一手間かけて、めんつゆブロッコリーの天ぷら

「ちょっと飽きた」


 突然の一言に、悠利ゆうりはぱちくりと瞬きを繰り返した。告げたのはヤックだ。今日の晩ご飯何にしようかな、みたいな会話をしていたはずなのだが、その参加での一言である。

 そこで悠利は、手元の野菜を見た。鮮やかな緑のそれは、ブロッコリーだ。それも大量の。沢山貰ってしまったので、ここ数回は付け合わせとして茹でたブロッコリーが定番化していた。


「飽きたって、ブロッコリー?」

「うん。ブロッコリーに飽きたって言うか、茹でたのに飽きたというか……」

「あぁ、なるほど」


 同じ食材でも調理方法が違えばそこまで気にならないのだろう。なので、茹でたブロッコリーが続いたことでちょっぴり飽きてしまったのだという。素直に零れてしまった本音だ。

 その言い分を、悠利は理解した。ヤックを責めるつもりはない。誰だって、同じ味に飽きてしまうことだってある。定番の味付けで完全に生活の一部のように馴染んでいるなら別だが、そうでないなら味変を求める気持ちは普通である。

 あくまでも付け合わせとしてのブロッコリーだったので、悠利はそこまで気にしていなかった。しかし、ヤックは気になったのだろう。ヤックが気になったのなら、他にも気になる人がいるかもしれない。そうなると、別の味付けを考える方が建設的だった。

 とはいえ、ブロッコリーは茹でて食べるのが一番手っ取り早い。何か良い料理あったかなぁ、と悠利は記憶を探る。

 しばらくして、これなら良いかもしれないとアイデアが浮かんだ。


「それじゃあヤック、今日はブロッコリーの天ぷらにしようか?」

「ブロッコリーの天ぷら?美味しいの?」

「天ぷらも美味しいよ。ただ、先に茹でておかないとダメだけどね」

「解った、お湯沸かす」

「よろしく-」


 違うものが食べられると、ヤックはウキウキで作業に入る。大鍋にたっぷりのお湯を沸かす準備をするヤックを横目に、悠利は大量のブロッコリーを食べやすい大きさにカットしている。カットしたブロッコリーはボウルに入れて、水洗いである。

 皆が食べる分となるとそれなりの分量が必要なので、せっせと小さな房に切り分ける悠利。その悠利の隣で、鍋を火にかけたヤックが慣れた手付きでブロッコリーを洗っていた。役割分担は基本です。

 房の部分を全て落とされたブロッコリーは、太い茎だけが残ってしまう。こちらは固い皮の部分を剥いてスープの具材にする。千切りにしてスープに入れると、これはこれで美味しいのである。


「茹でてから天ぷらにするの?」

「茹でて、めんつゆに漬け込んでから天ぷらにするの」

「めんつゆに……?」

「そう。塩味でも良いけど、めんつゆに漬け込むと味がしっかりするから、ご飯が進むかなって思って」

「へー、どんな味だろう」


 楽しみと言いたげなヤックに、悠利はにこにこと笑った。知らない料理でも、こうやって美味しいんだろうなという反応が返ってくるのは何だか嬉しい。なお、それは今まで悠利が作った料理でハズレがないからである。

 ……ヤックだけではなく、《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々は悠利の料理に胃袋を掴まれている。味覚が良い感じに近かったのが原因かもしれない。

 後、悠利の料理技能スキルが高レベルすぎるのが原因か。

 そんな雑談をしつつ、お湯が沸いたのでブロッコリーを茹でる。塩を入れたお湯で茹でられたブロッコリーは、鮮やかな緑に染まる。とても綺麗だった。 

 しばらくして茹で上がったら、ザルにあげる。ざぱーっと勢いよくブロッコリーをザルにあげるのはヤックの仕事だ。悠利は眼鏡が曇ってしまうので、なるべくこの手の作業はお任せしている。


「茹で上がったら水気を切って、ボウルに入れて、上からめんつゆをだばだばーっと」

「分量は?」

「漬け込みたいから、全体が隠れるぐらいまで」

「結構な分量使うね」


 どぱどぱ注がれるめんつゆを、じぃっと見つめるヤック。終わったらこれどうしよう、みたいな顔をしている。そんなヤックに、悠利はにこにこ笑顔で告げた。あっさりと。


「これは、また後日おうどんを食べるときにでも使えば良いから、大丈夫」

「え」

「茹でたブロッコリーを入れただけだからねー。生じゃないし、そのまま使えます」

「あ、そっか!」


 確かにそうだと、ヤックは満面の笑みになった。農家育ちのヤックは、悠利ほどではないにせよ勿体ない精神が染みついていた。ブロッコリーを漬け込んだだけのめんつゆがリサイクル出来るとしって、嬉しそうだ。


