ヘルシー美味しい豆腐ハンバーグ

 カロリー。それは、美味しいとセットで襲ってくる魔手。美味しいものを食べたい。しかし太りたくはない。それは女性の永遠の命題なのだろう。

 そう、それは異世界でも変わらなかった。


「だからね、お腹いっぱい食べたいけど、太るのは嫌なのよ」

「はい」

「お肉も好きよ?でもやっぱり乙女としては色々と気になるの」

「うん」

「どうにかならない?」

「どうにかって言われても……」


 真剣な顔で訴えてくるヘルミーネに、悠利ゆうりは困ったように眉を下げた。彼女の背後には、女性陣が控えている。普段はそういうことを気にしていなさそうなメンツまでいるので、何かあったんだろうかと思うほどだ。

 ちなみに、レレイは我関せずという感じにもぐもぐと小さなおにぎりを食べていた。朝ご飯の残りを悠利がおにぎりにしたもので、小腹が空いたというのでおやつ代わりに食べているのだ。

 猫獣人の身体能力を受け継いでいるレレイは、体質も獣人寄りだった。いつでも元気に何でも美味しくもりもり食べるが、太らない。本人曰く、食べた分は動いているとのことだが、それにしてもよく食べる。しかし健康的なスタイルは維持されたままである。なので彼女はこの手の話題に関わらない。

 普段は「食べた分を動けば大丈夫だろう」派なフラウやミルレイン、アロールもヘルミーネの背後にいる。とても珍しかった。小食なイレイシアは控えめに皆の背後にいるが、彼女も年頃の乙女らしく体重や体型は気になるのだろう。気持ちは同じと言いたげな雰囲気だった。


「一つ聞きたいことが」

「なぁに?」

「ヘルミーネがそういうことを言うのはよくあるし、ティファーナさんも気にしてるのは知ってるんですけど、全員揃って圧をかけてくるって、何で?」

「だって……!今の季節は薄着になることが多いじゃない!」

「…………あー」

「この間の海も楽しかったけど、楽しかったからこそ、気にしなきゃって思ったのよ!」

「……なるほど」


 夏は暑い。暑い季節は薄着になる。薄着になると体型が解る。そうなると、己の体型が気になるのが女子のお約束らしい。ひらひらと楽しそうに手を振っているマリアもそこにいるのは、ちょっと意外だったが。

 スタイル抜群の妖艶美女なダンピールのお姉様は、口元に人差し指をあてて微笑んでいる。内緒よ、みたいな仕草だが、何を言いたいのか悠利にはよく解らない。というか、全員別にダイエットとかしなくても問題なさそうなスタイルなのに、と悠利は思った。思ったけど言わなかった。

 何故言わなかったのか。この手の話題は、外野が何を言っても意味がないからだ。特に悠利は一応男子である。女子の気持ちは比較的解るが、ダイエット分野に関しては理解は出来ない。悠利はしっかり食べて必要な分だけお肉の付いた健康的な方が良いと思っているタイプである。

 とりあえず、理由は解った。普段あんまりそういう話題に関わってこない女性陣がいるのも、理解した。理解したので、悠利が口にする言葉は決まっていた。


「とりあえず、考えるだけ考えてみます」


 こういうときの女性に逆らってはいけないことを、彼はとてもとても、理解していたのだった。




「で、豆腐が用意されている、と」

「豆腐は栄養はあるけどヘルシーだからねー」

「でも豆腐じゃ物足りないだろ?」

「うん、だから豆腐ハンバーグにしようかと思って」

「豆腐ハンバーグ?」


 何だそれ、とカミールは首を傾げた。豆腐は解る。ハンバーグも解る。しかし、豆腐ハンバーグは初耳だった。

 食べ応えがあって、でもヘルシーなご飯という無理難題をふっかけてきた女性陣の希望に添えると悠利が考えた料理は、豆腐ハンバーグだった。ただの豆腐料理では物足りないかもしれないが、豆腐ハンバーグにしてしまえばボリューム満点である。


「ハンバーグはミンチだけで作るけど、豆腐ハンバーグはミンチと豆腐で作るんだよ。お肉が入ってるから食べ応えはあるし、豆腐だからカロリー控えめだしね」

「なるほど。……女子は大変だよなぁ」

「……別にうちの皆、そんなこと気にしなきゃダメな体型してるとは思わないんだけどねぇ」

「それなー」


 二人きりなので素直な感想を口に出来る。女子の前では言わない。その程度の分別は彼等にもある。というか、正確には彼等は姉を持つ弟なので、この手の話題で迂闊な発言をするとどういう目に遭うのかを知っているのだ。世界は違ってもそこは同じだった。


