オハナシは過激に物騒でした

 やる気もといる気に満ちた竜人種バハムーンが三人。完全に傍観者に徹するつもりの人間が二人。その足下で我関せずとばかりにぽよぽよしているスライムが一匹。

 そして、ビカビカと警戒するような光を発しているダンジョンコアを指し示して、満面の笑みを浮かべるダンジョンマスターが一人。


「それではどうぞ、ダンジョンの維持が出来る程度にしておいてくださるなら、お好きなだけボコってください!」


 まるでバラエティー番組の司会者よろしく、ウォルナデットは元気に言い切った。その宣言に鷹揚に頷いて、規格外の戦闘力をお持ちの竜人種のお三方は、武器を片手にダンジョンコアに近づいていく。まるでコントみたいだった。

 ウォルナデットの発言に、ダンジョンコアが更にビカビカ輝く。お前何考えてるんだ!みたいなやつだろうか。しかしウォルナデットはどこ吹く風。お任せしますねーと能天気に笑っている。色んな意味で図太かった。

 頼みの綱のダンジョンマスターが全然役に立たないことに気付いたのだろう。ダンジョンコアは一際強く輝いた。眩しさに思わず目を庇う悠利ゆうり達。光が収まったので確認してみれば、ダンジョンコアの周りに薄い膜が見えた。


「……ウォリーさん、あれ、何ですか?」

「ん?防壁だろ。そんな防壁で竜人種の攻撃防げるのかなー」

「わー。ウォリーさん、超楽しそー」


 ダンジョンコアは物凄く必死なはずなのに、ダンジョンマスターであるウォルナデットはとてもとても楽しそうだった。悠利が思わず棒読みになってしまうぐらい、彼は楽しそうなのである。

 ダンジョンコアが必死に作ったであろう防壁、いわゆるバリアを前に、竜人種達は落ち着いていた。その程度、彼らは気にしないのかもしれない。各々の武器で防壁を攻撃している。

 ただし、ダンジョンコアがそれなりに頑張って作ったらしい防壁だ。カンカンと武器とぶつかる音はしても、壊れる気配は見えない。……今は、まだ。


「確かこれ、以前も殴り続けていたら消えたよな」

「消えた消えた。面倒だから殴るか?」

「ロゼやランディはそっちの方が早そうだな。俺は斬っておく」

「貴様もその剣なら殴った方が強そうだが?」

「剣の方が広範囲だからな」

「なるほど」


 ブルックとロザリアは、実に落ち着いた会話をしていた。目の前の防壁なんて、別に障害とも何とも思っていない口調だ。ウォーミングアップに壊すか、ぐらいのテンションである。竜人種さん怖い。

 ランドールはというと、まだキレたままなのか、無言で弓をネックレスに戻して素手で防壁を殴っている。時々足も出ていた。柔和な印象を与えるほっそりとしたお兄さんが、手足で防壁をボコボコにしている姿は、ちょっとシュールである。

 そんな光景を余所に、アリーは持ってきた地図と今まで通ってきた部分を照らし合わせてメモを取っていた。罠の種類や内部構造などに書き込みをしている。お仕事の真っ最中だった。


「ところで、こっち側の調査って具体的にどんな感じの予定だったんです?」

「迂闊に立ち入れないから、ざっくりした全体の情報と、後はアイツの記憶と照らし合わせて本当に過去に休眠させたダンジョンなのかどうかを調べる、ということだったんだが」

「まぁ、それは確定してますよね。しっかり覚えてる方がいましたし」

「そうだな」


 そのしっかり覚えている方々は、しっかり覚えているが故に相変わらずのダンジョンコアにお怒りで、攻撃の真っ最中だが。誰一人として、こちらの調査に協力してくれるつもりがなかった。


「そういや、あいつらが宝箱が渋かったと言ってたが、比率はどんな感じだったんだ?」

「んー、記憶情報によると、罠が九割に対して宝箱が一割って感じで」

「潜る意味ねぇだろ……」


 思わずツッコミを入れるアリー。冒険者というのはリスクとリターンを天秤にかけてダンジョンに潜る存在である。ハイリスクハイリターンならまだしも、ハイハイリスクノーリターンみたいなバランスでは、旨味がゼロである。

