朝食に炊き込みご飯のおにぎりをどうぞ
小声で鼻歌を歌いながら、
数多の歓待場部分を宿屋代わりにするとはいえ、食事の提供はしないというのがウォルナデットの方針。ダンジョンの周囲に出来るお店と共存共栄していくための手段である。とはいえ、まだ屋台レベルのお店しかないので、早朝から営業しているお店は少ない。そのため、朝食は悠利の持ち込んだ料理となっていた。
本日の朝食は、炊き込みご飯のおにぎりと味噌汁で和風スタイルだ。全てアジトで事前に仕込んできたので、盛り付け以外にやることはない。前回が洋風のモーニングだったので、今回は和食にしようと思った悠利だった。深い意味はない。
炊き込みご飯は、バイパー肉とシメジと人参を使ったもので、イメージ的には鶏五目ご飯に近いだろうか。味噌汁は豆腐とワカメでシンプルに仕上げた。朝っぱらからガツガツ食べるのは悠利の性には合わなかったので、あっさりとした食事である。
ロザリアとランドール、ウォルナデットには朝食の準備もこちらでする旨を伝えてある。竜人種二人は恐縮していたが、悠利にしてみれば手持ちの食料を並べるだけなので、別に何ということもない。いつもはもっと大人数を相手にやっているのだ。
なお、ウォルナデットは全力で喜んでいた。悠利がいる間は悠利のご飯が食べられるということで、とてもご機嫌であった。ご機嫌ついでに、枕をふかふかの上等な感じのものに変えてくれた。とても現金なダンジョンマスターさんだった。
炊き込みご飯のおにぎりは大皿に山盛りに。それぞれの席の前には、小皿と味噌汁を入れた器。それと飲み物としてぬるめのお茶だ。朝はやはり、冷たいものよりもぬるめぐらいが良いだろうという悠利の独断である。自分がその方が落ち着くので。
準備が出来たとご満悦の悠利の足下では、ルークスが大人しく待機をしていた。ルークスの役目は、皆が食事を終えた後の食器の片付けである。
一応簡易の流し台はあるので洗い物は出来る。しかし、汚れを落とすのはそれなりに大変だ。アジトと違って道具も揃っていないので、ルークスが先に汚れを落としてから洗うようにするのである。昨夜もそうしたし。
なので、今のルークスは特に何もせずに大人しくそこにいた。悠利達の食事が終わるまでは、暇なのである。
「ルーちゃんは、昨日食べてた焼き野菜ね」
「キュ?」
「買ってすぐに鞄に入れておいたから、温かいよ」
「キュー!」
ぱぁっと目を輝かせるルークス。昨日買った焼き野菜は、昨日全部食べてしまったと思っていたのだ。まさか朝ご飯の分まで用意してくれているなんて、思わなかったのだろう。ルークスは嬉しそうにキュイキュイ鳴きながら、悠利の足に身体をすり寄せていた。可愛い。
「それじゃ、ルーちゃんはここで食べててね」
「キュピ!」
大皿に盛り付けられた焼き野菜を見て、ルークスは解ったと言いたげにぽよんと跳ねた。こちらが言っていることをきちんと理解できる、とても賢いスライムである。愛らしいだけではないのだ。
悠利達にとっては見慣れた光景だが、そうではない者達にとってはルークスの知能の高さは異質である。それは長く生きている竜人種の二人にとってもそうだったらしい。
「一応賢いとは聞いていたが、それでもやはり、ずば抜けて賢い個体だな」
「単によく躾けられたというのとは違いますよね。自我が見えますし」
「ルーちゃんは、魔物使いのアロールに躾けなくて大丈夫と言われたぐらい賢いんですよ」
えっへんとまるで自分のことのように威張る悠利。威張ってはいるのだが、子供が自信満々に胸を反らしている姿は、何とも愛らしい。少なくとも周囲にはそう受け止められた。優しい笑顔が向けられるだけである。
「っと、おはようございます、ロゼさん、ランディさん。朝食の準備は出来てます」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます。わざわざすみません」
「いえいえ、大丈夫です。慣れてますから」
残るはウォルナデットだけである。さて、ルークスに頼んで呼び出して貰うかと思った悠利は、扉の外からひょこっと室内を覗く影に気づいた。
「……ウォリーさん?何してるんですか?」
「突然出てくると驚くって言われたから、扉の外に出現してみた」
「あははは……。朝ご飯、出来てますよ」
「ありがとう!」
人間のご飯だ……!みたいなノリで勢いよく室内に入ってくるウォルナデット。やっぱりご飯が絡むとテンションが色々とおかしいダンジョンマスターさんである。まぁ多分、現金を入手することが出来るようになれば変わるだろう。自分で屋台飯を購入できるので。
ウォルナデットのこのノリにはもう全員が慣れたので、誰一人気にせずに普通に着席していた。悠利も笑って席に着き、皆に食事の説明を始める。
「今日の朝食は、炊き込みご飯のおにぎりと豆腐とワカメの味噌汁です。炊き込みご飯はバイパー肉とシメジと人参です。お口に合うと良いんですが」
