さっぱり美味しいツルムラサキの梅白和え風

 ツルムラサキ。夏の野菜で、しっかりとした茎と豊かな葉っぱを持つ野菜である。

 少々アクがあるので、気になる人は茹でてから使うのが良いだろう。基本的な使い方はほうれん草や小松菜と同じ感じで良い。この野菜の最大の特徴は、ねばねばだった。

 そう、夏の強い味方、栄養抜群のねばねば属性!それがツルムラサキなのである。ねばねばは基本的に元気が出ると思っている悠利は、ツルムラサキも大好きだった。

 とはいえ、ねばねばを忌避せず、むしろ嬉々として料理に活用する民族は少ないかもしれない。日本人は何だかんだでねばねば耐性が高いので、わりと美味しく食べるけれど。

 納豆は苦手な人はいるだろうが、オクラやめかぶ、なめこなどの、単純にねばねばしているだけの食材はそこまで忌避されていない。と、悠利ゆうりの知る限りではそんな感じだった。

 ただ、ここは異世界である。そして、食文化はどちらかというと西洋風。悠利が自分の好みで味付けをして醤油メインで料理を作っても、和食を作っても美味しいと言ってくれるけれど、馴染みがあるのは洋食の方が多そうだった。

 以前、夏バテ防止も兼ねてねばねばパスタ(とろろとオクラとめかぶを混ぜたやつ)を作ったときも、一瞬食べるのを躊躇う仲間達がいた。気にせず食べる面々もいたが。

 まぁ、最終的には何だかんだで食べていたし、食べ慣れていないだけで味付けは大丈夫だったみたいだが。全部盛りにしたのがいけなかったのかもしれない。ねばねばパワーがあまりに強すぎたので。

 とりあえず、そんなわけで何だかんだで時々使っているねばねば野菜。ツルムラサキも例に漏れず、時々食卓に出ている。なので、使うのは問題はない。

 後は、味付けや調理法である。何にしようかなとと考える悠利。その背後に、音もなく小さな影が現れた。


「……出汁……?」

「うわぁあああ!?」


 突然聞こえた声に悠利は驚いた。そりゃもう驚いた。何せ、気配が全然なかったし、足音も聞こえなかったのだ。その状態で背後から声をかけられたら、非戦闘員の悠利はびっくりするしかないのである。

 飛び上がらんばかりの勢いで驚いた悠利は、ばくばくと早鐘を打つ心臓を押さえながらゆっくりと振り返った。そこには、声の主、マグが立っていた。


「……マグ、お願いだから、気配を殺したり、足音を消したりしながら近づかないで……。ビックリしちゃうから」

「……謝罪」

「うん、悪気はないのは解るんだけどね。でも本当に、君、いきなり現れる感じになるから……」


 悠利を驚かせるつもりはなかったのだろう。マグは素直に謝った。ぺこりと頭を下げる姿には、申し訳なさが滲んでいる。

 まだ見習い組とはいえ、スラムで何だかんだで生き抜いてきたマグは暗殺者の職業ジョブを持ち、隠密の技能スキルを持っている。そのため、足音は消しがちだし、気配はよほどでないと自然と消している。悪気はない。癖なのだ。

 とりあえず謝ったので話はおしまいとばかりに、マグはずいっと身を乗り出して口を開いた。圧が凄い。


「出汁」

「……味付けに出汁を使えと……?」

「出汁、美味」

「いや、それはそうなんだけど、だけどー」


 うーん、と悠利は悩む。確かにマグの言う通り、出汁を用いた料理は美味しい。ツルムラサキのポテンシャルも出汁との相性は悪くない。煮浸しみたいにして食べても美味しいし、炒めても美味しい。

 しかし、今の悠利の目的はさっぱりしたお料理を作りたいなのだ。せっかくのねばねば食材である。夏バテ対策として、食べやすいさっぱり風味の味付けにしたいのだ。

 じぃっと悠利を見つめるマグ。出汁を使えという圧が凄い。マグは出汁が入っていればそれで満足なので、とりあえず出汁を推してくるのだ。普通なら負けそうなその圧を、悠利は目を逸らして気にしないようにした。ここで負けると献立が出汁一色になってしまう。


