密談はお宿の中で


「うわー、凄いですねー」


 ウォルナデットに案内された部屋に足を踏み入れた悠利ゆうりは、思わず感嘆の声を上げた。そうなってしまっても無理のない状況が目の前にあった。本日の宿として用意された部屋は、豪華な中華風だったのである。

 中国ドラマで見るような、宮中の豪華なお部屋!みたいなノリの装飾である。壁の色や調度品の色彩は全体的に赤い。中華のイメージと赤は切り離せないのかもしれない。勿論、こちらの世界での呼び方が何風なのかは悠利には解らない。悠利の中では中華風なだけである。

 室内にはベッドが四つと、テーブルにソファ、簡易の流し台の他に、備品を入れる棚なども配置されていた。そのいずれもが異国情緒漂う中華風の細工物で、ベッドなどは天蓋付きというちょっとテンションが上がる仕様になっている。

 勿論、悠利のテンションも上がりまくりだ。すごいすごいと言いながら、部屋のあちこちを見ている。ルークスも興味津々で悠利の後をついていき、キュイキュイと鳴きながらあちこちを触っている。微笑ましい光景である。


「トイレと風呂はそれぞれ扉の向こうな。洗面台はそっちの奥」

「はーい。トイレとお風呂、別々にしてくれたんですね」

「その方が便利だって言ってたからな」


 わーいお風呂ー!と悠利は嬉しそうに早歩きで風呂とトイレ、洗面台の確認に向かう。いずれも、使いやすいように調整されており、ここで生活するのに不自由がないことを伝えてくる。

 勿論、調度品は中華風で、外は見えないが窓の細工も精巧なものだった。その空間だけで非日常を堪能できる。お客さんに来てもらいたいというウォルナデットの熱意の賜だった。


「ところで、この部屋とっても快適な気温ですけど、調整してます?」

「してる。外は夏で暑いだろー?汗かくのは嫌だよなぁと思って、ダンジョン内は全部良い感じの気温にしてある」

「流石です、ウォリーさん」

「先輩に、その方が喜んでもらえるって教わったからな!」

「流石マギサ!」


 ダンジョンに訪れる人々をお客さんと呼び、楽しんで貰えたら嬉しいななどと宣うダンジョンマスターのマギサを先輩と仰ぐウォルナデットは、その辺も抜かりがなかった。万年空調完璧状態なんて、宿として最高過ぎる。うんうんと満足そうに頷く悠利であった。

 そんな風に悠利とウォルナデットはキャッキャと楽しそうに部屋の内装チェックに余念がないが、大人組はそうもいかなかった。とりあえず人目のないところで詳しい話をしようと連れてこられたロザリアとランドールは、目の前の光景に微妙な顔をしていた。

 何だこれは、と言いたいに違いない。そもそも、ウォルナデットの正体その他についての説明がまだである。悠利が楽しそうなのは子供枠で気にならないようだが、ウォルナデットに関してはそうもいかない。このダンジョンの案内役などと名乗った青年が何者なのか、二人は気になっているのだ。

 ちゃんと説明しろと言いたげな二人分の圧を受けても、ブルックは平然としていた。流石は幼馴染み。こういったやりとりも、よくあったのかもしれない。


「ブルック、この部屋は何なんだ。それと、あの青年は」

「ここは俺達が今日泊まる宿だ。このダンジョンに宿屋を作ろうという話でな」

「はぁ?ダンジョンに宿屋?何だその戯れは」

「戯れじゃなくて、本気でやってるぞ。あいつは」

「「……」」


 どういうことだ、と言いたげな二人の視線に、ブルックはひょいと肩をすくめた。彼は事実を告げただけである。たとえその事実が奇想天外であり、現実離れしていようと、事実は事実なのだ。そこはどう足掻いても変えられない。

 小さく溜息をついて、ランドールが口を開く。声音は穏やかだが、そこに含まれたのは鋭い意思である。


「それで、彼は一体何者なんですか?随分と、このダンジョンに詳しいようですが」

「当代のダンジョンマスターだ」

「ダンジョンマスター……!?」

「何故そんなものと行動を共にしているんだ、貴様……!」


 まぁそういう反応になるわなぁ、と三人の会話を見守っていたアリーは思った。普通に考えて、ダンジョンマスターは敵である。ダンジョンに侵入するもの全てを敵と認識し、排除のために動くのがダンジョンマスターの本質なのだから。