「どちらも見たことがない料理だな」
「この炊き込みご飯というのは、ピラフと似ていますね」
「僕の故郷の味付けです」
悠利はピラフのことを洋風炊き込みご飯だと思っているので、こういう返事になった。果たして、竜人種の二人に和食スタイルの朝食は受け入れて貰えるのだろうか。ちょっとドキドキしている悠利だった。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
「この炊き込みご飯というのも美味しいが、スープがとても良いな。何というかこう、落ち着く味だ」
「お口に合って良かったです。味噌汁は味噌という調味料を使って作るんです」
「ミソは知らないが、これはとても美味しい」
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるロザリアに、悠利も笑顔で答えた。そして思った。やっぱり味噌の知名度はあんまり高くないんだな、と。そもそもブルックも知らない感じだったので、長く生きていようが地域差で知らないことも出てくるようだ。
とりあえず気に入ってもらえたなら良いやと、悠利はおにぎりに手を伸ばす。バイパー肉とシメジと人参を、出汁と醤油で炊いた炊き込みご飯。バイパー肉は鶏むね肉のような味わいなので、鶏肉の炊き込みご飯っぽい仕上がりだ。
ふんわりを心がけて、それでも具材がバラバラにならないように気をつけて握ったおにぎりは、柔らかくて口の中でほろほろと解ける。具材は食べやすい大きさに切ってあるので、口の中でご飯と一緒に堪能することが出来る。
味付けは出汁と醤油と酒なのだが、そのシンプルな味付けに具材の旨味が溶け出してぐっと美味しくなっている。バイパー肉はパサつきも殆どなく、火が通っても旨味を失わない。シメジは噛めば噛むほど旨味が溢れる。人参の仄かな甘さも良いアクセントだ。
まぁつまりは、とても美味しく出来ているということだ。
炊き込みご飯は具材入りなので、これだけでも食事としてはある程度及第点だろうと悠利は思っている。朝から重たい食事をするのはしんどいので、これぐらいが悠利には丁度良い。
口の中のおにぎりがなくなれば、次は味噌汁へと手を伸ばす。こちらも昨夜のスープ同様作ってすぐに学生鞄に入れたので、まだ温かい。味噌の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、豆腐の白とワカメの緑が彩りを添えている。
ずずっと行儀悪くならない程度に吸い込めば、優しい旨味が口の中にじわりと広がる。悠利は日本人なので、朝は温かいお味噌汁がとても落ち着くのである。豆腐とワカメも自己主張しすぎない程度に味を添えてくれるので、とても良い。
ロザリアは大絶賛してくれていたし、ランドールとウォルナデットも美味しそうに食べてくれている。良かった良かったと悠利は思った。味付けというのは結構大事なもので、慣れない味に躊躇するパターンはあるあるなのだ。
悠利はその辺の壁が比較的緩い人種だった。多分、多国籍な料理や日本人に合うように魔改造された料理の多い日本で育ったからに違いない。とりあえず食べてみてから考える、それが悠利であった。
それに、悠利の判断基準は匂いだ。匂いで美味しそうだなと思う食べ物は、だいたい何でも食べてみる。それでハズレを引いたことはほぼないので、他の人に比べれば未知の料理でも躊躇がないのかもしれない。
まぁ、だからこそ異世界で、魔物肉を食べたり調理したりして元気に生きているのかもしれない。後は、何だかんだで仲間達の味覚が悠利と近しいというのが大きいだろう。悠利が作るご飯を美味しい美味しいと食べてくれるので。
「ユーリくん、このおにぎり、超美味しい……」
「ウォリーさん、超とか言うんですね……」
「ライスってこんなに美味しいものだったっけ?何か、全然止まらないんだけど」
「ライスは味付け次第で色々化ける食材だと僕は思ってますけど」
片手におにぎり、もう片手にもおにぎりという状態でもりもり食べながらウォルナデットが感動を伝えてくる。どこからどう見てもダンジョンマスターの威厳なんてものはなかったが、美味しく食べてくれているならそれでいいやと思う悠利だった。
ライスって美味しかったのかぁ、と感慨深く呟いているウォルナデット。その姿を横目に、悠利とアリーとブルックはそっと視線を逸らした。ライスが美味しいことを知らなかったというよりは、何が美味しいか、何が好みであったかすら忘れているウォルナデットを知っているからだ。
長きに渡る休眠は、元人間のダンジョンマスターから食の記憶を残酷にも奪ってしまっていた。まぁ、ダンジョンマスターに食事は必要ないのだが。元人間だけあって、さしてエネルギーにならないと解っていてもご飯に反応しているだけである。
「味噌は肉の味付けに使うと思っていましたが、スープにも使うんですね」
