調査も終えて、ひとまずお別れです

 簡単に終わるはずが何やかんやで騒動へと発展した調査依頼であるが、ひとまずは無事に終わることが出来た。……無事、ということにしておこう。ダンジョンコアがかなりボッコボコにされてしまったけれど。

 昼食はのどかに終わり(悠利ゆうりが学生鞄にたらふく詰め込んでいた食料を皆で仲良く食べた)、情報のすり合わせも何となく終わって、そういう意味で一応、お仕事は完了である。フルボッコにされたダンジョンコアが弱々しく明滅しているが、まぁ、壊れていないし、休眠するほどではないので問題ないだろう。多分。


「協力、感謝する。こいつだけじゃ、情報が足りなかっただろうからな」

「いや、気にしないでくれ。あたし達も、おかげでこのダンジョンの状況を知ることが出来て助かった」

「そうですね。私達だけでは、奥の状態を把握するのは難しかったでしょうし」


 そう言って、ランドールは柔らかく笑った。笑ったが、目は全然笑っていなかった。相変わらずダンジョンコアへのお怒りは解けていないらしい。いやまぁ、そういう扱いを受けても仕方のないぐらいのことを、あのダンジョンコアはやってきていたのだが。

 ブルックはロザリアとランドールがアリーと会話をしているのを、割とどうでも良さそうな顔で見ていた。幼馴染み達を便利に使った形になるが、誰もそのことは気にしていないようだ。まぁ、だからこそ幼馴染みなのだろう。互いに気安いという意味で。

 ウォルナデットはと言えば、調査依頼という真面目な話が終わったので、彼本来の目的を持って悠利に話しかけていた。

 そう、ウォルナデット本来の目的、それは、ダンジョン内をコンセプトホテルにするに当たってのお試し宿泊の感想だ。使い心地はどうだったのか、改善点はあるのか、彼としては聞きたいことがてんこ盛りという状況なのであろう。


「それで、ユーリくん、泊まってみてどうだった?何か足りないものはなかった?」

「良い感じに眠れましたよー。室温は快適ですし、ベッドのお布団はふかふかでしたし。何より枕!柔らかくてもっちりして、首に負担がかからなくて最高でした」

「アレは自信作なんだ!」


 自信作を褒められてとても嬉しそうなウォルナデット。お客さんにダンジョン内に宿泊してもらうと決めたときから、ウォルナデットは如何に快適に休んでもらえるかを追求していたのだ。快適ならばリピーターが来てくれるだろうという理由で。

 そして、その快適さを追い求めた結果、彼は枕をふかふかでもっちもちの、良い感じの反発と形状記憶がされるような感じで作った。本来彼が生み出せるのは鉱石だけだが、ダンジョン内の装飾という範囲に収まったらしく、寝具や備品の類いは作れたのである。

 勿論、布団にもちゃんと拘った。旅の疲れを癒やしてもらえるように、敷き布団は厚みを持たせ、衝撃から身体を守るように作ってある。掛け布団は好みがあるだろうということで、厚手から薄手、ブランケットのような薄いものまで用意した。至れり尽くせりである。

 それらは全て、内装に合わせた雰囲気で作られていた。悠利達が宿泊したのは中華風の部屋だったので、布団に施された紋様も、枕の縁取りも、中華風。異国情緒漂う鮮やかな紋様は、それだけで旅行気分を盛り上げてくれる。


「足りないものというと……」

「何かあったか?」

「んー、これは僕の個人的な意見なんですけど、お湯が沸かせる方が良いのかな、と」

「お湯?」

「起き抜けの一杯にお茶を飲みたくても、お湯が沸かせないと不便かなぁ、と」

「……なるほど?」


 一応返事はしたものの、ウォルナデットはイマイチ解っていない感じだった。この辺のこだわりは、個人差があるだろう。悠利の場合はここでお湯は沸かせないかもしれないと思っていたので、自前で飲み物を色々と仕込んで持ってきていたが。

 目覚めの一杯というのは、人によってはとても重要だ。もっとダンジョン周辺に店が増えれば朝から温かい食事を提供する店も出てくるかもしれないが、そもそも、身支度前に温かい飲み物をと求める気持ちがあった場合、どうにもならない。