 正確には、各々の特性を用いて探索者をおびき寄せ、その生命力をダンジョンコアのエネルギーとして奪うために策略を巡らせるのがダンジョンマスターだ。ダンジョンコアの守護者であり、ダンジョンコアのエネルギーを回収するためにおびき寄せた者達を滅ぼす。それが基本の姿である。

 しかし、ウォルナデットは違う。悠利と仲良く談笑している姿は、ただの人間にしか見えない。勿論、ブルック同様に強い力を持つ竜人種バハムーンの二人は、彼がただの人間ではないことを感じとっている。

 ただ、彼から一欠片も悪意や殺意を感じなかったからこそ、放置していたのだ。むしろ友好的な気配しか存在しなかった。だからこそ、ウォルナデットがダンジョンマスターだなどと思わなかったのだ。彼らが知るダンジョンマスターは、こんな風に友好的ではないのだから。

 即座に気を引き締める二人に対して、ブルックは淡々と理由を説明した。ある意味で正しく、ある意味でそうじゃないだろと言われそうな理由であったが。


「ユーリの友達なんだ」

「……は?」

「……え?」

「あのダンジョンマスターと、彼が先輩と仰ぐ王都近隣の収穫の箱庭のダンジョンマスターは、ユーリのとても仲の良い友人でな」

「「はぁあああああ!?」」


 何だそれはと言いたげに声を上げた二人に、罪はない。ブルックは平然としているが、その彼だって今は慣れているだけで、最初は色々とアレな現実にちょっと頭を抱えた記憶だってある。なので、幼馴染み二人が驚愕するのをそうだろうなという気持ちで見ていた。

 そんな三人の姿を見ていたアリーは、悠利のお部屋探検も一段落したのを見てとって、悠利とウォルナデットを呼び寄せた。余人のいないこの空間で、改めてちゃんとした自己紹介をするべきだと思ったのである。間違ってない。


「ブルック」

「あぁ。ここなら遠慮はいらんからな。改めて自己紹介といこう。この二人はロザリアとランドール。俺の幼馴染みで、どちらも冒険者だ。……お前ら、今は何をやってるんだ?」


 最後の言葉は、まだ若干驚愕から抜け出せていない二人に向けられた。それでも、問いかけにすぐに反応できるのは流石である。その辺りの適応力などは、やはり長年の生活の賜だろうか。


「あたしは女性相手の護衛依頼をメインに受けてる。貴族の女性なんかで未婚の場合は、異性の護衛より同性の方が良いと言うんでね。主に指名依頼さ」

「あぁ、なるほど。だからお前、昔に比べてしっかり武装してるのか」

「見た目で安心感を与えるのは大事だろう?」


 ロザリアは口元に笑みを浮かべて答える。彼女がそれなりにきちんと防具を身につけているのは、そうすることで護衛対象にちゃんとした実力者だと理解して貰うためだ。余計な混乱を招かぬためには、それなりに小細工は必要なのである。


「ランディは?」

「私は主に狩りを。食材の採取依頼を専門に受けています。魔物食材は強いほど美味しい傾向にありますしね」

「……なるほど。つまりお前に依頼を出せば、肉を狩ってきてもらえる、と」

「ブルック、自分で狩れるでしょう」


 何か食べたい食材でもあったのか、ブルックは大真面目な顔で言う。それに即座に入るランドールのツッコミ。互いの技量を解っているからこそのツッコミである。

 それに対するブルックの返答はというと――。


「生息地に行くのが面倒くさい」

「君……」

「貴様本当に、甘味以外では物臭を発揮しおって……」

「……わぁ」

「……アホ」


 はぁ、と盛大な溜息をつく一同。そうなんだーみたいな反応をしているのはウォルナデットとルークスだけだった。元人間と従魔にしか理解されていない段階で、色々とアレである。

 とはいえ、とりあえずこれでロザリアとランドールがどういう冒険者かというのは理解できた。どちらも主に指名依頼で仕事をしている段階で、凄腕なのは察せられる。武器は見当たらないが、魔法道具マジックアイテムみたいな感じで何か特殊なものを持っているのだろうと悠利は思った。