「ツルムラサキは梅白和えにします」

「出汁?」

「梅白和えだって言ってるじゃない……。味付けの基本は梅干しだよ」

「出汁」

「はい、マグ、ツルムラサキを茹でるからお湯沸かして-」


 梅干し味は別にかまわないが、出汁はどこに使うんだ?みたいなノリのマグの背中を、悠利はぐいぐいと押した。お鍋よろしくね、と笑顔で押し切り、自分はツルムラサキを洗うことにする。

 仕事を与えられればマグはきっちりそれを行う。その辺は職人気質なところが良い感じに働いているのだろう。鍋に水をたっぷり入れると、コンロの上に載せてお湯が沸くのを待っている。

 ツルムラサキを水洗いした悠利は、手早く茎と葉に切り分ける作業を行っていた。何でもそうなのだが、葉っぱと茎の部分では火の通る時間が異なるので、別々に茹でるか後入れする方が良いのだ。今回は後入れにするつもりである。

 茹でる前の下準備が終わったら、お湯が沸くまでの間に豆腐の下準備だ。下準備と言っても、難しいことはない。水の入った入れ物に入っている豆腐を取り出して、水を切るだけである。ただし、取り出しておく程度で、そこまで念入りに水は切らない。

 これが揚げ出し豆腐を作るとかだったら、布巾にくるんでしっかりと水気を取っただろう。今日はそこまでの必要はなく、斜めにしたまな板の上に置くだけで大丈夫だ。

 お湯が沸いたならそこに塩をひとつまみ入れて、まずは茎の部分を投入する。しばらくして、茎に火が通ってきたなと思ったら、葉っぱを投入。鮮やかな緑に色付くのが目に楽しい。

 茎も葉っぱも火が通ったら、ザルにあけて水を切る。そしてそのまま、粗熱を取るためにも冷ましておく。……なお、悠利は眼鏡が曇るので、鍋を運んでざぱっと中身をザルにあけるのはマグが担当してくれた。眼鏡の弱点はどうにもならない。


「それじゃあ、ツルムラサキが冷めるまでの間に、味付けの準備をします」

「梅干し」

「うん。種を取った梅干しを叩きます」

「諾」


 これがいるんだろう?とばかりにマグは梅干しの入った壺を持ってきた。なお、口に出さないだけで出汁は使わないのかと思っているのはバレバレだった。目がちょくちょく訴えてくる。

 それを右から左にスルーして、悠利は梅干しを叩いていく。包丁の背で潰すようにして種を取り出して、後はみじん切りの要領で刻んでいくだけである。なお、種は後ほどお茶漬けにしたり、お湯に入れて飲んだりする。種の周りの梅肉全てを包丁で取るのは無理なので。

 梅干しを叩いたら、それをボウルに入れる。梅干しだけでは混ぜにくいので、ここで調味料を追加するのだ。


「……マグ」

「……?」

「無言で昆布出汁持ってくるのは止めて。入れないから」

「……諾」


 叩いた梅干しを伸ばすならこれだろう!と言わんばかりに冷蔵庫から備蓄してある昆布出汁を持ってきたマグは、悠利にあっさりと切り捨てられてちょっとだけしょぼくれた。それでも大人しく片付ける程度には、彼も成長していた。一応。

 そんなマグを見て、悠利は苦笑する。マグのご希望には添えないが、それでも寄り添うことは出来る。


「マグ」

「……?」

「そっちのだし醤油取ってくれる?」

「諾!」


 笑顔で告げられた言葉に、マグは素早く動いた。返事も早かった。物凄く早かったし、物凄く大きかった。やる気に満ちていた。

 悠利に言われてマグが手に取ったのは、だし醤油。厳かにだし醤油を差し出すマグ。……別にだし醤油はそんなに凄い何かではないのだが、出汁を愛するマグとしては出汁の入った醤油と言うことで上位に属する調味料なのだろう。多分。

 叩いた梅干しを混ぜやすくするために、また、梅干しの酸味を和らげるために、悠利はだし醤油を入れる。ただし、あくまでもメインの味付けは梅干しなので、少量だ。ドバドバと入れるようなことはしない。

 しっかりと混ぜ合わせたら、味見をする。ここに豆腐とツルムラサキが入るので、味は濃いめで大丈夫だ。もっとも、もし薄かった場合は、全部混ぜてから調味料を足すことは出来るが。

 梅干しの酸味をだし醤油の風味が和らげてくれているのを確認すると、悠利はじぃっと見てくるマグにも味見をさせた。まだ具材を入れていないので味が濃いはずだが、出汁の風味を堪能できて満足なのか、マグの機嫌はとても良かった。