「とりあえず、時間のかかるタマネギとミンチは準備してあるから」

「あぁ、そのボウルの中身?」

「そう。タマネギは冷めるまでちょっと待ってね」

「解った」


 悠利が示した先には、ボウルの中に入ったタマネギとミンチがあった。タマネギはみじん切りにした上で炒めてある。粗熱が取れてから混ぜないと、具材に火が通って混ぜにくくなるのだ。ちなみにミンチはビッグフロッグとバイパーの合い挽きだ。扱いで行くなら鶏のモモとムネの合い挽きという感じだろうか。


「ミンチ、作るの大変だったんじゃないか?」

「僕じゃないから大丈夫」

「誰か手伝ってくれたのか?」

「レレイとマリアさんが面白がってやってくれた」

「なるほど。何も心配なかったな」

「豪快だったよー」


 力自慢の女子二人は、美味しい晩ご飯のために協力してくれたのだった。彼女達にかかれば、大きなお肉をミンチにするのさえ朝飯前である。フードプロセッサー的な道具があれば悠利でも簡単にミンチに出来るが、生憎存在しないのでいつも仲間達に助けられている。

 豆腐ハンバーグの材料は、通常のハンバーグの材料に豆腐を加えただけだ。ミンチはお好みでどんな種類でも良いのだが、悠利はあえて少しでもヘルシーそうなビッグフロッグとバイパーの肉を選んだ。バイパーだけにすると物足りないかもしれないので、ビッグフロッグとの合い挽きである。

 イメージは、和風系のハンバーグだった。ハンバーグというよりつくねに近い味わいになるかもしれないが、美味しいので問題はない。今回重要なのは、ボリュームがあってヘルシーなメインディッシュというところなのだから。その点はきっちり押さえている。


「まず、水気を切った豆腐をボウルの中で砕きます」

「砕く?」

「握りつぶすというか」

「あ、俺やりたい。面白そう」

「どうぞ」


 ぱっと顔を輝かせたカミールが、ボウルの中に入った豆腐へと手を伸ばす。ぐっちゃぐっちゃと握りつぶすのが面白いのか、楽しいなーと笑っている。子供が粘土遊びを楽しむみたいなものかもしれない。

 豆腐をあらかじめ細かくしておくのは、混ざりやすくするためである。ミンチと満遍なく混ざってくれないと困るので、最初にこの作業が必要なのだ。

 豆腐が崩れたら、そこにミンチ、粗熱を取ったみじん切りのタマネギ、卵、パン粉を入れる。さらに、下味として塩胡椒と醤油を少し加えるのを忘れずに。この下味は好みで調整すれば良いのだが、悠利は本日和風っぽく仕上げたいので少量の醤油を入れたのだった。


「それじゃ、全部きっちり混ざるように頑張って」

「おー」

「とりあえず粘り気が出るまでは混ぜてね」

「任せろ」


 こういう作業は楽しいから好き、とカミールはご機嫌だった。それなりに量はあるが、当人気にせずせっせと混ぜてくれているので、タネ作りはカミールに任せて悠利は他の準備に取りかかる。

 メインディッシュは豆腐のハンバーグだが、付け合わせやスープ、サラダは必要である。ヘルシーを目指して、付け合わせは茹でた小松菜と人参、サラダはグリーンサラダ。スープはキノコたっぷりという方針である。

 大食い組にはもの足りないと思われるかもしれないが、そこは豆腐ハンバーグをお代わりしてもらおうという考えだ。今日は女性陣のリクエストに応えるのが目標なので。そういう日もあります。

 料理技能スキルのおかげで卓越した包丁捌きを披露する悠利だが、隣のカミールは何も気にしていなかった。見慣れたというのもある。キャベツの千切りが凄い勢いで作られているが、どちらも普通の顔だった。


「ユーリ、全部混ざったし、粘り気も出てきたぞー」

「お疲れ様。それじゃ、丸めようか」

「おう」


 ハンバーグを作ったことはあるので、カミールは細かいことを説明されずとも成形作業に入る。掌に収まる程度に丸めて、両手の間を移動させるようにして空気を抜く。この作業を怠ると崩れてしまうので、とても大事である。

 二人でせっせと形を作った豆腐ハンバーグは、オーブンの鉄板の上へと並べられていく。人数が多いので、フライパンでちまちま焼くよりもオーブンで一気に焼いた方が楽ちんなのだ。大きなオーブンがあって良かったと思う悠利だった。