 勿論、本格的なキッチンを設置してくれと言うお願いではない。簡易コンロでお湯が沸かせたら良いなぁと思っただけだ。もしくは、飲食に適したお湯が出てくる装置が置いてあるとか。

 現代日本ならば電気ポット置いといてくださいと言えば終わるのだが、異世界ではそうもいかない。万が一のことを考えて室内に火器を置かない方針も、納得は出来る。だから、これは本当に、悠利の「あったら良いなぁ」なだけである。

 ウォルナデットもどうするのが良いのかと悩んでいた。悠利の提案は、基本的にお客様をもてなすためだというのは彼も解っている。しかし、対応できることと出来ないことがあるのだ。さてどうするのが最善かと、大真面目に考え込んでいる。

 そう、このダンジョンマスターさんにとっては、弱々しい光で明滅しながら何かを訴えかけてくるダンジョンコアよりも、未来のお客様のために客室のクオリティを上げる方が優先だった。……ダンジョンコアもいい加減諦めれば良いものを。彼はそういう性格である。

 そこでふと、悠利はあることを思いついた。そんなことが出来るかどうかは解らない。ただ、聞いてみようと思ったのだ。


「ウォリーさん、セーフティーゾーンに泉があるじゃないですか、飲める泉」

「うん、あるな。基本の基本だから絶対に作らなきゃダメなやつ」

「アレの温度っていじれませんか?」

「温度……?」


 何で?と言いたげなウォルナデット。彼にとって件の泉は、セーフティーゾーンを作るときに絶対に設置しなきゃいけない基本の備品、みたいな扱いだった。だから、それを改良するとかアレンジするとかが発想にないのだ。


「あの泉の水は飲める水ですよね?それもとても美味しい」

「うん」

「アレの温度をいじって熱湯が出るようにして、こう、蛇口から出る形とかに出来たら、お茶を入れるのも簡単に……」

「お前は何をトンチキなことを言ってやがるんだ」

「イダダダ……!」


 ずいっと身を乗り出して力説していた悠利は、背後から頭を鷲掴みにされて思わず声を上げた。毎度お馴染み、保護者からのアイアンクローである。勿論、非戦闘員である悠利を気遣って、力加減はしてくれている。痛いものは痛いが。

 あうあうと訴えながらアリーの掌を引き剝がそうとする悠利。とりあえず確保とツッコミのためにもアイアンクローを止めないアリー。その二人の間で、オロオロしながら悠利の状態を伺っているルークス。

 ……ルークスは悠利が大切で悠利が一番だと考えてはいるが、アリーのお説教に関しては何か意味があるのかもしれないと待てが出来る賢い子である。悠利が痛がっていても、怒られる何かをしたのかもしれないと判断出来るルークスは、とても利口だった。


「お前は次から次へと、何でそんなアホなことばかり思いつくんだ」

「アホじゃないですー。火元は危なくて置けないっていうなら、最初からお湯を用意すれば良いと思っただけですぅー」

「それがアホだと言うんだ!」


 確かに、悠利の発想は一歩間違えなくてもバカの発想かもしれない。火が置けないながらお湯を出せば良いじゃない、みたいなノリだ。確かに水は蛇口を捻れば出るようになっているが、それはダンジョンには飲める水が備わっているからに他ならない。

 そもそもが、元は泉である。泉を作る要領で、各部屋に洗面台や流し台が設置されているだけなのだ。洗い物とか飲み水とかに使うために。

 だいたい、泉から水を引っ張るならまだしも、温度を変えてお湯にしてしまえというのは、どう考えてもトンチキである。何でそうなったとアリーが悠利にツッコミを入れるのは当然だった。

 なお、割とアジトでよく見かける光景なので、ブルックは普通の顔で二人を見ていた。そして、ブルックがそんな反応なので、ロザリアとランドールも「あぁ、アレは彼らの日常なんだな」みたいな顔をしていた。間違ってはいないが、ちょっと世知辛い。