「それじゃ、ツルムラサキを切るよ。まず水気を切ってから、食べやすい大きさに切ってね」

「諾」

「だいたい、炊いたり炒めたりしてるときの感じで良いから」

「諾」


 目安となる長さがあるのなら、マグの行動は早かった。ギュギュッとツルムラサキを絞って水気を切ると、慣れた手付きで切っていく。同じ長さに切るのは彼の得意技である。良い感じにツルムラサキは切られていった。

 マグが切ったツルムラサキを、悠利はもう一度ギュッと絞る。あまり絞りすぎると旨味が逃げるのでほどほどにするのがポイントだ。ただし、ここで絞っておかないと、混ぜたときに余計な水分が出てしまうのだ。地味に必要な作業である。

 大きな状態で絞っただけでは、水気は完全には取れない。だから、切った後にもう一度絞るのだ。力を込めると形が崩れてしまうので、そこの加減は大事だが。

 ツルムラサキはねばねば食材なので、そうやって絞るとぬめりのある水分が指の間を流れる。このぬるっとしているのが栄養でもあるので、ほどほどで切り上げて悠利はツルムラサキをまな板の上に戻した。

 切り終えたマグも同じように絞る作業を手伝ってくれる。何せ人数が多いので、こういう地道な作業も結構手間なのだ。


「よし、水気が取れたら、後は混ぜるだけ。まずは豆腐を入れます」

「丸ごと?」

「ううん。こう、ボウルの中で潰す感じで……」


 マグに告げて、悠利はざっくりと水気の切れた豆腐を手に取った。ボウルの中で豆腐を握る。あまり高い位置だと落ちたときに跳ねるので、なるべく下の方で握るのがコツだ。ぎゅうっと握られた豆腐は、悠利の指の間からぐにゅりと押し出されるようにして落ちた。

 落ちた豆腐を、悠利は再びぐちゃっと握る。ほどよく食べやすい大きさに崩れた豆腐が、梅干しとだし醤油の上へと落ちていた。真っ白の隙間から濃い色が見える。


「豆腐を崩したらスプーンで軽く混ぜて、梅干しと混ぜます」

「諾」

「あんまり強く混ぜると豆腐が粉々になるから、そこは気をつけてね」

「諾」


 手を洗う悠利に注意事項を聞かされながら、マグが大きめのスプーンでボウルの中身を混ぜている。真っ白だった豆腐に梅干しとだし醤油の色が付いて、これはこれで美味しそうだった。

 実際、これだけでも食べることは可能である。豆腐と醤油は合うし、梅干しも合う。崩し豆腐の梅和えという感じだろうか。……なので、途中でマグの手が止まった。コレは美味しいのでは?と気付いたからだ。

 そして、そんなマグの反応を悠利は理解している。正確には、予想していたというべきだろうか。マグだしなぁ、という感じで。


「マグ、食べちゃダメだよ。ツルムラサキ入れるから」

「……美味?」

「今のままでも美味しいのは美味しいだろうけど、ダメです」

「……諾」


 美味しそうなのに、みたいな反応をしたマグだが、とりあえず大人しく従った。ここで悠利に逆らっても美味しいものは与えられないと知っているからだ。一応学習はしている。

 そんなマグに苦笑しつつ、悠利はボウルにツルムラサキを入れていく。しっかり丁寧に水気を切ったツルムラサキの緑が、豆腐の白と梅干しの赤に映えた。


「豆腐を潰さないように気をつけて、ざっくり混ぜます」

「諾」

「そうそう、上手上手」


 全体が混ざるようにざっくりとスプーンを動かすマグ。豆腐を潰さないように気をつけつつ、後から入れたツルムラサキに豆腐と梅干しが絡むようにしている。そうすると、三色入り乱れた状態になり、目にも楽しい。

 綺麗に混ざったら完成だ。これ以上味付けをする必要もない。味見をして、問題なければ盛り付けるだけである。


「それじゃ、味見してみようか」

「諾」

「……わー、動き速いー……」


 悠利の言葉を聞いた瞬間、マグは素早く動いた。味見をするなら小皿が必要だろうという感じで、食器を取りに行ったのだ。戻ってきたときには、二人分のお箸も持っていた。準備万端すぎる。