 作業に慣れていたこともあって、二人がかりで頑張れば割と手早く豆腐ハンバーグの成形は終わった。後は食べる前にオーブンで焼けば良いだけだ。下準備は大変だが、調理は一気に出来るのが良いところである。

 その中から、悠利は一つ、ちょっと小ぶりな豆腐ハンバーグを手に取った。人間が作っているので、どうしても最後の方には大きさが不揃いなものが出てくるのだ。その小さな豆腐ハンバーグは、味見用として活用する。


「一つだけだから、フライパンで焼いて味見しようか」

「味見ー!」

「壊さないように油を熱したフライパンに入れて、焼きます」


 ハンバーグはそこそこの厚みがあるので、片面をしっかり焼いて真ん中ぐらいにまで火が通ったのを確認したら、ひっくり返す。最初は強火で表面を焼いて肉汁が零れるのを防ぐと良い感じに仕上がる。

 ジュージューと肉の焼ける音がする。音だけでなく、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。じーっとフライパンを見つめているカミールの目は、早く食べたいと物語っていた。育ち盛りなので仕方ない。

 火が通ったのを確認したら取り出して、小皿に載せて半分に割る。味見なので二人で仲良く半分こである。


「下味はあくまで下味だから、ここにポン酢をかけます」

「ポン酢?ソースとかケチャップじゃなくて?」

「さっぱりさせたいので。まぁ、好みで色々付けてもらって良いんだけど」

「なるほど」


 豆腐とビッグフロッグとバイパー肉のミンチで作られた豆腐ハンバーグなので、色味は白っぽい。そこにポン酢をかけると色が染まって美味しそうに仕上がった。

 箸で食べやすい大きさにして口へと運ぶ。ポン酢が染みこんだ箇所を選んだので、口に入れる前にポン酢の香りがふわっと鼻腔をくすぐった。豆腐が入っているので柔らかなハンバーグは、簡単に噛むことが出来た。

 豆腐のおかげで食感は柔らかい。しかし、ビッグフロッグとバイパー肉の旨味はギュギュッと詰まっているので、食べ応えは抜群だ。タマネギの甘みも良い仕事をしている。そして、それらにアクセントとして加わるポン酢の風味。実に良い塩梅だった。


「何コレ、超美味い……。ポン酢めっちゃ合う……」

「醤油とかソースでも美味しいとは思うんだけどねー。ポン酢だとさっぱりして美味しいー」

「こんな美味くて食べ応えあんのに、太らないの?」

「太らないかどうかは知らないけど、カロリー控えめではあると思う。多分」


 正確にカロリー計算をしたわけではないので、その辺は悠利にも断言は出来ない。しかし、ただのハンバーグよりは確実にカロリーは控えめであるはずだ。豆腐だし、ミンチもヘルシーっぽいビッグフロッグとバイパーにしたし。

 なるほど、とカミールは真剣な顔をしていた。何だろうと首を傾げる悠利に、カミールは静かに言い切った。


「これ多分、普通に争奪戦起きるやつ」

「え」

「肉好きも喜んで食べるやつだから」

「うえぇえ……?」

 そこは予想してなかった、と悠利は変な声を出した。揉め事になるのは嫌だなぁという顔だ。そんな悠利にカミールが告げた言葉はというと。


「あ、でも、出汁入ってないからマグは暴走しないしマシだと思う」

「それもどうなんだろう……」


 確かにそれは事実だけれど、そういう話でもないよなぁと思う悠利だった。まぁ、なるようになるでしょう。多分。




 そして迎えた夕飯の時間。悠利から豆腐ハンバーグの説明を受けた女性陣は、喜びを大袈裟なほどに表現してくれた。ヘルミーネなど、飛びついてきたぐらいだ。

 お味の方もお気に召したらしく、大皿に盛られた豆腐ハンバーグはどのテーブルも順調に消費されていた。ポン酢をかけてさっぱりとした味で食べるようにしていることもあってか、小食組も嬉しそうに食べている。良いことだ。


「豆腐はこういう風にも使えたんですね」

「豆腐を入れると柔らかくなるので、かさ増しとかにも使えて良いんですよー」

「うふふ。美味しくて身体にも良いなんて、素敵ですね」

「喜んでいただけて幸いです」


 上品に微笑むティファーナに、悠利も笑った。別に何一つスタイルに問題などないと思える素敵なお姉様だが、やはり色々と気にして生きていらっしゃるらしい。単純に味が気に入ったのもあるかもしれないが、今日はそこそこお代わりをしている。