「それじゃ、ブロッコリーに味が付くまでの間で、他の準備しちゃおうか」

「うん」


 熱々のブロッコリーにめんつゆをかけることで、味の染みこみは早いだろう。それでも、しばらくはそのまま置いておかなければならない。その時間を無駄にせず、二人は夕飯の支度を進めるのだった。

 手分けして他の料理の準備を終えた二人は、そぉっとブロッコリーとめんつゆが入ったボウルを覗き込んだ。たぷたぷと揺れるめんつゆの中で、ブロッコリーの緑が浮かんでいる。

 解りやすく変色しているわけではないが、入れたときよりもめんつゆに馴染んでいるように見えた。その中の一つを、悠利は取り出した。包丁で半分に切って、一つを口に、もう一つをヤックが食べるように促した。

 茹でたブロッコリーなので、そのまま食べても問題ない。塩ゆでだけのときには感じない、めんつゆの旨味がブロッコリーに絡んでいた。このまま食べても十分に美味しい。


「ユーリ、これ、このままでも美味しいけど」

「天ぷらにすると、更に美味しいよ」

「オイラ、天ぷらの衣準備する!」

「よろしくー」


 美味しいものが待っていると解ったヤックの行動は、早かった。ボウルに小麦粉と米粉を入れて混ぜ、そこに水を入れながら衣を作っていく。何気に難しい作業だが、回数をこなしているので危なっかしさはなかった。

 ヤックが衣を作っている間に、悠利は油の準備をする。油が温まったら、まずは試食用を揚げるのだ。特に天ぷらは、一つ揚げてみて衣の固さを調整すると良い感じに出来るので、試食は必要なのである。


「衣出来たー」

「油も大丈夫だよ。それじゃ、やってみようか」

「うん」


 ヤックが作った衣に、悠利はめんつゆに漬かっていたブロッコリーを入れる。このときに、余分なめんつゆはしっかり落としておく。……なお、何度も繰り返すとめんつゆの水分で衣が緩くなるので、途中で粉を足す必要が出てくるところが要注意である。

 めんつゆに漬かっていたブロッコリーを衣の中に入れると、真っ白にほんのりと茶色が広がる。どぼんと漬けてから引き上げ、余分な衣を落としてから油の中へ入れる。バチバチと音がするのはご愛敬だ。

 今回は先にブロッコリーを茹でてあるので、外側の衣がカリッと揚がれば完成だ。そのため、生の状態で天ぷらにするよりも早く揚がる。どうしても全てが油に入るわけではないので、途中でひっくり返して全体がしっかり揚がるように調整する。

 バチバチという音が小さくなり、衣から生っぽさが消えたら完成だ。取り出してしっかりと油を切ってから、まな板の上で半分に切る。切ったら小皿に入れて、試食タイムである。

 味見は重要な任務である。決して、食べたいから食べるわけではない。特に今日は。

 熱々出来たてのブロッコリーの天ぷらを、二人はふーふーと息を吹きかけて冷ましてから口へと運ぶ。気持ち米粉を多めにした衣はパリッとした食感に仕上がっており、サクサクで楽しい。そして、一度茹でてあるブロッコリーは柔らかく、衣に閉じ込められていたので水分もたっぷりだ。

 それだけでなく、じゅわりと滲み出るのはめんつゆの旨味。ブロッコリーの美味しさと、めんつゆの味が良い感じに調和して口の中に広がる。天ぷらといういつもと違う食べ方もあいまって、美味しいの多重奏みたいになっていた。


「ユーリ、これ、美味しい」

「良い感じに出来たね」

「めんつゆの味で、凄くご飯が進むと思う」

「じゃあ、頑張って揚げよう」

「解った!」


 皆も絶対喜ぶぞーとうきうきでブロッコリーの天ぷらを作るヤック。その背中を見ながら、悠利はふと思った。味付けにめんつゆを使ったこの料理、どこぞの出汁の信者が物凄い勢いで食いつくのではないだろうか、と。