「味見だからちょっとだけだよ?」

「諾」


 念押しするように言われて、マグは解っていると言うようにこくりと頷いた。そして、ボウルから小皿に移されたツルムラサキの梅白和え風を見ている。

 どうぞ、と示されて、マグはそろりとツルムラサキを箸で掴んだ。豆腐と梅干しが絡んだ状態で、口に入れる。入れた瞬間に感じるのは豆腐の風味と梅干しと醤油の味だ。ただ、先ほど味見をしたときよりは薄まっているので、良い感じのバランスになっていた。

 続いて噛めば、豆腐の風味をより強く感じ、そこにツルムラサキの存在が生きてくる。味自体はそれほど強い野菜ではない。調味料の味付けを上手に受け止めてくれる印象がある。特筆すべきはその食感。ねばねばは健在だった。

 かといって、刻んだときのように強い粘り気があるわけではない。ただの水分とは違う粘性を含んだ水気が、調味料の味をぎゅっと包み込んで良い感じに調和させるのだ。葉っぱの部分も肉厚で柔らかく、茎は歯応えがありながら柔らかさも感じさせた。

 豆腐と梅干しと醤油の味を、ツルムラサキが受け止めて包み込んで、一つのものにしている。そんな印象を与える味わいだった。そして、梅干しの酸味でさっぱりとしている。さらには豆腐がまろやかさを生み出しているので、実に食べやすかった。


「美味」

「お口にあって何よりです。じゃ、盛り付けしようね」

「美味」

「味見にお代わりはありません!」


 これとても美味しいと言わんばかりのマグに、悠利はきっぱりと言い切った。食べちゃダメと言われてマグはしばらく無言だったが、少しして大人しく作業に戻るのだった。まぁ、いつものことです。




 そして、昼食の時間。ツルムラサキの梅白和え風は、何だかんだで好意的に皆に受け入れられていた。

 この辺りではあまり馴染みのない食材である豆腐だが、悠利がしょっちゅう味噌汁に入れて使うので、何だかんだで皆が馴染んでいたのだ。また、梅干しは酸っぱくて苦手だが、梅味の料理は意外と皆の口に合うので、今日の料理もそんな感じだった。

 暑い季節は食欲が低下するが、さっぱりしたものや酸味のあるものは意外と食べやすい。その上今日は豆腐でまろやかに仕上がっているので、食べやすさがパワーアップしているようだった。


「不思議な感じだけど、美味しいねぇ、これ」


 もぐもぐとツルムラサキの梅白和え風を咀嚼しながら口を開いたのは、レレイ。大食い肉食女子の彼女だが、割と何でも美味しく食べるし、ねばねばも忌避せず食べるタイプなので、躊躇いなく大口でかっ込んでいる。


「喋るのは口の中のもんを飲み込んでからにしろ」

「ふぁい」


 はぁ、と呆れたように溜息をつきながらクーレッシュがツッコミを入れれば、レレイは素直に返事をした。今度は口の中にご飯をたっぷり詰め込んだ後なので、返事がもごもごしていたが、一応話は通じたらしい。言葉にしない代わりに、顔面で美味しいよと伝えてくる。

 レレイは反応がとても解りやすいが、それ以外の皆も美味しそうに食べてくれている。良かった良かったと悠利は思う。大食い組は放って置いても何でも食べるが、食の細い組が美味しそうに食べてくれると一安心なのだ。


「しかしこれ、変わった料理だよな。豆腐ってこんな風に崩して使うのもアリなのか?」

「うん。白和えって言う料理があるんだよ。下味を付けた茹でた青菜に豆腐を混ぜる料理。他の具材を入れたりもするけど」

「へー」


 白和えという料理はあるが、地域によって味付けた異なったりする。味噌を入れたり、砕いたクルミを入れたり、料亭などなら柚子が入っていたりするらしい。ただ、白和えと呼ばれる料理の共通点は、豆腐と和えていることだ。

 それも、潰して濾した豆腐と和える料理である。悠利は面倒だったのでとりあえず手でぐちゃっと潰すだけにしたが、丁寧に作るなら潰して裏ごしして、みたいな手間がかかるらしい。お家ご飯なのでゆるっと作る悠利だった。


「で、これは梅干しが入ってるから梅白和え風ってことか?」

「そうそう。普通の白和えも美味しいんだけどね。梅風味にした方がさっぱりして食べやすいかなぁと思って」

「まぁ確かに。暑い日はさっぱりした料理が良いよな」


 悠利の言葉に、クーレッシュは納得したように頷いている。彼は年齢相応に食べるが、それでも暑い日はちょっと食欲が落ちるなと感じることもある。だから、食欲がなくても美味しく食べられるようにと、悠利が色々と考えて料理をするのを好ましく思っているのだ。

