
ウルグスの言葉に、マグはコクリと頷いた。冒険者ギルドの依頼と言うことは、正規の仕事だ。マグは見習い組だが、自分に出来る範囲で仕事を受けているのでそこは問題ない。
「お前が追ってたの、あの男か?」
「……諾」
それがどうした?と言わんばかりのマグである。小柄な少年であるマグは、スラム出身ということもあり、気配を消すのはお手のものなのだ。誰かを尾行したり、こっそり忍び込むということに長けている。そんなことに長けている子供というのもどうかと思うが、まあ過酷な環境を生き抜いてきた結果だろう。
とりあえず、悠利達が警戒するべきと判断した相手をマグが尾行していたらしいということまでは理解した。そしてそれがギルド経由の依頼、つまりはお仕事であることも。
ヨナスは、こんなに小さいのに仕事をしているのか、エライねえと言いたげな顔をしている。口に出さないだけの分別はあるのだろうが、表情が一切隠せてない。なお、マグはと言うと、そういえば知らない奴がいるなという感じで、ちらりとヨナスを見て、そしてふいっと視線を逸らした。野良猫が顔見知りではない人間から興味を失うようなあれである。
実際は興味を失っているわけではなく、人付き合いが苦手なマグは若干の警戒対象としてヨナスを分類しただけだ。兄にそういう扱いをされても、ウルグスは何も言わなかった。マグのことはよく解っている。第一、今ここでそんな問答をしても意味はない。
「キュピキュピ!」
わちゃわちゃしている人間達に、ルークスが声を上げた。悠利の足元で大人しくしていたはずのルークスがいきなり鳴いたので、全員が視線を可愛い従魔に向ける。愛らしいスライムは、真剣な眼差しをしていた。
「どうしたの?ルーちゃん」
「キュー」
ルークスは小さく鳴くと、体の一部をちょろりと伸ばしてまるで指差すようにした。つまりは男がどこかへ行ってしまうけれど良いのかということらしい。出来るスライムは今日も賢い。
ルークスの指摘に気づいたマグは、ウルグスに自分を解放するように目で訴える。目で訴えつつ、自由になる手足で攻撃に出ていた。なお、慣れているのでウルグスは殴られることなくマグを解放する。
解放されたマグはそのまま、遠ざかっていく男の背中を追い始めた。悠利達もついていく。ついてくる悠利達に気付いたマグは、面倒くさそうな顔をした。邪魔なんだがと言いたげである。
その気持ちは解るのだが、悠利達としても赤に近いオレンジという微妙な判定が出ている相手は野放しには出来ないのだ。そう訴える悠利の気持ちを聞いても、マグはやっぱり面倒くさそうな顔をした。しかし、帰れと訴えることはしないので、一応悠利達の気持ちは汲んでくれたらしい。
そうやって移動する道すがら、ウルグスはマグに事情を聞いていた。マグがあの男を尾行しているというのは解ったが、一体何故そんなことをしているのかという疑問が残る。マグの言いたいことはよく解らないので、悠利は大人しく黙っている。マグと知り合いというわけでもないので、ヨナスも同じくだ。ただし、皆でてくてくとついていくことはやめない。
目的の男が、時々立ち止まったり店をのぞきこんだりしているので、適度に休憩を挟みつつ悠利達は距離を取りながら男を追う。
「つまり、怪しい動きがあるから見張れって言われたってことか?」
「悪評」
「あー、もうやらかしてるだろうっていう目処は立ってんのか。でも、確証がないから、とりあえず動きを見張ってろと」
「諾」
「それで何でお前なんだよ?」
「大人、気付かれる」
「大人は警戒してんのか?そういう知恵は回る、と」
二人が会話を続けているのを、悠利達は静かに聞いている。聞いているが、よくそれで意味解るなあという感想は抱いた。マグの言いたいことは基本的に悠利にはよく解らないのだ。どうしてウルグスには解るんだろうといつも思っている。
「ウルグスは凄いね」
「はい?」
感心したようなヨナスの言葉に、悠利はパチクリと瞬きをした。何が凄いのだろうと言いたげな悠利に向けて、ヨナスはしみじみと呟いた。
「私には、彼が何を言いたいのかさっぱり解らないよ」
ああ、そういうことかと悠利は即座に理解する。そして、口を開いた。
「大丈夫です。マグの言いたいことは、ウルグス以外には解りませんから」
全然大丈夫じゃないことをさっくりと言いきった。確かに事実なのだが、自信満々で言うことでもあるまい。
そんな風に歩いているときだった。男のポケットから、何かがポロリと落ちた。地面に落ちる前にそれは、ルークスがキャッチして戻ってくる。出来るスライムの動きは素早く、前を見て歩いていた男は気づかなかったようだ。
「ルーちゃん、素早かったしナイスキャッチだけど、それ、拾ってきちゃって良いものかな?」
「キュウキュウ」
見て見てと言いたげにルークスが拾ったそれを悠利に差し出す。何でこんなにやる気に満ちているんだろうと思った悠利だが、ルークスが差し出してきたものを見てぱちくりと瞬きを繰り返した。