 しかし、それでもこのダンジョン無明の採掘場には、探索者が訪れていたはずだ。命の危険があると解りながらも人々を引きつけた理由が、あるはずだった。

 その理由は、ウォルナデットによってあっさりと明かされた。……彼もまた、元々はこのダンジョンへ宝を求めて訪れていたのだから。


「当時、このダンジョンでは比較的浅い場所でオリハルコンが採取できたんですよ」

「オリハルコン……!?」

「罠はえげつないし、魔物もえげつない。それでも、他のダンジョンに比べて、運が良ければ早い段階でオリハルコンが手に入る。ここはそういうダンジョンでした」


 驚愕の声を上げた後、アリーは頭を抱えた。それは、餌にするにはあまりにも魅力的すぎる素材だった。オリハルコンは希少金属であり、ダンジョン産しか存在しない。そして、ありとあらゆるものに使われる。

 武器や防具だけではない。その美しい輝きは細工物や家具、果ては家の装飾にも使われている。古より黄金の輝きは人々を魅了すると言うが、オリハルコンのそれは柔らかな輝きで、見る者を幸福な気持ちにさせるのだという。

 また、金属としても優れているので、武器や防具にした場合の性能は文句なしだ。オリハルコンが採れるダンジョンは他にもあるが、大抵は最奥でボスを倒してやっと手に入るという状況。そのダンジョンの罠や魔物のえげつなさは、無明の採掘場とさほど変わらない。

 そういう意味では、浅い階層で手に入れることが出来るという一点だけで、冒険者達が一獲千金を狙って飛び込んでくるのも無理はないと言えた。依頼であれ、自分達の自由意志であれ、オリハルコンを手に入れれば世界が変わるだろう。

 ちなみに、悠利の錬金釜はオリハルコンとそれよりさらに希少なヒヒイロカネによって作られている。そんなレア中のレアな金属を素材棚に普通に置いていた錬金鍛冶士のグルガルは、悠利が思っている以上に凄腕の親父殿なのである。

 閑話休題。

 とりあえず悠利は、アリーとウォルナデットの会話を大人しく聞いていた。オリハルコンがどれだけ凄いのか、さっぱり解っていないからである。主がそんな調子なので、ルークスも悠利の腕に抱えられた状態で大人しくしていた。特にやることもなかったので。


「あ、見て見て、ルーちゃん。防壁が壊れそうだよ」

「キュ?」

「ほら、ヒビが入ってきてる」

「キュキュー」

「ブルックさん達、頑張ってるねぇ」

「キュイ」


 ねーと和やかに会話をする主従。そんな悠利達の視線の先では、ブルック達にボコボコに殴られた防壁が、あちらからもこちらからもひび割れて今にも壊れそうになっていた。……本当に、殴るだけで防壁を壊している。強すぎた。

 防壁が壊されようとしていることに気付いているのだろう。ダンジョンコアは焦るように明滅を繰り返している。まるで誰かを呼んでいるようだが、その呼ばれているはずの誰か、ダンジョンマスターであるウォルナデットは、アリーとまったり思い出話にふけっていた。全然見ていない。

 このダンジョンマスター本当に役に立たない!とダンジョンコアが思ったかどうかは定かではないが、とりあえず、防壁が壊れたら直接殴られるというのは理解したのだろう。覚悟を決めたようにダンジョンコアが明滅を止め、光を弱めていく。


「ダンジョンコア、大人しくなったみたいだねぇ」

「キュイキュイ」

「でも、ダンジョンコアを壊しちゃうとウォリーさんも困るから、ある程度で止めないとダメなんだよね。見極め大変だね」

「キュピー」


 悠利の言葉に、ルークスはちょろりと身体の一部を伸ばしてウォルナデットを示した。その辺の見極めはあの人がやるでしょ、みたいな感じだった。そうだねぇ、と悠利は笑った。言葉は解らないが、何となくで通じ合うこともあるのだ。