 ツルムラサキそのものの独特の食感に、梅白和え風にしたことで食べやすいさっぱりとした味付け。梅干しとだし醤油が互いの良さを引き出し、豆腐が全てを包み込む。大豆の旨味がぎゅっと濃縮された豆腐は、崩されていても存在感を失っていないのだ。


「これ美味しいけど、あんまりねばねばしてないね」

「刻むともっとねばねばするけどね。これぐらいの方が皆は食べやすいかなと思って」

「あたし、刻んだのも好きだよ!」

「お前は基本的に何でも好きだろ……」


 にっかと満面の笑みを浮かべるレレイ。それに被さるクーレッシュのツッコミ。実に正しいツッコミだった。レレイは大体何でも美味しいと言って食べる。ただし、美味しくないと思うときもあるので、何でもかんでも美味しいわけではないのだ。一応味覚は仕事をしている。

 わちゃわちゃ賑やかに騒いでいる悠利達三人を横目に、ジェイクは幸せそうにツルムラサキの梅白和え風を食べていた。食の細い学者先生は、さっぱりとした梅風味の味付けがお気に召したらしい。

 というか、彼はそもそも《真紅の山猫スカーレット・リンクス》では少数派の梅干しそのものを好むタイプだった。今のところ、悠利と実家が梅農家のアリー以外だと、ジェイクとヤクモぐらいしか梅干しをそのままで喜ぶメンツはいない。ヤクモは食文化が和食っぽいところで育っているので、梅干しはむしろ慣れ親しんだ故郷の味である。

 ただ、地域によって梅の種類や漬け方が違うらしく、故郷の梅干しとは若干風味が違うとは言っているが。それでも梅干しは梅干しなので、あの和装の落ち着いたお兄さんに提供しても喜ばれるだろうなと思う悠利だった。


「けどこれ、何で豆腐で和えたんだ?さっぱりさせたいなら、梅干しと醤油で味付けするだけでも良かっただろ」


 美味しくツルムラサキの梅白和え風を食べつつも、クーレッシュが気になったことを口にする。確かに、梅干し風味にするなら豆腐がなくても良いだろう。それも美味しいはずだ。

 そんなクーレッシュに、悠利はさらりと答えた。さらりと。


「豆腐を入れた方が栄養価が高いからだよ」

「へ?」

「豆腐は大豆の栄養がぎゅっと詰まった食材だからね。少ししか食べられなくても、色んな栄養が取れたら良いなって思って」


 にこにこ笑う悠利。正しい栄養学は知らない。学校の家庭科で学んだ程度の知識しか悠利にはない。それでも、単一の食材だけでは栄養は補えないし、大豆が栄養価の高い食材であることも、豆腐がそのパワーを引き継いでいることも何となく知っていた。

 だから、食が細い面々でも複数の栄養が取れたら良いなぁと思って梅白和え風にしたのだ。ツルムラサキにも栄養はたっぷりあるので、この一品でそれなりに栄養が取れるだろうと思って。

 そういった意味の説明を軽くした悠利に対して、クーレッシュは軽く目を見張っていた。お料理大好きで、美味しく食べたいし食べて貰いたいというオーラを隠さない悠利。その美味しく食べてほしいの中に、ちゃんと食べて元気でいてほしいという思いが詰まっているのを再確認したからだ。

 そう、再確認だ。

 普段から悠利は、食べる人の健康を気遣っている。苦手な食材を無理に食べろとは言わない。けれど、身体が資本の冒険者達に向けて、食べることが健康に繋がるのだと何くれとなく伝えてくるのである。

 きちんと食べて栄養を取り、しっかり休むのが健康の第一条件。それが悠利のモットーである。


「クーレ?どうかした?」

「いいや。お前はお前だなぁって思っただけ」

「……?」


 何それと首を傾げる悠利に、クーレッシュは何でもないと笑った。当人は普通のことだと思ってやっている。凄いことだとか、偉いことだとか、大変なことだとか、何も考えていない。そんな悠利だから、今日の食事も美味しいのだろう。そんなことをクーレッシュは思った。




 さっぱり美味しい梅白和え風は皆に好評で、特に小食組から暑い日でも食べやすいと喜ばれたのでありました。多分また何かで作るのでしょう。

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