 豆腐とタマネギのみじん切りのおかげでふわふわと柔らかい豆腐ハンバーグ。旨味はミンチでしっかり感じられるので、物足りなさはどこにもない。噛んだ瞬間に口に広がる肉汁は確かにハンバーグだと感じさせる。旨味が口の中で調和して、満足感がある。

 普段のハンバーグはオーク肉やバイソン肉を使っているので、旨味爆弾みたいな仕上がりになっている。肉を食べている!みたいなインパクトがあるのが特徴だ。豚と牛の合い挽きや、牛肉オンリーのハンバーグみたいな感じである。

 それに比べればパンチは少ないはずなのだが、物足りなさなんてどこにもなかった。むしろ、柔らかくてひょいひょい食べられるおかげで、皆の箸がどんどん進んでいる。

 悠利はポン酢をかけてさっぱり食べているし、女性陣の大半は同じようにしている。男性陣でも小食組はポン酢派だが、ボリュームを求める面々はソースや醤油、ケチャップなどをかけていた。それらをかけても普通に美味しいので。

 ソースをかければ、濃厚な旨味が肉の味を引き立て、豆腐のまろやかさと調和する。ソースに負けはしない。豆の風味と肉の旨味がソースを巻き込んで、一つの味として完成するのだ。

 醤油の場合はもっと簡単だった。そもそも豆腐と醤油の相性が悪いわけがない。肉と醤油の相性も良いので、試す前から美味しいことが解っている組み合わせだ。かけすぎると醤油辛くなるので、そこにだけは注意が必要だが。

 ケチャップの場合は、普段のハンバーグのイメージで使っている者が多かった。豆腐といつもと違うミンチという組み合わせだが、意外と悪くはなかった。ソースの濃厚さや醤油の風味とは異なる、甘さを含んだ旨味が口の中で肉汁とじゅわりと絡む。これもまた、美味しい味だった。


「いっぱい食べても大丈夫な料理って幸せよねー」


 にこにこ笑顔で食事を続けるヘルミーネ。希望が叶ったので、彼女はとてもご機嫌だった。ぱくりと豆腐ハンバーグを口に運んで、満面の笑みを浮かべている。

 そんなヘルミーネに、悠利は困ったように笑った。とりあえず、釘だけは刺しておこうと思って口を開く。


「確かにいつものハンバーグよりは太りにくいと思うけど、それでもいっぱい食べたら太ると思うよ」

「それぐらい解ってるわよー」

「解ってるなら良いんだけど」


 安心したような悠利に、ヘルミーネは唇を尖らせた。そこまでバカじゃないわよ、と言いたいのだろう。それについては何も言わず、彼女は自分の考えを口にした。


「あのね、ユーリ」

「何?」

「食べたら太るのは解ってるし、悠利が色々考えてくれた料理でも食べ過ぎちゃダメなのは解ってるのよ」

「うん」

「でもね、私達は、たまにはこう、少しでも罪悪感なくいっぱい食べられたら嬉しいなって思ってるだけなの」

「罪悪感」


 食事には不似合いな単語が出てきたなぁと思う悠利。しかし、ティファーナはヘルミーネの言い分が解るのか、しっかりと頷いている。今一人の同席者であり、黙々と食事を続けていたマリアも同じくだ。どうやら女性陣には伝わる感覚らしい。

 悠利に通じていないのを理解して、ヘルミーネは説明をした。彼女達なりの重要な理由を。


「食べたら太るのは解ってても、美味しいものはいっぱい食べたいの。太りにくい料理だったら、その『これ以上食べたら太るのに……』みたいな気持ちを感じずに食事が出来るのよ」

「……つまり、何も考えずに美味しく食べられるってこと?」

「そうよ。とても重要なの」


 キリッとした顔で告げるヘルミーネに、悠利はなるほどと頷いた。説明されたら、何となく解った。太るのが解っているのにお代わりをするのは、罪深いことのように思えるらしい。大変だなぁと他人事のように思う悠利だった。

 女子三人はその話題で仲良く盛り上がりながら豆腐ハンバーグを食べている。それ以外の料理も、野菜やキノコ中心でヘルシーに仕上げてあるので、それも踏まえての会話らしい。

 そんな彼女達を見ながら、悠利は無言で食事を続けた。続けながら心の中で、「でもヘルミーネ、スイーツに関してはそういうこと考えないでいっぱい食べるんだよなぁ……」と考えつつ。口に出さない程度の分別はありました。




 ポン酢でさっぱり食べる豆腐ハンバーグは食欲がない日でも食べやすいのではということで、定番メニューに追加されるのでした。美味しいは正義です。


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