「……マグの分は、別皿にあらかじめ用意しておこう」


 騒動が起こる前に対策を考えるのは大切だ。最初から彼の分だけ別にしておけば、納得させやすいだろう。多分。

 とりあえず争奪戦とか喧嘩とかになりませんようにと思う悠利だった。




 そしてやってきた夕食の時間。悠利は、自分の考えが正しかったことを理解した。僕良い仕事したと思わない?と目線だけでヤックに伝えれば、ヤックは真顔で頷いてくれた。実に良い仕事だった。

 これはめんつゆブロッコリーの天ぷらです、と伝えた瞬間、いや、伝える前から、マグはじぃっと料理を見つめていたのだ。目が真剣だった。基本的に無表情のマグだが、それでも真剣なときはよく解る。


「茹でたブロッコリーをめんつゆに漬けてから天ぷらにしてあるんで、そのまま食べて味があると思います。もしも薄かったら、各自で調整してください」

「「はーい」」

「後、そこで大皿を真剣に見てる子は、別皿にちゃんと君の分が用意されてるので落ち着いてください」


 テーブル中央の大皿を、もうどう考えても捕食する気だなみたいな雰囲気で見ていたマグは、悠利の言葉にパッと顔を上げた。抱え込む気満々だった少年は、赤い瞳を瞬かせて悠利を見つめている。


「マグが気に入るだろうなって思ったから、ちょっと多めに取り分けてあるから。その代わり、大皿に手を出しちゃダメだよ」

「……諾?」

「……何で疑問符ハテナマーク付いてるの!?」


 今の凄く解りやすい説明だったはずなのに、と思わず声を上げる悠利。マグはそれ以上何も言わない。早く自分の分の皿を寄越せと言いたげである。

 しかし、悠利は不安が募った。素直に頷いてくれなかったマグに、今のは一体どういう意味なのかとウルグスへ視線を向ける。今日も安定の通訳扱いに面倒くさそうな顔をしつつ、ウルグスはちゃんと説明してくれた。良い子である。


「大皿に残ってたら食べて良いんだろ、って言いたいんだよ」

「……今のってそういう意味だったの!?」

「そういう意味だよな?皆が欲しいだけ食べて、それでも残ってたら自分も食べるってことだろ」

「諾」

「合ってた……!」


 あの短い言葉に、どうしてこんな長い意味合いが込められていると解るのか。何か謎の技能スキルでも持っているのではと思ってしまうが、そんなものは存在しない。空気を読むとかはそこまで得意じゃないのに、何故かマグの言いたいことだけは理解できる不思議なウルグスくんなのだ。

 そんな風にいつも通り一幕を挟みつつ、悠利はマグにめんつゆブロッコリーが沢山載ったお皿を差し出した。大皿ほどではないが、それなりの量がそこにある。受け取ったマグは口には出さなかったが嬉しそうだ。

 とりあえず一仕事を終えたと悠利も席に着き、食事を開始する。始まる前に争奪戦もといマグによる独り占めを防げたので、一安心である。後は見習い組の皆で対処して貰おうと思う悠利だった。

 初めて食べるブロッコリーの天ぷらに、皆は興味津々だった。揚げ物とはいえ野菜の天ぷらなので、小食組も良い感じに食いついている。肉食組はめんつゆでしっかりと味が付いているという説明に心惹かれているようだ。


「野菜の天ぷらが美味しいのは知ってますけど、ブロッコリーがこんなに美味しくなるなんて知りませんでしたねぇ」


 にこにこ笑顔でそんなことを言っているのは、ジェイクだった。小食組の学者先生は、揚げ物はそんなに得意ではないが、野菜の天ぷらは割と好きだった。野菜なので食べやすいのかもしれない。

 かぷりと蕾の部分を囓れば、サクサクとした衣の食感と、蕾の柔らかな食感が口の中で混ざる。ブロッコリーの旨味と共に口の中に広がるめんつゆの味は、格別だった。野菜の天ぷらだが、味がしっかりしているので食べ応えがある。

 蕾の隙間に天ぷらの衣が入り込んでいるのも、食感が楽しい理由かもしれない。外側はサクサクしているが、蕾の中に入り込んでいる部分はややもっちりしている。その対比が良い感じだった。