 そんな風にまったりしている悠利達の目の前で、それは起きた。軽い音を立てて防壁が完全に崩れ去ったのだ。まるで、ガラスが割れるようにパリンと砕けるのが見える。

 防壁が壊れたとなれば、後は直接ボコるだけ。思う存分ボコボコにしてくれるわ!みたいなノリの竜人種三人が、それぞれ一歩踏み込んだ。

 その瞬間、だった。


「うぇええええ!?」


 驚愕の声を上げたのは悠利だけ。ただし、竜人種三人もそれなりに驚いていたのか、全員素早く距離を取った。

 何が起きたのかと言えば、ダンジョンコアから、ビームが出た。簡単に言うとそれである。


「び、ビーム出た……。え、ダンジョンコアってビーム撃てるの!?ウォリーさん、ウォリーさん!!」

「うぉっ!?いきなりどうした、ユーリくん」

「ビーム!今、ダンジョンコアからビームが!いっぱい!」

「びーむ?」

「光線です!」

「あぁ光線な」


 ビームで通じなかったので、悠利は別の言葉に言い換えて訴えた。焦りまくる悠利と裏腹に、ウォルナデットはケロリとしている。……つまりは、ダンジョンコアがビームを撃つのは標準装備らしい。なんてこったい。

 ダンジョンコアは、キラキラ綺麗に輝いているだけのダンジョンの核ではなかった。罠も作れるし、構造をいじることも出来る、その上、バリアは張れるしビームも撃てる。出来ないのは移動だけかもしれない。衝撃の新事実だった。

 アリーもあまり驚いていないところを見ると、別に珍しいことでもないのだろう。でも悠利はダンジョンコアがそんな風にアレコレ出来るとは知らなかったので、衝撃が強かった。だって、ただの光っている水晶みたいな何かだと思っていたのだ。


「ダンジョンコアってあんなこと出来るんですか!?」

「そりゃ、ダンジョンコアにだって最低限の身を守る術ぐらいあるだろ」

「さっき、部屋を入れ替えたりするのは弾切れって……」

「そっちとはエネルギーの区分が別。そっちで使い切って身を守れませんでした、じゃ意味ないだろ?」


 悠利の言葉に、ウォルナデットは丁寧に説明をしてくれる。優しい。そっかー、君はあんまり知らないのかー、みたいなノリだった。子供にアレコレ教えるお兄さんという感じだった。

 そう、悠利は知らなかった。ダンジョンコアはマギサのところで何度も見ているが、綺麗に光っているだけだったし、バリアを作ったりしないし、ビームも撃ってこない。いつだって光ってるだけだった。

 なお、収穫の箱庭のダンジョンコアがそんな感じなのは、別に危害を加えられていないからである。あの、やってくる探索者は全員お客様、みたいなノリのダンジョンであっても、ダンジョンコアが攻撃されたら防御するし、攻撃もする。自衛は大事だ。

 ただ、そんな物騒な展開になることはなかったし、悠利の耳に入らなかっただけである。……ちなみに、エネルギーが有り余っている収穫の箱庭のダンジョンコアだと、バリアはもっと強固だし、ビームももっといっぱい強いのが出てくる。エネルギー格差は世知辛かった。

 そんな風に会話をしている間も、ダンジョンコアはビームを撃っていた。ブルック達の身体能力なら攻撃を受けることはないだろうと解っているが、ちょっと気になって視線を向けた悠利は、思わず目が点になった。


「……何あれ……」


 間抜けな顔で呟いてしまった悠利に罪はなかった。悠利は悪くない。目の前の光景が、ちょっと規格外過ぎただけである。

 そう、ダンジョンコアはビームを撃っていた。お前等近づいてくんなと言いたげに、一生懸命ビームを撃っていた。そして竜人種達は当初、そのビームを避けていたのだ。見事な動体視力と反射神経で。

 しかし、次第に面倒になったのだろう。ビームを撃っていようが気にせず突っ込んでいる。挙げ句の果てに、ビームを、素手で、払っていた。ぺしんと弾くような感じで。


「……何で、ビーム、弾けちゃうの……?」

「ユーリ」

「アリーさん、あの、あれ、何ですか……?何で、あんなビームを、無造作に、素手で?」

「竜人種に常識を求めるのは、間違ってるんだ。獣人やヴァンパイアとは別次元で、色々おかしいからな」

「限度ってものがありませんか!?」


 大抵のことでは驚かない悠利だが、それでも、知り合いが素手でビームを弾いていたら驚くに決まっている。しかも、無傷。全然ダメージを受けているように見えない。ダンジョンコア渾身の攻撃は、まるで鬱陶しい小バエのように払われている。なんてこったい。