 悠利とアリーの自己紹介は、先ほどのもので問題ない。唯一自己紹介をしていなかったルークスが、自分の番かな?と言いたげにぽよんぽよんと跳ねているぐらいだ。

 そんなルークスの動きを見たブルックは、小さく笑った後に愛らしいスライムを示して口を開いた。


「ロゼ、ランディ、このスライムはルークスと言って、ユーリの従魔だ。見た目は小さく愛らしいが、とても利口で頼りになる」

「キュキュー」

「確かに、随分と理知的な眼差しをしているな」

「ふふふ、よろしくお願いしますね、ルークスくん」

「キュイ!」


 ぺこぺことお辞儀をするルークスに、ロザリアもランドールも好意的に笑ってくれた。それと同時に、目の前の愛らしいスライムが、見た目通りの存在ではないことも感じとっているらしい。……《真紅の山猫スカーレット・リンクス》の面々が「ユーリの従魔だから」で納得している部分を、どう折り合いを付けてくれるのかが心配である。

 とはいえ、ルークスが見た目に反して知能が高い点を、彼らはそれほど重く考えてはいないようだった。伊達に長い時間を生きているわけではないということだろう。その程度のことは、彼らにとっては恐らくは些末事なのだ。

 ……或いは、自分が注目されていることになど気づきもせずに、悠利とのほほーんと会話をしているウォルナデットの存在の方が、気になって仕方がないのかもしれない。


「……それで、ブルック。彼をきちんと紹介して貰えるかい?」

「ウォルナデット、ご指名だ」

「あ、俺の番です?えーっと、このお二方には全部ぶっちゃけて良い感じですか?」

「問題ない」

「了解です」


 ブルックに呼ばれて、ウォルナデットは軽やかに三人の元へと移動する。全然気負った様子がなかった。物凄く通常運転である。……この元人間のダンジョンマスターのお兄さんは、何というかこう、メンタルが頑健なのである。

 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をして、ウォルナデットは改めてロザリアとランドールに名乗った。どこまでも普通のままに。


「改めまして、俺の名前はウォルナデット。愛称はウォリーです。このダンジョン、数多の歓待場及び、その本体である無明の採掘場のダンジョンマスターです」

「「……」」

「あ、ダンジョンコアは物騒路線ですが、俺は友好路線なので、安心してくださいね!」


 ぐっと親指を立てて宣言するウォルナデット。彼の表情は物凄く晴れやかだった。自分の正体を明かしても良い相手は少ないので、ちょっと嬉しかったのかもしれない。

 そう、ウォルナデットがダンジョンマスターだというのは、一部の者にしか知らされていない。うっかりエンカウントして知り合ってしまった悠利達とか、国の偉い人達とか、何かあったときのために事情を全部知らされている詰め所の責任者のおっちゃんとか。その辺だけである。

 調査に訪れる者達にさえ、彼の正体は秘匿されている。このダンジョンに詳しい者という実に曖昧な立場は、国王のお墨付きという伝家の宝刀で誰も口を出せない状態だった。ウォルナデットが人間の頃の姿に擬態したままなのも、一役買っているだろう。

 あまりにもあっけらかんと正体を暴露されて、ロザリアとランドールは額に手を当てて呻いている。彼らの知るダンジョンマスターは、こんなのではない。出会ったら即座に武器を構えて応戦しなければならないような、そういう者達である。

 会話は出来ても意思の疎通は図れない。それがダンジョンマスターのはずだった。

 だというのに、今目の前にいるのは物凄くフレンドリーなお兄ちゃんである。何だこれと呟いたのはロザリア。どうなっているんですかと呻いたのはランドール。長く生きている彼らにしても、予想外すぎる事態なのだろう。


「で、ウォルナデット、話がある」

「何です?」

「俺とこの二人が、お前の先代を叩き潰した冒険者なんだ」

「……はい?」


 物凄く端的に告げたブルックに、ウォルナデットは首を傾げた。はいー?みたいな感じでぐぐっと首を傾げている。見た目人間で三十代のブルックにそんなことを言われても、彼にはさっぱり解らなかったに違いない。

 あ、これ説明が足りてないやつだ。見守っていた悠利はそう思ったし、悠利の隣にいたアリーも同じ気持ちだったのだろう。言葉の足りない相棒の代わりに、説明役を担うために口を開いた。……お疲れ様です。