そこにあったのはシンプルなつくりのネクタイピンである。捜し物これじゃないかな?と言いたげに首を傾げるような仕草をするルークス。確かに、今まで店で見てきた商品とよく似ていた。
そして、悠利は気づいた。気づいてしまった。これは探し求めていたネクタイピンである。【神の瞳】さんがそういう判定を出したので、間違いない。
「ヨナスさんこれです」
「え?」
「お探しのネクタイピン、これです。あの人が持ってたのかな?」
「持ってたにしても、何で持ち歩いてんだよ」
面倒臭そうにウルグスはツッコミを入れた。確かにそうだ。偶然拾ったのならば、遺失物として届ければいい。もしくは、持ち主が見当たらなかったからと中古屋に売るとか。それもせずに何故持ち歩いていたのかという疑問が残る。
そんな風に考えていると、愉快な【神の瞳】さんが新たな鑑定結果を教えてくれた。
――追記。
このネクタイピンは、落とした男が盗んだようです。
ほとぼりが冷めるまで自分で持っていて、その後売り払おうと思っていた模様です。窃盗の常習犯のようですので、注意して観察してください。
【神の瞳】さんは、今日も相変わらずだった。愉快にフレンドリーでとても解りやすく親切だが、やっぱり何かが色々と間違っていた。鑑定結果の表示文言では絶対に有り得ない。今更だが。
とりあえず見てしまったからには仕方ない。悠利は、男を尾行していたマグにとりあえず詳細を伝えることにした。情報の共有は大事だ。
「マグー、あの人窃盗の常習犯って出てるから、もしかしたら追いかけてたらどこかで盗みやっちゃうかも」
「承知」
「それを狙って見張ってんだと。で、そのネクタイピンは本当にそうなのか?」
「少なくとも、僕の鑑定ではそうなってるね。あの人に盗まれちゃったみたい」
悠利の説明に、マグは解っていると言いたげに返事をした。視線は男から離さない。ちゃんとお仕事をやっていた。
「盗まれるほど高価ではないって先輩は言っていたんだけれどね。まあとりあえず手元に戻ってきたから、これでいいかな?」
「それで良いんですか?」
「少なくとも、向こうが中古屋に売る前にきちんと確保できたらこれでいいかな?」
「気付かれたらあっちに何か言われるんじゃねえの?」
「問題ないよ。落としたのを拾ったら私の知り合いが探しているものだった。ああ、親切な人が拾ってくれていたんだなという話にしてしまうから」
向こうだって後ろ暗いだろうからねぇ、と柔らかくヨナスは笑った。何かを言われたら、窃盗犯を相手に笑顔で「貴方が拾ってくれたんですね。ありがとうございます」と押し通すという話だ。まあ、確かに持ち主はヨナスの先輩なので、こちらが持っていっても問題はないと思うのだが。
そんなことを考えていると、ルークスとマグが同時に動いた。
「え、ルーちゃん?」
「マグ、お前何やってんだよ」
悠利とウルグスが思わず声をかけるが、小柄な少年と出来るスライムの動きは速かった。そして彼らは、離れて尾行していた男と、その側にいる女性を確保した。マグが女性の腕を掴み、ルークスが男の腕に伸ばした身体の一部をクルクルと巻きつけている。
あまりに素早く移動したので、彼等との間にちょっと距離があいてしまった。悠利達は慌てて彼等を追いかける。
「何だ、てめぇら!」
「あの、何ですか……?」
いきなりスライムに巻きつかれた男も、いきなり少年に腕を掴まれた女性も、驚愕の声を上げている。しかし、マグもルークスも真剣な顔だ。どちらも譲る気配を見せなかった。
そこへ駆けつけた悠利達は、どういうことかを確認する。よく見れば、マグは女性をつかんでいるが、彼女というよりも口の開いた彼女のバッグを気にしていた。そしてルークスはといえば、男の手をグルグル巻きにして、かつ男が握り込んだ拳を開かせないようにギュッと閉ざしている。
「ルーちゃん、それ何やってるの?」
「キュピピ!」
「マグお前、もしかして……」
「現行犯」
悠利の問いかけにルークスは、見てみてと言いたげな態度。そしてマグは、淡々とした口調で答えた。あまりにも端的な答えに、ウルグスは頭を抱えた。
どうやら一人と一匹は、窃盗の決定的瞬間を目撃して、駆けつけたらしい。普段のマグならばここまで素早くは動かない。基本的に彼は個人主義で、現場を見ても我関せずだっただろう。しかし、今回はこの男を尾行し、怪しい動きがないかを見張り、かつ決定的瞬間があれば確認しろと言われている。だから動いたのだろう。
それは解ったが、まだ見習いのマグが一人で動くのは危険ではないかとウルグスは頭を抱えている。まぁ、マグの言い分としては、自分と同じタイミングで動くだろうルークスがいたので、問題ないと思ったのだろう。後は、一応ウルグス達もいたので、何かあれば応援を頼めば良いと思っていたのかもしれない。思い切りが良すぎる。
「いったい何なのでしょうか?」