「ランディさんは、味噌をご存じで?」
「えぇ。肉を納品したお店で食べることもありますよ。肉に味噌を塗り込むようにして味を馴染ませていました」
「それは、とても美味しいやつですね」
悠利はキリッとした顔になった。そこそこの厚みに切った肉に味噌をまぶしたり漬け込んだりして味を付ける料理は、とても美味しい。焼けた味噌の香ばしさと、肉の旨味が混ざって何とも言えない味わいだ。ちなみに、豚肉でも牛肉でも美味しいやつです。
ランドールはそんな風に会話をしてくれるが、ふと悠利は気になってロザリアの方を見た。先ほど美味しいと言ってくれて以降、彼女が何も言わないことが気になったのだ。
そんな悠利の視線の先で、ロザリアは黙々とおにぎりを食べ、味噌汁を飲み、自分でお代わりまでしていた。動きがあまりにもスムーズで、彼女が立ち上がったことに気付かなかったぐらいだ。……多分お代わりを何回かしている。
その姿を見て、悠利は思った。思って、思わず口に出してしまった。
「……甘味食べてるときのブルックさんみたいだ……」
「ぶふっ……!」
小さな声だったが、悠利の隣に座っていたアリーには嫌でも聞こえたのだろう。思わずむせたアリーは、ごふごふと咳き込みながらも何とか立ち直った。たとえに出されたブルックはと言えば、特に気にした風もない。ランドールも同じく。
……なお、ウォルナデットはそんなやりとりなど聞こえていないのか、満面の笑みでおにぎりを食べていた。ダメだこのダンジョンマスター。完全に餌付けされてる。
「……ユーリ」
「あ、すみません。大丈夫ですか?」
「いや……。まぁ、否定は出来ねぇが……」
「ユーリの料理がよほど美味かったんだろうな」
「へ?」
怒るわけにもいかず困っているアリーに対して、悠利はとりあえず頭を下げておいた。でも目の前の光景は正にその通りなので、どうしようもない。そんな二人の耳に、ブルックの言葉が滑り込んだ。
どういうことですか?と視線を向けた悠利に、ブルックは口元に笑みを浮かべて答えた。
「ロゼはな、グルメなんだ。美味い料理にだけ反応する」
「……えーっと?」
「昨夜からそんな感じではあったが、ユーリの料理が口にあったんだろう」
それでこれ?と悠利は思った。ただの炊き込みご飯と味噌汁である。手の込んだ料理でも何でもない。食材だって、庶民御用達の食材ばっかりだ。グルメと言われるお姉さんに食いついてもらえるとは到底思えなかった。
そんな悠利の疑問に気付いたのだろう。ランドールが微笑みを浮かべながら説明をしてくれた。
「ロゼの場合は、自分の舌に合うか合わないかだけで判断しますからね。食材の希少価値や、料理にどれだけ手が込んでいるかは関係ないんですよ。単純に、貴方の料理がロゼの好みだったというだけです」
「それだけで、アレですか?」
「えぇ、アレです」
にこりと笑うランドール。悠利は思った。今度は口には出さなかったが、とりあえず思ってしまった。
(この人達、何だかんだで全員似た者同士なのでは……?)
食いつくジャンルが違うだけで、好物とか好みだと認定した瞬間の反応が似たり寄ったりである。ブルックは甘味、ランドールは酒、そしてロザリアはジャンルは問わないが彼女の舌に合ったもの。琴線に触れたものを前にした瞬間、似たようなテンションになるらしい。
そこまで考えて、まぁ良いかと悠利は思った。ここまで喜んで食べてくれるなら、それはそれで料理人冥利に尽きるというものである。悠利は料理人じゃないけれど。
「ロゼ、そんなに気に入ったか?」
「気に入った。専属として連れて帰りたい程度に」
「却下だ。うちの子だぞ」
「チッ……」
あーんと口を開けておにぎりを食べようとしていた悠利は、二人の会話を聞いて固まった。割と本気の舌打ちが聞こえた気がした。武闘派のお姉様にそんな反応をされると、ちょっと怖くなる。
後ついでに、相手が幼馴染みだから容赦がないのか、ブルックも圧をかけている。何でこんなことに……?と思いながら悠利は隣のアリーを見た。アリーは首を左右に振っていた。知らんと言うように。
おかしい。美味しいご飯を用意して、皆に喜んで貰おうと思っただけなのだ。なのに何故か、局地的にちょっとバチバチが始まっている。怖いので止めてもらいたい悠利である。
勿論、バチバチしているとはいえ、周囲に影響が出るほどの威圧などは出していない。その辺は二人とも大人である。でも軽快な言葉の応酬は止まっていないので、悠利としては何だかなぁなのであった。
料理を気に入った相手にお持ち帰りを希望されるのは、ワーキャットの若様以来かもしれない。僕に作れるのはただのお家ご飯ですし、僕の居場所は《
そんな多少の波乱はありつつも朝食は恙なく終わり、いよいよ今回のメインイベント、物騒ダンジョンの調査へと突入するのでありました。
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