「ジェイク、気に入るのは良いが、食べ過ぎには注意するように」

「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ」

「その台詞は、調子に乗って食べ過ぎて腹痛になった前科を持たない者が言わないと説得力はない」

「うぐ……」


 頼れる姐御は、容赦がなかった。健啖家のフラウはもりもりとブロッコリーの天ぷらを食べているが、隣で食べるジェイクのペースが気になったのだろう。小食の彼の胃を心配しての優しいお言葉である。

 ちなみにジェイク先生、気に入った料理の場合は「美味しいですねぇ」と幸せそうに笑いながらお代わりを繰り返すことがある。別にそれ自体は構わない。普段食が細い男が美味しくご飯を食べるというのは、良いことだ。

 ……限度さえ、考えてくれれば、であるが。 

 そう、限度だ。調子に乗ってうっかり食べ過ぎて、皆が腹具合が落ち着いてきたような頃合いに腹痛を訴えるということが、過去に何度もあった。悠利のご飯が美味しい弊害というには、いい大人が何をやっているんだと言われる光景である。

 そういうところが、彼がダメ大人と言われる所以なのかもしれない。れっきとした指導係の一人なのに、訓練生どころか見習い組にさえも「ダメだこの人」と思われることが多々あるのがジェイク先生なのである。愛されてはいるのだが。

 一応、座学の先生としては優秀です。教え方も上手なので、そういう意味ではちゃんと尊敬しています。日常生活になるとダメダメのポンコツなだけで。


「ジェイクは相変わらずねぇ」

「まぁ、今更だろ」

「そうね、今更だったわ」


 二人の会話に耳を傾けつつ、大皿のブロッコリーの天ぷらを順調に消費しているのはマリアとラジだった。どちらも種族特性でよく食べるので、彼らが皿の中身をもりもり食べていても不思議ではない。

 同席者はイレイシアとアロールなので、そこまで食べたりしない。自分達が欲しい分はちゃんと確保して食べているし、よく食べる二人も同席者の分まで食べるような大人げない真似はしないので、とても平和だった。


「これ、噛んだ瞬間にめんつゆの味が広がるのが良いわよねぇ。塩の天ぷらでも美味しかったと思うけれど」

「濃い味の方が食事が進むと思ったんじゃないか?」

「ユーリらしいわねぇ」


 クスクスとマリアは楽しげに笑う。妖艶美女のお姉様がそうやって笑うと、何とも言えず艶がある。人目を引く美しさと妖しげな魅力が満点なのだが、見慣れている仲間達は特に気にしなかった。

 なお、このテーブル唯一の男性であるラジにとって、マリアの妖艶な微笑みというのは、面倒なときの方が多いので、ときめかないのだ。マリアの美貌は理解しているし、彼女の持つ妖艶な雰囲気も理解している。しかし彼にとって彼女は、時々面倒くさい同僚なのだ。

 そして、その面倒くさいモードが出るときにこそ、輝かんばかりの微笑みが向けられるので、必然的に免疫が出来てしまっていた。むしろあんまり好きじゃないかもしれない。嫌な思い出が芋づる式で出てくるので。

 黙々と食事を続けるラジの表情からその辺を察したのか、アロールとイレイシアは口には出さずに労りの視線を送っておいた。常識人が苦労するの典型みたいなものなので。

 なお、マリアは三人のそんなやりとりに気付いているが、楽しげに笑っているだけである。その程度で気分を悪くするほど、彼女の器は小さくないのである。


「ここしばらくブロッコリーが続いてたけど、調理方法が変わると気分転換になって良いね」

「いつもの付け合わせのブロッコリーも美味しいですけれど、今日の天ぷらは格別ですわ」

「そうだね」


 顔を見合わせて笑い合うアロールとイレイシア。アロールはクールな僕っ娘であるが、気を許した相手には柔らかな表情を見せる。彼女が気を許すのは頼れたり信用できる相手なので、イレイシアはその枠に入るのだ。

 年齢差はそれなりにある二人だが、アロールが大人びているのとイレイシアがその辺のことは気にしないので、実に和やかな雰囲気だった。小食組が仲良く談笑しながらブロッコリーの天ぷらを食べる姿は実に微笑ましかった。




 めんつゆブロッコリーの天ぷらは皆に好評で、大量のブロッコリーを消費することが出来たのでした。やはり、味変は大事なことなのかもしれません。


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