「あぁ、すみません。あの、ちょっと確認してもらっていいですか?」
困惑している女性に、悠利は穏やかに声をかける。「ルーちゃん、解ける?」と悠利に問われたルークスは、心得たと言いたげに鳴いた。そして、男の拳に絡み付けていた伸ばした身体の一部を器用に使って、男が握っているこぶしを無理やりに開いた。
次の瞬間、ポトリと何かが落ちる。予想していた悠利が危なげなく受け止める。それはそれなりの細工のブローチであった。とても綺麗な一品である。
「あの、こちら、貴方のものではありませんか?」
「私のです。え、どうして……」
鞄の中に入れて置いたのに、と驚愕する女性にマグの静かな声が届いた。
「現行犯」
「解りづらくてすみません。窃盗の現行犯だと言いたいようです。この男が鞄の中から何かを取るのが見えたので、走ってきて止めたのだ、と」
「まぁ、そうだったんですね。ごめんなさい。驚いてしまって」
「いえ、驚いて当然だと思います」
マグが自分を助けてくれたのだと理解して、女性はぺこりと頭を下げた。態度が悪くてごめんなさいと告げる彼女に、悠利達は頭を振った。どう考えても、見知らぬ少年がいきなり湧いて出てきて腕を掴まれたら、驚いて当然である。
男の方は顔を青くしたり白くしたり、まあとりあえず、大変解りやすく動揺している。何とか振り払って逃げようとしているのだが、ルークスとウルグスに抑え込まれて動けないでいるようだ。
体格こそ良いものの、まだ少年にしか見えないウルグスと、どう見ても小さく愛らしいスライムなルークスに確保されて動けない事実に、男は驚愕していた。豪腕の
「何なんだお前ら?」
「依頼達成」
「おい、どういうことだよ!」
「依頼達成じゃねぇだろ、マグ。これ、どこに報告するんだよ」
「……衛兵?」
「何で疑問形なんだ。……えっ、まさかお前、報告先聞いてないけど、現行犯だったからとりあえず動いたとかなのか?」
「先手必勝」
「考えずに動くなよ!」
確かに現行犯で確保は大事だけど、と小言を言うウルグスを、マグは面倒くさそうに見ていた。なお、男がギャーギャー文句を言っているのだが、誰にも相手にされていない。悠利達すら相手にしていない。
ちなみにマグが報告先をうっかり聞きそびれていたのは、初日でこうも簡単に尻尾を出すと思えなかったので、突き出す先を聞いていなかったのだ。まさかの依頼を最速クリア状態である。どう考えても、どこかの誰かの幸運値が仕事をしているとしか思えない。
報告先が衛兵なのかギルドなのかさっぱり解らぬまま、どうすんだよと困っているウルグス。マグも顔には出ないがどうしようか悩んではいるらしい。そして、この手のことに詳しくない悠利も、どうしようかなぁと思っている。
そんな中、適切に動いていたのはヨナスだった。近くの人間に伝言を頼んだらしく、少ししたら衛兵がやって来た。大人はやっぱり動きが違う。頼りになる。
その後、男は窃盗の現行犯で逮捕され、ヨナスが探していたネクタイピンはそのままヨナスに預けられた。悠利の鑑定結果と、ヨナス自身が実物をしっかり確認して本物と確信できたので、これから先輩にお届けするということになった。
すぐに届けてくるというヨナス。お礼をしたいから《食の楽園》で待っていてくれと告げた彼を見送って、悠利達はトコトコと歩いていた。
「これってトラブルに入るのかな?」
「トラブルっていうか、悠利の幸運が仕事したんじゃねえかな」
「僕の幸運って……。お仕事をちゃんとしたのはマグとかルーちゃんだよ?」
「いや、そうじゃなくてさ。中古屋に売られてたら金払って取り戻さなきゃいけなかったけど、向こうが落としたのを拾ったんだから、結局タダで手元に戻ってきたってことじゃん?」
「うん、そうだね。でもそれも、マグが依頼を受けていたから怪しいと思って追いかけた結果だし」
僕の影響じゃないよ、と笑う悠利を、ウルグスとマグは物凄く胡乱げな顔で見た。このタイミングでマグが依頼を受けて、しかも偶然悠利達と鉢合わせたということが、もう既に何か色々なものを呼び寄せる悠利の性質のように思えてならない。当人だけが解っていないが。
異世界転移の補正で貰ったらしい運∞という能力値のおかげで、色んなことに巻き込まれたしても、最終的には全部いい感じに収まるというのが悠利なのだ。ウルグス達は日々そんな悠利を見ているので、僕のせいじゃないよなどと笑うこの少年の言葉に、説得力が全然ないことを解っていた。
「まあ良いけどな。ルークス、お手柄だったな」
「協力、感謝」
「キュピ」
ウルグスに褒められ、マグにお礼を言われたルークスは、嬉しそうにぽよんと跳ねた。大好きなご主人様の仲間のお役に立てたことを喜んでいる。出来るスライムはそうやって皆に褒められるだけで、とても嬉しそうに笑うのであった。ルークスはとても有能なのです。
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