「ウォルナデット、この三人は竜人種だ。見た目は若いが、このダンジョンが休眠状態になる前を知っている」

「竜人種!?え、本当……?」

「本当だ」


 ブルックがあっさり暴露しても、ロザリアもランドールも平然としていた。正体を明かしても大丈夫だとブルックが判断した、という信頼があるのだろう。驚きもせずに見守っている悠利達へと視線を向けて、口元に笑みを浮かべるぐらいだ。知っているんだな、と言いたげに。

 目の前の三人が竜人種であると聞かされたウォルナデット。人の姿と竜の姿を併せ持つ、ヒト種最強の戦闘種族とまで呼ばれる存在を前にして、元人間のダンジョンマスターが取った行動は……。


「うわー!本物だ!本物の竜人種に会えるなんて!凄い!!」

「「…………」」


 思いっきりミーハーな感じだった。何でそうなると言いたげな三人の視線にも動じず、顔をキラキラと輝かせている。少年のような瞳だった。

 元冒険者であるウォルナデットにとって、規格外の強さを備えた竜人種の冒険者というのは、憧れの存在だったようだ。本物だ、本物だ、と一人で大はしゃぎしている。憧れのヒーローに出会った少年のような反応である。


「……アリーさん」

「何だ」

「竜人種の皆さんって、あーゆー反応されるものなんですか?」

「いや、どっちかっつーと、化け物扱いとか、竜素材目当てで追い回されるとかのはずだ」

「……ウォリーさんが例外?」

「多分な」


 完全に外野の悠利とアリーは、そんな会話を交わしていた。握手してください!と完全にミーハーなファン状態のウォルナデットと、そんなテンションで迫られると思っていなかったのか、困惑している三人。珍妙な光景が目の前にある。

 なお、アリーが告げた言葉は、間違っていない。竜の姿を持つからこそ、竜素材目当ての輩に追い回されることもあるのが竜人種だ。だからブルックは人間のフリをしているし、恐らくはロザリアとランドールもそうしているのだろう。冒険者ギルドの上層部しか知らないとかそういうアレのはずだ。

 だからこそ彼らは、好意的にキャッキャしてくるウォルナデットに、どういう反応をして良いのか解らないのだろう。言われるままに握手をして、男性陣は何故かハグまでしていた。流石に女性のロザリア相手には自重したらしい。

 ちなみに、ブルックが自分達の正体を明かしたのには、今回の調査に関してウォルナデットにあらかじめ話を通しておこうと思ったからである。なのに、その本題に全然入れていない。入る隙が与えられない。

 それに、ロザリアとランドールの二人にも話を通す必要があった。彼らはそもそもこのダンジョンがどうして休眠状態から復活したのか気になってやってきていたようなので、調査に同行してほしいと頼んでも二つ返事で頷いてくれそうではあるが。

 それでも一応、ちゃんと話は通したい。通そうとブルックは思った。思ったのだが、その会話が出来るようになるには、今しばらく時間がかかりそうだった。


「ウォリーさんが落ち着くまで、真面目な話は無理そうですねー」

「そうだな」

「じゃあ、僕、今のうちにお茶の準備しておきますね」

「は?」

「そろそろおやつの時間ですし、お茶をしながらゆっくりお話しすれば良いですよね」


 にこにこといつも通りの笑顔の悠利。いつもと違う場所、いつもと違うメンバー、いつもと違う状況でも、彼はまっっったくブレなかった。安定の悠利である。

 色々と言いたいことはあったのだろうが、アリーは盛り上がったままのウォルナデットと振り回されている竜人種達を見て、言葉を飲み込んだ。口にしたのは、一言だけである。


「足りるのか?」

「おやつは余分に持ってきてるので、大丈夫です」

「そうか」


 もう好きにしろ、とでも言いたげであった。あっちもこっちも、軌道修正をするのが面倒くさくなったのかもしれない。特に実害があるわけでもないので、放置すると決めたらしい。たまにはそういうときもある。




 背後で賑やかに騒いでいる四人の声を聞きながら、悠利は嬉々としてお茶の準備を整えるのでした。お茶会は落ち着いて出来ると良いですね。



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