 そんな中、ウォルナデットは無言だった。ダンジョンマスターのお兄さんは、静かに考え込んでいる。真剣な顔だった。とてもとても真剣な顔だった。

 そして、しばらくして視線を悠利に向けたウォルナデットは、ゆっくりと口を開いた。


「それ、出来るかもしれない」

「本当ですか!?」

「出来るのかよ!」


 ぱぁっと顔を輝かせる悠利。脊髄反射でツッコミを入れるアリー。そんな二人に対して、ウォルナデットはこくりと頷いていた。


「いや、今までアレを改良するとか考えたことがなかったけど、そういや今回、部屋に水を引くのに応用したなぁと思って」

「あ、あの洗面台とかってそういう仕組みなんですね」

「そう。だからあの水は飲めるよ」

「……お風呂も?」

「お風呂も」


 自分達が昨夜使ったお風呂のお湯が随分と良い感じだったのを思い出す悠利。飲んでも大丈夫なお水だったなら、納得だ。しかもとても美味しいお水である。贅沢なお風呂だった。


「お風呂は水を入れて、何か湯船が温まってましたけど、あの仕組みは?」

「アレは罠の応用。鉄板とかで火傷させる系統のを、弱い温度で仕込んでる」

「ウォリーさんの応用力が凄い」


 あのお風呂、罠の応用で出来てたんだ、と悠利は思った。本当ならこういう暢気な会話は、午前中にやっておくつもりだったのだ。ところが物騒ダンジョンの調査に赴いた途端にトラブルの連発だったので、今やっと出来ている。


「だから、その応用で、水を引く途中にお湯にする箇所を作って蛇口を付ければ……」

「蛇口を捻って出てくるときにはお湯になってる……?」

「多分」

「わー、ウォリーさん凄いです!」

「試しておくな!」


 まだまだ色々改良できるぞー、みたいな感じで盛り上がる二人。アリーは頭を抱えていた。確かに宿は快適になるが、裏事情を知っていると色々とツッコミを入れたくなるのだろう。常識人は辛いよ。

 他には何か改良点はないかな、と話が盛り上がる悠利とウォルナデット。より快適な宿に!そしてお客さんをいっぱい呼んで、エネルギーをたっぷり手に入れて、更に良い宿にして、リピーターを増やす!みたいなテンションだった。まぁ、目的としては間違っていないのだが。

 ……ウォルナデットの背後で、お前いい加減にしろよと言いたげにピカピカと明滅を繰り返しているダンジョンコア。物騒ダンジョンの方針では因果応報で物理で報復されると理解はしたようだが、それでもあまりにアレな方向に走るのは気になるのだろう。

 ただし、ウォルナデットはダンジョンコアの訴えなど微塵も気付いていないので、ピカピカ光っているのにさえ気付いていなかった。光が弱すぎて、多少明滅したところで、背中を向けている彼には解らないのである。


「あ、お部屋の鍵なんですけど、ただ建造物に合わせた鍵を渡すだけじゃなくて、部屋の番号とかが付いた札をセットにした方が解りやすいと思います」

「あぁ、それは気をつける。部屋にも番号付けないとな」

「間違えちゃいますもんね」

「うん、大事だな。気をつける」


 部屋数が少ないのならば別にかまわないだろうが、あちこちの建造物に色々と宿屋用の部屋を仕込んでいるウォルナデットなので、番号の振り分けは大事だった。第一、受付として働くのは彼ではない。軌道に乗ったら国から職員を派遣してもらう手はずなのだ。

 何故そんなことをするかと言えば、ウォルナデットは自由に動けるようにしておかなければならないからだ。ダンジョン内で何かが起こったときに、彼は即座に駆けつけるのがお仕事である。お客様のトラブル解決はオーナーのお仕事だ。

 盛り上がっている悠利達を眺めつつ、ブルックは微笑ましげな顔をしている幼馴染み達に声をかける。いつもの口調で。


「それで、お前達はこの後どうするんだ?」

「私は仕事の依頼が入っているから、ちょっと山奥へ」

「あたしは次の仕事まで暇だから、物見遊山に」

「なるほど」


 仕事があるというランドールと、仕事まで暇だからリフレッシュしてくるという感じのロザリア。そんな二人の答えに、ブルックは口元に笑みを浮かべた。何だかんだで、人間のフリをするという面倒くさい状況ながらも、幼馴染み達が楽しそうなのを理解したのだ。