 そんな悠利の肩を、アリーはポンと叩いた。その顔は、諦めろと言っていた。目の前の現実が全てだと言いたげに。


「アリーさん……」

「あいつも一応、普段はまだ人間に擬態してるからな……。流石に素手で剣を受け止めたり、溶岩の上を平然と渡ったりはしないから、皆も知らないだけだ。本当はあんな感じだ」

「規格外どころではないのでは?」

「そういう種族なんだよ」


 長命種で、身体能力が高くて、戦闘特化と言われるような種族。話には聞いていたけれど、本当に存在そのものがデタラメである。竜人種って怖い、と悠利は思った。常識が通用しないという意味で。


「っていうか、剣が効かないのはもう諦めますけど、溶岩の上を平気で渡るってどういうことですか……?まさか、暑い寒いにも抵抗が……?」

「多分竜人種は、空気が存在するならどこでも生きていける」

「正真正銘のトンデモ種族だった……」


 それでもまだ、空気がある場所と限定されるだけマシだった。これで水中とか真空でも平気だとか言われたら、もう同じヒト種に括りたくなくなる。どう考えても別枠扱いだ。

 ……ちなみに、水中で呼吸は出来ないが、肺活量は普通に多いので、素潜りで結構な時間行動できるという事実は、悠利の衝撃を考えて黙っているアリーだった。多分、一時間ぐらいは普通に潜っている。やっぱり竜人種怖い。

 そんな風に悠利が竜人種の規格外っぷりに打ちのめされている間に、ダンジョンコアはビームを撃つエネルギーすら失ったらしい。ビームが飛んでいないので、視界をかすめていた光が消えている。

 視線を向ければ、これで障害がなくなったと言わんばかりに、ダンジョンコアをフルボッコにしている竜人種三人の姿があった。もう武器を握るのも面倒くさくなったのか、全員素手と素足である。大きな水晶っぽいダンジョンコアが、ボコボコに殴られ、蹴られ、弱々しく明滅しながら耐えている。


「……何だろう。物凄く弱い者いじめに見えてきちゃう……」

「でも、あいつ普通に性悪で性根腐ってる物騒思考だから、全然可哀想じゃないと思うぞ?」

「ウォリーさん、ダンジョンコアに対して冷たいですね」

「あっちも俺に対して冷たいから、お互い様」


 にへっと笑うダンジョンマスターのお兄さんは、元々こういう性格だったのか、ダンジョンマスターになってちょっと枷が外れたのか、謎だった。親しみやすくて楽しいお兄さんだが、時々こう、シビアでちょっとヒヤッとするものが見え隠れする。

 ただまぁ、元々の性格であったとしても、不思議ではない。彼はダンジョン探索をするような冒険者だった。フレンドリーなお兄ちゃんという性質だけでは生き残るのは難しかろう。冒険者の世界は甘くないのだ。

 それでもまぁ、悠利にとっては話しやすい楽しいお兄さんである。ダンジョン初心者の悠利の質問に、嫌な顔一つせずに色々と教えてくれる優しいお兄さんだ。お友達でもあるし。


「ところでウォリーさん」

「何だい?」

「あれ、止めなくて大丈夫ですか?ダンジョンコア、滅茶苦茶弱々しく明滅してますけど」

「まだ平気」


 とてもとてもイイ笑顔だった。ちょっとぐらい身の危険を感じる程度にボコボコにされれば良いよね!みたいなノリだった。そうすることで、物騒には物騒が返ってくるんだから方針を転換しようぜ、という流れに持っていきたいらしい。色々と強い。

 確かに、ダンジョンコアが物騒な方針を考え直してくれれば、長い目で見て人々にとって恩恵がある。ダンジョンと王国が共生していけるようになれば、この地も発展するだろうし。

 この土地が発展すれば、ここを領地として受け持っている第三王子フレデリックにも益があるだろう。アリー達がお世話になっている相手なので、その方の役に立つなら良いことだと悠利も思うのだ。年齢の近い王子様には、是非とも幸せでいてほしいので。

 もうちょっとかなーとダンジョンコアの様子を窺っているウォルナデット。その姿を横目に、全部終わったらお昼ご飯の準備した方が良いかな、とぼんやりと考える悠利だった。何だかんだでそろそろお腹が減ってきたので。




 そして、ウォルナデットが止めるまでボコボコにされたダンジョンコアは、彼曰く「ちょっとは反省したっぽい!」ということであった。……まぁ、因果応報です。多分。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る