 彼ら竜人種バハムーンが人間のフリをするのは、騒動を避けるため。竜の姿を持つと知られれば、素材目当てで追い回される。勿論、そんな相手に後れを取ったりはしない。ただ、平和に静かに過ごすことは出来なくなる。

 ウォルナデットのように、ミーハー一直線にキャッキャしてくるような反応は、例外中の例外だった。驚愕して距離を取るか、畏怖するか、素材目当てで追い回すか。大抵はそういう反応だ。

 ……だからブルックは、自分の正体を知っても態度の変わらなかったアリーとレオポルドと共に旅をしていた。気兼ねなく仲間と呼べる相手だったからだ。そのアリーの付き合いで《真紅の山猫スカーレット・リンクス》に身を寄せている現状を、彼は悪くないと思っている。

 人間の寿命など、長命すぎるほどに長命な竜人種にとっては瞬きのようなもの。その瞬きの時間を精一杯生きる人間達の傍らで、日々を楽しく過ごすのは悪くない。

 それは、ロザリアやランドールも変わらない。彼らだって、何だかんだで人間に関わっている。冒険者として彼らが依頼を受ける相手は、大半が人間だ。命短き種族だが、多種多様な輝きを見せる人間と過ごすのを、悪くないと思っている証拠である。


「しばらくはこの国にいるのか?」

「あぁ。まだしばらくは」

「私もかな。君は?」

「俺も、まだしばらくはな」

「そうか。ならば、またどこかで会うかもしれんな」

「だな」

「そうですね」


 この国は広い。基本的に《真紅の山猫スカーレット・リンクス》のアジトを拠点にしてそこから動かないブルックと異なり、ロザリアとランドールは依頼の関係であちらこちらを飛び回るだろう。言うほど簡単に遭遇はしないはずだ。

 だが、彼らは長命種である。人間の物差しで測ってはならない。彼らにとってはこの広い国だって、竜の姿で飛べばすぐに移動できるし、数十年なんてついさっきの感覚だ。そのうちどこかで会えるだろうと気楽に考えるのは、お互いが簡単に死ぬわけがないと知っているからでもある。

 だから、久方ぶりの、……それこそ、数百年単位での再会だというのに、彼らはあっさりしている。彼らにとっては久しぶりで終わる感覚。これからまた同じぐらいの歳月会えなかったとしても、何も気にならない。


「とりあえず、あの辺の話が落ち着いたら解散だな」


 ひょいと肩をすくめてブルックが示した先では、謎のテンションで盛り上がる悠利とウォルナデット、その二人に頭を抱えるアリー、皆が騒いでいるので楽しそうに笑っているルークスの姿があった。実に楽しそうな光景だが、多分、アリーは何一つ楽しくないだろう。お父さん、頑張ってください。

 そんな彼らの視線に気付いたのか、不意に悠利がランドールに向けて声をかけた。


「あ、ランディさん、帰る前にお土産のラムレーズンのパウンドケーキ渡しますから、待っててくださいね!」

「いくらでも待つよ」

「……食い気味で言うな」


 満面の笑みを浮かべた悠利に、ランドールは優しい優しい微笑みで答えた。なお、台詞は悠利の台詞の語尾に完全に食い込んでいた。前のめりがすぎる。

 そこでロザリアは、隣のブルックを見た。ランドールに土産としてラムレーズンのパウンドケーキが渡されると改めて認識した甘味大好き男は、……微妙に、ちょっぴり、不機嫌だった。


「……まったく、この二人は……」


 呆れたように息を吐き出したロザリアに、男二人は反応しなかった。だからこそ彼女はますます盛大に溜息をつくのだった。何年経っても変わらない幼馴染み達に呆れて。




 そんなこんなで色々あった今回のお出かけも、楽しく賑やかな出会いと別れで彩られるのでした。調査書はアリーがきちんと提出しました。お疲れ様です。


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